とある喫茶店に雇われる話 作:ハッピーエンドは素晴らしい
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それでは、READY FIGHT
目の前に現れたそれを見て、千束とたきなはそれぞれ全く違う反応を見せた。
「うおおお!」
まず千束はというと、新しいおもちゃを手に入れた子犬のようにキラキラした目でそれを見つめ、凄い凄いとはしゃいでいる。
「……。」
対してたきなは訝しげに細めた目でそれを見つめ、絶対に違うと首を横に振る。
「千束さん。コレは絶対違いますよ。」
「夢ないこと言うなよ!絶対コレだって!カッコいいし!」
それはただの感想ですよ。たきなは一つため息をつき、もう一度目の前にあるそれに目を向けた。
「スーパーカーだぁあ!!」
そう。それは風を切る流線型のフォルムに真っ赤な塗装が施されたスーパーカー。しかもよく見てみると、海外のメーカーが製造しているガチの車種であることがわかる。
今すぐにでも!とそれに駆け寄ろうとする千束の肩をたきなが掴み、なんとか引き止める。たきなには、これが絶対に自分たちのために用意されたものではないと言い切るだけの根拠があった。
「こんな車種がコインパーキングに止まってる理由もよくわかりませんが、これが
今回自分たちが引き受けた任務は護衛任務。成功条件は護衛対象を羽田まで送り届けて国外逃亡を成功させること。詰まるところ、逃走用の車はなるだけ目立たないかつ街に溶け込めるような車種のほうが都合がいいのだ。
隠れる物陰等がないような場所ならこういった走力に優れた車を使うのも合理的に思えるが、町中でこんなものを乗り回したら目立って仕方がない。それによく思い出してみると、この車確か限定数百台生産の激レア車だった気がする。つまり、めちゃくちゃ目立つ。
「こんな目立つ車に乗ってたらどこまで逃げたってすぐ追手が来ますよ!?」
「えー!?乗りたい乗りたい!のーりーたーい〜!あ、運転は私がやる!いいでしょ?ね、ね!」
駄々をこねる千束をなんとか抑え、たきなは記憶をたどる。もしかしたら来るべきコインパーキングを間違えたかもしれない。駅からの道筋、コインパーキングの名前、辺り一帯の地形、全てを確認する。
(間違いなくここですね!)
ちくしょう!無論そんな言葉は口に出ていないが、たきなは心のなかで地団駄を踏みならし、なんとか表面上はポーカーフェイスを取り繕うが心はどんどん荒れていく。
行けばわかる、見ればわかると送り出され、しかしそこにあるのは真紅に輝くスーパーカー。まさか本当にこの車がそうなのだろうか。たきなの頭の中で、今回の作戦を立案したミカの人物像がぐるぐると捻れ始めた。
イヤ、でもこの人の上司だしなぁ……と瞳のハイライトが消え失せ、そろそろ頭がパンクしそうになったところで不意に隣接する車道からエンジン音が聞こえてきた。何だ何だと二人が振り向くと、一台の乗用車が垣根を飛び越え二人の元へと突っ込んできたではないか。ドリフトを決めて完全に停止するやいなや、二人の方を向いた運転席のドアが開けはなたれた。
『ウォール!』
中からなにかの動物があしらわれたきぐるみを着た人物が、こちらに向けて叫ぶ。ボイスチェンジャーか何かで声質を変えているらしく、若干ノイズが入ったような音が聞こえる。
だが、そんなことはどうでもいい。いまの言葉を聞いたたきなの瞳に光が戻る。ああそうか。その可能性は思いつかなかった。
「ナット。」
護衛対象自身が逃走車に乗ってくるという可能性は。たきなはどこか晴れやかな顔で合言葉を言うと、きぐるみの人物へ近づいていく。
「はじめまして。井ノ上たきなです。」
『あぁ。ウォールナットだ。よろしく。……ん?そっちの赤いリコリスはどうした?』
どうしたとは?たきなが振り返ると、そこには変わらず千束がいる。しかし、なにか様子がおかしい。先程までのスーパーカーへの執着は愚か、いつも浮かべている笑みも余裕もまるでない。
「くまのぬいぐるみ怖いくまのぬいぐるみ怖いくまのぬいぐるみ怖い……。」
小刻みに体を震わせながら、能面のように表情が抜け落ちた顔でまるで呪詛かなにかのように死んだ目でぶつぶつと繰り返す千束。
