とある喫茶店に雇われる話 作:ハッピーエンドは素晴らしい
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それでは、READY FIGHT
あれからしばらく雑談をしていると、松下が車椅子を操作して3人から離れていこうとしているのが見えた。
「どうかしました?」
『いえ、暑いので少し中で涼んでいます。』
蓮士がついて行こうかと提案するが、松下は大丈夫だとそれを断る。自分につきっきりになる必要はないと、気を使ってくれたのだろう。依頼人に気を使わせるのはどうかと思うが、厚意を無碍にするのも憚られる、三人は近くのベンチに座り、揃ってジュースのプルタブを開けた。
「プハー!染みるわー。」
「ビール飲んだおっさんじゃねェか。」
ベンチに浅く腰掛け、背もたれにグダリともたれかかり、ジュースを呷るその姿は正しく飲んだくれのおっさんである。
「おっさん……。」
たきなはその言葉を聞いて、まず古ぼけた和室にちゃぶ台と座布団を思い浮かべた。そこにひげをつけた千束を座らせ、さらにステテコと腹巻きを着けさせる。
「ッ……!」
ジュースが口に入っていなくて助かった。口元を抑えてよそを向き、なんとか笑いを押し込める。
そんなたきなの横で、千束はあぁん?と片眉を釣り上げて蓮士に突っかかっていた。
「おっさん〜?この花の17歳をおっさん呼ばわりとはいい度胸してるじゃねぇか。コラ。」
「ならその態度をまず改めろ。ノリが完全に悪酔いしてダル絡みしてくるマダオだぞ。」
いいか?と人差し指を立てて顔を近づけ、説教モードに入りかける蓮士。こうなるとあとが長い。先のことを想像した千束は露骨に嫌そうな表情になり、蓮士越しにたきなに向けて「助けて!」と視線を送る。
「……ハァ。あの、千束。」
「ハイハイハイ!なになに?!」
「あ、おい。」
たきなは、全く、と呆れたようにため息をついてから助け船を出す。千束は説教を強引に打ち切り、たきなの隣にささっと座り直した。蓮士がなにか言おうとするが、間髪入れずにたきなが話を切り出す。
「今朝の話って本当なんですか?」
「今朝?……今朝……。ああ!」
千束はピンときていないようだ。しばらく首をひねりひねり考え込み……ようやく思い出したらしくポンと手を叩き、胸の前でハートを作る。
「これの話?」
「はい。」
「マジよマジ。鼓動なくてびっくりしたケド。でも生きてる。凄いだろ。」
えへん、と千束は胸を張る。その中にあるのは鼓動を刻む心臓ではなく、血液を送り出す機械。たきなはじ、とその胸を見つめる。
「水族館で言っていた命の恩人というのは、それと関係が?」
「そそ。私、せんてー、せんてんてー、え〜っと、……そう!『先天性心疾患』ってやつでさ。ホントはもう、生きてないはずなんだ。」
千束は昔を思い出す。ほんの少し体を動かしただけで胸は苦しくなり、移動手段は車椅子。少しずつ自分の命が消えていくあの感覚。
千束の顔に、少しだけ影が落ちた。
「そう、だったんですね。」
もしかしたら、聞いてはいけない内容だったのかもしれない。千束の顔を見て、たきなは俯く。しかし、次の瞬間には千束の顔には笑みが浮かび、真っ青な空を見上げていた。
「うん。私は、この心臓のお陰で今を生きてる。たきなにも会えたし、レンのご飯も食べられる。大切なもの、大好きなこと、いっぱい出来たんだ。」
うしし、と笑う千束につられ、たきなもまた微笑んだ。千束は本当に、曇りなき太陽のようだ。
「それは、是非お礼をしなくてはいけませんね。」
「でしょ?たきなも手伝ってね。」
「ええ。相棒の、命の恩人ですから。」
たきなはそう言って、千束の胸目がけておもむろに手を伸ばした。
「ちょ!?」
千束は目を丸くしてたきなから離れる。目を白黒させながら胸の前で手をクロスさせ、何故か困惑した様子のたきなにジトッとした目を向ける。
「ちょいちょいちょい。何すんのよ。」
「いえ、本当に鼓動がないのか確かめようと思って。」
