とある喫茶店に雇われる話 作:ハッピーエンドは素晴らしい
2話でお気に入りが50人超えてることに驚きを隠せない。こんな駄文しかつくれぬ作者ではありますがこれからもどうぞよろしくおねがいします。
まだ太陽は登りきらず、まだ昼時には少し早い時間帯。とある喫茶店にはまだ客は居らず、黒い和服姿の青年が一人畳の上に立っている。抜き身の刀を右手に、中程まで水の入ったグラスを左手に持ち、静かに目を瞑っていた。
す、と目を開くと同時にグラスが飛び立つ。天井ぎりぎりの高さまで飛び上るそれは、しかし重力に逆らうことはできず落下を始めた。
カッ……
静かな音とともに、中身の水を一切零すことなくグラスは刀の鋒に降り立つ。
「……」
次いで、手首のスナップを効かせてグラスを跳ね上げる。キンッ、という小気味よい音と共に青年は構えを変え、グラスは吸い込まれるようにまたもや刀の鋒へと降り立つ。
「フッ」
キンッキンッキンッ……!
グラスが宙を舞う。放物線を描き連続で跳ね上げられるグラスは、やはり中身の水を一滴たりともこぼすことはなく、それでいて自我でも持っているかのように、落下地点は常に鋒だ。
最後、グラスとともに刀を真上に放り投げ、クルクルと優雅に回転するそれを腰から引き抜いた鞘で受け止め、軽く右手を添えつつ納刀。チン、と金具同士がぶつかり合う音とともにグラスは前に差し出された右手へと収まった。冷水を入れてから少しばかり時間が経ったせいか、その表面は少し湿っている。
青年は一度グラスに口をつけ喉を潤し、先程から感じていた視線の主の方に向き直った。
「いらっしゃい。悪いな。ちょい夢中になってた。」
そこには黒い髪を風になびかせ、リコリスの青い制服を着た少女が、キャリーバッグを片手にドアを開けたまま固まっていた。何やら頬に治療の跡があるが、怪我でもしたのだろうか。
青年が一言謝ると少女はようやく我に返り、ペコリと頭を下げてくる。
「本日こちらに配属されることになりました。
不満げな表情をあまり隠そうともせず、少女…たきなはボソリと自分の名前を名乗った。そんな様子に青年は苦笑いをし、しかし聞いた話からすればこうなることも仕方ないか、と気を取り直し口を開いた。
「話は聞いてるぞ。人質奪還のために機銃掃射したんだって?俺は現地協力者、竹見 蓮士だ。よろしく。」
「現地協力者……ですか?」
現地協力者、という言葉に首を傾げるたきな。それに対して蓮士は哀愁をにじませた笑みを浮かべ、さも悲壮な過去を思い出すかのように語る。
「まあ、こういう場所にいるわけだ。いろいろ察してくれると、有り難い。」
「あ、いや、すみません。」
その様子に慌てて頭を下げるたきな。彼女は件の機銃掃射が命令違反だったために責任を負わされ、こちらへ左遷されてきらしい。
体のいい厄介払いだと気がついているゆえに少々ささくれだってはいるものの、根は優しい子なのだろう。と、心のなかで頷く反面騙してごめんと心のなかで手を合わせる。やはり、人を騙す気分はあまり良くない。
いや、まあそういう過去がないわけではないのだが、今回のは完全に演技である。
頭を上げたあともなんとなく気まずそうにしているたきなに蓮士は目の前でパンッと手を叩き、「はい、おしまい」とその空気を断ち切った。少々強引だが、ずっとこのままいられるよりはマシだ。
たきなもこのままではいけないと感じたのか、はい、と返事をする。そしてキョロキョロと店内を見渡した後、今日も今日とて朝っぱらから酒を浴びるミズキへと視線を移した。
「あのー「何よ何よ!彼氏すらいない私への当てつけぇ!?」
たきなが声をかけようとしたちょうどそのタイミングで、ミズキは読んでいたゼクツィなる結婚情報雑誌をバシンッ!と床に叩きつけた。どうにも虫の居所が悪いらしい。見れば叩きつけられたページには幸せそうに笑いながら肩を並べる男女の姿が写っている。
