悪の組織所属のTS魔法少女、はじめました   作:布団から出られない

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理性を失ったクロは、八重達に牙を剥き始めた。相対するのは朝霧去夏。

彼女は、その持ち前のフィジカルを使って、クロの攻撃を受け流していた。だが、到底上手く行っていると断言することができないというのが、現状だ。

 

確かに去夏はクロの攻撃を受け流すことができている。だが、逆に去夏の方の攻撃も、クロには通用していないのだ。クロは去夏から攻撃される瞬間に、攻撃される部分を『動く水(スライム)』に変化させ、自身の身体にダメージが入らないようにしているのだ。加えて、クロの方は魔法による多種多様な攻撃を去夏に与えることが可能だが、去夏にあるのはその驚異的な身体能力のみ。つまり、攻撃の手札、バリュエーションが少ない。そういう意味でも、去夏とクロの戦いは、クロの方が有利であると結論付ける他ないだろう。

 

しかし、いくらクロの方が有利であるとはいえ、今この場でクロのことを止めることができるのは去夏しかいない。

いや、今この場どころの話ではないかもしれない。実際、魔法少女組のほとんどが力を使い果たし、戦闘続行不可能である。今まともにクロの相手ができる魔法少女は、来夏だけ。その来夏も、今はルサールカの相手で忙しい。つまり、去夏は絶対に負けることができない。ここで負ければ、来夏の負担が倍増してしまう。

 

(といっても、どうするか…私の攻撃は向こう(クロ)に一ミリたりとも効いていない。私の方も攻撃を受け流してはいるが……ダメージが0ってわけじゃない)

 

去夏は拳を握りしめる。

彼女には、一つだけ、この状況を打開する方法があった。

 

(いや、ダメだ。それは最終手段だ。それに……今ここで、()()の前でやるわけには……)

 

去夏は、様子見を続ける。まだ、その段階ではないと、そう判断して。

が、いつまでもクロの猛攻に耐え切れるわけではない。事実、クロは去夏が攻撃を受け流しているのを読んで、攻撃の仕方を変え、去夏がクロの攻撃に対応しきれないようにしている。怪人化が進んだ影響で、ただ本能のままに行動しているのかのように見えるが、実際にはそうではないらしく、存外理性的に動くものらしい。

 

このままでは、去夏がやられてしまうのも時間の問題だろう。

 

(仕方ない……やるしかないか)

 

去夏は、覚悟を決める。

 

(クロはここで………殺す)

 

命を摘み取る。その覚悟を。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

不思議な感覚だ。どこを見ても、真っ白な空間が広がっている。自分が足をつけている場所も、真っ白で、本当にそこに地面があるのかさえも分からない。一体ここは、どこなんだろう。

 

「よ、俺」

 

不意に、後ろから声をかけられる。そこにいたのは、かつての俺。名を、黒沢始。

 

「訳がわからないって顔してるな。ここはお前()の精神世界だ」

 

「精神……世界?」

 

「そうだ。かつてのお前()の記憶も、ここに全部しまわれてる。お前()が思い出せてない。大半の記憶も」

 

思い出せてない………? 俺は、雪のことも、愛のことも、全部思い出したはずなんだけど。

 

「ああそうだな。でも全部じゃない」

 

「ナチュラルに心の中読むのやめてくれません?」

 

「いや、だって俺はお前で、お前は俺だから。腹の中も、共有されるでしょ」

 

「こっちは共有されてないんですが??」

 

「それは俺が持ってる記憶が、まだそっちにはないからじゃないかな? あとなんで敬語?」

 

敬語に関しては許して欲しい。かつての自分が目の前にいて、それでいて独立して俺と会話をしてるのが奇妙過ぎて、なんとなく改まった態度になってしまうのだ。身構えているとでも言うべきか。

 

「なるほど……。ってそれどころじゃないんだった。一つ、質問させて欲しい」

 

「うん」

 

心の中が読めるんだったら、わざわざ質問しなくてもいいんじゃないかとは思ったが、せっかく自分と対話できるんだ。そんな些細なこと、気にしなくてもいいか。

 

「いや気にしろよ。まあいいや。お前()は本当に、このまま死んでいいのか?」

 

これは、どういう意図の質問だろうか。

別に俺は、この世界に何の未練も残っちゃいない。心配だった妹の雪にも会えた。愛も、魔法少女組と仲良くやっていけるだろう。

 

「本当にそう思うか?」

 

うん。思うよ。だって、愛は茜と上手いことやってるし、雪も就職して頑張ってる。櫻達も皆いい子ばかりだし、心配事なんて何も。

 

「逃げるなよ。俺」

 

「逃げる?」

 

「あの世界で、上手くやっていけるって、本当にそう思うか?」

 

