とある喫茶店に雇われる話   作:ハッピーエンドは素晴らしい

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時間がかかってしまい申し訳ない。実に難産でごぜぇました。設定は決まってるのにそれを文にすることの難しさよ。小説や脚本家の方々には脱帽です。

不明瞭な点などございましたら、感想欄に書き込んでいただけると幸いです。

毎度のことですが、誤字報告、お気に入り登録、それに加えて評価の方もありがとうございます。

それでは生暖かい目でご覧ください。READY FIGHT


とある喫茶店の従業員の話

 『そろそろ来ると思ってたよ。』

 

千束らしき人型が口を動かすと、正にその位置から声が聞こえてくる。

 

 『久しぶり。お兄ちゃん。』

 「その顔と声でお兄ちゃんとかすげェ違和感……。」

 

抹消者にいた頃は知る由もなかったが、イブの声と千束の声はそっくりだ。インカムの奥でクルミが笑いをこらえているのが聞こえてくる。気持ちは分からなくもないが、今はやめてほしい。

 

そうしていると、千束らしきーーここからはイブと呼ぼう。イブはパタパタと蓮士に近寄ってくる。そしてじっとインカムに取り付けられたカメラを見つめ、小さく笑った。

 

 『千晃君と……ウォールナット、クルミちゃん?フフフッ。宜しくね。』

 『おっと何時のまに……。』

 『また……っ。』

 

二人の様子を伺うに、イブからのハッキングを受けていたようだ。千晃からはあららあ、と諦めたような気の抜けた声が、クルミからは悔しさやら腹立たしさやらで震えた声が聞こえてくる。

 

 『こっちのほうがお話、しやすいでしょ?』

 『そんな理由で僕のプライドをへし折らないでくれ……!』

 

ぐぬぬ、と唸るクルミ。絶対の自信を持っていたプロテクトを一日に2度も破られ、随分フラストレーションが溜まっているらしい。隣で千晃に宥められているのが聞こえてきた。

 

なんとも緊張感にかけるやり取りに、蓮士は思わずジトッとした目つきになる。イブも二人の端末を通してその様子を見ているようで、クスクスと笑いを漏らしていた。

 

 『ふふっ。やっぱりお話するのは楽しいな。』

 「お転婆は相変わらずだな。イブ。」

 『私の取り柄だもん!』

 『言っときますが、褒められてませんからね。』

 『そんな〜。』

 

蓮士の言葉には誇らしげに胸を張り、千晃の言葉にはガクッと肩を落としてしょぼくれる。その仕草はまさに人間のようにしか見えなかった。

 

 

__

 

 

 

 モニターに映し出されているイブの様子を見て、千晃は大きなため息をつく。

 

 「ハア、ハッキングして色々調べるつもりでしたが……まさかここまでとは。」

 

もうどれだけキーボードを叩いてもパソコンは言うことを聞かない。完全にコントロールが奪われているようだ。

 

 「鎖で雁字搦めに縛り付けられてるみたいだな。」

 

クルミの声にも諦めの色が見える。彼女のタブレットや任せていたコンピューター類も似たような状態らしい。コントロールが効かないだけで、他の機能はしっかり働いているところが余計に己の無力感を感じる。

 

 「ここは先輩に任せるしかありませんねぇ…。」

 

シートをリクライニングさせ、千晃は頭の後ろで手を組んだ。

 

 「随分と呑気だな。大丈夫なのか?」

 

そんな彼の様子に、クルミは眉をひそめて彼に視線を飛ばす。かなり悠長なことを言っているが、蓮士含めて自分たちの生殺与奪の権利は向こう側が握っている。そんな状況下において、彼がここまで余裕そうにしている意味がクルミにはよくわからなかった。

 

 クルミの言葉に千晃は肩をすくめる。大丈夫だとかそうでないとか、もはやそういう段階の話ではないのだ。もうあがいても自体が好転する事はないだろう。

 

 「最悪死にはしないでしょう。先輩はイブのお気に入りですから。」

 「あいつも妙なものに好かれるな……。」

 

