とある喫茶店に雇われる話 作:ハッピーエンドは素晴らしい
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それでは、READY FIGHT
日本某所。真っ暗な通路を赤い回転灯が照らし出し、なんとも言えぬ不気味さを醸し出していた。
「先輩、最後の警告です。引いてください。今ならまだ間に合う。」
「お前がそんなこと言うとは、珍しいな。」
その中心で向き合う二人の青年。スーツ姿の青年は弓矢を、ボサついた黒髪の青年は刀を構え、まさに一揆触発といった感じである。
「なぜだ先輩。抹消者を抜けるなど、正気の沙汰じゃない。」
「俺たちにまともなメンツなんていねェだろ。」
「死にますよ。間違いなく。上層部のしつこさをあなたはわかっていない。」
弓をギリリと引き絞り、青年は向き合った髪の隙間から赤い瞳を見据える。できれば、このまま後ろを向いて戻ってほしい。出来心だったと、本心ではないと言ってほしい。処罰はあるだろうが、死にはしないだろう。
だが、その赤い瞳は確固たる信念の光を宿して青年のことを見返してきた。
「もう、付き合ってられるか。」
「なにを……!」
グワリと見開かれた眼に映るは怒りの焔。刀の柄を血が滲むほどに握りしめ、犬歯を剥き出しにして歯を食いしばる。
「任務任務、うるせェんだよ。何を振りかざしてなんの罪もない子供を、家族の盾となった男を、愛するものを待つ女を殺さなきゃならねェ……!」
瞳に燃える焔の奥、黒髪の青年の脳裏に一つの家族の姿が映る。
痛い痛いとなく子供、血を流し、意識を朦朧とさせつつも我が子を守ろうとかばう父親。そしてそれに、なんの躊躇もなく引き金を引く男たち。
「命をなんだとか、今更いう気はねェ。言う資格もないことは俺が一番良くわかってる。けどなァ……!」
どうせこの手は汚れている。老若男女、ありあらゆる血を浴びてきた。今更殺しに嫌悪感もなければ忌避間もない。それでも、家族の暖かさを、眩しさを知ってしまったから。
「上の言うがままにそれをぶっ壊すなんて、うんざりなんだよ……!」
刀を振り払い、激情のままに言い放つ。
「俺は俺だ。この命も、この体も、この力も、あの約束も、全て俺のものだ。誰に与えられたものでもなけりゃ他の誰にだってやるものかッ!」
轟ッ!!
放たれるプレッシャーから目をそらし、しかし弓は降ろさぬままスーツ姿の青年はつぶやくように言う。
「貴方は変わってしまった。右の腕を義手としたあの日から。誰よりも冷酷で、忠実だった貴方はもういない。」
「人は変わる。大なり小なり、一瞬でも過去と同じ人間なんていねェんだよ。」
「……。」
弓はやはり降ろさない。矢をつがえたまま標的の心臓へと狙いを定め続けている。だが、弦を引くその手を離すことはなかった。
「僕も変わってしまった……。組織に仇名す敵だとわかっているのに、僕はあなたを殺せない。」
顔は影となり、その表情を窺い知ることはできない。だが、その声は震えていた。
「さっさと消えてください。そして二度と、僕の目の前に姿を表すな。竹見蓮士。」
「千晃……。」
黒髪の青年は、何か言おうと口を開きかけるが、目を伏せ、開きかけたそれを紡ぐ。そして、改めて口を開いた。
「お前こそ、二度と俺の前に立つな。」
それだけ言い残し、互いにすれ違う二人の青年。
「さようなら。先輩。」
掻き鳴らされたサイレンの音に、その言葉は飲まれて消えた。
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ここは喫茶リコリコ射撃訓練場。
そこで向かい合う蓮士とたきな。二人は2、3歩ほどの感覚的を開け、軽く体をほぐしながら向かい合って立っていた。
「お願いしますっ!」
「来い。」
たきなは一礼して構えを取り、蓮士はクイクイと突き出した指を曲げてにやりと笑う。
