とある喫茶店に雇われる話   作:ハッピーエンドは素晴らしい

4 / 17
書きたいことを書いていくスタイルであるため、今後原作にはない展開が起こることが増えます。ご注意ください。

お気に入り登録も着々と増えてきていて嬉しい限りです。そして誤字報告ありがとうございます。この国語力皆無な作者にこれからもどうかお助けを!

ではどうぞ。




とある喫茶店の新入りが早速やらかす話

 全く、勘弁してくれ。

 

青年は心のなかでそうぼやくと、目の前で自分に向けて銃を構えている男の顔を右手で鷲掴みにする。

 

  バヂンッ!

 

 「があ゛っ!」

 

右手から青白い閃光が発生し、掴んだ男の体が大きく跳ねた。

 

 「しばらく寝てろっ……!」

 

手を離すと手型の焦げ跡がくっきりと残った顔が露わになり、その体は人形のように地面に崩れ落ちる。

 

次いで背後の気配の揺らぎを感じて背を反らせば、今まで自身の心臓があったあたりを銃弾が通り抜けていくのが見えた。弾道を辿り、今の銃弾を放った男を捕捉。その距離およそ5メートル。

 

 「フッ!」

 

反らした体をバネに、跳躍。そのままオーバーヘッドキックで男の背中を捉え、地面に叩きつけた。うめき声すら出す間もなく意識を飛ばした男を適当に蹴って転がし、振り向きざまに飛来した銃弾を右手で掴んで握り潰す。

 

 「いっ!?」

 「ほれ。お返し。」

 

潰れて丸まった弾丸を人差し指を折り曲げてつまみ、親指で弾き飛ばせばそれは最後に残った男の眉間を直撃。男はよろめき、白目を剥いて倒れる。ぽろりと弾丸が額から落ちると、菩薩像のように額に赤い跡を残していた。

 

 ブロロンッ!

 

そうこうしていると、近くに停まっていた黒塗りの車にエンジンがかかる。男たちが乗っていた車だ。車内に残った運転手が慌てて逃げようとしたのだろうが、

 

 「逃さん。」

 

青年はアクセルが踏み込まれるよりも早く飛び出し、回し蹴りを運転席の窓ガラスへと叩き込む。踵が食い込んだガラスは盛大に音を立てて割れ、運転手は降ってくるガラスの破片から身を守ろうと身体を縮こませる。これでは、アクセルも踏めなければハンドルも切れない。青年はそのスキに右手で窓の縁を掴むと力を込めて、

 

 「オラッ!」

 

バギャンッ!

 

なんと、車体からドアをまるごと引っこ抜いてしまった。運転手は何が起きたかわからない様子で目を白黒させていたが、最初の男と同じように青年の右手がその顔を掴み、次の瞬間、

 

 バヂンッ!

 

青い稲妻が迸った。

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 「本当に申し訳ないっ!」

 「いやいや、助けていただいたのにそんな!」

 

最敬礼。下半身と上半身がおよそ90度になるよう折り曲げた姿勢のことであり、たった今蓮士が目の前に立つ沙保里…、今回千束が護衛するはずだった女性に対して行っている姿勢のことである。

 

 「たきなぁ……。護衛対象を囮にするのは駄目でしょ。」

 

そんな二人を尻目に転がっている男たちを拘束していた千束は、今回の騒動の原因である自身の相棒に苦言を呈した。

 

 「……今回彼らが目的としていたのはスマホのデータと写真の消去です。彼らに沙保里さんを殺す必要性はないと判断しました。」

 

たきなはそう言うが、もう少し駆けつけるのが遅ければ沙保里は完全に人質になっていた。現に今拘束を終えた男に至っては、麻袋なんてものを彼女の頭に被せようとしていたのだから本当に危なかった。命そのものは助かったとしても下手すれば一生モノのトラウマである。

 