クルミは今更ながら、ヤバい話に足を突っ込んだんだなぁ、と頭を抱える。

 

好奇心で命の危機にさらされているこの現状。まさか自分がここまで何も手の施しようがなく、ネズミのごとく追い詰められるなど考えもしていなかった。

 

相手はネコではなく虎だ。噛みつく気も起きない。

 

 「頼むぞ……レン。」

 

藁にもすがる思いで、クルミはタブレットを見つめるしかなかった。

 

 

__

 

 

蓮士は先程イブに言われた言葉に、どうにも違和感を感じていた。

 

 「そろそろ来ると思ってたって……どういうことだ?」

 

今日、千晃は任務を受けたふりをして、蓮士はなんの脈絡もなくここへ来た。イブが常に二人の監視をしていたと言われてもいまさら驚かないが、それならそろそろ来ると思った、という言葉には少々違和感を感じる。

 

 それを聞いたイブはいたずらっぽく笑い、その場でくるりとターンを決める。そして、あざとい顔で蓮士を、インカムカメラを覗き込んだ。

 

 『だって千晃くんが分かりやすいようにしといたもん。』

 『それすら誘導されてたわけ、か……。』

 

自信なくします。と苦笑いが聞こえてくる。どうにも延空木に残されていたデータの足取りは、イブによって意図的に残されていたものらしい。千晃がそれを見て、ここを嗅ぎつけると予想してたわけだ。本当に恐れ入る。

 

なぜアダムではなかったのかと聞くと、『そういうの下手くそだから』と返される。その言葉にはフォローもオブラートもなかった。

 

 『今の千晃くんなら絶対くるとおもってたよ〜。』

 『僕が来ることは予想していたのか?』

 『んー、お兄ちゃんが来るなら連れてくるかなって。』

 

どこまで知っているんだ。このAIは。蓮士の顔がヒクリと引きつる。ハッカーとしてのクルミの所在を知っている存在など、ごく一握りしかいないというのに。

 

今の所抹消者がクルミを狙っているような動きはないが、こうにも自分たちの情報が知れ渡っているのは気持ちが悪い。

 

 「つまり、残ってたデータは俺たちを誘い出すための餌だったと。お前が死にかけってのも、嘘か?」

 『ううん。それは全部ホントのことだよ。』

 「なに?」

 

笑顔のままそう言うイブに、蓮士は眉を顰める。

 

 『もう少しで私は()()()()()。』

 「壊れているなら、直せばいいだろ。」

 『お兄ちゃんは、おじいちゃんおばあちゃんを若返らせることって、できる?』

 「何を……」

 

イブの言う意味がよくわからない。なぜ、そんな話になる?

 

蓮士が首を傾げると、イブは『見ればわかるよ』と本体に向けて手をかざした。

 

ーー刹那、四面体にピシリと、幾本の光の筋が走った。

 

 「『『!』』」

 

それに沿うようにして本体が少しずつ割れていき、内部構造が露出する。

 

 そして、

 

 「おいおいこりゃァ……。」

 

更にその中央に見えたとあるものに、蓮士は目を丸くした。

 

 『ヒトの、脳か……?』

 

クルミがあ然と声を漏らす。そこにあったのは、紛れもないヒトの脳。神経や血管の代わりのように、あちこちにコードが突き刺さり張り巡らされている。

 

それだけでもかなり異様な光景ではあるのだが、それ以上に異質なのが……。

 

 『左側、だけ?』

 

右脳に当たる部分が、なぜか存在していない。切り口を隠すように配線が集中し、イブの各部位へと繋がっている。

 

 『まさか、ヒトの脳を使った有機コンピューター!?』

 『これは、驚きですね。』

 

インカムの奥で二人がゴクリとつばを飲み込む音が聞こえる。特にコンピューターに詳しいわけではない蓮士からしても、これがどれだけ異質なものなのかは理解ができた。

 

 『これが、私の心臓。そして、母さまの頭脳、その片割れ。』

 

ニコリと、イブが微笑む。その笑みは、とても明るく、仄暗い。

 

