とある喫茶店に雇われる話 作:ハッピーエンドは素晴らしい
だが、それは悲しむことでも、恐れるモノでもない。昼に畑を耕し、夜に飯を食らうように、休みを恋い焦がれる労働者のように、休日があるからこそ、生を全うできるのだ。いつか尽きるとわかっているからこそ、その命は赤く明く燃えるのだから。
これを見て、聞いて、そうかと納得するものもいれば、いや違うと比定するものもいるだろう。ただ一つ言えること。過ぎてしまった休日は、なかなか戻ってこないものだ。
「うーむ……。」
場所は住宅地。時は夕方。一人の青年がギターケースを背に担ぎ、歩きながらあごに指をやりつつ神妙な顔をしていた。何やら大層な困りごとでもあるようで、
「明日の朝は牛乳かコーヒーか……」
訂正。たいして何も考えてなかった。
「お、カフェオレにすりゃいいじゃん。」
ぽん、と拳を手のひらに軽く打ち付け、青年はうん、と頷く。心底どうでもいいようなことだが、彼にとっては重要なことだったらしい。とても満足そうな顔をしている。
「今日何を飲むか決めておけば明日悩む必要もない。面倒事は早めに解決しておくべき…。そう思わないか?」
青年が立ち止まり、歩いてきた道を振り返る。そこには何時からそこに居たのか、街灯に照らされ輝く白い髪。そして困ったような笑みを浮かべる一人の少女の顔。
「あっちゃー。バレちったかぁ。」
あははは……。と困ったように部を掻く少女。見た目からして中学生くらいだろうか?青年はボサついた黒髪の隙間から除く瞳を赤く光らせ、少々の殺気を込めた薄い笑みを浮かべた。
「なんの用だ。
リコリス。そう呼ばれた少女は特に驚いた様子もなく、しかしその眼には今までの無邪気な輝きはない。
「やっぱ知ってるんだ?私達のこと。」
「ああ。その赤い服。ファーストクラスだろ?とうとう
青年はにやりと笑う。
「で、やんのか?」
言うが早いか。唐突に背のギターケースから布に包まれベルトで巻かれた棒状のものが飛び出してくる。驚いた様子の少女を尻目にキャッチしたそれを肩に担ぎ、ベルトの留め金に手をかけつつもう一度視線で語りかける。
ここでやるつもりか?と。
その視線の意味を理解した少女は、ハッとした様子でワタワタと腕を振り、慌てる。
「うぇ?!タンマタンマ!刺客とかじゃないよ!?私!!」
少女は必死な様子で叫ぶ。敵意の欠片もないその様子を見た青年は、一瞬呆けた後殺気を霧散させながらクツクツと笑った。十数年生きてきたが、こんなリコリスを見るのは初めてだ。
「ククッ。分かってるよ。冗談だ冗談。こんなところでおっ始めるほど俺も馬鹿じゃァない。」
「えぇ……。」
安堵からか、ガクッと肩を落とす少女の姿に青年は更に笑みを深くし、肩に担いでいたソレをケースに差し込み、格納する。
「お嬢ちゃん。随分変わってるな。名前は?」
「よく言われるよ。あと名乗るなら自分から。じゃない?」
ジト目でそう返されると青年はごもっとも。と自分の胸に手のひらを当て、恭しくお辞儀をして見せた。
「俺は
それに対し、少女はグッ、とサムズアップをしながら元気よく名乗る。
「私は
互いに暫く顔を見合い、そして同時に吹き出した。もはや先程の緊迫した雰囲気はかけらも見当たらず、近所迷惑にならぬよう小さく笑う二人の様子は傍から見れば仲の良い兄妹のようにも見える。
一通り笑った後、今度は普通に笑顔を浮かべて蓮士はもう一度同じ質問をした。
「もっかい聞くぞ。なんのようだ?千束。」
千束はビシッと蓮士を指差しながら答える。
「ズバリ、あなたを雇いたい!…らしいよ!」
「らしい……?」
蓮士はおん?と首を傾げながら質問を重ねる。
「DAにか?」
「ブッブー!違いまーす。」
頭の上で腕をクロスさせてバツを作る千束。
「うちの先生がね、個人的に雇いたいんだって。元、えーっと、いらいざー……だっけ?」
「……
「そうそう!それそれ!んっとね、言ってたのは先生。」
先生なる人物に思いを馳せ、蓮士はふむ、とこめかみを数回指で叩く。怪しさ満点……というか怪しさしかない。何より抹消者の名を知っているところからして裏の世界の中でも闇が蔓延する世界を生きてきた人物であることは間違いない。しかし、