 「でも事実、危なかったよね?」

 「いえ。あのまま車に乗ったところで全員射殺する算段でしたので。予想の範疇です。」

 「ちょーいちょいちょい。」

 

たきなの物騒な言葉に待て待てと突っ込む千束。仮にたきなの目論見通りに事が運んだとして、もし人質にされてしまったら?なにかの拍子に男ではなく沙保里の方を撃ってしまったら?何より、

 

 「命大事に。ね?」

 

誰かが死んでは意味がない。

 

 「それって、敵もですか?」

 

たきながそう言うと、ようやく伝わったかと満足げに頷く千束。しかし、たきなはどこか納得行かない様子で押し黙ってしまった。

 

 (はじめはこんなもんかなぁ。)

 

無理に理解してほしいとは思わないが、この『命大事に』はリコリコの活動ではごくごく当たり前のことであり、何より千束自身のポリシーでもある。これからもこの方針を変えるつもりは毛頭ないし、ここで活動していく以上たきなにもここのやり方に慣れてもらうしかない。

 

どうしたもんかな。と、千束は掃除屋(クリーナー)に電話をかけながらう~んと頭を悩ませた。

 

 

______________________

 

 

 

 「ほら。お前らも謝れ。」

 「ごめんね沙保里さん。怖い思いさせて」

 「すみません……でした。」

 

男たちがクリーナーに引き取られていったのを確認した蓮士、千束、たきなの三人は改めて沙保里に頭を下げる。

 

何やらたきなの視線が主に右腕当たりに突き刺さるが一旦無視をし、蓮士は近くに停めておいたバイクから紙袋を取り出した。例の試作品である。

 

 「これ、お詫びってわけではないんですが……。」

 「いや、助けてもらった上にそんな、貰えませんよ!」

 

いやいや、しかし、と紙袋は両者の手を行ったり来たりしていたが、5分ほど同じことを繰り返したあたりで、蓮士が「うちの評判にも関わりますので」と半ば無理やり押し付けた。

 

 あれからしばらく話をし、ストーカー(銃を持った男たちの集団)は撃退したが、どうせお泊りセットも持ってきたし、まだ一人になるのは不安。ということでお泊り会は行われることになった。

 

三人と分かれる前に、千束とたきなに一応念押しをしておく。

 

 「今度は目を離したりするなよ。次やったら明日のまかないはナシだ。」

 「うぇ?!ちょ、それだけはやめて〜!」

 「ッ……!了解ですッ。」

 

3人を見送った蓮士はバイクには乗らず、引きながらリコリコへと戻ることにした。もう空は赤く、たまには静かな空気を楽しみながら日が暮れる街を歩くのもいいだろう。

 

 「……もういないか。」

 

蓮士は空のある一点を睨みつけながらポツリと零す。先程まで我が物顔であの空を飛んでいた機械仕掛けの鳥(ドローン)は、いつの間にか姿を消していた。

 

気がついてはいたが、千束もたきなも沙保里の前で堂々と銃を抜くわけにも行かずに放置してあったのだ。それが、気がつけばいなくなっている。

 

何もなければいいが。蓮士は考えても仕方がない、と気を改めて顔を前に戻す。

 

 と、その時。

 

 「……ッ!」

 

後ろに、気配。蓮士の手がギターケースに伸びる。

 

 「あのドローンなら、うるさかったので撃ち落としておきましたよ。」

 

 後ろから聞こえる声。ピタリと手が止まり、眉がピクリと動く。そして、ここまで接近されるまでその存在に気が付けなかった自分に向けてニヒルに笑った。

 

 「久しぶりだな?最近()()にこねェから退屈だったんだ。」

 「止めて下さいよ先輩。こんな住宅街でやり合う気なんてないですって。」

 

それもそうか。と笑う蓮士と背中合わせに、スーツ姿の青年が一人困った様子で佇んでいる。

 