それが何か?とでもいいたげにキョトンと首を傾げるたきな。今の行動の何が悪いのか、分かっていないようだ。
「別に確かめるのはいいけど公衆の面前で乳を触るな!」
相変わらずの天然ぶりだ。いつもは真面目で頑張っているが、たまに見せるこういうところは危なっかしくて敵わない。この子は私が守らねば!と謎の使命感に駆られる千束。
「レンも何とか言ってよ〜。」
たきなを跨いで蓮士に声を飛ばす千束。いつもなら、このあたりで蓮士がツッコミを入れてくれるはずだ。
「……レン?」
しかし返事がない。どうしたのかと千束は蓮士の前に立ち、たきなも様子がおかしいことに気が付き、その顔を覗き込む。
「……。」
その表情は、とても暗い。声が聞こえていないのかその視線は下を向いたまま微動だにせず、その瞳には光がない。ぼんやりとただそこに座っているだけなのに、その周りだけヘドロでも纏っているかのように重々しい空気が流れている。
「レン、レン!」
「……あ、あぁ?」
身体を揺さぶり、何度も呼びかけてようやく蓮士の瞳に光が戻った。重たい空気が霧散し、手で額を抑えて頭を振り、正気に戻ろうとする。
「ちょ、どーしたのよぼーっとしちゃって。」
「体調が優れませんか?」
「いや……大丈夫だ。」
フゥ、と息をつき、ようやくいつもの調子に戻る蓮士。千束はべしべしとその背中を叩き、全くもー、と明るく笑う。
「ほら、暗い顔しないの。ね?」
「……すまん。」
ポリポリと頬を掻き、バツの悪い顔をする蓮士。よし、と気合を入れ、頬を叩いて立ち上がる。それから軽くストレッチをして、千束に視線を向けた。
「次の目的地はどこだ?キャプテン。」
「にしし〜。次はねーー『千束、蓮士、たきな。聞こえるか。』……およ?」
突然インカムから声が聞こえる。相手はクルミ。緊張しているような楽しんでいるような。その声を聞いて、蓮士のスイッチが切り替わる。十中八九敵だ。
「どうした。クルミ。」
『お前らをつけてるバイクを見つけた。』
「顔は。」
『もちろん特定済みだ。名を「サイレントジン」。その静かな仕事ぶりからその名がつけられたようだ。』
「上等。」
水上バスのエンジンの音が少しずつ緩くなっていく。どうやら目的地まで幾ばくもないらしい。ここで人混みに紛れられるのは不幸中の幸いか。
はてどうしたものかと蓮士が思考を巡らせていると、唐突にミカの声が聞こえてきた。
『サイレント、か。』
「なに、知り合い?」
『あぁ。十五年前まで警備会社で共に裏の仕事をしていた仲だ。私がリコリスの訓練教官にスカウトされる前の話だな。確かに、一度も声を聞いたことがない。』
「あァ、サイレントってそういう……。」
てっきり音もなく背後に忍び寄りーー、とかそういう意味だと思っていたが、どうやらその寡黙さから付けられた二つ名らしい。なんとなく気の抜けた蓮士は、いかんいかんと首を振って二人に指示を出す。凄腕の殺し屋であることに間違いはないのだ。呆けている場合ではないだろう。
「たきな。松下さんを連れてきてくれ。悟られるなよ。」
「了解です。」
「千束。俺が迎撃に出る。お前は依頼人のそばを離れるな。」
「え、私も出れるよ。」
指示に納得していない様子の千束。たしかに彼女を連れて行ったほうが敵は早く片付くだろう。だが、今回の任務は護衛のみではないのだ。蓮士はおいおい、とおどけたように言う。
「お前は腕利きのガイドなんだろ?依頼人から離れてどうする。」
「ッ〜!うん!」
その言葉を聞き、パァッと顔を明るくさせる千束。蓮士はその頭をポンポンと軽く撫で、にっと笑う。
「任せた。」
「任された!」
千束もまた、サムズアップと笑顔を返したのだった。
程なくして停止した水上バス。蓮士は避難場所として美術館に向かう3人と別れ、とある場所へと急行していた。
「こっちか。」
『ああ。その先を右に曲がった先のロッカーだ。送った通りの暗証番号を打ち込めば開く。』
「ラジャ。」
指示通り次の分かれ道を右に曲がると、その先に一つのロッカーが見えた。駆け寄ってスマホに送られていた通りキーボードに暗証番号を叩き込み、鍵の開いたロッカーを開け放つ。
