とある喫茶店に雇われる話   作:ハッピーエンドは素晴らしい

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若干原作と時系列をずらしたシーンがありますのでご注意ください。


毎度のことですが、お気に入り登録、誤字報告ともに誠にありがとうございます。


今回から数話オリジナル回を挟んで本編に移りたいと思います。

それでは、READY FIGHT


とある喫茶店のマスコットが内職をする話

 謎に包まれた護衛任務から一夜明け、千束はリコリコの畳の上でごろりと横になっていた。

 

 「はあ〜。」

 

その表情は沈んでおり、いつもの元気がない。

天井を眺めながらポツリとこぼす。

 

 「いいガイドって、嘘だったのかな……。」

 

松下から言われたあの言葉。それを聞いた千束は心の底から嬉しいと思った。

 

彼に楽しんでもらえるように。沢山の思い出が残せるように。少しでも悲しみを拭えるように。千束の精一杯を詰め込んだプランを褒められて、楽しんでくれていると思って、本当に、嬉しかったのだ。

 

しかし、松下なんて男は存在していなかった。遠い場所から赤の他人を介し、ただジンを殺させるために自分を誘導していた。

 

悲しかった。松下の本性を知り、その日の行動がすべて演技であったことを知り、怒りや憤りよりも、誰かのために精一杯を尽くしたことを否定されたようで、泣きそうになった。昨日は蓮士が癇癪を起こしてくれたおかげで気が紛れたが、それもずっとは続かない。千束はもう一度深いため息をついた。

 

 「千束。」

 

隣にたきなが腰を下ろす。千束がちらりと視線を向けると、彼女はじっと、自分のことを見つめていた。

 

 「なぁにぃ?」

 「嘘じゃないと思いますよ。」

 「へ?」

 

突然の言葉に、千束はすっとんきょんな声を上げた。たきなは相変わらず、千束の顔を真っ直ぐに見つめている。

 

 「いいガイドだっていうのは、嘘じゃないと思います。」

 

 ストン、と千束は胸のつっかえが取れた気がした。そして、口元には笑みが浮かぶ。本当にたきなは、優しい子だ。励ますために声をかけてくれたのだろうが、その言葉にも、自分を見つめるその眼にも、嘘のかけらも見当たらない。

 

 「ありがと。」

 

千束はふにゃりとわらい、たきなに礼を言う。たきなもまた、ふふ、とほほえみ、突然千束の胸へと耳を当てた。

 

彼女の唐突な行動に、千束は目を見開く。

 

 「ちょーいちょいちょい。」

 

しかしたきなは耳を離そうとはしない。

 

 「今は誰もいませんよ……。」

 「そだね。」

 

千束はまあいいか、とたきなの好きなようにさせる。確かに、見られて困るような人はここにはいない。自分を元気づけてくれたのだ。少しくらい好きにさせてあげよう。

 

 「本当に鼓動、ないんですね。」

 「ふふん。すごいだろ。……ふぁ。」

 

ゆったりとした時間がそこには流れる。それはとても心地よく、千束はたきなから感じる鼓動を子守唄に、いつの間にか目を閉じ、寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 

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 「う……ん……?」

 

千束が目を開けると、店の雰囲気が少し変わっていた。さっきよりも少し賑やかで、人の気配もする。時計を見つけて時間を確認すると、既に業務開始からかなりの時間が経過していた。

 

千束の意識は一気に覚醒し、慌てて飛び起きる。

 

 「ありゃ、起きちゃったか。」

 「千束ちゃんおはよー。」

 「よく眠れた?」

 

周りには常連たちが座っており、口々に声をかけてくる。千束が目を白黒させていると、カウンターから和服姿のたきながひょっこり顔を出してきた。

 

 「寝てた?私。」

 「それはもうぐっすりと。」

 「おこしてよ!」

 

たきなの言葉に、うわぁあ!!と叫び声を上げて更衣室へと駆け込んでいく千束。相当恥ずかしかったらしい。幾許もしないうちに着替えを終え、更衣室から飛び出してくる。

 

背中にかかる常連たちからの温かい言葉に、やめてよー!と、赤面しながら厨房に飛び込む千束。

 

 「おはよう。千束。」

 「うぅ……。」

 