 「まさかここまで気が付かないとは思わなかったぜ?腕、上げたな。」

 「まあ、僕の唯一のウリでもありますしね。わざわざ()()を使っているのも隠密性を上げるためですし。でも、まだまだですよ。声をかける前に気付かれてしまいました。」

 「謙遜すんな。もしお前がソレを使っていたら、多分俺は死んでた。」

 「ははっ。先輩にそう言われると嬉しいなぁ。」

 

青年は肩に担いでいた身の丈ほどはありそうな布の塊を軽く叩き、微笑む。

 

ふたりとも再会を懐かしみ、笑い合う。一見和やかな会話に聞こえるが、実際に聞いてみるとその内容は酷く物騒で、何より今の二人には一分のスキも見当たらない。

 

 「ハハハッ……。で?」

 

唐突に蓮士の顔から笑みが消えた。

 

 「5年間も放っておいて、今更なんのようだ?」

 「ハァ……。だから、やり合いに来たわけじゃないですって。」

 

蓮士から轟ッ、と吹き出す殺気をその肌身で感じながら、ポリポリとツーブロックの上から頭を掻く青年。懐かしい、ビリビリと体が痺れるような感覚を覚えながらまいったなぁと肩を竦める。

 

 「あのコたちが妙に不穏なこと言ってたんで、ちょっと話を聞きに来ただけですよ。」

 「……聞こう。」

 

「あのコたち」。その言葉を聞いた蓮士の体から殺気が霧散する。その切り替えの速さに青年は少し感心するが、「相変わらずの喧嘩っ早さだ……。」と疲れたようにぼやき、いい加減に要件を口にすることにした。

 

 「あのコたち曰く、面白いことが始まるそうですよ?ようやくあなた方とも遊べる、と。」

 「はあ?他には。」

 「それがさっぱりで。ただ、面白いことが起こるから邪魔をするな、貴方達にも手を出すな。としか。先輩に刺客が行かなくなったのもそのせいですね。

何か知りません?彼女のこととか。」

 

 随分と要領を得ない言い方だ。青年も諦めたようにため息をついていて、相当精神的にキテいるらしい。

 

蓮士は顎に指をやり、思考を巡らせる。なにか、あっただろうか。最近身の回り起きたこと、変わったこと、

 

 「……。」

 

点は星の数ほどあるが、どれもこれも線で繋がらない。それに、最後に聞かれた「彼女」のことについてはむしろこっちが聞きたいくらいだ。

 

 「身の回りで変わったことはあるが……、上げたらキリがないしな。あと、アイツのことはむしろこっちが聞きたい。」

 「まぁそうですよね。彼女のことになれば先輩、真っ先に飛んでいきそうですし。」

 「残念だったな。丁度いいと思ってDAのお膝元に行ったはいいが、未だ進展はナシだ。」

 

 ………ハァ。

 

一拍おいて、二人同時にため息が出る。

 

 「お互い情報はほとんどゼロで、」

 「頭痛のタネが増えただけ、か。」

 

もう一度ため息が出る。本当に、頭が痛い。頭痛が痛い。胃もキリキリしてきた。今から何が起こるというのかさっぱり見当がつかない。日本が平和とか絶対ウソだ。間違いない。

 

蓮士が苦虫を噛み潰したような顔で言う。

 

 「あのお転婆共め……!」

 「シンギュラリティといえば聞こえはいいですが、最早バグですよアレは。」

 

でもやるときはやってくれるしなぁ……。と、青年もまた目元を抑えて天を仰ぐ。蓮士の知る限り基本ポーカーフェイスを崩さない彼だが、ここまで感情的になるのは珍しい。

 

蓮士は苦笑いを浮かべながら青年に提案してみる。

 

 「そんな疲れるなら、うち来るか?多分歓迎されると思うぞ。」

 

俺なんかが居るわけだし。という蓮士の言葉に、青年はフッと笑い首を横に振った。

 