「コレコレ。やっぱこれがねェとな」
そこに入っていたのは、愛用のギターケース。ひったくるようにベルトを肩にかけ、インカムに手をかけた。
「状況は。」
『30メートル先に発見。私が発信機付けに行くわ。顔もバレてないし。』
「いいのか?俺が行っても構わねェぞ。」
『別にいいわよ。私ができる女だってところ見せたげるわ。』
蓮士は送られてきた位置情報を元に地面を蹴る。いつもの飲んだくれの状態なら止めようかとも思ったが、やる気モードのミズキになら任せてもいいだろう。
「おう頑張れよ。
『褒めるか貶すかどっちかにしなさいよ!』
「
『そこは褒めんか!!』
一通りミズキをからかうと、蓮士はス、目を細める。インカム越しにも蓮士の纏う空気が変わったことを感じたのか、ミズキの金切り声が止まった。
「死ぬなよ。」
『……あったりまえよ。まだいい男、捕まえてないしね。』
互いに小さく笑うと、蓮士は通信を切る。そろそろ位置が近い。回り込んでさっさと片付けてしまおう。まだまだ旅の栞の続きは存在するのだ。邪魔はさせない。
次に見えた分かれ道を右へ。そのまま突き当たりまでーー
ゾクリ
首筋に走る悪寒。足がピタリと止まる。
『どうした?』
クルミも蓮士の異変に気が付いたようで、インカムから声が聞こえる。蓮士はふっと顔を伏せ、目元に影を落とした。
「ミカさん。一時間経って連絡がなかったら俺を置いて撤退しろ、と二人に伝えてくれ。」
『何をっ「頼むぞ。」
それだけ言うと、ミカの声を無理やり打ち切り通信を切る。
「タイミング最悪だな。」
顔に影を落としたまま、幽鬼のようにゆらりと後ろを向く蓮士。そこにはサングラスをかけたスーツ姿の若い女が一人と、それを取り囲むように同じくスーツ姿の男が3人。
「なんの用だ。」
蓮士は尋ねる。
「ターゲット確認。」
しかし女は蓮士の言葉に顔色を変えるでもなく、質問に答えるでもなく、ただ淡々と言葉を発する。
ジャキリ。
持ち上げた手の中には、黒光りする銃が握られていた。狙いは蓮士の胸、その奥の心臓。周囲の男たちもまた、同じように銃を構える。
「
銃口が火を吹いた。飛び出す弾丸は計4つ。寸分違わず蓮士の心臓目掛けて飛んでいく。
蓮士の瞳が、朱く揺らめいた。
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「レン!おいレン!」
「だめだ繋がらん。」
リコリコに残って指示を出していたミカとクルミ。突然蓮士からの通信が途絶え、二人の額に冷や汗が伝う。
「あいつがあそこまで言うとか、結構ヤバくないか?」
ミカもクルミも、蓮士の強さはよく知っている。故に、二人に走る緊張はただならぬものであった。サイレントジンに加え、正体不明の何者か。状況は、かなりマズい。
「げ、ドローン落とされた。」
更に不幸なことに、ジンにドローンの存在がバレ、撃ち落とされてしまう。ミズキが予備のドローンを持っているが、それを使うにせよ場所を考えなければ即座に捕捉されてしまうだろう。
「まずは二人に報告だ。」
ミカも努めて落ちついたように振る舞ってはいるが、内心かなり焦っているのが伝わってくる。
事態は急速に動き始めた。
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『ーーそれから伝言だ。一時間経って連絡がなかったら、自分をおいて逃げろ、だそうだ。』
「なに、それ……。」
クルミからの通信を聞き、千束が目を見開く。自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。突然そんなことを言われて、冷静でいられるはずもなかった。
一時間。その時間が過ぎても連絡がなかったら、それが意味することは、つまり、
(そんなわけ、ない。)
ぐ、と千束は踏みとどまる。蓮士の強さは、頑丈さは、自分がよく分かっているじゃないか。
たきなへと顔を向けると、彼女も大丈夫だと頷く。
