とある喫茶店に雇われる話 作:ハッピーエンドは素晴らしい
千束の心臓のことも書いたので、そろそろ蓮士のことも明かしていきたいなと思っている今日このごろ。少し時間が開くやもしれませんが、気長にお待ちくだされ。
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それでは、READY FIGHT
「ッ……!」
たきなはたった今、自身の直ぐ側を駆け抜けていった弾丸に冷や汗を垂らした。撃ってきたのは、目の前を駆けていくコート姿の男、サイレントジン。
依然連絡は取れぬままだが、ミズキが取り付けてくれていた発信機でなんとか追跡ができている。既にかなり近くまで入り込まれていたと知ったときは焦ったが、遮蔽物も多く追跡しやすいのは不幸中の幸いか。
たきなも応戦するものの、コートが防弾らしく銃が効かない。頭を狙うわけにも行かず、時折向けてくる威嚇射撃を躱しながら発信機を頼りに追跡を続ける。
『ジンは屋上の扉を出て左に逃げたぞ。』
「了解。」
クルミからの指示を受け、屋上への扉を開け放つ。周囲を警戒するものの、そこにはジンらしき影も気配もない。
(おかしい。)
まさか。頭に過ぎった可能性に、たきなの顔がさっと青ざめる。クルミの指示通り発信機を追うが、案の定。そこには脱ぎ捨てられたコートが一着あるだけだ。
「クルミ!」
『わかってる。いまドローンで……見つけた。結構早いな。』
「追跡します。」
クルミの声を聞き、即座に駆け出すたきな。障害物を飛び越え、もっと早く動けと自身の足を叱咤しながら屋上を駆け抜ける。
そして、見つけた。こちらに背を向け、工事用の足場の上から下に向けて銃を構えている。その先にいるのは千束と松下。まだ、こちらには気がついていないらしく、何やら話し込んでいる。サイレントの名は伊達ではないらしい。
ジンの指が、引き金にかけられた。
(させるかっ!)
走りながら銃を眼前に構え、一発。銃口から火花と共に吐き出された弾丸は、見事ジンの手の甲に直撃。手袋すら防弾使用なのか弾が貫通することはなかったが、小さくない衝撃に標準がブレた。撃ち抜いたのは松下でも千束でもなく、その近くの地面。
「千束!逃げて!」
なりふりかまっていられない。たきなは即座に体勢を整え、こちらに気がついたジンに向かって突っ込んだ。この下は工事中のはず。運良く鉄骨の上にでも落ちてくれれば、少なからずダメージは受けるはずだ。
たきなの瞳に一瞬映った、驚いたように見開くジンの眼。
「アァッ!」
ダンッ!
何か硬いものにぶつかった鈍い音。そして感じる浮遊感。一瞬体が浮かび上がり、しかし直後には重力に従い落下し始める。
「たきなー!」
千束の声が聞こえた。流石に後先考えなさ過ぎたかな、と自嘲しながら、たきなは受け身を取るべく体を丸める。この体勢では完全に衝撃を逃がすことはできないだろうが、やらないよりはいくらかマシだ。
(〜〜!!)