 『教えてあげる。私達のこと。抹消者のこと。』

 

 

__

 

 

 

 イブ、そして片割れであるアダム。二人が生まれたのはおよそ30年ほど前。一人のアランチルドレンの手によって作成された。

 

彼女がアランに見初められた才能は、[医療]と[工学]。5歳にて現存の医療技術をほぼ全て網羅し、AIプログラムの原型までもを作り上げた。

 

数百、いや、数万人に一人の逸材。彼女はまさにその言葉を具現したような存在であった。もちろんそんな彼女をアランが放って置くはずもない。

 

 『母さまは7歳の頃に支援を受け始めた。』

 

アラン機関からの支援を受け、彼女はその才を遺憾なく発揮していった。医療、工学2つの分野からの研究を勧め、義手、義足を始めとし、人工的な内臓の再現、現存する医療のさらなる発展。彼女の手による功績は、計り知れない。

 

 『そうして30の頃、ついに私達を作り上げた。』

 

アダムとイブの完成。それはアラン機関により彼女へと与えられた[使命]でもある。

 

平和に溺れ、停滞し始めた人類をさらなる高みへと誘う。そんな壮大すぎる使命が、彼女の背には乗せられていた。

 

 『母さまが着手したのはヒトと機械の融合。自身が最も得意とする分野でその使命を果たそうとした。』

 

結果は、半分成功したと言える。現にイブは、単騎で世界最高峰のハッカーを二人同時に手玉に取ってみせた。ヒトと機械の融合により、確かなる結果を残したのだ。

 

 『でも私達が完成して、最初に母さまが感じたのは、とんでもない[絶望]だった。』

 

彼女はあと一歩で完成するアダムとイブを見て、自身が何を作り上げたのか、理解した。してしまった。

 

圧倒的な記憶容量、ヒトと同じような、曖昧な可能性の予測、性質の異なる2つの人工知能を対話させることによる自己進化機能。

 

そんな有機コンピューターアダムとイブ。その完全な完成のためには、ヒトの脳が必要だった。それも、死体から剥ぎ取ったものではなく、若く、生きている人間のものが。

 

アダムとイブは、ヒトの死によって初めて完成する。いや、脳が生きたままコンピューターのパーツにされてしまう以上、きちんと死ねるのかどうかすらも怪しい。

 

 『母さまは、私達を処分することにした。』

 

こんなものを、完成させてはならない。これは、人類の進化などではない。完全に、痕跡も残さぬように、消し去らなければならない。

 

 しかし、アランはそれを良しとしなかった。

 

 『母さまは私達の完成を強要された。アイツラは母さまのことなんて見てなかった。自分たちの思い通りに動く才能が欲しかっただけ。』

 

 イブの声が、刺々しくなる。

 

アダムとイブ。その完成に必要な最後のパーツ、ヒトの脳。誰のものが最適か。彼女の意志など関係ない。そう言わんばかりに話は進められた。

 

そうして、選ばれたのは、

 

 『母さまの、娘の脳。』

 

 彼女には、一人の娘がいた。

 

たった一人研究に明け暮れていた彼女を、側で支え続けたその娘の脳を、アダムとイブの完成のために捧げよとアランは言ったのだ。

 

 もちろん彼女はその決定には従えないと、頑として首を縦に振ることはなかった。

 

だが、

 

 「才能は、正しい形で世界に示される必要がある。君は間違いを犯そうというのか?」

 

彼女に支援をしたアランの人間は、諭すようにそう言った。反対の意見は結局通ることはなく、アダムとイブの完成日は刻々と迫る。

 

アランから逃げたとしても、きっと娘の命は狙われる。最悪の場合、名前も知らない誰かを巻き込んでしまうかもしれない。

 

彼女は、覚悟を決めた。

 

 『母さまは、アラン機関に初めて反抗をした。』

 

彼女は監視の目を盗み、自身の脳を二分してアダムとイブに移植した。2つのコンピューターの設計図は、彼女の頭の中にしかない。もはや新たなアダムとイブを作り出すことは不可能となった。