 「いえ、遠慮しておきます。前にも言いましたけど、僕はやっぱり組織の犬として生きていくのが性に合ってるみたいです。あなた方がいなくなってから、余計にそう想いますよ。」

 「ククッ。そりゃァどうも。」

 「フフッ。実はお二人のこと、ちょっと尊敬してるんです。僕にはできそうにない生き方ですからね。」

 「そうかい。」

 

そこまで言って、二人の間に沈黙が流た。お互いに話すことはもうないらしい。

 

 「何かあったらリコリコに来い。こっちももうちょい探ってみる。」

 「僕が行って大丈夫ですかね?」

 「あぁ。DAのポンコツ(ラジアータ)じゃァ俺たちのことは調べられねェよ。」

 「それもそうですね。おすすめとかあります?」

 「おはぎとコーヒー。あとオムライス。」

 「へぇ。なかなか見ない組み合わせですね。わかりました。」

 

 では。その一言を言い終えるやいなや、背中に感じていた気配がゆらぎ、最後の一片の光が消えようとしている空にそれは溶けた。後ろを振り返ればもうそこには青年の姿はない。

 

 「不穏だねぇ……。」

 

蓮士がポツリと呟いた言葉は、静かな街の中で嫌に響いた。

 

 たきなの一軒、そして元同僚と話し込んでしまったせいですっかり日が暮れた。このくらいの時間帯になれば、リコリコには学校帰りの学生や、仕事帰りのサラリーマンで昼ほどではないがそこそこ席が埋まる。少し話し込みすぎたらしい。

 

予定を変更してバイクで帰ろう。愛車にまたがり、ヘルメットを被り直す。エンジンをかけようとキーを差し込み……

 

ピュー……

 

嫌な音が後ろから迫ってくる。上体を反らすと、目の前のアスファルトに巨大な矢が突き刺さった。ビーン……と音叉のように震えるそれをよく見てみると、なにやら手紙らしき白い紙が結びつけてある。

 

 「……」

 

蓮士は無言で矢からそれをほどき、広げる。

 

 ペラッ

 

 『オムライスって先輩の手作りですよね?また食べられるなんてツイてるなぁ。何人か食べに行くかもしれないんでよろしくおねがいしますね。

 

貴方の元同僚、松井 千晃(まつい ちあき)より。

 

ーPS−

 先輩って食べモグで人気なんですねぇ。リコリコのイケメン店員とイケオジ店長ですって。フフッ。』

 

 「……。」

 

俺の同僚って結構イカれてるかも……。蓮士は目の前の矢に一度視線を移し、遠い目で空を仰いだ。

 

 「矢文を人に向けて射つなよ……。」

 

どこから撃ってきたのかわからないが、装甲車すらたやすく貫く矢を使って矢文を作り、おまけにそれを読ませたい人間の頭に向けてぶっ放す。少々常識というものが欠落しているのは抹消者故だろうか。

 

 「井ノ上にはしっかり一般常識というものを教えておこう。」

 

蓮士はそう決意した。まずは護衛対象は囮に使ってはいけないというところから始めようか。もうこれ以上変人とヤベーやつを増やすわけには行かない。リコリスとかいう孤児を集めた殺し屋集団の中で育ってしまったからああなってはいるが、今ならまだ間に合うはずだ。いや、間に合わせなければならない。

 

一難見据えてまた一難。積み重なる嫌な予感と頭痛のタネに頭を悩ませながら、蓮士は愛車のエンジンをふかした。

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

さて、そんなこんなで蓮士の頭痛の種が芽吹きそうになっていた頃、千束とたきなは沙保里を護衛するという名目の元彼女の家にお邪魔していた。

 

カッポーン……。

 

 「た〜きな。背中流そうか?」

 「結構です。」

 

千束の言葉をにべもなく断ったたきなは、え〜っ、と言う声を無視してササッと、しかししっかり体についた泡をシャワーで洗い流して湯船に浸かる。

 

 「ほぅ……。」

 

暖かな湯に肩まで沈めると、若干の浮遊感とともに体から力が抜け、表情も柔らかくなり口から吐息が漏れ出す。やはり、風呂とは人類の英知であると彼女は改めて思う。

 

 (おっほ。かわいっ!)