目を瞑り、歯を食いしばり、衝撃に備えるーー
ポスッ
「?」
しかし、次の瞬間に感じたのは地面に叩きつけられた硬い衝撃ではなく、体を包み込む柔らかくガッシリとした感触。頭をガッチリと抱えられ、腰もホールドされる。
直後、襲いかかる衝撃。しかしそれはクッションの上に落ちたときのように、鈍く緩くたきなに伝わってきた。抱きかかえられていた感覚が消え、たきなはムクリと体を起こす。
「いっつ……。」
目を開けると、そこにはよく知っているカーキのミリタリージャケット。視線を上に向けると痛みに顔を歪める蓮士の顔が見えた。
「レンさん。無事だったんですね。」
「なんとかな。……あぶねッ!」
安堵の表情を浮かべたたきなをもう一度抱え込み、蓮士はごろりと横に転がる。すると一瞬遅れて自分たちがいた位置に銃弾が掠め、奥の資材へと直撃した。それを見送った蓮士はそのまま思い切り地面を平手で叩き、反動と回転の勢いで立ち上がる。
「今、たきなを狙ったな……。」
どうにもヘイトがたきなに向いているらしい。鋭い視線がひしひしと突き刺さる。ここに至るまでの追跡や最後のタックルで、たきなのことを脅威だと判断したのだろう。
たきなを解放し、一歩離れたところで蓮士の眉間にシワが寄った。たきなの手には、何時も握っている銃がない。
「お前、銃は。」
「それが、落ちるときに手放してしまったようで……。」
近くに落ちている様子もなく、探してすぐに見つかるようなものでもないだろう。本当に、このタイミングで、駆けつけることができたのは幸運だった。
蓮士はベルトに固定しておいた刀に手を伸ばす。
「なんだ!?銃声?」
「警察呼べ!」
しかし耳に入ってきた音を聞き、はっとした顔でその手を止めた。どうにも近くに作業員がいるらしく、パニック気味な悲鳴と逃げ惑う足音が聞こえてくる。ここで一戦交えるのは、不味い。下手をすると流れ弾に巻き込んでしまう可能性もある。
「とりあえずここから離れるぞ。気休めだがこれ持っとけ。」
「有難うございます。」
たきなに一本、短刀を投げ渡し、二人はそこから駆け出した。戦うにせよ何にせよ、まずは人気のない場所に出る必要がある。蓮士は走りながら飛んできた弾丸を跳弾しないよう右手で掴み、千束に無線で指示を出す。
「千束。今のうちに依頼人を安全なとこまで連れてけ。」
『うん。……ってレン!?無事だったの?!』
「後にしろ!」
入り組んだ道を走り回り、なんとか人気のない場所へと出た蓮士とたきな。コンテナが立ち並ぶその一角で、もうそろそろ反撃に出るかと蓮士は刀の柄に手をかける。
飛来する弾丸を捕捉。弾道と気配からジンの位置を計算して一歩踏み込みーー
その弾丸を躱してしまった。
「しまッ!?」
一瞬遅れて自分の失態に気がつく。もしこの場にいたのが、自分ひとりだけのであれば問題ないのだが、今回は自分の後ろ、銃弾が向かう先にはたきながいる。
「うぐっ……!?」
うめき声と共に、彼女の太ももに赤い筋が走った。
「たきなッ!」
「大丈夫、です!」
痛みで顔を歪ませ、前につんのめりながらも気丈に叫ぶたきな。蓮士は自身の不甲斐なさにギリ、と歯を鳴らした。
あの時と何も変わっていない。本当に、自分が嫌になる。
上から、気配がした。怪我をしたたきなを先に始末しようと、ジンが進路を変えたらしい。やつの銃が、たきなに向けられた。
「ッ!!」
しかし引き金が引かれるよりも早く、たきなは、ジンに向けて短刀を投擲。ロクに踏み込みもできずに投げつけられたそれを、ジンは軽々と避けてみせるが、たきなから短刀へと一瞬意識がそれた。刹那、蓮士は地面を蹴りつけてたきなの頭上へと飛び上がり、コンテナの凹凸に足をかけて加速する。
「シィァッ!」
抜刀。上から下へと駆け上がりながら振り抜いた刃がジンの鼻先を掠める。次いで重力に従い、落下しつつ石突を振り下ろすものの後ろへ飛び退き躱される。
蓮士は着地と同時に前へ跳び、ジンが後退しつつ放った弾丸を左右交互に一歩踏み出すことで躱す。更に続け様に放たれた弾丸を右手首を回転させて弾き、踏み込みと共に体を捻って刃を横薙ぎに振り払った。
「……」
ジンは冷静に屈んでそれを躱し、仕込んでいたナイフを両手で掴んで蓮士の心臓を狙って踏み込む。大ぶりに振られた刀は後ろに流れ、目の前にはノーガードの胸がさらけ出されている。
仲間を傷つけられ、冷静さを欠いたか。ジンのナイフは吸い込まれるように、蓮士の心臓へと伸びていくーー
「ラアッ!!」
バギッ!
