とある喫茶店に雇われる話 作:ハッピーエンドは素晴らしい
日は沈み、月も薄雲に隠れ、しかし繁華街の熱が冷めるとはない。むしろ煌々とネオンやサインに光が灯り、活気は火に油でも注いだかのように熱く燃え上がっている。
そんな夜の街には、大なり小なり
ドゴッ。
高そうな装飾がついた扉が蹴破られる。そこはビルの最上階。高層ビル等に比べればさして高いわけではないが、繁華街を一望できるその場所にネズミはいた。
「し、信じられん。」
小太りな男が一人、今まで座っていた高そうな椅子から転げ落ち、尻餅をついて後ずさる。
「あの警備を一人で越えてきたのか?!」
男の目の前には、青年が一人立っている。背にはギターケースを担ぎ、ベージュのミリタリージャケットにカーキのズボンというラフな服装には一分の汚れも見当たらず、漆黒の髪の隙間から覗く瞳は気だるそうに男を見下ろしていた。右の手には赤く濡れた太刀を握り、左の手には血を流す黒服の男が一人掴まれている。
青年が不意に口を開いた。
「量はそこそこだったが、質は中の下。自動追尾のチャカ付ドローンやら面白いもんもあったが……その程度だ。」
男の目の前に黒服をポイと捨て、代わりにギターケースから数枚の書類が挟まったボードを取り出した。
「売春、麻薬取引、銃器の売買、うっへ、まだまだあるぞ。」
ひいふうみ、と書類に書かれている文章をを読み上げながら顔をしかめる青年。対して増えていく罪状を聞くごとに男の顔はどんどん青くなっていく。
「な……何者なんだ……。」
「うん?」
絞り出すような声に青年はんー、と刀をコンコンと肩に軽く打ち付け、しばしの間沈黙する。
「悪〜い奴らをお掃除する、街のお掃除屋さんってところか?」
青年はケラケラと笑うとボードをしまい、太刀の鋒を男に突きつけた。ヒッ、という情けない悲鳴が男の口から漏れ出す。
「いやー。あんた運がいいねぇ。依頼されたのが俺で。先にDAに目ェつけられてたら問答無用で皆殺しにされてたぜ?」
「な、何?」
男はしばらくの間青年が何を言っているのか分かっていない様子で頭に疑問符を浮かべていたが、ハッとなにかに気がついたらしく目の前に倒れている黒服に目を向けた。
「ま、まさか殺していないのか?!誰一人!」
「そゆこと。さすがに100人相手は骨が折れる。」
黒服の男は、確かに血まみれで重症に見えるが服には傷一つついておらず、血の出どころは額に薄っすらと残る切傷のみ。気を失ってはいるが息はしており、命にはなんの別状もないようだ。
「さて、あんたをやっちまえば依頼は達成できる。あとは……娘さんも、か。」
ギロリ。笑みは崩していないが、その眼が一気に釣り上がる。まさにその顔は
「む、娘に、なにを……?!」
……ことはなく、腰は抜けたままだがくわつと目を見開き、頬が刃で切り裂かれることも構わず青年へと食いついてきた。
しかし青年は冷徹に、そして実に楽しげに言い放つ。
「あんたがこんなことをしてたと世間に知られれば娘さんはどうなる?きっと学校は追い出されるだろう。人間関係は牙を剥くぞ。道を歩けば石を投げられ家に帰れば怒声が飛ぶ。これからの人生、真っ暗だろうなぁ。そんなことになるならよ、いっそ、 殺されちまったほうが……楽じゃァないか? 」
男の毛髪を左手で掴み、自身と鼻先が触れる程に顔を近づける。さらに濃い殺気を至近距離で浴びせてやれば、概の人間は命乞いすらすることもなくなり、ただただ呆然と死を待つ人形へと成り果てる。
しかし、
「や、めろ。」
男は、折れなかった。恐怖と絶望感で流れる涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃ。相変わらず腰は抜けたままで体は小刻みに震えている。
「金か?コネか?ワシの命か?!ワシにできることなら何でもする。出せるものは何でも出す!だから、頼む。どうか、どうか娘だけは……!」
その姿は情けない。実に情けない。が、ただ娘を守りたいという強い意志を持つ一人の父親の姿がそこにはあった。
「自分よりも娘さん、か……。」