それを見たたきなはピシリと石のように固まる。しばらくすると再起動し、とても不安げな顔で蓮士のことを見上げた。
「……あの。」
「うん?」
「彼女が千束さん……でしょうか。」
「彼女が千束さんでしょうか」。その質問の意味を一瞬では理解できず、蓮士は持てる全ての思考のリソースを質問の意味を理解することに回す。
数秒かけてようやくその意味を理解した蓮士は、次の瞬間盛大に吹き出した。
「ちょ、ちょ、ククッ。アレが、あのアル中が千束?ブフッ!そんなわけねェだろ……クハハハハ!」
腹筋と目元を抑えてなんとか笑いを噛み殺そうとする蓮士だが、体は正直なようでなかなかどうして上手くいかない。
そんなにおかしなことを言っただろうか。たきなは首を傾げるが、今の質問は蓮士のツボにガッツリハマってしまったようで未だヒーヒーと息を荒らげている。
それを聞いたミズキは、勢いよくバッとこちらを振り向き喚き始めた。
「アレとかアル中とか、レンあんためちゃくちゃ失礼ね!」
「事実だろうが。
「なんか前よりグレードアップしてない?!」
そんなこんなでうるさくしていれば厨房の方にも声は届くようで、奥からミカが顔を出す。
「おいどうし……あぁ、来たのか。待っていたぞ。」
「まさか……?!「違うぞ?」
息を整えた蓮士が先回りしてたきなの言葉を遮り、いいな?と念を押す。まだ余韻で目に涙が浮かんでいるというのに、おかわりはいらない。
「あの人はミカさん。ここの責任者で、リコリコの店長だ。」
「ご紹介に預かった。ミカだ。そこのは中原ミズキ。元DAで所属は……情報部だったか。」
そこの言うな!と言いつつ、ミズキはミカの言葉にムスッとした表情で頷く。
「DA……、元?」
たきなはその言葉に引っかかったようで、反覆して同じことを言う。それを聞いたミズキは、目の前にある何かを睨みつけるように目を鋭くし、吐き捨てるように言った。
「嫌気がさしたのよ。孤児を集めてあんたらリコリスみたいな殺し屋作ってるきもい組織にね…っ。」
リコリス達にとって憧れでもあるDAを罵ったミズキに目を丸くするたきな。彼女も彼女で色々あったのだろう。ただ、その後にまた酒を口に運ぶのはいただけない。しかも彼女、一升瓶にそのまま口をつけてグビグビ行っている。本当に中毒起こすぞ、と蓮士が止めようとするが、それよりも早く中身を全て飲みきり瓶をカウンターに転がした。
「あの、それで千束さんは……?」
「あー、いま外に出てる。いつ戻るかなぁ……。」
おずおずと千束の所在を尋ねてくるたきなに頬を掻きながら答える蓮士。あのわが道を地で行く千束のことだ。どこで道草を食ってくるかわからない。
配属の件についてミカから話をされていたのは見かけたが、果たして覚えているだろうか。多分覚えてないだろうなぁ、と頭を抱える蓮士だったが、ふとそろそろ短針12時を指そうとしている時計が目に入り、丁度いいやとたきなに尋ねる。
「そういや、お昼まだか?」
「はい?……そうですけど……。」
それが何か?きょとんとした顔の彼女によしっ。と蓮士は手を叩いた。
「ちょい待ってな。なんか作るわ。」
厨房へと引っ込み、とりあえず冷蔵庫を開ける。さっと中身を物色し、ミカに食材の使用を申請しながら今から作るもののレシピをのメモを頭の中で引っ張り出しておく。
「ミカさーん。卵2つと冷やご飯使っていいか?」
「ああ。どうせなら美味いのを食わせてやってくれ。」
「あいよ。」
冷蔵庫から卵と冷やご飯、野菜や調味料も取り出し手際よく下処理をしていく。ご飯をレンジにかけて野菜を切って、と調理をしていると店のほうが一気に騒がしくなった。どうやら千束が帰ってきたらしい。作る量が増えるかもな〜、と呑気に考えていると、ドタドタと奥に入ってきた千束がそのまま据付の電話に手を伸ばす。一体誰に電話をかけようとしているのか。しかしそんなことはどうでもいい。蓮士の右手が閃いた。
ギィインッ!!