『くまではなくてリスだが……?』
辛うじてくまと言っているところだけは聞き取れたらしく、千束の様子に不思議そうな声色で訂正するウォールナット。千束はそれを聞くとピクリ、と体を震わせ正気に戻り、アハハハ、と取り繕うように笑う。
「な、な〜んだ。リスかぁ!早く言ってよも〜!」
『見たらわかるだろう。君もそう思わないか?』
「え?……あぁ、はい。」
急に話を振られ、たきなの目が泳ぐ。言えない。ずっとイヌのきぐるみだと思ってたなんて。
『……まあいい。はやく乗れ。さっさと出るぞ。』
そんな彼女の様子を見て、二人ともにデザインを理解されなかったことが分かったウォールナットの声に少し不機嫌そうな響きが混じる。
たきなはウォールナットから目をそらし、サッと後部座席に乗り込む。
対して千束はというと、
「え…コレぇ?」
後ろのスーパーカーと目の前の乗用車を見比べ、ガックリと肩を落としノロノロとたきなの隣に乗り込んだ。
「あぁ、すぅぱぁかぁ〜……。」
そして、出発ギリギリまで名残惜しそうな目でコインパーキングに残された真っ赤なボディを見つめていたのだった。
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「そもそもさ、護衛される側がきぐるみ着て颯爽と乗用車に乗って現れるってどういう構図?」
『予定と違っていたのは謝ろう。こっちのほうが追手の裏をかけると思ったのさ。きぐるみに関しては、顔と体型を隠すための隠れ蓑だ。』
ちょうどそのタイミングで信号が青に変わり、二人は一旦会話を打ち切る。
逃走を開始して数分。特に敵影や不審な車なども見当たらず、護衛任務とは言いつつもその光景はごくごく平穏なドライブである。
たきなに話しかけても二言三言で会話は打ち切られ、ウォールナットも運転に集中し始めたため喋る相手がいなくなった千束はもう一度車内の様子を確認することにした。
(
うーん、カオス。そんなことを千束が考えていると、耳につけていたインカムに無線が入った。
『Δだ。聞こえてるか。』
掛けてきたのは蓮士だ。
「こちらβ。問題ありません。」
『オーケー。取り敢えず乗り換えポイントあたりにいた輩は蹴散らしてそっちに向かってる。まだ安心はできねェがな。』
「なんで?蹴散らしたのに。」
『いや、それがなァ』
蓮士の話によれば、事前に確認した主戦力であろうグループには未だ遭遇しておらず、伏兵としてどこかで息を潜めているらしい。てっきり諦めて追ってこなくなったのかと思っていたが、どこで待ち構えているのだろうか。このままだともうそろそろ高速前の乗り換えポイントについてしまう。そうすればあとはそのまま羽田まで直行だが……。
「まさか高速道路の上でおっ始めるとか?」
『まさか。お前じゃあるまい。』
「んだとどこ中だてめぇアァン?」
ぶっ飛ばすぞ。と言う千束をスルーし、蓮士は少し声のトーンを下げた。
『それよか気になることがある。ハッカー殿はいるか。』
『ああ。私がウォールナットだ。』
『……ハァ、さらっと無線に割り込むんじゃねェよ。』
何をしたのかはよくわからなかったが、蓮士の反応を聞くとどうやらウォールナットが無線をハッキングして割り込んだらしい。
『まあ、いいわ。それよりウォールナット。車の後ろにつけてるドローン。あれはあんたのか?』
『……なに?』
「おお?」
ウォールナットの声が少し強張る。千束が後ろを確認すると車体の後方、一定距離を保ちながら確かに一台のドローンが張り付いてきていた。
「あれじゃね?なにしてんの。」
『さあな。別の道からそっちに合流しようとしてたまたま見つけたんだ。ウォールナット。あんた何か知らないか。』
『あれは……ッチ。そういうことか。』
ウォールナットの声に焦りが混ざる。ドローンに気を取られていた二人が何事かとそちらを見ると、
『やられたよ。コントロールを奪われた。』
ウォールナットが手を離しているにも関わらずハンドルが勝手に動き、進行方向が予定していたルートから大きく外れようとしていた。
『ドローンを介してこちらを動かしているらしい。……ほう。ロボ太め。腕を上げたな。』