「グフッ!!??」
気合と共に、下からすくい上げるようにして左手で鞘が振り抜かれる。胸の反りをバネにして放たれたそれは、ジンの脇腹に直撃。衝撃に耐えかねナイフと銃は手から離れて空を舞い、体は欄干を飛び越え硬い地面へと叩きつけられた。
蓮士は即座に吹き飛んだジンを追う。しかし既にジンの意識は無い。ササッと手足をワイヤーで縛ってその場に放り、すぐさま壁にもたれて傷口を抑えるたきなの元へと駆け寄る。
「大丈夫か?」
「はい。問題ありません。」
問題ないとは言っているが、痛いものは痛いのだろう。彼女の額には脂汗が滲んでいた。蓮士はその様子を見て悔しさやら情けなさやらがこみ上げ、思わず歯噛みする。自分がついていながら、なんて失態だ。
しかしそうしていれば事態が好転するわけでも、彼女の怪我が治るわけでもない。蓮士は何時かやったように、たきなをギターケースの上に座らせて応急処置を始めた。
「悪い……。」
「そんな。任せきりにしてしまった私にも否があります。それにこれくらいの怪我で音を上げていてはリコリスなど務まりませんよ。」
「そう、か。」
安心させるように笑うたきな。しかし蓮士の表情は以前暗いままだ。このままではいけないと、彼女は話題を変えることにした。
「それよりも、ここに来るまで一体何を?」
「昔の同僚に足止め喰らってな……。おかげでこのザマだ。」
処置を終え、道具を片付けながらハァ、と疲れたようにため息をつく蓮士。彼の昔の同僚。千束の言うことが正しいとすれば、「イレイザー」なる組織の構成員だろうか。たきなが考えを巡らせていると、こちらへと近づいてくる足音が一つ、聞こえてきた。何やら走っているようで、随分と間隔が狭い。
「レェェエエン!!」
コンテナの角から姿を表したのは、千束だ。ボブカットの白い髪を揺らして、二人に向かって走ってくる。……何故か拳を振り上げながら。
「なんだッ?!」
「ち、千束?!」
それに気がついた蓮士は、素っ頓狂な声を上げて身構える。たきなもその気迫に押され、横で目を丸くしている。対して千束は目を釣り上げ、ウガー、と歯を剥きながら更に加速する。
「一発殴らせろ!!」
「なんでだよ!」
とう!と少し気の抜ける気合と共に放たれた千束のパンチ。蓮士はそれを手首を掴んで止め、もう片方の手を振りかざそうとしていることに気が付きその手も掴む。
「はーなーせー!」
「理由を述べろ理由を。なんで殴られにゃいけねェんだ!」
千束は決まってるでしょ!と顔をぐいっと蓮士に寄せる。
「私達を心配させたバツ!」
「あ……それは、悪かった。」
「え、いや素直に謝られると反応に困るというか……。」
千束の手を解放し、さあ好きなだけ殴れと両手を広げる。しかし、蓮士のその様子に千束はすっかり毒気を抜かれてしまっていた。顔にはなんとも言えぬ表情が浮かび、振り上げた拳からは力が抜け、申し訳程度に一発小突くだけに留まる。
「もういいのか?」
「なに?新手の変態?」
「いや、別にそういうわけじゃァないが」
先程の緊迫した状況から一転。なんとも締まらないその光景に、たきなはフフッと小さく笑う。
しかし直後に聞こえてきた声が、その空気を引き裂いた。
『殺すんだ。その男を。』
三人が声がした方を向くと、そこには何故か松下の姿。少しおくれて、息も絶え絶えといった様子で肩を上下させるミズキがそれを追いかけてくる。
蓮士の眉間にシワが寄った。今までのゆるい雰囲気が一気に険悪に染まる。蓮士が松下の前に立ちふさがり、ギロ、と睨みつける。
「なに言ってんだあんた。」
『君も何をやっている。期待外れだよ。』
「ハァ?そもそもなうちは殺しの依頼は受けてねェんだよ。」
『ソイツは私の家族の命を奪った男だ。殺してくれ。』
「おい。」
『殺してくれ。』
なんだ?こいつは。
蓮士の背筋に得たいのしれないなにかが走る。言葉通りに松下の意思を捉えるならば、家族を殺した相手に途方も無い憎悪を感じているといったところか。感情の起伏もなくただただ淡々と殺しを強要してくるあたり、もはや狂っていると言ってもいい。
だが、本当にそうか?