目を瞑り、スゥ、と肺に空気を送り込み、ハァ、と吐き出す。まぶたが開けば、そこには何時も通りの赤い瞳。
「とにかく、一旦美術館に向かおう。」
このまま立ち往生していれば敵に何かあったのかと感づかれるかもしれない。それに、松下を不安にさせるわけには行かないのだ。今日の思い出は、楽しいままであってほしい。蓮士にも、彼を任されたのだから。
『予備のドローンを投入してからミズキが車を回す。それまで警戒態勢だ。わかってるとは思うが覚られるなよ。』
「早くしてよ?私そういうの苦手なんだからさぁ。」
『知るか。そっちでなんとかしろ。』
クルミの憎まれ口を最後に通信を切り、しばらくもしないうちに美術館へとたどり着く。中へ入り、あちこちを案内するふりをしながらとにかく動き回る。大丈夫。まだ感づかれていない。
しかし、世の中なかなかうまく行かないものだ。暫らくすると更にクルミから連絡が入る。
『……ミズキとも連絡が途絶えた。』
「うそぉ!?」
『レンと交戦しているのはやはりジンではない……となると集団の可能性もいなめないな。ジンが仕掛けてくるぞ。』
かなりマズい状況に陥った。敵の位置も、敵の数も何もわからない。ドローンをリコリコから送ったとの連絡もあったが、そこからでは時間がかかりすぎる。一番の不安要素である蓮士の状況もさっぱりだ。わかっているのは自分たちがかなりの崖っぷちに立たされているという事実のみ。
千束もなんとかこの状況を打開しようと思考を巡らせるものの、すぐに頭から湯気が出る。こういうのは本当に苦手だ。
「私が出ます。」
「ちょ?!」
みかねたたきなが千束と松下の元を離れ、止める間もなく駆け出した。流石にこれには松下も不審に思ったらしく、何があったのかと千束に尋ねる。
「お、おトイレだそうですっ!」
あんまりなごまかし方に、千束は自分のことながら心のなかで頭を抱えた。もっとマシなものがあっただろう!と自分にツッコミを入れたくなるが、もう一度深呼吸をして落ち着くことにする。蓮士ならどうするか、などと考えるのは野暮だろう。どれだけ他人のことを考えても、それは自分自身ではないのだから。
ともかく、ミズキが音信不通となると、足の用意は期待できない。ならばたきなが敵の注意を引いている間になんとかして松下を安全なところへ連れて行く必要がある。
ついさっきまでの平穏な時間はどこへやら。旅の栞を名残惜しそうに見つめ、千束はその場から移動を始めた。
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響く銃声。
閃く閃光。
「チッ。」
蓮士は飛来した銃弾を刀で弾き、そのまま後ろに跳ぶ。一瞬遅れて今まで体があった場所へと男が一人飛び込み、手に持っていた得物を振るう。男の手の中にあるのは一丁のリボルバー。しかしその銃身からは一本のブレードが飛び出している。
「ひさしぶりに見たなその銃。ロイアル……だったか。」
蓮士は半身になることで前方から飛来した弾丸を躱す。次いで右から襲いかかってきたブレードのグリップに左手を添えて軌道をずらし、更に左から襲ってきた3発の弾丸を義手の手首を回転させ刀で弾き返す。
最後に真上から降ってきた女の蹴りを振り上げた足刀で迎撃し、弾き返したところで背を向けて走り出した。
「殺すか?」
蓮士は真っ白に輝く刀の刃を見つめてそう呟く。そこに映るのは自身の朱い瞳のみ。他の赤色は、ただ一切も写っていない。
先程から、もう5回以上は同じようなことを続けている。どうにも攻めに転じられないのだ。理由は簡単。相手が強いから。殺すつもりで掛からなければどれだけやっても倒せない。かと言ってそれで敵を殺さず済むかと聞かれれば、正直自信がない。
背後からの弾をジグザクに走って避け、T字路に差し掛かった瞬間、地面を蹴って推進力を90度変換する。
「いや、もう少し頑張るか。」
思い浮かべるのは千束の顔。もしここで自分が殺しをしてしまったとき、彼女は果たしてどんな反応をするだろうか。きっと怒って、それから拗ねて、色々あとが面倒くさそうだ。たきなもそうだろう。そもそも殺すだけでは解決しないといったのは自分だ。