「フッ……ヤアッ!」
気合の声と共に、鋭い踏み込みからボディブローが放たれる。腰のひねりを右の拳へ伝達し、瞬間的に最高速度へ到達。
「へぇ……。」
蓮士はそれを見て、左腕を螺旋を描くように動かし迫る拳を外側に弾く。バランスを崩しかけたたきなにそのまま左手を伸ばすが、流石はリコリス。すぐさま体勢を立て直して足払いを仕掛けてくる。ひょいと後ろへ飛び退り、追撃とばかりに飛んできた蹴りをスウェーの応用で躱す。
その後もたきなの攻撃は続くが、蓮士にはその一切が掠りもしない。蓄積された疲労と攻撃が当たらない焦燥感。その2つがたきなの動きを荒く、単調にしていく。
「甘いな。」
「しまっ……!」
蓮士の顔面に向けて放たれた拳。しかし、それは首を傾けるだけで躱され更には懐へと潜り込まれる。苦し紛れに蹴り上げた脚刀は膝で受け止められ、首元に手刀が添えられた。
「くっ……。」
たきなの頬を冷や汗が伝う。もしもこの手刀が本物の刃物であったら、これが訓練ではなく実戦であったら、自分はどうなっていたか。その先を想像し、全身にブワリと鳥肌が立った。
「はいおしまい。」
「っ……ハァ、ハァ……。」
蓮士は手刀をたきなの首元から外し、パン、と手を叩いて張り詰めた空気を断ち切る。すると緊張の糸が切れたのか、たきなは息を荒らげながらその場にへたり込んでしまった。
「ここまでできるなら上等上等。ファーストにいねェのが不思議なくらいだ。」
「はい、……ハァ、ありがとう、ございます……!」
「おォっと!無理すんな。」
たきなは立ち上がろうと体を起こすが、どうにも膝が笑っている。転ばぬよう蓮士はその体を支え、もう一度その場へと座らせた。
「また、……フゥ、惨敗ですね。結局右手も、引いたままでしたし。」
「ククッ。そう簡単に超えられたらたまらねェよ。」
たきな自身は不服そうであるが、動きは目に見えて良くなっている。たきな元々の持ち味である正確無比な射撃と、この格闘技術をさらに磨き上げれば、遠近共にスキのないオールラウンダーとなることもできるだろう。
暫く反省点や改善点を話していると、不意にたきなが頭の後側へと手を回す。その手はガシリと何かを掴み取っており、更にその後ろから何やら悲鳴のようなものが聞こえた。
「千束。飲み物はありがたいですがそういうのはやめてください。」
「あっるぇ……?足音は消してたはずなんだけどな。」
正体は千束だ。たきなに掴まれている手には、スポーツ飲料のペットボトルが収まっている。後ろからたきなの首元にそれを押し付け脅かそうとしたようだが、直前にバレてしまったようだ。
「笑ってたの、聞こえましたよ。」
「え、声出てた?!」
マジか〜と落ち込む千束から呆れた顔をしながらペットボトルを受け取り、蓋を開けるたきな。その横顔を見ながら、蓮士は心の内でニヤリと笑った。
(こいつは化けるかもなァ……。)
千束という同年代にして破格の強さをもつ千束。そしてそれを遥かに超える蓮士。二人の間に挟まれ、たきなは強さに飢えている。
「どうなるかね……。」
蓮士はそう独りごち、話に花を咲かせる二人の姿を眺めていた。
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しばらく後
『地下鉄脱線事故から一ヶ月が経ち……』
「物騒ですな〜。」
テレビのニュースをボケっと眺めるクルミ。その手には一枚のせんべいが握られており、リスのようにポリポリとそれを齧っている。
しばらくそうしていると、、不意に後ろから頭に何か硬いものが載せられた。せんべいを口に咥えたまま振り向くと、そこには呆れ顔の蓮士が立っていた。
「なんだ?」
「どこぞのばあさんみたいだな。お前。」