フロントのモニターに映し出されたマークを見て、何やら感慨深そうな声で車をジャックした人物の名を口にするウォールナット。悲鳴を上げる千束と焦るたきなだが、そんなものは関係なしに車はグングン加速していく。
『おい。これは
『いや。これは
二人の会話を聞き、もはや一刻の猶予もないことを悟る千束とたきな。
「回線を切らないと……!」
『いや、何度か試したがすぐに上書きされる。アレがある限りイタチごっこだ。』
「ルーターぶっ壊すんじゃだめなの?」
『場所がわからん。ボクのクルマじゃないんだよ。』
『ドローンを撃ち落とす他ねぇな。Αじゃ無理だ。β、できるな?』
三人のの会話を聞き、蓮士からすぐさま指示が飛んでくる。たきなは銃のグリップを握り直し、頷いた。
「無論です。」
『ハハハッ!上等!Α、サポート頼むぞ。』
「アイアイサー!」
千束は元気よく返事をするとたきなと目を合わせ、自分側の窓に銃口を突きつけた。
『カウントは?』
『ボクの合図でやれ。いくぞ。』
ウォールナットの声とともに、フロントモニターにメーターが映し出され、そこに表示されたパーセンテージが上昇していく。
ウォールナットがカウントを始めた。
ーーまず動いたのは千束。トリガーを引き、飛び出した非殺傷用のゴム弾が窓ガラスに大きくヒビを入れる。次いで姿勢を低くした彼女と入れ替わるようにたきながヒビが入った窓ガラスに背を叩きつけて破壊。そのまま身を乗り出し、落ちぬように千束がそれを支える。構えた銃がドローンへと向けられた。
(捉えーー)
ガダンッ!
「「『!?』」」
突然大きく跳ねる車体。運悪く道路の凹凸に引っかかったらしい。銃口がドローンから逸れた。
…が、
(舐めるなッ!)
たきなの眼がカッと見開かれる。跳ねる車体の動きを瞬時に予測し腕の角度を微調整。銃口がドローンに食らいつく。
ーー炸裂音と共に飛び出した銃弾は3つ。
その全てがドローンを貫き、完全に機能を停止させた。
やった。
黒煙を上げ、ドローンは地面へと落ちていく。
車のコントロールも取り戻した。あとは止まるだけ。だが、一度スピードに乗った車はそう簡単には止まらない。タイヤとアスファルトがすれてギュリギュリと嫌な音を立て減速はしていくものの、少しだけ、あと少しだけ距離が足りない。
あ、落ちる。
そこにいた全員がそう思った。
ブゥオオオンッ!
その時、ゴミ箱やらダンボールやらをふっとばして路地から見慣れた黒いバイクが一台飛び出してきた。
『全員口閉じてろっ!』
インカムから声が響く。次の瞬間、バイクと車がすれ違い、ガンッ!と車体に何かがぶつかる音が響く。次いで襲いかかる何かに引っ張られるような衝撃。
『うわぁっ!?』
「うにゃっ!?」
「うグッ…!?」
すると、今まで海に向けて突き進んでいた車体が突然弧を描いてUターン。火花を撒き散らしながらガードレールにボディをこすりつけ、ようやく車は停止した。
「ういちち……。」
「ううっ……。」
ドアを開け、シェイクされた車内から重なり合うように転がり出る千束とたきな。最後にスーツケースを持ったウォールナットも息を切らしながらその場にへたり込んだ。
「あーよかった……」
額の汗を拭い、その場にいた人間の気持ちを代弁する千束。そこへ、一人の影が近づいてくる。
「なんとか、間に合ったな。」
蓮士だ。蓮士は黒いライダースジャケットを身にまとい、右腕から胸部にかけてギターケースから伸びたワイヤーを巻き付けている。
「ったく。寿命縮むぜ。」
ワイヤーの終着点は車の背面に突き刺さったアンカーだ。どうやら海に落下する直前に車に追いつき、ワイヤーを使ってむりやり車を内陸側に引き戻したらしい。
「遅い〜!死ぬかと思ったんだけど!」
「今度はもう少し早めにお願いします。」
「ククッ。軽口叩けるなら大丈夫だな。」
千束とたきなのそれぞれの言葉を聞き、ほっとした様子で笑みを浮かべる蓮士。二人の頭をポンポンと軽く撫で、ウォールナットの方へと近づいていく。
「こうして合うのははじめましてだな。竹見蓮士だ。よろしく」
『ウォールナットだ。君、ほんとに人間か?』
「相棒の馬力がなきゃ無理だったよ。あと俺は正真正銘の人間だ。ここ以外。」