しかしそこにいたミカにも暖かな笑みで迎えられ、しゅん、としょげる。今日は珍しく早起きができたというのに、これでは色々と台無しである。

 

 「ほらさっさと働く!」

 

 千束はミズキから注文表を渡され、はあ、とため息をつく。昨日のことは吹っ切れたが、朝からなんとも締まらない。

 

 「そんなに落ち込まなくていいぞ千束ちゃん。あ、僕お団子セットで。」

 「そうそう。可愛かったし。俺はミニオムライス。」

 「や、め、て!」

 

注文を取り終え、いつもどおりにそれを蓮士に伝えようとしたとき、ふと違和感に気がついた。

 

 「あれ?」

 

この場にいるリコリコメンバーは、ミズキ、たきな、ミカ、それから千束自身。クルミは押入れに居るとして、蓮士の姿がない。

 

 「先生。レンは?」

 

今日は蓮士にもシフトが入っていたはずだ。買い出しにでも行ったのだろうか?千束が首を傾げていると、カウンターの方から気怠げなミズキの声が聞こえてくる。

 

 「あんたが寝てから『今日は休む。用事ができた』って言いに来たわよ。」

 「なぁにそれ。」

 「知らないわよ。クルミも借りてくとか言って持ってっちゃうし!」

 

おかげで人手が足りないわ!と文句を垂れるミズキ。確かにいつもより、店の中が忙しない気がする。試しに押し入れを開けてみるが、そこはもぬけの殻だ。

 

 「どーこいったのよ。」

 「さあ。それだけ言ってクルミを抱えて行っちゃいましたので。行き先も聞いてないです。」

 「ま、しょうがねぇ!頑張りますか!」

 

うし、と気合を入れる千束。すっかり元通りになったその笑顔にたきなもつられて笑顔になる。やはり、千束には笑顔が似合う。

 

来店を知らせるベルの音に、二人は揃って振り向いた。

 

 「「いらっしゃいませ!」」

 

 

 

 

 

 

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 都内某所

 

とある喫茶店の一角に、蓮士とクルミの姿があった。

 

 「で?どういうつもりだ。レン。」

 

ズズズ、と出されたカフェオレを啜り、クルミはタブレットから目を離して蓮士にジトッとした視線を送る。

 

朝っぱらから訳もわからないままにリコリコから連れ出され、有無を言わさずバイクに載せられ、なにかから逃げるようにあっちやこっちや走り回った挙げ句こんなところでカフェオレを飲まされている。正直意味がわからない。言葉に棘が出るのも致し方ないだろう。

 

蓮士は何かを警戒するように小さく周囲を見回し、ギターケースから一枚の紙切れを取り出した。

 

 「お前、無知は嫌いなんだったな。」

 「まあ、そうだな。」

 

その紙切れをテーブルの上に置き、クルミへと差し出す。それは一枚の小切手。そこに書かれた額を見て、クルミの眉がピクリと動いた。

 

 「へえ?何させるつもりだよ。」

 「乗ってくれるか。ウォールナット。」

 

クルミの口元に不敵な笑みが浮かぶ。蓮士もスッと目を細め、その口からは白い歯が見える。

 

二人の間に流れる空気が一気に変化し始めた。

 

 

 

 「アダムとイブって知ってるか?」

 

クルミは一瞬思案し、答える。

 

 「うわさ程度だけどな。AIだろ?」

 

曰く、数多のハッカーたちが勝負を挑みことごとく返り討ちにあった。曰く、ハッキングを試みれば最後。二度と日の目を見ることはない。曰く、それは抹消者の頭脳である。

 

 「他にも色々あるけどな。物騒な話さ。」

 

おお怖い。クルミは空になったカップを弄くりながら首を振る。そして、懐疑的な眼を蓮士に向けた。

 

 「それで、僕にそれをハッキングしろって?」

 「大方それで合ってる。」

 「……無知は嫌いだが、好奇心で命を捨てるつもりはないぞ」

 

噂は噂。そう片付けることもできるが、抹消者が絡んでいる可能性がある時点で色々と怪しい。そもそも黒い噂が絶えないのだ。それに、今目の前にいるのは元抹消者の裏切り者。信頼の置ける仲間とはいえ、この話はまず厄ネタと考えていいだろう。