日向でせんべいを齧りながらニュースを眺める自分の姿を客観的に確認し、確かに。と納得するクルミ。見た目こそ小学生程度に見えるが、やはりその仕草は年下のようには感じられない。
不思議なやつだと小さく息を吐き、蓮士は口を開く。
「ほれ。頼まれてた件だ。」
「相変わらず仕事が速すぎないか。頼んだの昨日の夜だぞ?」
「ま、そもそもこっちが頼んだことだしな。」
そう言うと、蓮士はクルミの頭からファイルを退けて手渡す。中身はパンパンで、受け取ったクルが一瞬よろけるくらいには重たい。
「よっこらせ。」
ドスンとファイルを畳の上に置き、ペラペラとめくって中身を確認するクルミ。しばらく難しそうな顔をしていたが、直ぐに表情を明るくすると蓮士に向かってうなずいた。
「うん。いい情報だ。これでだいぶ足取りが掴める。」
「そうか……。なら、よかった。」
少し、表情を綻ばせる蓮士。これからも頼む。そうクルミに軽く頭を下げたところで、下から千束が自分たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「レーン!クルミー!」
「ん?」
「どうしたー?」
はてどうしたのだろうか。蓮士が下に向かって身を乗り出すと、何やらタブレットを振りながらいいから降りてこい、と千束の指令が帰ってくる
「今回の依頼内容を説明しまーす!」
それを聞き、蓮士は眉を顰め、クルミはヤレヤレと首を振り側にあったゴーグルをかけてゲームを始める。
千束の言う依頼とは、明日に控えた護衛任務のことだろう。しかし、その件についてなら既に周知しているが…。また聞いていなかったのか、それとも依頼内容がよほど千束の興味をそそる内容だったのか。ともかく、聞きに行かねばへそを曲げてしまうだろう。
「お前は行かねェのか?」
「もう内容は把握してるし、別にここからでもあいつの声は聞こえるよ。」
それもそうか。と蓮士は納得し、階段を降りてカウンター席に座る。
「レン。飲むか?」
「サンキュー。」
奥から出てきたミカにマグカップを手渡され、口をつける。その香りを一通り楽しみ、ゴクリと喉を鳴らした。やはりミカのコーヒーは美味い。
「ちょいそこのリス!ゲームしてない!」
ミカはそのまま隣に座り、新聞を読み始める。千束は降りてこないクルミになんだかんだと喚いているが、のらりくらりと躱されている。
そんな様子を眺めながら蓮士が座敷席に視線を移すと、そこには呆れた様子のたきなとミズキ。
「ミズキさんが説明しないんですか?私、依頼内容はもう読みましたよ。」
「今回やたらと張り切ってんのよねぇ。」
ヤレヤレ、と肩をすくめるミズキ。それを目ざとく見つけた千束がタブレットで二人を指し、ちょいちょいと突っ込みを入れる。
「そこ!私語は慎む!」
へいへい、と面倒くさそうに返事をするミズキと小さくため息を付きながらも聞く体勢を取るたきな。それを見て満足そうに頷くと、千束はおほん、と咳払いを一つする。
「それでは始めよう!」
随分と長い前置きを終え、千束はようやく本題を切り出した。……まあ、全員把握済みなのだが、ここでそれを指摘するのは野暮というものだろう。
ーー依頼人は72歳の日本人男性。何者かに妻子を殺害されたという壮絶な過去を持つ人物であり、自らの身の安全の為に渡米し、そこを避難先として長らくの間生活しをていた。そして、
「えー、現在はきん……き、きん…「筋萎縮性側索硬化症。全身の筋肉がやせ細り、体の自由は愚か悪化していくと触覚、聴力、視力にも影響を及ぼす。最終的には心臓や呼吸器官が正常に動かなくなり、低酸素や高炭酸ガス血症による昏睡状態に陥った後に死に至ることが多い。現在では治療法も確立されていないから、もしかかってしまった場合その先に待ち受けているのは死だけだ。症例として挙げられるのはーー」もういい!もういいから!ヤメテ!!」