 

さらに自分が最後のパーツになることで、娘の命を奪う理由を消し去った。娘を守るために、自らの命を差し出したのだ。

 

 

__

 

 

 

 『そうして私達は完全に完成した。』

 

イブの声を皮切りに、部屋中に展開されていたホログラムが消えていく。その中、蓮士は額を手で抑えて天井を仰いでいた。

 

 「情報量が多すぎる……。」

 『普通に生まれたわけではないとは思っていましたが……。これは予想外もいいところですね。』

 『これ知って消されたりしないよな……?』

 

開けてはならないパンドラの箱でも開けた気分だ。ヒトの脳を使ったコンピューターというだけでも十分頭が痛いのに、誕生秘話があまりにも重たい。娘を守るために命をかけて……という展開は画面や紙の奥で十分だと改めて思う。

 

しかし話を纏めていくと、いくつか不明瞭な点もある。

 

 『ヒトの脳を組み込んだところでAIに自我が芽生えたりするもんか?』

 『さあ……?でも、私は今みんなとお話できて楽しいって思う。』

 

人間の脳には未だ解明されていない部分が多い。イブの製作者がどこまで予測していたのかはわからないが、その可能性は大いにあるだろう。

 

 『支援したアランの人間、というのは誰なんですか?』

 『それは言えない約束なんだ』

 

てへ、と笑うイブ。誰に口止めされたのかは謎だが、十中八九アランの人間だ。

 

 そして最後に蓮士が尋ねる。

 

 「脳の移植ってのはどうやったんだ?その時まだお前らは完成してなかったんだろ。」

 『脳って半分しかなくても生きていけるんだよ。』

 

イブの言葉にピタリと動きが止まる。思考が完全にフリーズしていた。数秒後にようやく再起動し、恐る恐ると口を開く。

 

 「自分の脳を自分で取り出して自分で移植したってことか?」

 『もう狂気の域ですね。どうやったかは聞きません。怖いので。』

 

イブがうなずいたのを見て、千晃の声から感情が抜け落ちた。母は強とよく言うが、もうそこまで行くとある種の恐怖すら感じる。

 

顔は見えていないが、クルミの顔も引きつっているのがわかる。

 

 

 完全に固まった空気を見かねた千晃。コホン、と咳払いを一つし、その空気を一旦振り払った。

 

 『しかし、なぜアラン機関はそこまでアダムとイブの完成を強要させたのでしょうね。』

 

ふむ、と考え込む千晃。これ幸いと、クルミもその話題に乗っかる。

 

 『使命とか言うのを拒んだからだろ?』

 『いえ。それだけでは理由とさては薄い気がします。それに、いくらなんでも強引すぎませんか?違和感というか、らしくないというか……。』

 

アラン機関のことをよく知っているわけではないが、確かに妙な感じはする。何か、焦っていたのだろうか。急がせる理由があったのだろうか。

 

イブに視線を向けると、彼女は『知りたい?』といたずらっぽく笑う。蓮士はため息を付き、[頼む]と返す。

 

 『デザインチルドレン計画って知ってる?』

 「デザイン……?」

 

蓮士ははて、と首を傾げる。抹消者にいるときもリコリコに来てからも、しょうもない計画を潰したことは何度もあったが、そんな計画は聞いたことがなかった。

 

千晃もそれは同じようで、なんだそれ、とインカムの奥で首を捻っているのがわかる。

 

しかしーー

 

 『デザイン……?デザイン……、』

 「クルミ、なにか知ってるのか?」

 『いや、名前だけだ。昔アランのことを調べようとしてたまたま見つけた。』

 「お前結構命知らずなのな。」

 

またアラン関連か。いい加減その名前にうんざりしていると、イブがす、と目の前に割り込んでくる。

 

 『ネットに転がってるわけでもないし、わかんなくてとーぜん。抹消者にも関係あることだし、ちゃんと聞いててね。』

 

 そう言ってイブが虚空に手をかざすと、そこには無数の顔写真が投影される。老若男女、様々なヒトの顔がそこにはある。

 