 

警戒をするクルミの態度を見て、蓮士は逆に口を釣り上げる。

 

 「それくらい慎重なくらいでいい。うちのハッカーがお前で良かったよ。クルミ。」

 「それは光栄。でもどうするんだ?僕は今お前の依頼を断ろうとしてるが。」

 「なに。お前一人にやらせようなんて思っちゃァないさ。助っ人を呼んである。それから考えてくれや。」

 

そろそろか。蓮士は時計を見てそう言うと、クルミにタブレットを机に置くよう指示をする。

 

クルミは首を傾げながらも、カップをどかしてタブレットを置いた。画面には何やらニュース記事が表示されている。

 

 そのほんの数秒後のことである。

 

 「っ!!」

 

突然タブレットの画面がブラックアウト。次の瞬間暗い画面の中に、狼の横顔を模した青いマークが表示された。クルミは呆然とした様子でその画面を見つめている。

 

 タブレットから、声が聞こえた。

 

 『あーあー、聞こえてますか?』

 「お前、誰だ!どうやってこの端末に侵入した!」

 『おや、貴女がウォールナット……いえ、クルミさん、ですね。はじめまして。お話は先輩から伺っていますよ。』

 

クルミが声を荒げるが、声の主ーー千晃は少しも動じず挨拶までしてくる余裕を見せる。

 

ここまでクルミが慌てるということは、やはり以前からハッキングを受けていたことには気がついていないらしい。クルミも大概だとは思うが、それと互角以上に渡り合える千晃も色々とぶっ飛んでいる。

 

クルミの威嚇も暖簾に腕押し。「リスが吠えると可愛いんですねぇ」なんて煽ってくるものだから彼女は更にヒートアップし始める。

 

収拾がつかなくなってきたのを感じ、見かねた蓮士が口を挟んだ。

 

 「千晃。いい加減にしろや。話が進まねェ。」

 『アハハ。すみません先輩。つい、いつもの癖で。』

 「癖で煽るな。」

 

はあ、とため息を付き、蓮士はクルミに視線を向ける。今の会話で二人が知り合いだということは伝わったらしい。パン、と額に手をおいて、疲れたように天を仰ぐ

 

 「クルミ。こいつが助っ人だ。」

 「抹消者はどれだけの化け物が潜んでいるんだ……。」

 『酷いなぁ。人を先輩みたいに言わないでくださいよ……おっと失敬。』

 「……まあ、いい。」

 

ビキリ。額に青筋を浮かべ、口角が釣り上がる蓮士。タブレットを殴りつけたい気持ちをぐっと抑え、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

 

 「取り敢えず、依頼の説明をする。」

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

 

しばらく後

 

 路肩に止められた一台の乗用車。その運転席には千晃が、助手席にはクルミが座っている。話を聞き、結局依頼を引き受けたのだ。

 

お互いにキーボードやタブレットを無言で弄り、無機質なカタカタと言う音が車内に響いていた。

 

 クルミはタブレットから目を離し、ちらりと自分の隣に座る青年の顔を盗み見る。彼はすぐに気がついたようで、キーボードを叩くては止めずに口を開いた。

 

 「どうかしましたか?」

 「お前はなんでアダムとイブを探ろうとする。」

 

彼と蓮士の話を聞き、抹消者にとってアダムとイブとは、DAにおけるラジアータと同じような立ち位置にあることは理解した。だからこそ、千晃と蓮士の目的がわからない。

 

千晃はふむ、と顎に手をやり、空いているのか閉じているのか、糸のように細い目で天井を見上げた。そこには幾本ものコードが張り巡らされ、あちこちへと伸びている。

 

 「クルミさんは、抹消者をどのような組織だと考えていますか?」

 「……?いや、物騒な組織だな、としか。DAも把握してないし、詳しい情報はダークウェブにすら公開されたことはない。仕入先がない情報なんて僕にもどうしょうもないさ。」

 「ええそうですね。僕も同じような考えです。」

 「はあ?」

 「よく知らないんですよ。抹消者のこと。」

 

あっけらかんとした様子でとんでもないことを言ってのける千晃。自分が所属している組織のことを知らないとは、どういうことなのだろうか。

 