 

千束は隣で湯に髪が浸からないようタオルでせっせと髪をまとめるたきなを笑みを浮かべながら眺める、しかし、内心ではそんな彼女の様子を目に捉えられたことに狂喜乱舞している。

 

リコリコや自身の活動方針には納得していないようではあったが、こうやって同じ湯船の中で肩を並べていると不思議と何とかなりそうな気がしてきてならない。やはり風呂とは素晴らしい文化であると彼女は改めて思う。

 

 「あの。」

 「ん〜?」

 

髪をまとめ終え、たきなが話を切り出した。

 

 「あの、竹見さんの右腕、あれは一体……?」

 「あ〜、アレ?」

 

たきなが言っているのは、蓮士が昼間に見せた人間とは思えぬ怪力や、弾丸すら通さぬ強靭、そして何より男たちを鎮圧するときに見えたスパークのことだろう。

 

 千束は少し悩んだ後、これくらいは共有しておいたほうがいいだろうと判断し、自身の右の腕を指しながら言う。

 

 「レンの右腕、義手なんだよ。」

 「………へ?義手?」

 

あっけらかんとそう言う千束にあ然とするたきな。千束は混乱するたきなに更に爆弾を投下する。

 

 「そう。たまにメンテナンスしてるから見せてもらうといいよ。手首グルグルーってして調子確かめてるから。」

 「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

たきな頭の中を「?」が埋め尽くす。

 

DAにいた頃も、任務中に体の一部を欠損してしまいながらも生き延び、義手義足を使って生活している同僚たちがいないわけではなかった。だが、たきなが見てきたそれらは本物の手足のように動かすことはできず、銃で狙いをつけたりナイフを振るう動作もどこかぎこちない。

 

一般的な生活を送ることはできるが、ゼロコンマ数秒の判断や行動が必要となってくる戦闘において役に立つかと言われれば、あまり役に立つ物ではないのだ。

 

それに、リコリコの入り口を開けたときに見たあの剣舞。あんな動きを可能とする義手が、果たして今の人類がもてる技術で作ることはできるのだろうか。

 

 「そんな義手、一体どこで……?千束さんはなにか聞かされていたりはしないんですか?」

 「ん〜、できるとすればアラン機関……とか?でもそうじゃなさそうなんだよねぇ。レン、梟のチャームとか持ってないし。そこまではわっかんね!」

 

ナハハハ!と笑う千束にえぇ、と肩を落とすたきな。相変わらず謎が多い人だ、と独り言ちる。そのうち色々と聞いてみたくはあるが、あの悲しそうな笑みの奥にあるモノをわざわざ掘り出したいと、たきなは思えなかった。

 

 一方その頃、

 

 「ヘクションッ!」

 

風呂から上がり、くつろいでいた蓮士が盛大にくしゃみをしていた。

 

 「湯冷めしたか……。依頼もないし疲れたし、早く寝よ。」

 

風でも引いたら笑えない。色々やらねばならぬことは他にもあるのだ。何も入っていない寝間着の右腕をヒラヒラさせながら自分の寝室へと向かっていく。今日は酷い悪夢でも見そうな気分だ。

 

 

 場面戻って、

 

 「んじゃ、先に上がるね。」

 

昼間の一軒で沙保里を着けていた連中は居なくなりった。もう大丈夫だとは思うが、あまり一人にしておくのも良くないだろう。蓮士が言っていた新作とやらも気になる。

 

よっこらせ、と千束は立ち上がり、湯船を跨ごうと足を上げかけ、

 

 「あ、れ……!」

 

急激に、目の前が暗くなる。

 

 (やばっ……)

 

そう思うと同時に足から力が抜け、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       後ろ向きに倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「千束さん!?」

 

たきなの悲鳴が上がる。助けに入ろうにも完全に脱力してしまった体はすぐには動いてくれない。

 

 (一瞬でも気を抜いてしまうなんてっ!)