「……フッ。」
もう一度視線を向けた蓮士の口から笑いが漏れる。千束の瞳にそういうものは宿っていない。こんなきれいな瞳を持つ少女が先生と呼び、慕う人物を疑うほうが無理があるだろう。人を見る目はそれなりにあるつもりだ。
「ちょ?なんで私の顔見て笑うよ貴様?」
「なに、悪いことじゃねえさ。むしろいいことだ。」
「はいぃ?!」
憤慨する千束。生憎と子供のあやし方など学んだことのない蓮士は、しばしの思考の後一瞬で距離を詰め、ひょいと体をつまみ上げ肩に乗せる。肩車、というやつだ。
「お、おぉ?おお!」
一瞬の硬直の後、急に高くなった視線にキャイキャイとはしゃぎだす千束。実に年相応な反応で宜しい。
はしゃぐだけはしゃいだ千束に蓮士は声をかける。
「さ、そろそろ道案内頼むぜキャプテン。」
「おー!やろーどもー!面舵いっぱーい!」
「塀に突っ込めと?」
指示通り面舵を切れば目の前に広がるのは灰色のブロック塀。塀が壊れるだろ。呆れたように言うと千束はごめんごめんと謝る。
「よーし。今度こそ出発だよ!レン!」
「あいよ。」
まずは直進だー!と、元気よく指示する千束の指示の下、すっかり日の暮れた街を歩く蓮士。
ちょうど行き詰まっていたところだ。自分を利用するつもりならそれでもいい。その分、こちらも利用させてもらうまで。
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「ん……くぁ……ッ。」
ズルッ。ソファにかかっていたブランケットが滑り落ちる。寝転んでいた青年が目を覚まし、頭から被っていたそれを無造作に退けたのだ。
「さすがだな、レン。今日も15分ジャストだ。」
コーヒーの香ばしい匂いとともに、ダンディな声が青年、蓮士の寝転んでいたソファの横側から聞こえる。
「おはよ……。ミカさん。」
声のする方を向けば、湯気の上がるマグカップを両手に持ち、柔和な笑みを浮かべる黒人男性、ミカが立っていた。彼はソファに座り直した蓮士に左手のカップを渡し、自分も隣りに座って中身をすする。蓮士もカップを位置も軽く回してから口に運べば、コーヒーの苦味が意識を覚醒させ、ミルクの甘みが後味を柔らかく締める。
「ふぃ〜。やっぱ寝起きはミカさんのコーヒーに限るね。」
「お前のそれはカフェオレだがな。」
ケラケラと二人は笑いあい、カップを空にしていく。
「懐かしい夢を見たよ。」
「ほう?」
「あんたのお使いで千束が会いに来たときの。」
蓮士はそう言うと立ち上がり、ミカの顔をじ、と見つめる。
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇか?どうして俺を個人的に雇ったのか。」
ミカはその問いに浮かべていた笑みを奥にしまい込み、何かを考えるようにしばし押し黙る。そして、何かを言おうと口を開きかけるが蓮士はそれを手で制した。
「わかってるさ。あんたと俺の契約は。その時が来るまで何も聞かずにここに雇われてほしい。そして俺のことについても深くは詮索しない……だったか。」
「……ああ。」
ミカは顔に影を落としながら答える。対して蓮士はさして気にしていないようで、笑いながら言う。
「別に無理に聞きゃしないさ。あんたのことは結構信用してるし信頼してるからな。その時が来たら、ちゃんと教えてくれよ?」
「ああ。もちろんだ。」
ミカはその言葉を聞いて、ようやく顔にかかっていた影を散らす。相変わらず損な役回りだと蓮士は苦笑し、マグカップをカウンターに置いた。
「さぁて、店開きだ。新しいフキン何処にある?」
「徹夜明けで大丈夫か?フキンならそっちの棚の三段目にあるぞ。」
「一日徹夜したくらいじゃへばらねぇよ。15分寝たし。」
むしろさんざん暴れてきたから調子いいわ。と軽口を叩く。そんなこんなで、今日も「喫茶リコリコ」の開店準備が始まる。開店時間までもう少し。
〈9月1日誤字修正〉
〈9月13日誤字修正〉