なんだ?この違和感は。
蓮士の思考がぐるぐると渦巻く。
『あの時、私の手でやるべきだった。家族を殺された二十年前にね。』
とても苦しげな声だ。家族を殺され、何年もの間海外に身を隠し、そのうえ家族に看取られることも叶わぬままその生涯に幕を閉じようとしている。その元凶が目の前に転がされているのだ。気が狂ってしまうのも致し方ないのかもしれない。
「で、でも……!」
千束もそんな松下の声に、なんと言えばいいのかわからず口籠ってしまう。
膠着状態に陥り、蓮士がもう一度口を挟もうと息を吸い込んだとき、不意にインカムからミカの声が聞こえてきた。
『二十年前……?』
「どうした。」
『二十年前なら、ジンは私と共にいたはずだ。』
話が食い違う。ミカの言うジンと、松下の言うジンが全くの別人である可能性もなくはない。だが、サイレントという異名まで持っているとなれば話は違う。第一、ミカも松下も、ジンの容姿を見て本人だと判斷している。方や長年相棒として連れ添った仲。方や家族を殺された宿敵。どちらも人違いという可能性は、低い。
「あんた、さっきから何を……」
『君が、君がやってくれ。君はアランチルドレンのはずだ!』
この男は何を知っている?蓮士の胸の中で松下への疑惑がさらに膨れ上がる。千束がアランチルドレンであることは確かだ。しかし、だから何だというのか。まるで千束のことをよく知っているような口ぶりだが……。
千束が梟のチャームを松下に見せ、優しく微笑む。
「私はね、リコリスだけど、誰かを救える仕事がしたいの。……これをくれた人みたいに。私を救ってくれた人みたいに。」
『何を、言っているんだ……。千束。それでは、アランが、君の命を……。』
千束の言葉に男の声が揺れる。それを聞き、蓮士の眼が細くなった。ようやく違和感の正体にようやく気がついたのだ。
先程からこの男には、何も感じない。言葉は荒く、さらに情緒が不安定になっているにも関わらず、松下自身からは怒気も、憎悪も、殺意も感じられない。呼吸も常に一定。いくら病気で身体の自由が聞かないとはいえ、これはあまりにも異常だ。
未だに諭すように千束へ殺しを促す松下のゴーグルを、蓮士は横から手を伸ばしてもぎ取る。
『何をするんだ。』
「ちょっと!?なにしてんの!」
「レンさん!」
後ろから千束とたきながその腕を掴み、非難がましい声を上げる。しかし蓮士の苦々しい表情を見て、二人ははっと男の方へと視線を向けた。
「松下……さん?」
車椅子に座っている男の目は固く閉じられている。眠っているらしい。困惑する千束とたきな。蓮士は一つ舌打ちをし、ゴーグルと車椅子を忌々しい目で睨みつける。生命維持装置だと思っていた機械は全て、その機能を停止していた。
「え、どう……いう?」
「誰か知らんが、掌で踊らされてたわけだ。クルミ。」
『駄目だ。電源も切れてるんじゃ後は追えない。』
蓮士はもう一つ舌打ちをし、ゴーグルを握りつぶす。本当にやってくれる。
誰が通報したのか、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてくる。未だ意識のないジンを抱え、呆然としている二人に撤退を促す。蓮士は昼間、観光地を巡っていた二人の様子を思い出し、
ギチリと、歯を鳴らした。
_________________________
夕日が照らす東京の街の一角を疾走する一台の車。運転席にはミズキ。その他クルミを除いたリコリコのメンバーと、+αジンが乗っている。
「ミカ、お前の部下は……凄まじいな。」
「だろう?部下ではないがな。」
ジンからの蓮士の評価に、ミカの声には少し誇らしそうな響きが混ざる。信頼する仲間が強いと言われ、悪い気になる人間はそういないだろう。
「ジン。そっちの依頼人は誰だ?」
