魔法少女になりたくない。 作:煮干し
ひとりぼっち。夜の暗い、暗い部屋。
呆然としていた僕の目の前に、ソイツは現れた。
白く、可愛らしいぬいぐるみの見た目をしたナニカ。奇跡の対価に、法外な要求を呑ませようとするナニカ。
当然のように、違和感なく。最初からそこにいたかのように、或いは、最初からコレを狙っていたかの如く自然に。現れたソイツは再び言うんだ。
『ボクと契約して、魔法少女になってよ!』
実に可愛らしい見た目の──キュゥべえと名乗った悪魔の声が、無機質に響く。
頷けば、破滅は必死。頷かなければ、きっといつか、後悔する。なによりも。どこまでも。深く、辛く。
そう考えているだけでも気分が悪い。喉は異様に乾くし、頭も痛くなる。視界が眩んでは吐き気がする。
マトモな思考を回すには、時間も、心の余裕もありはしなかった。
僕にとっては最悪のタイミングで、奴にとっては最高のタイミング。これだから詐欺師は、だなんてふと浮かんだ軽口も口から出ない。
不気味なくらいの無言で、律儀に返事を待つだけのキュゥべえに、僕は────
▽
…………いやまぁ、うん。最終的に契約は拒否したんだけどもね?可能なら、
僕は命のやり取りは勿論、他人とか世界への貢献も興味はない。名も顔も知らない他人の為に戦うなんて、言っては悪いがどこか心のおかしい人か、選択肢の無い人間くらいだろう。
僕はそう、平穏に。ただ、平穏に暮らせたら、それで良い。
だから、そんなこんなで今日も僕は普通に暮らしている。暮らせている。
朝に目を覚まして支度をし、朝食を食べ、学校へ行く。そうして授業を受ける。
夕方には、学校を終えて家に帰り、趣味に復習に没頭したら、夕飯を食べてお風呂に入り、ベッドに潜ってゆっくり眠る。
そんな、代わり映えの無い行為の繰り返し。緩慢な愛すべき日々。
それでいい、それがいい。
僕は、それを望んでいるのだから。
「おはよう、ほむら」
「……おはよう、姉さん」
とはいっても、日常になんの変化も無いわけじゃあない。
身体が弱くて入院していた妹のほむらが、最近退院してきたのだ。可愛い可愛い妹が退院してきて、嬉しくないお姉ちゃんはあまりいないだろう。少なくとも、私は嬉しい。
扉を開けて、リビングに入ってきた妹に僕は笑いかける。
「お弁当、そこに置いてあるよ」
「…………ありがとう」
まぁ、妹であるほむらは最近少し素っ気ないのだけれど。あんまり笑ってくれなくなったし、僕に助けを求めることも少なくなった。
入院中、あんまり会いに行けなかったからかな?或いは、俗に言う反抗期という奴か。両親が居ない分その矛先が僕に向いたのかもしれない。
なんであっても構わないのだけれど、初めての中学校で浮かないかだけは心配だ。
「…………学校、先に行ってるわ」
「うん、分かった。いってらっしゃい」
学校、初めての筈なのに先に行くとまで言い出した。それくらいは私に案内させてもいい気がするんだけどなぁ。やはり反抗期か?
道に迷わず、あと変な輩に絡まれない事を祈っておこう。ほむらは可愛いからね。
さて、僕だけが食べた朝食を片付けたら、僕も学校に行かなければならない。今年はまだ、学生なのだから。
…………今年は、何もないといいな。
「それじゃ、行ってきます」
僕は振り返って、いつの間にかそこにいた悪魔に笑顔を向けて言ってやる。それに、なんの意味も無いとしても。
悪魔────キュウべぇは、一言も喋らなかった。