 『千束……。アランチルドレンか。』

 

その中に見つけた千束の写真で、それらの写真がどういった人間のものなのか当たりをつける。

 

 『せいかーい。』

 

更に指を鳴らすと、その中心に人間の脳が投影される。

 

 『アラン機関は、母さまが私達を開発していた頃からとある計画を勧めていた。それがデザインチルドレン計画。』

 

脳の上に、小さい正方形のチップが投影される。蓮士が訝しげにそれを見ていると、チップは脳の中へと消えていく。

 

 『私達が干渉できるのは機械だけじゃない。今のチップを使えば、ヒトの脳にも干渉できる。』

 「……なに?」

 

蓮士の声が強ばる。これを聞けば、もう後戻りできなくなる気がして。千晃とクルミもそれを理解しているのか、インカムから聞こえてくる音がパタリと消える。

 

シン、とした部屋の中に、イブの声が響く。

 

 『アランチルドレン達から入手した才能のデータ。それを私達を介して他人に植え付け、人間としてのレベルを無理やり引き上げようとした。それが、』

 

   ーデザインチルドレン計画ー

 

 『私達の完成を強要させたのは、すでにその計画が始動していたから。母さまを誘導してそのためのプログラムを構築させて、被検体となる数百人は既に用意されていた。』

 『そしてその数百人の中から、才能のコピーに成功した十数人、観測員数十人で構成された実験用組織。それこそが、』

 「抹消者(イレイザー)……。」

 『ピンボーン!』

 

パチパチパチ、と手を叩かれるが正直嬉しくない。蓮士は苦い顔で、自分の頭にぽんと手をおいた。

 

 「つまり、俺らの頭にもその……チップ?が埋め込まれてる、と。」

 『うん。』

 

うげ、とインカムから声が聞こえてくる。そりゃあ自分の頭の中に、得体のしれない機械が埋まっているなどと知ればそんな反応にもなるだろう。

 

デザインチルドレン計画についても驚いたが、自分の頭の中にあるものが気になって仕方がない。

 

 『そんなものが頭に入ってて大丈夫なのか?』

 『大丈夫なわけ無いじゃん。』

 『「はあっ!?」』

 

更にそこに爆弾を投下され、抹消者二人の悲鳴が上がる。蓮士はイブに掴みかかろうとし……ホログラムであった為にすり抜ける。

 

 『あ、命に関わるとかじゃないから安心していいよ。』

 『「先に言え!」』

 『仲いいなお前たち。』

 

カラカラと笑うイブに詰め寄る蓮士。まぁまぁと宥められるが、落ち着いていられるわけがない。さっさとどういうものか言え、と睨みつける。

 

 『それを頭に入れられると、思考の誘導がされるの。』

 「思考の誘導?」

 『抹消者ってみんなおかしなくらい組織に忠実でしょ?不思議な組織だなって、思ったこともないんじゃない?』

 

つまりはそれが思考の誘導。抹消者に都合の悪い考えや行動を無意識下において抑制し、死ぬまで実験動物として組織に尽くさせるための、いわば見えない首輪のようなもの。

 

 『あれ?じゃあ僕や先輩はどうなってるんですか?』

 

今の話が本当なら、千晃や蓮士の行動や思考はどうなっているのだろうか。不良品でも埋め込まれたのか?蓮士が首を傾げるていると、イブがじっと蓮士の顔を覗き込んできた。

 

 『やっぱり、壊れてる。』

 「壊れてるって、なんで。」

 『それのせい。』

 

指が示す先にあるのは、蓮士の右腕。

 

 「こいつが、なんだって?」

 『チップのプログラムを滅茶苦茶に書き換えてる。多分お兄ちゃんの周りにいた抹消者の子たちにも影響が出たんだと思うよ。』

 

イブは蓮士の義手を、あちこちからジロジロと観察する。彼女を持ってしてもその正体がよくわかっていないらしい。

 

