悪の組織所属のTS魔法少女、はじめました 作:布団から出られない
理性を失ったクロは、八重達に牙を剥き始めた。相対するのは朝霧去夏。
彼女は、その持ち前のフィジカルを使って、クロの攻撃を受け流していた。だが、到底上手く行っていると断言することができないというのが、現状だ。
確かに去夏はクロの攻撃を受け流すことができている。だが、逆に去夏の方の攻撃も、クロには通用していないのだ。クロは去夏から攻撃される瞬間に、攻撃される部分を『
しかし、いくらクロの方が有利であるとはいえ、今この場でクロのことを止めることができるのは去夏しかいない。
いや、今この場どころの話ではないかもしれない。実際、魔法少女組のほとんどが力を使い果たし、戦闘続行不可能である。今まともにクロの相手ができる魔法少女は、来夏だけ。その来夏も、今はルサールカの相手で忙しい。つまり、去夏は絶対に負けることができない。ここで負ければ、来夏の負担が倍増してしまう。
(といっても、どうするか…私の攻撃は
去夏は拳を握りしめる。
彼女には、一つだけ、この状況を打開する方法があった。
(いや、ダメだ。それは最終手段だ。それに……今ここで、
去夏は、様子見を続ける。まだ、その段階ではないと、そう判断して。
が、いつまでもクロの猛攻に耐え切れるわけではない。事実、クロは去夏が攻撃を受け流しているのを読んで、攻撃の仕方を変え、去夏がクロの攻撃に対応しきれないようにしている。怪人化が進んだ影響で、ただ本能のままに行動しているのかのように見えるが、実際にはそうではないらしく、存外理性的に動くものらしい。
このままでは、去夏がやられてしまうのも時間の問題だろう。
(仕方ない……やるしかないか)
去夏は、覚悟を決める。
(クロはここで………殺す)
命を摘み取る。その覚悟を。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
不思議な感覚だ。どこを見ても、真っ白な空間が広がっている。自分が足をつけている場所も、真っ白で、本当にそこに地面があるのかさえも分からない。一体ここは、どこなんだろう。
「よ、俺」
不意に、後ろから声をかけられる。そこにいたのは、かつての俺。名を、黒沢始。
「訳がわからないって顔してるな。ここは
「精神……世界?」
「そうだ。かつての
思い出せてない………? 俺は、雪のことも、愛のことも、全部思い出したはずなんだけど。
「ああそうだな。でも全部じゃない」
「ナチュラルに心の中読むのやめてくれません?」
「いや、だって俺はお前で、お前は俺だから。腹の中も、共有されるでしょ」
「こっちは共有されてないんですが??」
「それは俺が持ってる記憶が、まだそっちにはないからじゃないかな? あとなんで敬語?」
敬語に関しては許して欲しい。かつての自分が目の前にいて、それでいて独立して俺と会話をしてるのが奇妙過ぎて、なんとなく改まった態度になってしまうのだ。身構えているとでも言うべきか。
「なるほど……。ってそれどころじゃないんだった。一つ、質問させて欲しい」
「うん」
心の中が読めるんだったら、わざわざ質問しなくてもいいんじゃないかとは思ったが、せっかく自分と対話できるんだ。そんな些細なこと、気にしなくてもいいか。
「いや気にしろよ。まあいいや。
これは、どういう意図の質問だろうか。
別に俺は、この世界に何の未練も残っちゃいない。心配だった妹の雪にも会えた。愛も、魔法少女組と仲良くやっていけるだろう。
「本当にそう思うか?」
うん。思うよ。だって、愛は茜と上手いことやってるし、雪も就職して頑張ってる。櫻達も皆いい子ばかりだし、心配事なんて何も。
「逃げるなよ。俺」
「逃げる?」
「あの世界で、上手くやっていけるって、本当にそう思うか?」
「それは、櫻達がいれば…」
「櫻達は負けた。簡単に。
そう、か。そうだった。
考えてみれば、状況は何も解決してない。俺は……。
「
「そ、れは……」
「否定はさせない。だって俺は、お前が意識的に忘れようとした、その記憶だってあるんだから」
そうだ。俺は、今までそうやって塞ぎ込んで、悲観して、悲劇のヒロイン面でもして、仕方ないって、どうしようもないって、ずっと逃げて……。
「死んでもいいってのも、死ねば楽になる。後のことは何も考えなくていいって、そういう考えが、根元にあったから、辿り着いた結論だ」
確かに、シロの洗脳を解いて死のうだなんて、その後のことを一切考えてなかった。ルサールカやミリュー。厄介な奴はまだ残ってるのに。
「かつての俺なら、そうしなかった」
昔の俺は、雪のために、どんなに辛いことがあっても、どんな逆境でも、逃げはしなかった。諦めが悪くて、強情で、譲らない。そんな奴だった、俺は。
「後調子乗りでもあったな」
「あーそれは、うん。そう」
というか多分、調子乗りな部分は今世でも健在な気がする。ほら、仮面でごっこ遊びとか、まさにその典型例だ。
「で、さっきの質問。もう一度させてもらうが、お前は……俺は今、死んでもいいって、そう言えるか?」
ああ、そうだな。
残る問題は山積みだ。組織の存在。シロの洗脳。後は……。
「「雪に恋人ができた時が心配すぎる!!」」
「息ぴったり」
「やっぱ俺なんだ……」
そう。雪の恋人。それだけが気がかりだ。勿論、将来を考えて、一生寄り添ってくれる人が必要だというのはわかる。だが、兄として、妹が変な男に捕まってしまわないか、それだけが気がかりでしょうがないのだ。勿論、可愛い妹が他の男に取られるなんてという気持ちも多少はある。が、1番は妹の幸せだ。結婚も認めざるを得ない。けど、その相手を見極めるくらいの権利は、俺にだってあっていいんじゃないか。
それに、今世は手のかかる妹が、3人もいるからな。このままあっさりと死んでいいなんて、簡単に言えるわけがない。雪もユカリもシロも、皆心配だから。
もう一度、
櫻や八重が、俺のことを心配してくれるから、ついつい、自分を甘やかしてしまう節があったのかもしれない。八重の
でも、それはもうやめる。
何のために、もう一度生まれ直したんだ。
もう悲劇のヒロイン面はおしまいだ。ここからは、1人の
「覚悟は決まったみたいだな」
「ばっちりだ」
「そうか。今から俺の記憶を全部お前に託す。これでお前は、完全な状態、パーフェクトクロになる」
「何だその言い回し……ダサい……」
「俺はお前だぞ? つまりこの言い回しはお前のものだ」
「うわぁ……客観視するとこういう感じだったんだ、俺って」
「うだうだ言うな。早くしないと、殺されるぞ」
「わかってる。ここからは、パーフェクトクロだもんな」
「え、ダサ……」
「いや、誰が言い出したと…」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
去夏は、拳に強大な覇気を纏わせる。今から彼女が行うのは、液体だろうが空気だろうが、構わずに切り崩す、空間破壊の拳。この拳をふるえば、「
(私の力不足で………許してくれ、クロ)
去夏は、拳をクロに向けてふるおうとし……。
「悪いけど、まだ死ねないんだ」
正気を取り戻した1人の人間の姿を見て、彼女の腕は、安堵したかのように、そっと下ろされた。
エタってたわけじゃナイヨ