百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第10話

 

 

 街は地獄と化していた。

 そこかしこに居るのは(シュラク)という、四足歩行の小象ほどはある魔物――灰色の筋骨隆々とした体躯に、同色の体躯、四つ目。鋭い牙とあまりの身体能力から、人々は成すすべもなく(シュラク)の餌食となっている。

 そんな阿鼻叫喚の世界で、二人の女が路地裏の物陰に隠れてうずくまっていた。

 少女の方をフルール。成人女の方をユウリと呼ぶ。

 フルールは煙草を吸うことも忘れて、焦りに焦った表情で隣のユウリの肩を叩いている。

 

「やばいわやばいわやばいわユウリ! あんた何とかしなさいよ!」

「むッ、無理ですよー!」

 

 ヴィエとの急な戦闘から逃げ出した二人だったが、(シュラク)の数は想像以上のもので、とてもではないがフルール一人で裁ききれる量を越えていた。宿まで走って荷物をまとめて街から逃げ出そうにも、二人からすれば宿にたどり着くのが果てしなく無理に感じられる状況だ。

 今も通りの方を一匹の(シュラク)が駆けて行って、遠くから男の野太い悲鳴が聞こえてくる。さっきからずっとこんな感じだ。最初こそ恐怖を覚えたユウリもいつの間にかそんな感情忘れてしまっている。

 その理由は、と言われれば……。

 

「あああ死ぬ、死ぬわ、あたし今日死ぬのね……」

 

 建物の壁に泣きつき、「酒……もっと煙草を……うふふ……」などとぶつぶつ言ってるフルールがあまりにもだらしなくてダサいからだった。

 自分よりパニックになってる者を見れば冷静になれるのと同じ事だろう。

 疲れ切った様子でユウリは小さく嘆息する。

 

「さっきの格好いいフルールさんはどうしたんですか……。もっと頑張ってくださいよ」

「うっさいわねあんた! 他力本願すぎないかしら!」

 

 きーっ! と、躁鬱激しいフルールが金切り声を上げる。その様はまさしくヒステリーそのもので、焦燥に駆られたフルールを見れば見るほどユウリは冷静になれた。

 

「ああ、私今日死ぬんだな……」

 

 という諦観からくる落ち着きではあったが。

 ――と、ユウリがいやに達観した表情をして空を見上げていた時だ。

 

「ユウリ? あれほど逃げろと言ったのに、もう……。仕方のないユウリですね」

 

 こつこつと、幼い足音。フルールもユウリも同時に表の通りの方を見やる。

 そこに居たのは金髪碧眼の幼女。雑な巻かれ方の、サイズの合っていないぶかぶかのマフラーが彼女の金髪を膨らませている。――ヴィエだ。

 (シュラク)の召喚主であり、突然フルールを襲ってきた張本人でもあり、ユウリと顔見知りでもある。

 

「……なによあんた、あのチビガキと仲いいの?」

「いえ、その、ええと」

 

 ヴィエは、ユウリが隣にいるからだろうか、フルールに攻撃をしてこない。その理由を先ほどの幼女の言動からあたりを付けたフルールが、ユウリにそっと耳打ち。ユウリは曖昧な表情しか浮かべられない。

 まさか今日しがた仲良くなった幼女がフルールを襲うだなんて想像できるはずもない。

 ヴィエは「うーん」と細いあごに小さな指を当てて数秒悩んだかと思うと、表情を和らげて手を差し伸べた――ユウリに。

 

「ユウリ。その女を、こちらに。ユウリには酷い事、しませんから。お友達ですし……えへへ」

 

 恥じらうように頬を赤らめながら、でも嬉しそうに笑うヴィエ。その幼さはこんな状況下だというのにユウリに暖かい感情をよこした。

 こんなに優しく笑える子が、こんな事するはずがない……。そんな小さな希望を、隣のフルールが強く揺さぶることでぶち壊していく。

 

「くっ……なんだかよくわかんないけど、ユウリ! あたしを裏切ったらあんたぶっ殺すからね! 本気だからね! 助けてあげた恩、忘れたなんて言わせないわ!」

「……う、うーん」

 

 ――この人ほんとダサいなあ。

 ユウリは困った様子で眉をたわめて頬をかく。ヴィエは手を差し伸べたまま、「?」と首をかしげるだけだ。

 きっと、とユウリは思い直す。

 ヴィエには何か理由があったはずだ。こんなに良い子が、こんなに酷い事をする理由がどこかに……あるはずだ。

 それさえわかれば、何か解決の道がわかるかもしれない。そう考えたユウリは、わずかに腰が引きつつ、それでも立ち上がった。

 