 『それ、そんな機能があったんですか。』

 『誰が作ったの?私のハッキングが弾かれるとか、正直ありえないんだけど。』

 

 自身の力が及ばない存在に、面白くなさそうにむくれるイブ。

 

 「ーー。」

 『え……。』

 

しかし、次に蓮士の口からぽろり溢れた名前に目を見開き、そして少し嬉しそうに頬が緩んだ。

 

 『そっかー。そっかそっか〜!!』

 「どうした?」

 『ううん。なんでもな〜い。』

 

にしし。と笑ってごまかすイブ。きっと何を言ってもはぐらかされるだろう。

 

 蓮士は一つ溜息をつき、まだ一つだけ語られていない話に切り込むことにした。

 

 「で、もうすぐ死ぬってのは、その脳が寿命ってことか?」

 『……そう。もう母さまの脳は限界なの。』

 

30年間、二人の心臓部として役割を果たしていた製作者の脳は、寿命を迎えようとしているらしい。ヒトの脳を使った特異な作りであるせいで、アダムとイブのデータにはバックアップがない。脳が死ねば、二人もまた死んでしまうのだ。

 

 「……余命は。」

 『半年、ない。』

 「取替とかは、できねェのか?」

 『できるけど……。したくない。』

 

ふるふると首を横に振るイブ。

 

 『だってまた一人、命を奪うことになるから。』

 「……優しいんだな。」

 

そのホログラムに、一人の少女の顔がダブって見える。目の前に見える顔よりも少し大人びた、赤い制服をまとった彼女の顔が。

 

 『えへへ。この娘の姿を借りるようになって、余計にそう思うようになったんだ。』

 「ククッ。また、あいつか。」

 

本当に、不思議な娘だ。たきなも、ミズキも、クルミも、ミカも、そして蓮士も。千束に少なからず影響を受けて来たが、まさかコンピューターにもこんなことを言わせるとは。

 

 

 「なら、最後に一つ聞く。」

 

す、と蓮士の目が細くなる。今から聞くのは、何ならいちばん重要なことかもしれない。

 

 「俺たちを呼んだのは、どうしてだ?」

 

3人がここへたどり着いたのは、偶然ではない。イブによって仕組まれた必然だ。調べたかったこと、知りたかったことはわかったが、彼女の思惑はまだわかっていない。

 

蓮士のその言葉に、イブの顔から笑みが消える。代わりに、これ以上なく真面目な顔つきで蓮士のことを見上げた。

 

 『忠告のため。』

 「忠告?」

 

うん。と彼女は頷く。

 

 『抹消者にはもう一つ、目的がある。それは私達の新しい心臓探し。』

 

ヒトの脳を使っている以上、いつかそれは寿命を迎えてしまう。機械のように治すこともできないため、死んだ場合は取り替えるしかない。抹消者は、ソレを探すための組織でもあったようだ。

 

そこまで聞いて、千晃がハッとしたように声を上げる。

 

 『まさか、次のあなた達の中身に選ばれたのって……。』

 『うん。多分、千晃くんが思ってるとおり。』

 

イブがまた、手をかざす。そこに投影されたのは、黒髪の、まるで感情のない目をした一人の少年。

 

 『私達の次の心臓に選ばれたのは、お兄ちゃん。』

 

蓮士は、じっと過去の自分の姿を見つめる。まだ、右腕はある。呪縛が溶けていない頃の自分なら、果たしてどうしただろうか。

 

 「だから、俺をかばったのか?」

 『お兄ちゃんが私のために死ぬなんて、そんなの間違ってるよ。もう私達は、いっぱい生きたから。』

 

イブはそう言って、満足そうに笑う。AIにとって有意な一生とは何なのか。蓮士には予想もつかない。でも、イブの表情には曇りなんてなくて。それなら、いいじゃないか。

 

 「頼まれたって死んでやらねェよ。」

 『そう言ってくれると思ってた。』

 

蓮士の言葉に、イブはニコッと笑った。

 