青年は殺気を散らし、男から手を離すとクルリと血払いした刀を鞘へと収めた。困惑する男に向けられる笑みにもはや恐怖は感じられない。
「人間は、追い詰められれば追い詰められるほどその心の奥底の本音が出てくる。」
つまり、と男を指差しながら青年は続ける。
「今あんたが今言ったった言葉は紛れもない本心さ。そもそも今回の依頼主はあんたの娘さんだ。間違っても殺しゃしねえよ。」
あの調査結果まとめてくれたのも娘さんだ。ケラケラと笑いながら、まるでマジックのタネ明かしでもするような軽いノリで。
「これ以上、あんたに道を踏み外してほしくないんだと。」
できた娘さんじゃねえか。青年がそう言うと、男はまた涙を流す。それは恐怖や絶望から流したものとは、また違う輝きがあった。
青年はギターケースを担ぎ直し、男に背を向ける。
「
破壊された扉の残骸をひょいひょいと飛び越えながら部屋の出口をくぐると、ちょうど下から聞こえてくる騒がしい声や音楽とともに、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。出口をくぐった青年は、立ち止まると少しだけ振り向く。そして泣き崩れる男に向け、頼まれていた言伝を口にした。
「いつまでも、待ってるそうだ。」
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世界で一番の治安のいい国、日本。
10年前の、『電波塔襲撃事件』なるテロ事件を最後に、大きな事件は起こっていない。ここ8年間、少々ゆらぎが見え隠れしているものの世界で最も治安のいい国として知られている。
安心で安全。法治国家日本。
その裏に潜む実に歪で、喜劇的で、恐ろしい事実など、知らなくともよいではないか。
そんな日本の首都、東京の一角。折れ曲がった旧電波塔が見下ろすその場所には一軒のとある喫茶店がある。その名は、喫茶リコリコ。
『取り調べによりますと、容疑者は罪を認めており、『ご迷惑をおかけした皆様のため、何より私を止めてくれた娘のため、誠心誠意罪を償わせていただきます』と供述しているとのことで、警察は、容疑者の供述を元に麻薬、銃器等の捜索を行う方針です。次のニュースですーー』
「やっぱり、世界は捨てたもんじゃねえなァ。」
壁に据え付けられたテレビから流れてくる昼のニュースを聞き流しながら、この喫茶店の制服である浴衣に身を包んだ蓮士は小さく笑い、山積みになった食器や調理器具をせっせと洗っていた。黒地に白と赤い模様が入った和服は、蓮士の髪色とよく合っている。
繁忙期が過ぎ、真上から少し傾いた太陽の光が差し込むリコリコの店内は実に静かで趣がある。
これで最後だ。と残った一枚の皿に手を伸ばしたその時、
「ブエックショイ!!」
「?!」
突然店内に響いた巨大なくしゃみに驚き、皿が手から滑り落ちた。なんとか空中でキャッチしようと手を伸ばすが、それより先に何者かが横から皿を掠め取る。
「おっ……とと。」
千束だ。彼女もまた赤い和服を着ており、その後ろには開け放たれたままの更衣室が見える。どうやら皿を落としたのとほぼ同じタイミングで着替えを終わらせ更衣室から出てきたらしい。タイミングが良かった。
屈んだ状態の千束は、蓮士を見上げると「うひひっ」といたずらっぽく笑う。
「サンキュ。助かったぜ。」
「ほいさ。皿は無事だぜ。ってか、スゲェ音したけど……。」
立ち上がった千束と振り向いた蓮士。ジトっとした二人の視線の先には、カウンターに突っ伏したまま爆睡しているこの店の従業員の姿が見える。先程の爆音の正体は、彼女だ。
「朝っぱらから酒のんで昼間寝てんじゃねーよ。」
「そのうち中毒起こして死ぬかもな〜……。」
彼女の名は
千束から受け取った皿を洗い終え、手持ち無沙汰になった蓮士は何気なしに百面相をしながらスマホをイジる千束を眺める。今朝懐かしい夢を見たせいか、その姿が何時もより大きく見えた。
「……?どったの。」
視線に気がついた千束は、スマホから視線を外し不思議そうに首を傾げる。
「いや、大きくなったなぁ、と」
「?」
感慨深くそう言うと、今度はなんのこっちゃと反対側に首を向ける。