タブレットに置いた手が完全に止まり、ぽかんとその顔を見上げるクルミ。DAも秘密主義だが、所属している者であればその正体真相は知っている。

 

千晃はそんなクルミを一瞥し、キーボードを操作する手を止めることなく語り始めた。

 

 「徹底されすぎている情報規制は僕らにも及んでいます。いつ、なんのために発足したのか。何者の手によって運営されているのか。なぜ構成員は皆、卓越した戦闘能力を持っているのか。僕らの頭脳であるアダムとイブとは何者なのか。何も、知りません。知ろうとすら思いませんでした。」

 

ですが。そう言って千晃は手を止め、顔を上げる。

 

 「おかしいと思いませんか?こんな組織に所属していれば、少なくとも疑問の一つ生まれるはず。」

 

 ー自分は今何をしているのかー

 

「しかし、抹消者には疑惑の念を抱くものすら存在していない。恐怖で支配していると言うわけでもなく、まるでそれが当たり前であるかのように抹消者達は組織に忠誠を誓っている。秘密を守る為ならば、仲間であろうが一般市民であろうが容赦なくその手にかけてしまう。かく言う僕もその一人でした。」

 「まるで怪しい宗教だな。」

 「ふふふ。耳が痛い。」

 

クルミの率直な感想に、千晃は目尻を下げて困り顔になる。正にそのとおりで、反論のしようがなかった。

 

 「だからこそ、僕は知りたい。いつからかは忘れましたが、僕が忠誠を誓った組織が一体何者なのか。僕はなんのためにここにいるのか。ここですべてを明らかにします。犬は犬らしく、地べたで嗅ぎ回ってやりますよ。」

 「ふーん。」

 「ちょっとクサイですかね。」

 

そっけなく相槌を打つクルミ。しかし、彼女の中で千晃に対する印象はぐるりと反転していた。

 

 (意外とたきなに似てるかもな。こいつ。)

 

言動や成は似ても似つかないが、正しいと思ったこと、自分が成し遂げねばならぬことを定めれば、もうテコでも動かない。そんなところは、どことなく彼女に似ている気がした。

 

 だが気に食わないのは相変わらずだ。クルミはニヤニヤとしながら憎まれ口を叩く。

 

 「忠犬殿が随分な心変わりだな?」

 「先輩のせいでしょうね。あの人は、良くも悪くもヒトを引き付けますから。」

 

千晃の目が少しだけ開かれる。その視線の先には蓮士がいるはずの一棟のマンション。その瞳は、まるで懐かしいものでも見るかのように遠くを見つめていた。

 

 自分の憎まれ口を素直に返され、面白くなさそうにタブレットへ視線を戻すクルミ。

 

その瞬間画面が切り替わり、蓮士が持っていたインカムからの映像が映し出される。

 

 「来たな。」

 「始めましょうか。」

 

二人の口に、不敵な笑みが浮かんだ。

 

 「Mission Start(任務開始)

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

 

 「……ここ、か。」

 

とあるマンションその一室の前で、蓮士は感慨深そうに呟く。

 

 「この中に、イブがいる。」

 

蓮士はそう言いながら、昨日千晃と交わした会話を思い出していた。

 

__

 

 

 『延空木にはなにもなかっただァ?』

 『ええ。いつから使われているかはわかりませんが、延空木はアダムとイブのデータを集約し、発信する電波塔としての役目しか持っていませんでした。』

 『お前、まさか収穫がそれだけとは言わねェだろうな。』

 『ええ。もちろんですとも。あの子達のうち、イブのものと思われるデータの発信源を突き止めました。』

 

__

 

 

その発信源というのがここ。この先に、自分が探していたものの手がかりがあるはずだ。

 

 はやる気持ちを抑え、蓮士は大きく息を吐いた。ここで自分がしくじれば、クルミも千晃も命の危険に晒されることになる。

 

カメラ付きのインカムを装着し、二人に向けて声を飛ばす。

 

 「頼んだぞ二人共。」

 『ああ。ウォールナットに任せろ。』

 『あ、なんかかっこいいですねそれ。』

 

僕もなにか考えてみようかな。なんていう千晃の言葉に、蓮士の肩からガクッと力が抜ける。まあ、緊張は解けたかもしれない。気を取り直して1枚のカードをポケットから取り出し、玄関の電子ロックへと読み込ませる。