ニヤリ、と蓮士の口角が上がり、犬歯がむき出しになる。
やってやろうじゃないか。
次の一歩を踏み出した瞬間体を反転。それを踏み込みとして刀を投擲。弾丸と見紛う速度で飛翔するそれは、路地を曲がってきた男の肩を貫き、壁へと突き刺さって体を縫い付けた。
「お、ラッ!」
助走をつけ、一瞬気が逸れたもう一人の男に向けて飛び蹴りを叩き込む。当たる直前に反応され、腕をクロスさせて防がれてしまったがまあいいだろう。男は衝撃によろけて怯んでいる。
そのスキに突き刺さっていた刀を引き抜き、ズルリと倒れ込んだ男を尻目に体を沈めて背後からの銃弾を躱す。振り向きざまに、回り込んできていた3人目の男に向けて仕込んでおいた2本のナイフを投擲。男はその間を縫うようにしてナイフを躱しつつ銃撃をしかけてくるが、問題ない。
「ッ!?」
ピン、と男の体に何かが触る。それと同時に体の自由が聞かなくなっていき、最終的にはその場に倒れ込んだ。もがく男に絡みついているのは、ナイフだと思っていたものを両端につけた一本のワイヤー。新作の捕縛武装である。
「寝てな。」
パチンと指を鳴らすと電流がワイヤーに流る。男は悲鳴を上げてもがき苦しむが、じきにピクリとも動かなくなる。おそらく体中に酷い火傷ができているだろうが、こちらは命を狙われたのだ。許してほしい。
そうこうしていると、背後で飛び蹴りを見舞った男が回復していた。一気に蓮士の背中へ駆け寄り、ブレードを振りかざす。
「ハアッ!」
まだダメージが抜けきっていないらしく鋒がブレているが、人一人殺すには十分すぎる威力だ。
「気をつけな兄ちゃん。」
しかし蓮士は慌てた様子も見せななければ、振り返ろうともしない。
なぜなら、既に勝負は決していたから。
「そこは、俺の間合いだ。」
刃を体の横から後ろに突き出し、その鋒は男の太腿に深々と突き刺さる。痛みで動きが止まったのを気配で察知。回転しながら体を跳ね上げ、刀を返した。
「シィッ!」
ゴスッという鈍い音。男の顎が打ち抜かれる。もちろん、刃を立ててはいない。脳を揺らされ、骨は砕け。その身に走った激痛に男は白目を向いて吹き飛ぶ。
蓮士は勢いでくるりと回転し、後ろで男が倒れた音を聞きながら着地。そしてなぜか襲ってこようとしない女に向けて血の滴る鋒を向けた。
「やんねェの?あんた。」
ひと目見てなんとなく感じていたし、先程何度か攻撃を弾いて確信した。この女だけ、今転がっている男たちよりも別格に強い。やり合えば遅れを取るつもりはないが、簡単に勝たせてくれるような相手でもないだろう。しかし銃も構えずその場に直立し、本当になんのつもりだろうか。
女は暫く蓮士のことをじっと見ていたが、突然ハァ、とため息をつく。完全に敵意も警戒心も感じないその様子に蓮士は眉をひそめるが、罠かもしれないと警戒は解かない。
「やめてくれへん?やる気になったレンにぃと真正面からやり合おうとか正気の沙汰やないわ〜。」
「はあ?」
しかし唐突に女の口から飛び出してきたなんとも気の抜けた関西弁を聞き、蓮士の体からガクッと力が抜ける。女はその様子を見て愉快そうにケラケラと笑い、サングラスを外した。
「カカカッ。驚いたやろ?ウチやてウチ。」
「……?」
「ええ、わからへんの?」
何やらムスッとした顔をされるが、頭から爪先まで彼女のことをじっと観察してみても正直心当たりがない。なんのこっちゃと首を傾げていると、女はズカズカと蓮士に詰め寄ってくる。
「ぎょーさんアイス奢ってくれたやんか!」
「アイス?………アイス………。ん?」
アイス。その言葉に一つ、脳裏に引っかかる記憶があった。抹消者を抜ける直前の話だが、ようやく年が二桁になった頃の少女が抹消者に入ってきた。その少女と任務が一緒になるたびアイスをねだられていたような。
よく見てみると、目元とか、髪色とか、方便とか、笑い方とか。目の前の女にはところどころにその少女の面影を感じる。
「……お前、なのは?」
「せやせや!
