男、ヨハネス・フォン・シックザールは端末をカタカタと動かしていた。
終末捕喰を起こすためだ。
意図的に終末捕喰を起こし、そのタイミングで選んだ人間を宇宙へと避難させることで人類滅亡を防ぐためだ。
そのための鍵となる特異点を確保し、残りは機材の準備だけである。
それさえ終わらせれば……といったところで、ふと横を見ると何故か猫がいた。
小さい猫だ。
黒く艶やかな毛並みをした、少々首輪がごてごてとしている猫だ。
「にゃーん」
そんな猫が、何故かエイジス島の奥の奥にいる。
違和感を感じたヨハネスは、その猫をじっと観察した。
どこをどう見ても猫だ。
しかし、違和感は付きまとう。
このような場所にわざわざ居着くだろうか、猫が。
確かに周囲にアラガミはいない。
しかし餌を与える人間も、手に入る食料もないのだ。
そんな環境で猫が生きていけるだろうか。
更に言うことがあるならば、ヨハネスはこの猫に見覚えがあった。
そう、確かペイラーの飼い始めた猫にそっくりである。
気付いた瞬間、ヨハネスは銃を取り出して猫を撃った。
例え猫であったとしても、ペイラーの飼っている生物だ。
何かあってもおかしくはない。
そして、その考えは正しかった。
なんと猫は銃弾をその身体ではじいたのだ。
やはりただの猫ではなかった。
「―――――そう、私はアラガミである」
「っ!?」
そしてその直後に、銃弾をはじいた猫が喋り始めたのであった。
ノープランでヨハネス・フォン・シックザールと話を始めた私です。
ぶっちゃけ脳性能でかなり劣っているため、どうしようもなく不利である。
ではあるが、今このタイミングを逃せばシオは月へと飛び立ってしまうだろう。
それを邪魔する存在がいてもおかしくはない。
まあね。
そっちの方がいいと思うんだ。
私はハッピーエンドが好きなので、勇者がお姫様を救ってエンドなんかが好きだ。
なのでここは時間稼ぎをさせてもらう。
「猫のアラガミか……おかしくはないが、喋る猫……というのは些かメルヘンチックだな」
「不思議の国のアリスでも読んだかな」
「吾輩は猫である、なんていう書物もあったな」
「中々勉強しているようで」
「何、子供と会話するためには、それ用の知識は必要だろう?」
なるほど、ソーマと話したくて色々勉強していたのか。
しかし、あの事件ですべてはおじゃん、ということか。
「まあ私の話は良いだろう。君の話がしたい」
「猫の話ではなく? いや私は猫なんだが」
「アラガミでもある、と言っただろう? 喋るアラガミという存在は君と、もう一体しか見た事がないのでな」
「なるほど」
「正直な話、気になって仕方がない」
とはいえ手を止めることはない。
仕方がないのでぴょんと端末の上に乗る。
ガチャガチャと食べてしまう。
「お話し中によそ見は困る」
「ふむ。話したいということは、私を食べる気はないということか。いや、食べることができないのかな? 偏食因子の影響かな」
「まあそれは事実。人間を食べる気にはなれない」
新しく端末を出して弄り出すヨハネス。
流石にそれを食べるのは難しそうだ。
操作を邪魔しつつ話をすることにしよう。
「君は人と人との間に生きていることに疑問を抱いたことはあるかな?」
「ないな」
「ほう。それはどうして?」
「私を拾ってくれた人がいた。それだけだ」
そう。
ツバサがいなかったら私はあの場所でただ動く屍のように生きていただろう。
そうならなかったのは、ツバサのおかげだ。
感謝してもしきれない。
「……君には大切な存在があるのだな」
「そうだ。私にとって大切な、かけがえのない人だ」
「人、か」
「そう人だ。私がこの姿から変わらないのも、それが理由なのかもしれないな」
この姿のままでいることで、彼女が見つけてもらえるかもしれないという欲がある。
それは恐らく、彼女と会うまではなくならないだろう。
それほどまでに、私に根深く染みついた感情である。
そして聞きたかったことを聞く。
何故息子と喋らないのか。
私が言えることではないかもしれないが、聞いてみたいのだから仕方がない。
「貴方は息子との会話を諦めたのか?」
「ふふ……そうだね。あれは私と話すことをやめてしまったよ」
「貴方はどうなんだ? 話したくないのか?」
「さて、どうだろうね。もしかしたら……妻を失った瞬間に、諦めてしまったのかもしれないね」
「それは……」
「終わった話だよ。少なくとも、私の中ではね」
それは。
なんというか、諦めなのだろうか。
本当にそうか?
諦めてしまったのか。
もしかしたらこの騒動で話せるかもしれないと、期待していたりするのではないだろうか。
そう思うのは、私の勘違いだろうか。
「……勝手に終わらせんな、クソ親父」
そこに、ソーマが単独で乗り込んできた。
他のメンバーはというと、どうやら周囲に潜伏しているようだ。
なるほど、理解。
「来たかソーマ」
「ああ……何考えてんだ、クソ親父」
「人類の存続だよ」
終末捕喰は起きる。
必ず。
しかし、それがいつかはわからない。
ならば、それを今起こしてしまえばいい。
そういう話である。
「故にソーマ。お前は船に乗るのだ。人類を導く英雄になれ」
「おことわり……だ!」
跳躍、そして振り下ろし。
その一撃はシオを縛り付けている機械に向かって放たれて―――――
「ああ、そうだな。お前はそういう奴だ」
―――――謎のアラガミによって止められた。
アルダノーヴァだ。
「もはや時間はないぞ。私を倒し終末捕喰を止めてみるか、それとも船に乗るかだ」
そのアルダノーヴァに乗り込み、アラガミと一体化するヨハネス。
不退転の覚悟だ。
問答は無用か。
ならばこちらも奥の手を使う。
鬼車を展開し、壁に這うように組み込まれたコードを引き裂いていく。
私には機械はよく分からない。
よく分からないが、物理的に接触している部分がなくなれば、終末捕喰は起こらないはずだ。
多分だけど。
なので、これは勝負だ。
終末捕喰が起きるか、それとも阻止できるか。
そんな単純な勝負。
そしてその勝負の鍵はソーマに託されたのである。