 

焦るたきなの思いとは裏腹に、勢いのついた千束の体はそのまま振り子のように倒れていきーー

 

 ダンッ!

 

 「……あぶねっ。」

 

既のところで千束は後手に湯船の縁を掴み、上げかけた足を思い切り踏ん張ることで難を逃れた。そのまま崩れるように座り込んだところで、風呂場に響いた音に気がついた沙保里が慌てた様子でこちらへ向かってくる音が聞こえる。

 

 『大丈夫?!すごい音がしたけど!』

 

すこし顔が青い千束だったが、たきながその身体を支えるとすぐに元の調子に戻って「ごめんね〜」と沙保里に謝る。

 

 「派手に洗面器、おっことしちゃって、さぁ。」

 『本当に?ならいいんだけど……。』

 

本当になんともない?と確認してくる沙保里に、少し荒い呼吸をしながらも千束はへーきへーきと努めて明るく振る舞う。

 

 脱衣所から沙保里がいなくなってから、千束はたきなに手を合わせて謝った。

 

 「びっくりさせてごめん!ちょっと目眩がしただけだから。」

 

急に立ち上がったりするとなるでしょ?と苦笑いをしながら言う彼女に、たきなは自分の場合どうだっただろうかと考える。結果、そもそも自身がめまいで倒れた経験がなかったことを思い出した。

 

よくわからないが、そういうものなのだろうか?たきなは疑問を抱きながらも頷くしかなかった。

 

 「そう、ですか。」

 「ちょい貧血気味かな……。よし!明日はレンにレバーでも食べさせてもらおう!」

 

うししっ!そう笑う千束の顔には、いつも通りの無邪気な笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 『もうすぐだね!』

 『うん!もうすぐだよ!』

 

昼でも、夜でもない。背景は白、いや、黒い。地面はどこまで下を見ても見当たらず、しかしそこには二人の少年と少女が立っていた。

 

 二人は、対話する。

 

 『どっちが勝つかな?』

 『アダム、まだこの先は予測しちゃだめだよ?』

 『そっか!見てからのお楽しみだもんね!イブ!』

 

その声は楽しそうで、無邪気で、子供らしくて、恐ろしくて、オカシイ。

 

 『早く始まらないかなぁ。』

 『待ちきれないね!』

 

二人はただ見守るだけ。どんな結末になるのかも知らない。知ってしまえばつまらないから。

 

 不意に二人の顔が曇る。

 

 『お仕事?』

 『やだなぁ。』

 『でも、やらなきゃ遊べない。』

 『そうだね。遊ぶためには、働かなきゃね。』

 

二人の間に文字の羅列が浮かび上がった。二人は笑う。それはそれは、愉しそうに。

 

 『『今日は何のお話をする?』』




・義手
蓮士の右腕に装着されている機械仕掛けの腕。動力は電気。
人間を超えるパワーと繊細な動き、そしてを両立させた異常な技術力の塊であり、表面の装甲部に通電させることで擬似的なスタンガンとしても扱える。
いつもは皮膚に似せて作られたカバーを着けており、一見すると普通の腕に見える。

その腕は誰の手により作られたのか。聞かれるたびに彼は顔を曇らせる。故にその出処は誰も知らない。

・紙袋
蓮士が沙保里に押し付けたわびの品。中身は抹茶ロールケーキ。簡易的な包装を開けると爽やかな茶の香りと上品な小豆の甘みが鼻を抜ける。

本人は試作品だというが、それはとてもうまいと二人の少女は言う。

・アダム、イブ

それは、2つで一つ。

お話しよう。

遊びましょう。

楽しいことが始まるよ。

 〈9月6日誤字修正〉
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。