フフン、と満足げに笑うなのはの姿を見ながら、ずいぶん大きくなったなぁ、といつぞや千束に言ったことと同じ言葉が頭に浮かぶ。子供の成長ははタケノコのように早いとは聞くが、正しくそのとおりだ。
しかし、今はこんなところで昔話に花を咲かせている場合ではない。あれからかなり時間が立っているのだ。戦況もどう動いているのかさっぱり見当がつかない。蓮士は険しい顔をしながら口を開いた。
「で、なんだよ。俺のこと消しに来たわけじゃねェの?」
「構わへんとは言われとるけど無理無理。やる気も起きへんわ。」
完全に殺す気だったろうが。それに最初の物騒な言葉と大層な殺気には何だったのか。蓮士が突っ込むと、なのははあっけらかんと答える。
「そこで寝とるボンクラ共は殺す気でかからなレンにぃの相手にゃならへんやろ?最初のは、ほら。あれくらい言わんと足止めてくれへんやろ。」
「殺しに来たんじゃなきゃ何しに来たんだ。まさかほんとに遊びに来たわけでもねェだろ?」
「そらまぁな。」
なのはの言葉を聞いてわかるとおり、今の所手を引かれてはいるが、蓮士は言ってみれば裏切り者。別に殺されても文句は言えない立場だ。そんな人物の元へと武器まで持ってきて、殺しに来たわけではないならば何をしに来たというのか。蓮士の頭に?が生える。
「んっとな。レンにぃの足止め。」
「お前、まさか松下さんの……」
「松下ぁ?誰やそれ?」
このタイミングで自分の足止めをしてくるとは、まさかなのはが依頼人の家族を殺した犯人では?とも思ったが、彼女の反応を見るにどうやらそういうわけではないらしい。まあ国外に逃げたところで抹消者から逃げ切れるわけもないのだが。
蓮士が納得したところでなのはは人差し指を立て、神妙そうな表情になる。
「ちょーっと不味いことになっとってなぁ。レンにぃをここに縫い付けろって言われとったんや。」
「不味いことってなんだよ。」
「それは流石に企業秘密、やで……ん?」
なのははそう言っていたずらっぽく笑う。すると突然彼女のズボンのポケットから底抜けに明るいアップテンポな曲が聞こえてきた。
「お、もしかして。」
ポケットに手を突っ込み、取り出したのは一台のスマホ。ちゃちゃっと画面をいじって耳に当てる。
「もっしもーし。アッキー。そっち終わったんか?……ほーん。おつかれさん。……ん?こっち?レンにぃと話でもしてく?……なんやめんどいやっちゃのう。ま、ええわ。ほんじゃな。」
なのははスマホをポケットにしまい、小さく息を吐く。蓮士が疑わしい目でその様子を見ていると、ニカッと笑顔をこちらに向けてくる。
「はい、足止め終わり!悪かったなぁ時間とらせて。」
「は?」
「なんや?タイミング最悪〜言っとったやないか。はよ行かんでええんか?」
悪びれた様子もなくそういう彼女に、蓮士は呆気に取られる。そして、その言葉の意味を完全に飲み下した瞬間、沸々と自分の中に怒りが湧いてくるのがわかった。
「あれー?なんや怒っとる?」
なのはも蓮士の様子に気がついたらしく、一歩後ずさってたらりと冷や汗を流した。
「もっと穏便に済む方法なんていくらでもあったろうが……!この脳筋共めが!」
「え、あー。ごめんなぁ?」
ゴゴゴ、と眉間に血管を浮かび上がらせ、行き場のない怒りでプルプルと震える拳をなんとか抑える。なのはも流石にまずいと感じたのか、あざとい表情で手を合わせて謝ってくる。しかし蓮士はザリ、と一歩前に踏み出し、ぐっと左手を引き絞った。なのはの顔が青ざめる。
「え、あ、ちょ。」
ボカン!