「それは、櫻達がいれば…」

 

「櫻達は負けた。簡単に。お前()がいなきゃ、アストリッドに殺されてた。それに、愛は茜と上手くやってるっていうが、その茜はさっきミリューにやられたばっかだ。シロの洗脳もまだ解いてない。問題だらけだ。そんな状態で、本当に死ねるのか? 雪だって、安全の保証はされてない」

 

そう、か。そうだった。

考えてみれば、状況は何も解決してない。俺は……。

 

お前()は今まで、逃げてただけだ。記憶喪失も、組織に脳を弄られた影響だけなんかじゃない。お前()が意識的に、自分に都合の悪い記憶を、心の奥底に封じ込めたんだ」

 

「そ、れは……」

 

「否定はさせない。だって俺は、お前が意識的に忘れようとした、その記憶だってあるんだから」

 

そうだ。俺は、今までそうやって塞ぎ込んで、悲観して、悲劇のヒロイン面でもして、仕方ないって、どうしようもないって、ずっと逃げて……。

 

「死んでもいいってのも、死ねば楽になる。後のことは何も考えなくていいって、そういう考えが、根元にあったから、辿り着いた結論だ」

 

確かに、シロの洗脳を解いて死のうだなんて、その後のことを一切考えてなかった。ルサールカやミリュー。厄介な奴はまだ残ってるのに。

 

「かつての俺なら、そうしなかった」

 

昔の俺は、雪のために、どんなに辛いことがあっても、どんな逆境でも、逃げはしなかった。諦めが悪くて、強情で、譲らない。そんな奴だった、俺は。

 

「後調子乗りでもあったな」

 

「あーそれは、うん。そう」

 

というか多分、調子乗りな部分は今世でも健在な気がする。ほら、仮面でごっこ遊びとか、まさにその典型例だ。

 

「で、さっきの質問。もう一度させてもらうが、お前は……俺は今、死んでもいいって、そう言えるか?」

 

ああ、そうだな。

残る問題は山積みだ。組織の存在。シロの洗脳。後は……。

 

「「雪に恋人ができた時が心配すぎる!!」」

 

「息ぴったり」

 

「やっぱ俺なんだ……」

 

そう。雪の恋人。それだけが気がかりだ。勿論、将来を考えて、一生寄り添ってくれる人が必要だというのはわかる。だが、兄として、妹が変な男に捕まってしまわないか、それだけが気がかりでしょうがないのだ。勿論、可愛い妹が他の男に取られるなんてという気持ちも多少はある。が、1番は妹の幸せだ。結婚も認めざるを得ない。けど、その相手を見極めるくらいの権利は、俺にだってあっていいんじゃないか。

 

それに、今世は手のかかる妹が、3人もいるからな。このままあっさりと死んでいいなんて、簡単に言えるわけがない。雪もユカリもシロも、皆心配だから。

 

もう一度、()になる。そうか、俺は今まで、甘えていたのかもしれない。

櫻や八重が、俺のことを心配してくれるから、ついつい、自分を甘やかしてしまう節があったのかもしれない。八重の()扱いに、甘えてしまってさえいた。いや、それは言い訳か。結局俺は、自分が1番大事だったんだ。シロのためだとか、そんなことを言っておいて、自分の心を守ることしか考えていなかったんだ。

 

でも、それはもうやめる。

何のために、もう一度生まれ直したんだ。

 

もう悲劇のヒロイン面はおしまいだ。ここからは、1人の()として、妹達のために、戦う。

 

「覚悟は決まったみたいだな」

 

「ばっちりだ」

 

「そうか。今から俺の記憶を全部お前に託す。これでお前は、完全な状態、パーフェクトクロになる」

 

「何だその言い回し……ダサい……」

 

「俺はお前だぞ? つまりこの言い回しはお前のものだ」

 

「うわぁ……客観視するとこういう感じだったんだ、俺って」

 

「うだうだ言うな。早くしないと、殺されるぞ」

 

「わかってる。ここからは、パーフェクトクロだもんな」

 

「え、ダサ……」

 

「いや、誰が言い出したと…」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

去夏は、拳に強大な覇気を纏わせる。今から彼女が行うのは、液体だろうが空気だろうが、構わずに切り崩す、空間破壊の拳。この拳をふるえば、「動く水(スライム)」状態のクロも、吹き飛ばせる。ただし、拳によって引き裂かれたその体は、二度と元に戻ることはないだろう。

 

(私の力不足で………許してくれ、クロ)

 

去夏は、拳をクロに向けてふるおうとし……。

 

「悪いけど、まだ死ねないんだ」

 

正気を取り戻した1人の人間の姿を見て、彼女の腕は、安堵したかのように、そっと下ろされた。




エタってたわけじゃナイヨ
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