「……三週間前、女が直接訪ねて来た、報酬はその場で現金先払い。依頼者のプライバシーは、聞かない主義だ。」
「二十年前、松下の家族を殺したのはお前か?」
「その頃はお前といたろう。……それよりミカ、足はどうしたんだ。」
「これはーー。」
二人は今日のことを話し合っていたが、暫らくすると会話は少しずつ昔話へと逸れていく。その様子をぼうっと眺めながら、蓮士は松下に言われた言葉の意味を考えていた。
『期待外れだよ』
松下と名乗ったあの存在は、自分に向けてそう言った。どういう意味だと考えるが、全く身に覚えがない。
抹消者を裏切る形で離反し、裏の仕事をこなしつつ生活していたところをたまたまリコリコに拾われた。
個人で裏の仕事をしている以上、少なからず恨みを買うことはあった。リコリコに来てからかなり減りはしたが、逆に襲われたこともあったし、ヒヤリとしたことは一度や二度ではない。
しかし期待外れだとかなんだとか、そんなことを言われるような人物と知り合ったことはないし、言われる筋合いもない。
「抹消者に関係のある人間……ってことか。」
可能性としてはそれしかないが、正直に言って心当たりがない。仮に松下が抹消者の人間だったとすると、あそこまで千束に執着する理由も解らなくなる。
闇の中から見たくもない真実でも這い出してきたような気分だ。
「ままならねェな……。」
ガシガシと頭を掻き、ハァ、とため息を一つつく。現状言えることは、この先自分のことでリコリコに迷惑がかかるかもしれないということ。それこそ、誰かに命の危険が迫るかもしれない。
もう少し引き伸ばしたかったが、いい加減、自分のことも話したほうがいいかもしれない。でも、もしそれでこの中の一人にでも拒絶されたとしたら……。
そこまで考えたところで、ふと蓮士は横から向けられている視線に気がついた。
「何だよ。」
「襟のとこ、なんか付いてる。」
「え、どれ?」
千束がジャケットの襟に手を伸ばし、そこについていた何かをひょいと摘み取る。
「うーん?なんだこれ。」
「手紙でしょうか……?」
「手紙ィ?」
千束が手に持っていたのは、折りたたまれた一枚の紙切れ。裏を見ると、そこには丸っこい字で「レンにぃへ」と書かれている。
「うーんと?『またアイス奢ってーな♡。なのはより』だって。」
「なのは?」
なのはって誰だ?と二人が首を傾げていると、突然蓮士が千束の手から手紙をひったくる。そして何度かその文面を読み返した後、顔を伏せてプルプルと体を震わせ始めた。
どうしたのかと千束が蓮士の顔を覗き込む。
「れ、レn−
「あンのクソガキィィイイ!!」
うっひゃあ?!」
直後、爆発。車が揺れるほどの大音量で放たれた、もはや咆哮とも言える叫び声。至近距離でそれを受けた千束は耳を塞いで思わずのけ反り、たきながなんとか受け止める。他の面子もビクリと肩を震わせ、何があったとそろって蓮士の方を向いた。
「ふざけんなよ!おかげで駆けつけるのが遅れたってのに!」
「ちょいちょいちょい落ち着いて!」
「落ち着いてられるか!今度会ったらこっちでぶん殴ってやる!」
「なのはさんがどなたか知りませんが流石に死にますって!」
「いっぺん殺して生まれ直させてやろうか!」
「それは駄目でしょー!?」
「うるせェええ!!」
ここ数時間で溜め込んだストレスが、この手紙を起爆剤にして爆発したらしい。珍しく感情的に怒鳴り散らす蓮士を千束とたきながなんとか宥めようとするが、これはしばらく止まらないだろう。
そんな三人の様子を見て、ジンはふむ、となにかに納得したように頷いた。
「ミカ。今のお前の仲間は愉快なやつなんだな。」
「いつもは頼りになる。……たまに爆発するが。」
「それフォローのつもり?」
『み、耳が……。』