鈍い打撃音と一つの悲鳴が、昼間の東京に響き渡った。
「チィッ!何なんだよ本当に!」
蓮士は悪態をつき、旅の栞の内容を頼りに走る。栞の通り動いているなら今は美術館か駅の方にいるはずだ。時計を見ると、あれからもう一時間経つ頃だ。インカムのスイッチを入れ、手を添える。
「もしもし!」
『おお、無事だったのか。レン。』
「ああ無事だよ!状況は!」
『何か怒ってるか?』
出たのはクルミ。蓮士の声から感じられる怒りというか気迫というか、そういうものに押されて少し声に戸惑いが感じられる。
『状況の前に、何してたんだお前。』
クルミの質問に、蓮士は時間が惜しいと矢継ぎ早に答える。
「昔の同僚に足止めされてた。理由は知らん。」
「なんじゃそりゃ。」
「知るか!こっちが聞きてェわ!」
目を釣り上げて虚空を睨みつける。本当にいらない時間と体力を消耗させられた。今度合ったらもやつの頭にう一発げんこつを叩き込んでやろうと心に決める蓮士。
何も今じゃなくてよかったろう。色々な考えが頭の中に浮かんでは消えるが、今はそんな場合ではない。叫ぶようにインカムに向けて状況を確認する。
『たきなが工事中のエリアで交戦中。ミズキが捕まってたけど脱出して駅まで依頼人を迎えに行ってる。』
「了解!取り敢えずたきなの援護につく!」
『それはいいが……大丈夫なのかお前?』
「大丈夫に見えるか!?」
なんか、ごめん。インカムからクルミのそんな声が聞こえてくる。余計にいたたまれない気持ちになるのでやめてほしい。蓮士はジンに全ての怒りをぶつける決意をし、壁を蹴りつけて近くの建物の屋根に跳び上がる。
「すぐに合流する!」
とにかく時間が惜しい。たきながそう簡単に負けるとは思わないが、ミカがプロだと言うならばそれはかなりの手慣れだろう。
「何が任せただ。情けねェ……!」
屋根伝いに跳んで、走って、最短距離のショートカットで現場へと急行する。
間に合ってくれと一心に願うも、工事現場に踏み入れると同時に蓮士の耳に銃声が響いた。
「千束!にげて!」
次いでたきなの悲鳴のような声が聞こえる。
蓮士の目の前で、たきながジンと思われる一人の男とともに、工場の足場から落ちていくのが見えた。
・人工心臓
千束の胸の中にある機械仕掛けの心臓。アラン機関から送られた千束に対しての支援。十年以上前から千束の体中に血液を送り続けている。
その心臓は、ただ一定にその命をつないでいる。
・ロイアル
抹消者の標準装備。スイングアウトのリボルバーで、銃身下部には近接用のブレードが格納された特殊な作りをしている。戦闘時はブレードを展開して使用する。
この銃を抜くということは、組織に忠実であるという証である。
・新作の捕縛武装
蓮士とミカの手によって開発された新武装。手で投擲して使用し、相手を捕縛して一定時間立つとワイヤーに電流が流れる仕組み。両端がナイフのような形状になっているのは、投擲しやすいように改良した結果である。
吾輩は投擲用捕縛武装である。名前はまだない
〈9月29日誤字修正〉