「うぇえ?!」
目の前の壁に弾丸と見紛うほどの速度で飛来したフォークが突き刺さり、千束は悲鳴を上げ既のところで手を引っ込めた。フォークを放った犯人は、もちろん蓮士だ。恐る恐る視線を向ける千束を蓮士はギロリと睨みつけ、一言。
「手洗いうがい。」
「え〜メン(ギャィインッァ!!)……「3度目はないぞ。いいな?」ひゃ、ひゃい!」
千束の髪を数本巻き添えにしてまたもや壁に突き刺さったフォーク。更に発せられる殺気の濃さとドスの聞いた声。何より爛々と光る目と右手に握られた包丁にサアっと顔を青くした千束は、慌てて洗面所へと駆け込んでいった。
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「はむっ…あむっ…。」
あれから数分たち、奥から出てきた蓮士が手にしていたのは、湯気が立ち上るオムライス。卵はとろりと半熟で、ケチャップソースの酸味が香る。
材料はたまたま冷蔵庫の中にあったものだが、それなりのものは作れたはずだ。とたきなの目の前に皿を置く。たきなは「いただきます」と手を合わせ、まず一口。目が輝く。
そこからはかなりのテンポでスプーンが動き、あれよあれよと言う間にオムライスは彼女の口の中に消えていった。
暫くして満足そうな顔でスプーンをおいた彼女は、慈愛に満ちた表情で自分を見ているミカや蓮士の視線に顔を赤くし、小さく「ごちそうさま……です」と手を合わせた。素直な子である。
「お粗末様でした。美味かったか?」
「ッ〜〜!」
蓮士がいたずらっぽく笑うと、たきなは更に顔を赤くして俯いてしまった。
とその時、店の奥で電話越しに同僚と口論していた千束が一層大きな声を張り上げた。
「司令司令てうっせえ!社畜かアホ!指示待ち人間!バーカ!!」
ガチャン!
子供の喧嘩かよ。蓮士はヤレヤレとため息をつく。あまり気にしていなかったが、たきなの頬の怪我は千束の同僚に殴られた跡だったらしい。
受話器を叩きつけ電話を切った千束は、こちらを向く頃にはすでに笑みを浮かべていた。あいも変わらず情緒の激しい娘である。
「よっしゃたきな!早速しご……ん?」
早速仕事に行こう!と言いかけた千束だったが、たきなの目の前に置かれていた皿に気が付き言葉が止まる。更にその上に残ったケチャップの赤い色や卵の破片から彼女が何を食べていたかがわかったようで、ハッとした表情で蓮士の方へ顔を切る。
「れ、レン。私の分はあったりする……?」
「言うと思った。ほれ。」
蓮士は後ろの机においてあったオムライスの乗った皿を、たきなの向かいの席に置く。少々冷めてしまってはいるが、問題はない。
「いよっし!さっすがレン!いっただきま~す!!」
ぐっ、と拳を握りしめ、次の瞬間には目にも留まらぬ速さで席についた千束。パンッ!と手を合わせて早速卵にスプーンを沈めた。
「ん〜♪また腕上げた?」
「一応得意料理だしな。グレードアップさせねェと。」
私の人生最後の料理はこれにする!と、縁起でもないことを言う千束に蓮士は適当にツッコミを返し、うまいうまいとスプーンを動かす様子を尻目にたきなの前の空の食器を下げる。もう少しで繁忙期が来る。その前に洗い物でもするか、と振り返ったところに、大人二人の視線が突き刺さった。
蓮士は一度手に持った食器に視線を落とし、苦笑いをしながら二人に視線を戻す。そして、食器を見せながら一言。
「……食べるか?」
「「うん/頼む。」」
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「ふぃー。今日もそこそこに忙しかったな。」
「おつかれさまだ。」
繁忙期が終わり、ゴム手袋を装着した蓮士によってカチャカチャとシンクの中で食器がこすれる音が厨房に響く。ミカも散らかった厨房に転がるゴミをホウキではいたり、生ゴミまとめたりとせわしなく動いていた。やはり、こういう時間が一番面倒くさい。
今日は何人か初来店の客もいたが、やはり殆どが顔見知りばかりであった。この店のらしいといえばらしいが、そろそろ広告やSNSなんかを作って宣伝でもするべきではないかと考えている。
蓮士は軽く食器の水気を切ってから乾燥機に入れ、そのスイッチをいれる。その後、広告とかサイトとかってどこに依頼すればいいんだ?と後ろに避けておいた自分のスマホを手に取った。
「ん?」
画面に明かりを灯すと、まず出てきたのは仲間内で利用しているチャットアプリのメッセージ着信を知らせる通知。送り主は、リコリスとしてたきなとともに外で活動している千束だ。