ギャーギャーと後ろから聞こえてくる賑やかな声を背景に、一行をを乗せた車はリコリコに向けて走り続けた。
_________________________
「あー、恥ずかしっ。」
リコリコからの帰り道。先程車の中で爆発してしまったことに赤面しつつ頭を抱え、蓮士は自分の拠点へと歩を進める。本当に恥ずかしいところを見られてしまった。
「なのはのやつめ……。図々しいところは相変わらずだな。」
文句を垂れながら道端の石を蹴り飛ばし、暗闇へとふっとばす。しかそれでは到底収まらないようで、舌打ちを一つ打って立ち止まった。
「……なあ、千晃。」
音もなく、背後に気配が現れる。
「あれ、バレてましたか。」
ふふふ、と笑う千晃に一発拳を打ち込みたいのをぐっと堪え、蓮士は吐き捨てるように言う。
「お前、今日はどう言うつもりで邪魔してきた。」
なのはが言うアッキーとは千晃のことだ。つまり、彼のせいでたきなは怪我をした。下手をすればもっと重症になっていた可能性もある。さっさとジンを倒してしまっておけば、防げた被害であるはずなのだ。
蓮士が放つ圧が、少しずつ強まっていく。
「いや申し訳ありません。でも、おかげで助かりましたよ。」
「チッ。ふざけやがって。」
しかしあいも変わらず飄々とした千晃の気配に当てられ、蓮士は自分の中で渦巻いていたものが急速にしぼんでいくのがわかる。結果感情の行き場がなくなり、大きなため息とともにそれらを吐き出した。
「ハァ。で、何があった。」
「ちょっと調べたいことがありまして。その間他の目を逸らす必要があったんですよ。」
「……そういうことね。」
千晃の言葉の意味を理解し、蓮士は苦虫を噛み潰したかのようなとにかく嫌な顔をする。
「なのはと戦闘を行えば抹消者の連中は目をこっちに向ける。その間お前はほぼフリーの状態で情報をあさり放題ってわけか。」
「その通リです。先輩が延空木の近くで護衛任務を受けていたので、利用させていただきました。おかげですんなり侵入出来ましたよ。」
「俺は客寄せのパンダじゃねェんだぞ……。大体どこで知った。その情報。」
「あれ、忘れちゃいました?僕はそもそもハッカーですよ。そちらのリスさんから拝借しました。」
どうやらクルミは知らずのうちに自分の端末をハッキングされていたらしい。あの端末、確か凄まじい量のーーそれこそ国家機密でも守っているかのようなプロテクトがかけられていたような気がするのだが……。そこは流石、抹消者と言うことか。
「んで?延空木にはなにかあったのか。」
「色々面白い情報を仕入れられましたよ〜。聞きたいですか。」
「聞かせろ。」
さっさと話せ。蓮士が急かす。それを聞いて千晃は咳払いを一つし、それでは、と前置きをして話を始めた。
暗い夜道。古くなった街灯がチカチカと音を立てて光を揺らし、なんとも言えぬ不気味な雰囲気を醸し出している。
その丁度真ん中で、二人は背を向け合って立っていた。
千晃が、口を開く。
「アダムとイブの寿命が、尽きかけています。」
蓮士の眼が、大きく見開かれた。
・短刀
刃渡り30センチ程の刀。銘はない。銃を無くしたたきなに貸し出し、そのまま譲る形で現在たきなの手元にある。今後使うタイミングがあるかは不明であるが、あって損はないだろうと任務中は太もものホルダーに収納してある。
刀剣美少女っていいよね。異論は認める。
・松下
今回の護衛任務を依頼した人物。千束や蓮士のことを知っているような口ぶりであったが、ふたりとも全く身に覚えがない。クリーナーからの情報によると、先々週、とある病棟から消えた末期の薬物患者らしい。既に自分で喋ることも動くこともできず、ゴーグルやスピーカーを通じて遠隔で操作されていたとのこと。千束にやたら殺しをさせようとしてくる。
蓮士くん。君にはがっかりだよ。