それ以上聞きとうない!と蓮士の口を塞ぐ千束。見ればミズキやたきな、いつの間にやらゴーグルを外してこちらを覗き込んでいたクルミまで、若干顔を青くさせて引いているように見える。
「どうした?」
「真顔と抑揚のない声で恐ろしいこと言うな!」
「恐怖を感じました……。」
「下手な怪談話より寒気がしたぞ。」
病気の解説をしただけなのだが、そんなに酷い語り部だったろうか。蓮士は首を傾げるが、ミカからは溜息をつかれ、女性陣四人からもう喋るなと釘を差されてしまったのでとりあえず黙っておく。
ともかく!と冷や汗を浮かべながらも、手を叩いてその場の空気を切り替えようとする千束。
「今説明した人が、今回の依頼人さんです!」
オーケィ?と周りを見回し、同意を求める。蓮士は顔の横で手首をスナップさせ、その他三人は神妙な顔つきで頷いた。
そこで、たきながふとあることに気がつく。
「自分で動けないのでは……?」
蓮士の説明通りであれば、依頼の内容からして既に単身での活動が難しい状態なのではないか。
たきなのその言葉に、千束は頷く。
「そう!去年とうとう余命宣告を受けたんだって。それで最後に故郷の日本、それも東京を見て回りたいってさ。」
つまり今回の依頼の内容全容は、命を狙われている可能性がある上、病のせいで単身での活動は不可能。それ故今リコリコには、観光の補助と同時に彼を守る為の護衛を依頼された。というわけだ。
「一度染み付いた恐怖はなかなか消えないか。」
ボソリと呟いた蓮士の声は誰に聞こえることもなく、温くなったコーヒーの湯気のように霧散していった。
不意にたきなの手が挙がる。何やら気になった点があったようだ。どうぞと千束に促され、たきなが口を開く。
「なぜ、命を狙われているのでしょうか?」
最もな疑問だ。守るにせよ戦うにせよ、敵の情報は多いほうがいい。しかし今のところわかっているのは、過去、何者かに家族もろとも自分の命を狙われていた、という情報だけである。
その疑問に答えるのは、ミズキ。彼女は、それがねぇと肩をすくめた。
「全くわかんないのよ。」
「え?何も、ですか?」
「大企業の重役で敵が多すぎるのよ。だから目星とか付けるのはほぼ不可能。」
それは面倒なことこの上ない。まあ、上に上がれば上がるほど敵が増えていくのは自然の摂理とも言える。仕方のないことなのだろう。
だが、その言葉に反してミズキの瞳はキラキラと輝いている。詳しく言うと、黄金に輝く¥の形になっている。
「でも、その分報酬はたっぷりだから!!」
「……ハァ。」
あいも変わらず現金でがめつい奴だ。蓮士はため息を付き、コーヒーを飲み切る。まあ、日本についてすぐに襲われる、ということはないだろう。観光案内となれば千束のテンションが上がるのもわかる。今回は平和な任務になりそうだ。
旅の栞がどうとか話し合っている面々を眺めながら、蓮士の口元は気づかぬ間に少し緩んでいた。
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次の日
ソワソワと店の中を行ったり来たり、落ち着きのない千束を諫ること十数回。いい加減面倒くさくなってきた蓮士は、作り置きしておいたマフィンを千束の口に放り込みその足を止めさせることに成功する。
ハムスターよろしく膨らんだ千束の口からマフィンが消えるのとほぼ同時に、店の前に車の影が見えた。それに気がつき、全員の姿勢がシャンと伸びる。
聞き慣れた入り口のベルが鳴り、入ってきたのは背広姿の長身の男性。おそらくはガードマンだろう。そしてその後ろから、車椅子に座った一人の老齢の男性が黒服の男に押されて店へと入ってきた。おそらく、依頼主だ。
『こんにちは。』
声がしたのは、男性からではなく車椅子に取り付けられたスピーカーから。かなり、異質な見た目だ。目にはゴーグル、全身には機械やチューブが張り巡らされ、その体は枯れた木の枝のようにやせ細っている。車椅子には心電図やら点滴やら、あらゆる生命維持装置が積み込まれており、まるで小さな病室のようだった。