「だ、だめ。だめよヴィエちゃん」

「……? ユウリ?」

「この人は、その、私の命の恩人だから……」

「ユウリぃぃ……!!!!」

 

 前方からは幼女の無垢な視線、背後からは少女のなんだか汚い視線を感じる。 

 背中にじっとりとした汗を感じつつ、ユウリは必死になって口を開いた。 

 

「あのね。きっとヴィエちゃんにも、何かこんなことをしなくちゃいけない理由が、あったんじゃないのかな? 私に何ができるのかはわからないけれど……頑張る、から。だから話を聞かせて……?」

 

 自分なりの言葉で、ヴィエにも通じるように届くように。そう祈って出した言葉は、だが、しかし。

 

「ユウリ。ヴィエは、その女をこちらに渡すよう言ったのです」

「ええと……び、ヴィエちゃん?」

 

 ヴィエの青い瞳はあまりの純粋すぎて、無垢さの塊で、そこにある感情はあまりに硬質だった。宝石じみた硬度を感じさせる瞳は、硬いからこそ別の形を取れない。取ろうとしない。

 

「……ヴィエの言うこと、聞けないのですか?」

「――」

 

 ヴィエのクリアな視線にユウリが怖気だった瞬間だ。――背後から爆音。

 フルールとユウリが振り向けば、そこには家屋の壁をぶち破って出現した(シュラク)が三匹。路地裏に転がり現れた(シュラク)に、フルールが舌打ちしながら拳銃を構えて、ユウリが悲鳴を上げかけた瞬間だ。

 

「――やれやれ、困ったわねえ」

 

 その声は、唐突。

 音源は上方より。

 

「この街の娼婦には結構いい子が多くてね。贔屓にさせてもらってたし、助けてたら遅れちゃったわ」

 

 その場の誰もが、女声のする方へ目を向けた。顔を上げて屋根の端に腰かける女を――黒い女に、気づいた。

 真っ先に声を上げたのはフルールだった。

 

「レテ! あんた何してたのよ!」

 

 眉根を立ち上げて放たれる怒り声に褐色肌の女は取り合わない。ただ小さく肩を竦めて――軽々と飛び降りてくる。

 10メートル近くある高さからの落下。緩く膨らむ黒髪が揺れる。

 だというのに、レテミアが背中の蝙蝠羽をはためかせるだけで着地は軽やかな、それこそ羽根が落ちるかのようなものになっていた。

 

「だから、壊すのはちょっと……ね?」

 

 着地地点は(シュラク)とフルールの間。両者の距離は、僅か数メートル。(シュラク)が詰めようと思えば一瞬の距離だというのに、レテミアはひっそりと笑うだけだった。

 女の態度にか、女の見た目にか。ヴィエが目を見張る。

 

「あなたは……まさか――」

「――世界は炎で満ちている」

 

 先頭の(シュラク)が路地裏を蹴散らしながら突進。だが、レテミアは視線一つよこさない。その必要がなかった。

 

「だけども私は知っているわ」

 

 何故なら(シュラク)は、突進の二歩目を繋げられなかったからだ。――(シュラク)の全ての脚は、地面と密着したまま動けないでいる。

 まるで、凍ってしまったかのように。 

 

「かつて父なる神、祖なる者がこの世を生で満たすまで、ここにあったものは冷たさだったと……。炎すら死ぬ世界。そこでは神すら凍てつくこと、忘れてはいけないわ」

 

 ユウリがそっと両腕をかき抱いた。

 歯が勝手にがちがちと震えた。

 その場の誰もが、白い息を、吐いていた。

 

 

 

「踊って?

 騒ぐのよ。

 そして急激に止まりなさい」

 

 

 

 言葉の終わりと共にレテミアは右腕を横へ。

 開いた手は『何か』を全力で握りつぶす、林檎でも砕くかのように。――直後だ。

 

「【凍獄再来】」

 

 (シュラク)の全てが一瞬で凍り付き、秒の後には粉々になって砕け散った。 

 それだけではない。先ほどまであちらこちらから聞こえてきた悲鳴の全てが一斉に鳴り止んだのだ。ユウリは、体を抱きしめながら、周囲を見渡す。

 あまりにも静かすぎる。 

 

「フルール。使い魔ごときに敗けるなんて腕が鈍ったんじゃなくて?」

「……うッさい。加減ができないだけよ」

 