詳細を確認すると、まず表示されたのはどこか見覚えのあるビルをバックに撮られたカップルのツーショット写真。蓮士は額を掻きながら、このビルをどこで見たのか思考を巡らす。
「あァ、新聞か。」
何日か前、ガス爆発が起きたとかでこのビルが新聞に乗っていたことを思い出した。この写真はどうやら爆発が起きる直前に撮られたものらしい。
「おっと?」
写真を眺めていた蓮士の口から声が漏れ出す。ジャギィが掛かっていて見えづらいが、ビルの影で何やら不穏そうな男たちが取引している様子が見える。更に画面を下にスクロールしていくと、この写真の解析を依頼してほしいという内容のメッセージとついでにお泊りセットを用意しておけとの指示があった。どうやらこの写真の持ち主を護衛するため、家にお邪魔するらしい。
「どうかしたか?」
「ちょいと興味深いもんが送られてきてな……あったあった。」
最後の「よろしくねん☆」の一言を読んだ蓮司は、ミカの質問に答えながらタンスから千束のお泊りセットを引っ張り出す。そして一度スマホを持ち替え、ササッと画面を操作する。
「ミズキ。」
「何よ。」
繁忙期が終わった瞬間には定位置で酒を浴びはじめたミズキのスマホに写真を転送し、千束から来たメッセージの内容を伝えた。
「『ヨロシクねん☆』だそうだ。」
「はあ?……ッケ。なんでこんな写真をぉ……!!」
「僻むな
「ひっど!!」
案の定、カップルの写真を一目見るやヒステリックになるミズキを適当にあしらっていたところで店のドアが開く。
「たっだいま〜。あ、レン!それパス!」
「おかえり。ほれ。」
赤いリコリスの制服姿の千束は、店内に入ってくるやいなやピョンピョンと両手を上げながらお泊りセットを催促する。蓮士は手にしていたお泊りセットと共に、もう片方の手にあったヘルメットを投げ渡した。
「んにゃ?送ってってくれんの?」
「まあな。」
いつの間にやら蓮士は和服ではなくミリタリージャケットを羽織ってヘルメットを被り、ギターケースとなにやら紙袋を片手に手に身だしなみを整えていた。
「それは?」
「菓子折り。中身は今度出す新作の試作。味は保証するぞ。」
二人世話になるからな。と言いながら店から出ると、まじめですな〜。と茶化しながら千束もあとに続く。「シフト交代でしょ!」とミズキが叫ぶが、「依頼だから〜。」と返し、更に何か言われる前にバタンと扉を締める。
「よし!行こう!」
千束は鼻歌を歌いながらリコリコの駐車場に停めてあるMT-10のサイドバッグにお泊りセットを入れ、ヘルメットを装着する。
「そういえば、井ノ上は?」
「たきななら沙保里さん……依頼人さんと一緒。多分家まで行く途中にいるよ。」
「ならいいが……。ここのやり方は教えたんだろうな?他の奴らからしてみれば、異常だ。」
「モチのロン!命大事にってね!」
蓮士も紙袋をバッグの中に入れ、ギターケースを反対側に固定するとスタンドをたたみ、キーを差し込む。
ドゥルルンッ!
聞き慣れたエンジンの始動音。2、3回軽くエンジンをふかすと千束が後ろに乗ったことを確認し、漆黒の車体はリコリコの駐車場からゆっくりと走り出した。
・流星刀「
蓮士が所有している隕鉄より鍛え上げられた太刀。其の刃の前に鎧など意味をなさず、それはただの重たい枷になり下がる。
見よ。その刃の白銀は、どれほど濁った血を浴びようと曇ることはなく、赤い星に彩られる。その輝きは、天の星すらも曇らせた。
・オムライス
蓮士の得意料理の一つ。卵はとろりと柔らかく、口に含めばふわりと溶ける。ケチャップライスに具が多いのは、作り始めた時は一人分だったため、足りない分を具を足して誤魔化したからである。リコリコでも人気があるため繁忙期は調理場から一歩も動けなくなることもしばしば。
何故殺しの道を歩むものが料理など嗜むのか。それは自身がただ命に従い、人を殺すだけの獣ではないと確かめたかったからかもしれない。故にその作り方は非常に難しい。考えることを放棄すれば、ばそれはもはや人ではないのだから。
・MT-10
実在する車種……に見た目を近づけて作ってあるため便宜上そう呼ばれている。蓮士の愛車。
装甲板を幾重に張り合わせて作られたボディは、並の銃弾では貫くことはできない。サイドバッグとギターケースを固定するためのベルトが取り付けられており、機能性もいい。近所迷惑にならないように変な改造はしていない。
より大きな音を出して何の意味がある。ただうるさいだけのバカにしか見えぬのだ。マシンも街も愛するものは、ただうるさくなるだけの改造などしない。
〈9月13日誤字修正〉