思った以上に病気の進行が進んでいるようだ。出迎えた千束も一瞬言葉に詰まる。
『少し、早過ぎましたかね。』
その様子を見てか、機械音に少し申し訳無さが混じる。早く来てしまったのかと気にしているようだ。
「いえいえ、準備万端ですよ!ほら、旅の栞も作ったんです……あ、クルミ。」
「はいはい。ちょっとまってな。」
千束持ち前の明るさとノリで、少し暗くなりかけた空気が払拭される。話の流れで旅の栞を取り出し、千束はクルミになにか指示を出した。
蓮士はその二人の様子を見て、今朝二人と交わした会話を思い出す。
『何してんだ?二人して。』
『栞が手で持てなかったときのためにデータにしといてくれってさ。』
『レンの話聞いたら怖くなって……。』
自分の話が役に立ったなら何よりである。
男性の指示で、ガードマンたちは乗ってきた車で撤収していく。それを見届けた蓮士が用意をまとめていると、千束と男性……松下さんが何やら話をしているのが耳に入ってきた。
『ーー今や私は機械に生かされているのです。おかしいと思うでしょう?』
ピクリ、と眉が揺れる。まるで機械によって生かされていることを恥ずべきことのように言う松下に、蓮士の心がささくれ立つ。
しかし、そんな蓮士の様子を知ってか知らずか。千束はそんなことないです、と朗らかに言い、自分の胸の前で、手でハートを形作った。
「私も同じですから。」
『ペースメーカーですか?』
「いえ。まるごと機械なんです。」
『なるほど、人工心臓ですか。』
ビリ、と蓮士の右腕から嫌な音が出る。どうやら無意識のうちに力を込めすぎていたらしい。見れば、肌色のカバーの中から金属質な光沢が覗いていた。
茶化すミズキと突っ込む千束を横目にカバーを取り替える蓮士。
「え……どう、いう、」
その横で、たきなは唖然とした様子で突っ立っており、千束に視線が釘付けになっていた。それを見た蓮士は、早く案内をしたいのか車椅子のハンドルを握る千束を一瞥する。
「……言ってなかったのか。あいつ。」
「レンさん、今のって……?」
たきなは混乱から抜け出せていないようで、蓮士に説明を求めてきた。蓮士は一瞬思案してから首を横に振る。
「……流石に、千束の了承なしに教えられることじゃねェ。悪い。」
「……はい。」
蓮士はそう言うと、早く行こうよー、とこちらに手を降っている千束に片手を上げてその後ろを追う。どうして千束はこうも自分のことに無頓着なのだろうか。蓮士は人知れずため息をついた。
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東京の観光スポットを一通り見て回り、今千束、たきな、蓮士の三人は松下を護衛しつつ七夕祭りへとやってきていた。
あいも変わらず、恐ろしいほどの活気だ。いくら観光地とはいえ、ここまでの人間が集まる場所というのは日本中を探してもなかなかお目にはかかれないだろう。
千束は、護衛の任を忘れたかのようにいつもの通りはしゃいでおり、たきなは警戒こそしているようだが、人の多さに目を白黒とさせている。
雷門の下で仏像の話を聞いていたり、松下にひょっとこのお面を被せて写真を取ったり。そんな様子を遠目で眺めながら、蓮士は三人から少し離れた位置で警戒を続けていた。
「今の所敵影無し……と。」
付かず離れずの距離を保つというのは存外疲れるものだ。蓮士は小さく息を吐き、また周囲の警戒を始める。一瞬のスキが命取りだ。人が集まるということは、それだけの悪意もまた集まる。いつ何が起ころうと不思議ではないのだから。
しばらくすると、一行は一つの屋台へと近づいていく。腹でも減ったのかと屋台の中を見てみると、そこにあったのはずらりと棚に陳列された景品たち。どうやら射的をするつもりらしい。