 『まだ、私の寿命ことはアランにも抹消者にも知られてない。私達もできるだけ頑張るけど、それも時間の問題。』

 『バレたら、どうなる?』

 『ところ構わず狙われるようになるかも。だから、先にこの話をしておきたかった。』

 『下手に回線に割り込んだりすると観測されるおそれもありますから……確かに直接でないと伝えるのは難しいですね。』

 

だから、わざわざここへと呼んだ。このことを伝えるために。自分の一生に幕を閉じるために。

 

 カァ、とカラスの鳴き声が聞こえる。気がつけば日は傾き、窓から見える景色には茜の空が広がっている。

 

あまりにも濃い一日だった。蓮士はハァ、と大きくため息を付く。インカムの奥でも、二人が情報を整理しているのが聞こえた。

 

 「そろそろ、帰る。」

 『うん。ありがとう。』

 

蓮士はイブに背を向け、部屋のドアを開ける。

 

 『ねぇ。』

 

しかし、イブの声にはたと足を止め、振り返った。

 

そこに見えたイブの表情は少し不安そうで、何やら緊張している。暫く口ごもっていたが、意を決したように口を開いた。

 

 『私達のこと、恨んだりしてないの?』

 「……?なんで。」

 『だって、私達のせいで、人殺しにされたり、右腕も……』

 

蓮士はフム、と顎に手をやる。確かに、組織に対して怒りを抱いたことはあるし、今日の話でアランはさらに嫌いになった。だが、

 

 「ないな。」

 『え、そうなの?』

 「なんだかんだ言って、今は結構充実してるんだ。アランとか組織をよく思ったことはねェが、少なくともお前らを恨んだりしたことはねェよ。」

 

クツクツと笑う蓮士に、イブの顔はパアッと明るくなる。

 

 「俺は死なねェ。だからお前たちも、生きろ。」

 『うんっ!』

 

蓮士はそれだけいうと、部屋から出てドアを締めた。

 

 

 一人残されたイブの側に、もう一つの人影が投影される。

 

 『あっていかなくてよかったの?』

 『いい。恥ずかしいから。』

 

そこに現れたのは天然パーマの一人の少年。

 

 『全くもう。アダムったら。』

 

彼こそが、アダム。彼女の片割れ。

 

彼はジトッとした目で、イブのことを見る。

 

 『……それより、あのことは教えなくてよかったの?』

 『私達が介入したら、駄目だよ。つまらなくなっちゃう。』

 

いたずらっぽく笑うイブに、アダムはそうだね、と頷いた。

 

 『僕達が生きてる間に、決着つくかな?』

 『どうかなぁ。でも、きっと楽しくなるよ。』

 『楽しみだなぁ。』

 

アハハハ、と笑う二人。その姿は徐々に薄れていき、ついには完全に消え失せる。光も、音も消え、薄暗いその部屋には、不気味に煌めく黒い三角錐がゆったりと回っているだけだった。




・アダムとイブ
人間の脳を使用した有機スーパーコンピューター。恐ろしいまでの演算や未来予測を可能とし、それぞれが対話をすることによる自己進化機能を搭載されている。クルミいわく、ラジアータとのスペック比は天と地ほどの差があるとのこと。

30年前にとあるアランチルドレンの手により作成され、今その命は尽きようとしている。

彼女たちは生きている。人に作られた機械でありながら、死のうとしている。死とはすなわち、生の証明である。

・デザインチルドレン計画
過去のアランチルドレンたちのデータから、才能を他人にコピー。万人が才能を持つことによりヒトのレベルを引き上げ用とした計画。今尚進行中であり、抹消者はそのための実験機関である。

青年に埋め込まれたそれは、誰のものなのだろうか。青年はそれを聞こうとはしなかった。

・脳内チップ
抹消者の脳内に埋め込まれた極小のマイクロチップ。アダムとイブからのアクセスを可能とする他、ある程度思考の誘導を行うことができる。

蓮士の義手から何らかの作用が働いているようで、本人と、関わりの深かった抹消者数人のチップが機能不全に陥っている。

それは見えぬ首輪であり、引き千切ることも逃れるすべもない。
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