 レテミアがふふんと鼻を鳴らせば、フルールが嫌そうな顔をした。だが頭を掻きながら目を逸らして、

 

「チッ。……まあ、あんがと」

「どういたしまして」

 

 そんなやり取りをする間にも、ヴィエは先ほどとは打って変わって警戒の色を滲ませていた。無垢な視線はレテミアのみを見続けている。

 

「“霹靂”……先代魔王、ですか」

「今はただの悪魔(レテミア)よー」

 

 魔王、という言葉にユウリが目を丸くする。

 寓話や伝承でしか語られない亜種(デミス)の王、それが魔王だ。存在するはずがない、あくまで伝説のはずなのに……。

 

「街にいるシュラクもすべて、やられましたか」

「ええ。今ので全部砕いた(・・・)わ」

「……」

 

 信じられない、とヴィエはレテミアを見上げる。

 レテミアはにっこりと笑うだけだ。思わずといった様子でヴィエが一歩あとずさる。

 

「……イリスさまが仰っていました。あなたは、本来なら亜種(デミス)の王として生きるべきだと」

「のんのん。玉座に座るより女の子と一緒にベッドでエッチなことする方が好きなのよねー」

「ふ、不潔です」

 

 ヴィエがドン引きといった顔でたじろぐが、レテミアはというと得意げな顔になっていた。ユウリとフルールが微妙な顔になって黒い女を見つめる。

 

「こほん。……に、にしても、こまりました。あるじ様には、フルールさんをつれてこいと、言われているのに……」

 

 やや顔の赤いヴィエが戸惑いの表情で路地裏の三人を見つめる。

 レテミアの出現でようやく落ち着きを取り戻したのか、いつの間にか煙草を指に挟んで持っているフルールがヴィエを直視する。

 そして、強い表情で、言った。

 

「あんた、遺種(エルフ)――?」

「いいえ。ちがいます」

 

 即答。フルールは眉をひそめる。

 その時だ、強い風が吹いたのは。路地裏にいたフルール達はさほど影響を受けないが、路地裏の外にいるヴィエだけは、その風に晒されることとなる。

 強風がフルールの髪を揺らす。金髪を、耳元を完全に隠していた髪を。

 ――露わになった尖った長耳。ユウリが息を呑んだ。

 

「ヴィエは神の娘、ですから」

「……はっ。くだらないこと言ってんなっての」

 

 ふん、とフルールは鼻を鳴らす。つまらない冗談を言われたときのように遠い目をしたフルールの、青い瞳。

 それは、そう、確かにヴィエと同質の瞳だった。

 

「……源種(ハイエルフ)は、皆死んだわ。生きてるはずがないのよ」

 

 フルールの独り言じみた呟きには誰も取り合わない。ヴィエはもう一歩後ろに下がる。

 あ、とユウリが反射的に手を伸ばすも、ヴィエの笑顔に動きが止まってしまった。

 

「ヴィエは、ヴィルヘルム・マキ・ナキ・ゲネシスリステート=V(フィフス)。神の娘が末子。

 ですがそれでもヴィエは(ヴィエ)です。

 炎を燃やすためだけにあるのです」

 

 ヴィエが、逃げる。

 直感でユウリにはそれがわかった。伸ばしかけた手がもう一度前に動く。だが、ヴィエにはどうしても届かなかった。

 

「ユウリ」

 

 幼女の足元から橙の円陣が広がる。レテミアとフルールが小さく構えるも、ヴィエの視線はユウリにだけ向けられている。

 

「あめ、ありがとうございました。おいしかったです。今度は、ゆっくりお話ししましょうね」

 

 そう言って笑うと、ヴィエは会釈をして姿を消した。跡形もなく。一瞬で。

 呆然とするユウリの背後からは、舌打ちが一つ。

 

「……転移か。また神代の魔法? 神獣(シュラク)の召喚といいぶっ飛んでるじゃない」

源種(ハイエルフ)っていうのも本当なのかもしれないわねえ」

 

 ユウリは、そっと振り返る。

 そこに居るのは奇跡を行使した少女と、街一つを凍えさせた悪魔の女。ユウリの唇が小さく震えた。

 ん? とフルールが女の視線に気づいて顔を上げる。火の点いた煙草を咥えたまま。

 聞くべきではないのかもしれない。泥沼に足を踏み込むことになるのかもしれない。

 それでもユウリは知りたかった。ヴィエの事、二人の事、色々な事を。

 意を決してユウリは訪ねた。

 

「――あなた達は、いったい、何者なんですか?」

 

 

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