 

 『先輩が丸焦げにならなくてよかった。』

 

ガチャリと鍵が開いた音が響き、ノブを握ったところで千晃の声が聞こえる。もっと早く言えと額に青筋が浮かぶがなんとか抑え込み、その先の廊下を進んで目の前の扉に手をかけようとした。が、背後から聞こえてきた駆動音にピタリと動きを止める。

 

 『危なかったですねぇ。蜂の巣になるところでしたよ。』

 「早く言えや……!」

 

おもわず震えた声が出た。こいつってこんなやつだったか?震える拳で目の前の扉を殴りつけたい欲求をなんとか抑え込み、圧迫感を感じてちらりと後ろを見る。

 

 まず目につくのは四角い箱型の機械。そしてそれは天井や壁からせり出したアームの先端に取り付けられている。どうやらこちらを補足しているらしく、レンズから赤いポインターが蓮士の体に投影されていた。

 

 『レーザーか。危なかったなレン。骨は拾ってやれんぞ。』

 「そう思ってるなら早く言え。で、どうすればいい。」

 『ちょっと待ってろ……よし。アルゴリズムの解析完了。右側の固定電話に今から言う番号を打ち込め。』

 「固定電話って……。」

 『ぱっと見ただけだと、本当にただのマンションなんですよねぇ。』

 

クルミの言う通り、右手側には固定電話がぽつんと置かれている。確かにカムフラージュにはなっているし、まさかこれが暗証番号を打ち込む機器だとは思うまい。あまりにも閉まらない絵面ではあるが。

 

ともかく、気を取り直して固定電話に手を伸ばす蓮士。

 

 「番号は?」

 『0923だ。』

 「……あ?」

 『どうした。』

 「いや……気の所為。」

 

蓮士が言われた通りにキーを叩くと、胸やら頭やらに映し出されていたポインターが消え、アームが引っ込んでいく。一先ず命の危機がさったことに、ふぅ、と安堵の息を漏らす。

 

 額に浮かんでいた汗を軽く拭い取り、蓮士は今度こそ扉の取手に手をかける。

 

 『生体認証もバッチリですね。』

 「……リコリスかリリベルに頭撃ち抜かれて死ねばいいのに。」

 

腕に覚えがあるのは結構だが、報連相はしっかりしてほしい。後で一発ぶん殴る。そう心に固く誓い、蓮士は扉を開け放った。

 

 目の前に広がるのは、家具も、家電も、なにもないフローリングのリビング。広さは10畳ほどだろうか。

 

次にその半分程度を埋め尽くす正方形の黒い台座。そして、

 

 「何だこりゃァ……。」

 

なんの支えも必要とせず、黒い正四面体が一つ、ゆったりと回転しながら立っていた。一つの点だけを地につけ、軸がブレることもなく、まるでそれが当たり前であるかのように。

 

 「SF映画か何かか?」

 

 これが、人工知能「イブ」

 

あまりにも現実離れした光景に、蓮士は思わずそう呟く。背景が普通のマンションそのものであるがゆえに、余計にその異質さが目立った。

 

 『先輩。ここからは何が起こるかわかりません。イブが先輩のことを攻撃するとは思いませんが、お気を付けて。』

 「わかってる。まァ、ハッキングなんてしたら敵認定されてもおかしく無さそうだけどーーッ!」

 

 突然、イブから光が放たれた。それは蓮士に向かって真っ直ぐに伸び、当たる直前でピタリと止まる。何かしらの攻撃であった場合に備え、刀の柄に手を伸ばす蓮士。

 

光はナニかを探るように強弱をくりかえし、徐々にくっきりと一つの形を作り出していく。

 

 「千束……?」

 

そこの空間に映し出されたのは一人の人間。その姿に、蓮士は刀から手を引いて、思わず呟く。その姿は紛れもなく、初めて出逢った頃の千束であったから。ショートボブの髪にリボンをつけて、服装こそフリルのワンピースだが、背たけも顔立ちも、5年前の千束とそっくりそのままだった。

 

 ゆっくりと、目が開かれる。

 

 『そろそろ来ると思ってたよ』

 

少女は、ニコリと微笑んだ。

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