「ふむふむ、なるほど。興味深いね」
「にゃあぁ……」
「おっとごめんよ。ほら、猫缶だよ」
「なあご」
そんなもので懐柔されると思うな美味しい。
懐柔されてやろう。
猫は寛大だからな。
ここは極東支部のラボラトリだ。
そこにいるペイラー榊によって、私は隅から隅まで調べ上げられているのだった。
「……猫、いるのね。こんな時代に」
「ごろろろろろ」
私を撫でているのは橘サクヤ。
よくもまあこのような恰好で戦場を駆け抜けるものだ。
「猫かあ……ペットって奴だっけ?」
「ふにゃ……」
私のひげを引っ張ってくるのは藤木コウタ。
若干痛いが、まあ我慢してやろう。
それくらいに気分はいい。
猫缶美味い。
そんな様子を遠巻きに見ているのがソーマ・シックザール
だ。
猫には興味ないか、そうか。
多分犬派だろうなという気はする。
そして。
私が助けたゴッドイーターもいた。
神薙ユウだ。
まさかの主人公っぽい。
「やあ」
と言って手を握ってくる。
仕方ない、ふみふみしてやろう。
「―――――解析終わったよ」
ふみふみしていると、ペイラー榊が作業を終えたようだ。
それと同時に、私は橘サクヤの膝から飛び降りる。
名残惜しいが、まあそうしたほうがいいだろう。
多分。
「簡単に言うと……この子、アラガミだねぇ」
「え?」
その台詞と同時に、皆が一斉に距離をとる。
ソーマ・シックザールだけは驚きで瞳を揺らしただけだったが。
「アラガミ? これが?」
「んみゃふ」
その辺に転がる私。
敵意はないと表現しているのだが、伝わるだろうか。
まあこの状況だ。
煮るなり焼くなり好きにするといい。
「敵対意思は感じられないね。さっき猫缶食べたし」
「そんな理由……?」
「だってそうじゃないか。彼は
ペイラー榊は断じる。
そうだ私は人間を食べていない。
食べる気分にならないのである。
「これは偏食因子が原因だろうか。いやはや、実に興味深い」
そう言いながら顔面を近づけてくるペイラー榊。
なんだよこの人無敵かよ。
一応私はアラガミなんだぞ。
ぺしぺしと眼鏡を叩いて主張する私。
「ほらね? 人間を食べる気なら既に食べられているだろう」
「自分で試すとか正気かよこの人」
「科学者なんてね、正気でできるものではないよ」
それはそう。
とまあそういった話はともかく。
私はごろんと転がって眠る姿勢に入る。
どうせこの人数が相手では逃げることもできない。
人数が減ってからチャンスを待つのだ。
「そういえば」
暫くして、ペイラー榊と二人きりになったときだ。
彼が声をかけてきた。
「君には名前があるのかな?」
返事は期待してなかったのだろう。
独り言のようなそれに、私は応えることにした。
ガリガリと爪を立てて壁に傷をつける。
「おおっと機械を傷つけるのは……おや。クロ? 君の名前はクロでいいのかい?」
「にゃあ」
慌てて様子を見に来たペイラー榊に対して返事をした。
これは大事な名前だ。
そして、名前を付けてくれたツバサの為にも、他の名前は受け入れられないのだ。
「なるほどなるほど。君は人の言葉も理解できるんだね」
「にゃあふ」
名前の話になれば仕方がない。
人の言葉を理解していると分かれば何をされるか分からないが……まあいい。
何かできるわけでもない。
だがそれでも。
やりたいと思うことはある。
ガリガリと、更に爪で壁を削る。
「
そうだ。
強くなりたいのだ。
これから先、何があるか分からない。
何かあってからでは遅い。
「にゃあふ」
そして。
また彼女の前に立つ時には、この世界の何よりも強くなっていたい。
今度こそ、彼女を全てから守るのだ。
「そうだね……こっちのお仕事に協力してくれるのであれば……君に協力するのは構わないよ」
「……にゃあ」
それは、選択肢などないに等しい。
ペイラー榊は私に手を差し出していた。
その手に、私は右前足を差し出すのだった。
翌日から、私の食事はアラガミの素材を混ぜ込んだ猫缶になった。
猫缶である必要はないのだが、まあ他の人にバレないように細工をしているのかもしれない。
そしてラボラトリには猫用のアスレチック的な物が設置された。
ぴょんぴょんと跳ね回る私。
それらのアスレチックに乗るたびに、何やら電波が飛んでいるらしく、計測器がカタカタと動く。
なるほど、身体能力の変化辺りを調べているのか。
アラガミの成長を直で調べるなど、ほぼほぼ不可能だからな。
まあそんなこんなで実験動物として使われつつ、オラクル細胞を摂取し続ける私。
さて、これから先どうなっていくのか。
それはともかく。
「ねこ……猫……」
「うわ……かわいい……なんだあれ……」
「これは……ほう……」
最近、ラボラトリに来る人多くない?
ちらりとペイラー榊を見ると私を指差す。
なるほど、見世物か。
「にゃあふ」
まあ、問題はない。
精々私の猫缶の為にもたくさん来るんだな。
ペイラー榊が色々やってるし。
カタカタ機材を動かしているペイラー榊を見ながら、アスレチックの上で寝転がる私。
あまり反応するのもまずい。
誰かに私の知性を感じ取られる可能性がある。
いやまあ、そんな奴一人くらいしか思い至らないが。
……まあいいか。
とりあえず寝る。
寝て、英気を養うことにしよう。
そして暫く経つと。
「え……猫? え?」
「……にゃあ」
アリサ・イリーニチナ・アミエーラのセラピー猫の任務に就くことになった。
「あわわ……。小さい。ふわふわしてる。かわいい」
全身をもみくちゃにされながらも、まんざらではない私。
まあ、褒められているからな。
これで罵倒だったら暴れていたかもしれないが。
「クロっていうんだって」
「クロちゃん……」
撫でる速度が上がる。
うむ、先程の方が丁度いいぞ。
今の速度はちょっと早い。
アリサ・イリーニチナ・アミエーラ……長いな。
アリサ、その手をゆっくりと下ろすんだ。
ぺしぺしと軽く叩くと、私の抗議に気付いたのか撫でる速度を緩めてくれた。
そう、それでいい。
そのままゆっくり撫でていてくれ。
「ところで、猫がどうしてこんなところに? フェンリル支部の内部に入り込める猫なんて……」
もっともな疑問を口にするアリサ。
そうか、一緒にあの地獄を脱出したのを忘れてしまったか。
無理もないが。
「ああ、クロはアラガミなんだ」
「え゛」
「ぎゃん!」
そこに、神薙ユウが爆弾を投下する。
当然撫でられていた私にダメージが来る。
痛い。
撫でられていた頭が変な方向に曲がった。
「ああっごめんなさい!」
「ふしゃー!」
「うわあ! なんで俺に!?」
そのまま落ちた私は、声を上げて神薙ユウに飛び掛かった。
なんでとか、原因を作った奴に突っ込むのは当然である。
ぎゃりぎゃりぎゃり、と顔に爪の後をつけた。
そんな大変面白い出来事があって。
アリサは爪で×印が作られた神薙ユウの顔を見て、笑っていた。