『なるほど。義手か。……いや、でも車を引き戻すときには腕だけでなく全身の筋肉を使ったはずだ。それにバイクの推進力でこっちの車体を引き戻したわけだろ?普通の人間なら真っ二つに裂けてるよ。やっぱり化け物だな君は。』
「あれ、否定できねェんだけど。」
「アレが本命か。」
三人がその視線を追いかけると、そこにはこちらを見下ろす位置に止まる車とそれを取り囲む複数の人影。彼らはこちらの無事を確認するやいなや車に乗り込み、どこかへと走り去っていった。
「あれ、敵かぁ。」
『なるほど。コレがあるからやけに手薄だったのか。』
どうやらまだ終わりではないらしい。車はもう使い物にならないし、むしろここからと言っても過言ではないだろう。
「取り敢えず、ここから移動しましょう。」
たきなの声にうなずいた一同。千束は服についたホコリを払い、蓮士は体に巻き付けていたワイヤーを解き、アンカーを車体から引き抜いて格納する。たきなは立ち上がろうとしたウォールナットに手を貸し、左手でスーツケースを受け取ろうとした。
「いたっ!…あっ!」
しかし突然腕に鋭い痛みが走り、反射的に手を引っ込めてしまった。当然、彼女の手に渡されかけていたスーツケースは支えをなくし、ぐらりと揺れる。
「おっ……と。」
近くにいた蓮士が地面に接触する前にキャッチ。被害は出なかったものの、たきなを見る彼の顔は少し険しい。
「井ノ上。」
「す、すみません」
名前を呼ばれるやすぐに頭を下げるたきな。その様子に蓮士はため息を一つつき、彼女に手を伸ばした。
機銃掃射のとき、同僚に殴られた光景がフラッシュバックしてビクリとすくみ上がる彼女だったが、
「ざっくりいってるじゃねェか。ちょっと待ってろ。」
蓮士はたきなの左手を優しく掴んで持ち上げる。どうやら割ったガラスで怪我をしたらしい。服の上からパックリと皮膚が切れ、赤い血が流れ出していた。
蓮士は呆けるたきなを、背から下ろしたギターケースに座らせる。そして慎重に制服の袖をまくると、ケースの中からから救急セットを取り出して応急処置を始める。
「おお。出たな四次元ポケット。」
「誰が猫型ロボットだ。」
千束のセリフにツッコミを入れながらもテキパキと止血、消毒を済ませ、最後に包帯を巻きはじめた。
「そこまでしていただかなくても……。」
たきなはそう言うが、蓮士は手を止めない。
「今度は銃とか命を落っことすかもしれねェだろ。黙って治療されとけ。……よし。できた。」
ぐうの音も出ない正論を言われて押し黙ったたきな。その間に包帯を巻き終え、蓮士はウォールナットと打ち合わせをしに行ってしまう。
そんな彼の後ろ姿を見て、たきなは昼間に特急の中で考えていたことがそこまで間違っていないような気がしてきた。
「……兄というものが私にいたとしたらー」
あのような方だったのでしょうか。
たきなは無意識のうちに、包帯が巻かれた自分の腕をそっと握っていた。
・ギターケース
蓮士が愛用している一見プラスチック製のギターケース。しかしその中身には刀やらナイフやらの武装が格納されており、ケースそのものも非常に頑丈で大型トラックに踏み潰されてもびくともしない。武装の他にも救急箱が収納されていたり、ワイヤーアンカーなどのギミックが施されたりしている。今後もギミックは増加される予定。
・ワイヤーアンカー
ギターケースのギミックの一つ。ケース下部にあるカバーを外すことで使用可能。ワイヤーの全長は20mほどで、アンカーをローラーで挟み込んで射出する。物に引っ掛けてぶら下がったり、敵に巻き付けて電気を流したり用途は様々。今回は海に落ちかけていた車にアンカーを引っ掛けて進路を変更させた。
命綱にすれば心強く、武器として使えば頼もしい。
・スーパーカー
とある海外の有名メーカーが限定500台で生産したマジモノのスーパーカー。定価数千万円はくだらないらしい。とてもではないが逃走車両として使えるような代物ではなく、千束たちは知る由もないが三十分後に持ち主が現れて颯爽とコインパーキングから走り去っている。
数分後、電柱に車がぶつかる事故があったらしいが、その車は赤い流線型のボディが無惨にひしゃげていたらしい。