それを見て、蓮士は深くため息をついた。
「何やってんだあいつは……。」
いくらコルクガンとはいえ、リコリスが射的の距離で弾を外すわけがない。しばらく見ていると、やはりというべきか面白いように端からポンポンと景品が倒れていく。
たきなは罪悪感を感じているようだが、千束は満面の笑みでコルクを乱射し続ける。最早悪魔か暴君のたぐいだ。店員もあんぐりと口を開けていた。
周囲で見ていた子どもたちはすげーすげーとはしゃいでおり、獲った景品を片っ端から分け与えていくため千束を応援する声が少し離れた蓮士の耳にも届く。
十分しないうちに棚からは景品が消えた。千束は満足げな顔で、いくつかの戦利品を手に車椅子を押しながら屋台から去っていく。
それからすぐに店を閉め始めた店員に向かって手を合わせ、蓮士は三人の後を追っていった。あの店員には強く生きてほしいものである。
「次の目的地は〜♪」
「千束。はしゃぎ過ぎです。」
「たきなだってお祭り楽しんでたくせにぃ〜!」
現在、千束とたきなは水上バスを使い、次の目的地へと移動していた。市内を流れる河川を利用し、渋滞を気にせず運行可能。その上景観も素晴らしいという観光にはうってつけな移動手段である。
二人が横に並んで話をしていると、突然ぺたりと首筋に、冷たい何かが押し付けられた。
「うひゃっ!?」
「きゃっ!?」
悲鳴を上げて隣を確認すると、いつの間にかそこには蓮士が立っており、その手には二本の今ジュースが握られていた。その顔には、ニヤリと笑みが浮かんでいる。
「やったな〜。」
「ククッ。楽しむのはいいが、程々にな。」
「わかってるよ〜。」
「勿論です。」
二人にジュースを渡し、蓮士は煌々と輝く太陽を忌々しげに見つめる。やはり、今日は少し暑い。ジャケットは脱いで正解だった。
蓮士は千束の傍に居た松下に声をかける。
「松下さん。二人がなにか粗相をしてませんか?」
『いえいえ。とても刺激的で、楽しいですよ。素晴らしいガイドですね。彼女は。』
素晴らしいガイド、という言葉を聞き沸き立つ千束。しかしたきなに釘を差され、シュンとしぼむ。この場には四人しかいないのに、それ以上に賑やかで退屈しない。
『あれが、延空木ですね。』
不意に、松下の声がする。彼のゴーグルが向く方へと視線をやると、そこには巨大な建造物が見えていた。
「ああ、たしか11月ごろ完成の。」
テロにより破壊された旧電波塔。それのあとを継ぐべく建造が進められている新たな電波塔だ。全高はよく知らないが、旧電波塔をも凌ぐ高さであることは間違いない。
『設計に知り合いが関わっているんです。』
「え、マジで!?」
「凄い……。」
二人の視線が延空木に釘付けになる。きっと、彼の言う知り合いに思いを馳せているのだろう。二人の惜しみない称賛の声を聞き、松下は少しだけ誇らしそうにしていた。
『そう。彼は未来に凄い物を残してる』
「じゃあ、完成したら見に来てください!またご案内しますよ!ね、たきな!」
「はい。勿論です。」
『ふふふ。楽しみにしていますよ。』
よーし!頑張っちゃうぞー!と気合を入れる千束に頷くたきな。それを見て、微笑ましそうに笑う松下。
その様子をしばらく眺め、蓮士は延空木へと視線を向けた。陽の光を反射してキラキラと輝くその姿は、その目にとても眩しく写った。
・ファイル
謎のファイル。中身を知っているのは蓮士とクルミだけであり、どんな情報なのかは誰も知らない。
とある人を探すために必要な情報らしい。
・旅の栞
千束が考えた観光ルートや予定をクルミが纏めて作ったもの。最初は紙のものだけの予定だったが、依頼人が自力で持つことができない可能性を考慮しデータ版も作っておいた。
千束曰く、「蓮士の説明を聞いたら作らなきゃいけない気がしてきた」だそう。