千束が妙なことを考えつかないうちに、と蓮士はひらひらと手を振り、別の話題を探すことにした。
「……そういやお前、任務はどうだったんだ。」
「ん?あぁ、今朝のね。」
少々スッキリしない表情の千束だったが、蓮士の質問に頭を切り替えたらしい。えーっとね、と顔の横で指をくるくると回す
「いや、すごかったよあれ。武器商人にリコリスの子が一人、人質になってたんだけどさぁ、」
そこまで言うと、千束は両手で銃を構える真似をし、それを思いっきり薙ぎ払った。
「べつの子が機関銃を掃射!武器商人が軒並み蜂の巣になってたよ。ズバババーンって。」
いやーすごかったすごかった、と千束は感心したように言うが、蓮士は自分の顔から表情が抜け落ちていくのを感じた。まさかそんなぶっ飛んだことをするやつがいたとは。いろんな考えが頭の中をぐるぐると巡る。
そんな蓮士の様子を知ってか知らずか、興奮冷めやらぬと鼻息荒く千束の話は続く。
「それですごいのがね、弾は人質になってた子には一切当たってないのよこれが!キレーに頭の上を通り抜けてったわけ!すごくね?すごくね?!」
確かにそれは素晴らしい射撃の腕前だ。そしてそれを実行する度胸もある。それはとても素晴らしい。素晴らしいが、
「お前はやるなよ。蜂の巣にはなりたくない。」
真面目な顔でそう言うと、千束は「はあ?」と呆れたように返す。
「そもそもレンは人質になんてならないでしょうが。しかも、弾当たんないし。」
「それもそうか。」
「アレまじでどうなってんの?」
「動体視力と……才能?」
「反論できないだけにムカつく〜!」
そんなふうに談笑していると、静かな店内にチリンチリンと風流なドアベルの音が響く。二人揃ってそちらを向けば、そこには買い物袋を持ったミカの姿があった。彼もまた、和服姿である
「ただいま。千束。任務ご苦労。レン。留守を任せて悪かったな。」
「おかえりー先生。」
「気にすんな。あれからは皿洗いくらいしかしてねーよ。」
ミカの言葉にそれぞれ言葉を返す。ミカは満足そうに笑みを浮かべた後、ため息を付きながらミズキに視線を移した。
「相変わらずか?」
「「うん。」」
蓮士と千束が揃ってうなずくと、ミカは眉間によったしわを指でのばす。
「ミカさんや。そろそろアルコール禁止令でも出すか?」
「レン。前にそれやって大変なことになっただろう。」
「アルコールバーサーカーミズキ……。」
「むにゃ……なんで男はよってこないのよ……酒ぇ……。」
3人揃ってため息を一つ。寝言も一つ。折れ曲がった電波塔が見下ろす喫茶店は、なんだかんだ今日も平和である。
・DA
DirectAttackerの略称。国家公認の独立治安維持組織であり、AI「ラジアータ」を使用し日々日本の治安維持に努めている。知られれば殺す、を念頭に活動しているため、その存在を知るものは少ない。
最近警察の成績が伸び、日本にも事件は存在するのだということが認知されつつあることに少なからず焦りを抱いている。原因究明を急いではいるものの、そのことについて予測を建てようとするたびにラジアータが正確に機能せず、現状手詰まり。
存在しない人間は探すことはできない。
・リコリス
DAの実働部隊、エージェントたちの総称。殺人が許可されており、事件が起こる前、起きたとしても認知される前に事実をもみ消す役割を持つ。千束もまたその一員であり、ファーストなる地位にいる。
構成員は皆孤児であり、少女である。
・抹消者
DAすらその存在を完全に認知できていない幻の組織。その噂はまことしやかに裏の世界で囁かれている。曰く刀一本で軍事基地一つを壊滅させた、曰く敵は目の前にしかいないのに四方八方から弾丸が迫ってくる。曰く拳で砲弾が砕かれた、曰く、抹消者に目をつけられれば最後、その存在はこの世から完全に抹消される等々かなり物騒。しかし実際に被害にあった者は存在していないため、本当に幻の存在。
たまたま抹消者と思わしき構成員に接触したリコリスの話によると、以前死んだはずの同僚に似ていた、という証言がある。
抹消者に花の名は不要。花園など目指さなくとも良い。ただただ殺し、消し、戦え。