――妙に恰好良い女のひとだったなあ。
謎のイカサマ女と別れたユウリは、カクテルを飲み干すと、少し赤い頬のまま未だに ギャンブルに興じているフルールの背中に近づいた。少女の背中は見た目相応に小さいが、そのはしゃぎようは大人にも負けていない。ポーカーで大勝ちしているらしく、隣の男の肩をバシバシと叩いていた。
そっと、覗き込むように顔を近づける。
「フルールさん、フルールさん」
「きゃはははは! やっぱ人生最高ね――あ、ユウリ。どしたの?」
煙草を咥えているフルールが振り返る。賭場で緩んだ笑い声をあげる姿に少し幻滅しつつも、ユウリは一つ咳払いして、
「あの、私少し酔っちゃったので、そろそろ帰ろうかなって」
「あーそう。わかったわ。なら気を付けて帰るのよー」
「……」
「……ん? なによユウリ、そんなじとっとした目して」
「いえ、別に、なんでも……」
あの褐色の髪をした女のひとのようにはなってくれないか。そんな事を思いながら、ユウリは背筋を戻し、会釈をした。フルールも手を振ってくれる。だが、すぐにまたギャンブルで盛り上がる机へと戻ってしまった。
「……」
小さな、とても小さな寂しさを覚えながら、ユウリは賭場を後にする。
澄み切った夜空はとても高く、そして寒い。賭場が熱気で溢れていたから余計に。
「フルールさんもなあ……もうちょっと、もうちょっとだけ恰好良かったら……」
酔った頭で考えることはそんな事だ。呟きながらユウリは宿への道をゆっくり歩いた。いつもより大股に。
そんな時、とととと、という小さな足音が近づいてきた。子供のものだろうか? その足音がやけに急いでいるようだったので、何となく気になったユウリは振り返ってみる。ひょっとしたら泥棒かもしれない。
「ユーウーリっ!」
だが、ユウリの想像の斜め上を行く存在がそこにはいた。
夜であろうと、いや夜だからこそ月明りに照らされ美しく波打つ長い金髪。膨らんだ金糸が隠す耳回り。サイズの合ってないマフラーをぐるぐると巻いたその姿。
――ヴィエが、嬉しそうに笑って立っている。
「また会えました! にへへ」
「……。」
ユウリはぽかんとした顔のまま、数秒固まってしまった。ユウリ? とヴィエが首をかしげて一歩近づいてきて、ようやく現実を理解する。
さっ、と一歩飛びずさったユウリ。ヴィエはきょとんとして首をかしげたままだ。
ユウリは、以前と変わらぬ様子のヴィエに対して、目に見えて慌てた。あわあわと口を震わせ引きつらせながら、あの、あの、と言葉を考える。
――ヴィエは、フルールを狙っている。その目的は不明だが、フルールを捕らえようとしている。それは何としても阻止しなければならない。
「あっ、あの、あのねっ、今この街にフルールさんはいないから……!」
「もー。いまはそんな話してないですよ? 結構ユウリってとんちんかんな事言いますよねー」
「え、あ、うん……」
頬をぷくぅっと膨らませたヴィエが、腰に手を当ててませた視線を向けてきた。やれやれと言いたげな溜息に、ユウリの焦りもすっと消えていく。
ヴィエの言葉に嘘は感じられない。
幼女が『今はいい』と言うなら、きっとその通りなのだ。
なら、まあ、いいか。
そう納得したユウリは、だが、ふとした疑問を抱えていた。それはかつて、フルールを捕らえるためにヴィエが襲い掛かってきた時。
ユウリに、フルールを渡せと言ったときのことだ。
ユウリがその申し出を拒絶した時を覚えている。――ヴィエは、まるでユウリを聞き分けのない妹を見るような目で、ユウリを見ていた。
ええと。
「ヴィエちゃん、私のこと年下だと思ってる?」
「? 違うんですか?」
「ええっ……」
純粋な目で見つめられて、さすがのユウリも困惑した。頬に手を当てたユウリが二の句を継げないでいると、ヴィエはふふんと鼻を鳴らしながら得意げな顔をする。
「だってヴィエは神の娘――
「そ、そっか……」
源種。
それは、言ってしまえば人類の祖そのものだ。神が作り出した最初の人。原初の人類。そこから遺種が生まれ、凡種が生まれたとされている。だがあくまでそれは神話上での話で、今の世界で信じる者などまずいない。
しかし、だ。
ユウリは知っている。見てしまった。物理法則を捻じ曲げられるだけの奇跡を。物体を無条件に爆破可能な少女を。街一つ凍り付けた悪魔の女を。
『ごめんなさいね。私もフルールも、貴女よりも数千年長生きなのよね』
『……何百年も何千年も、あたし達はとある女から逃げ続ける旅をしてるのよ』
――彼女らが話した、いくつかの事実を。
「つまりー、ヴィエはユウリよりお姉さんなのです!」
「うーん」
ヴィエが源種なのはまあ、いいとして(精神年齢で言えばやっぱりヴィエは子供だとユウリは考えている)。
今日のヴィエはやけに機嫌がいいな、とユウリは思った。まだ出会って僅かの間柄だが、明らかにテンションが違う。頬の赤みも強い。
「なんだかご機嫌ね、ヴィエちゃん」
「今はイリスさまと一緒なのです! うれしいです!」
イリスさま? そういえば前もその名前が出てきたな。
そんな事を考えながら、ユウリは、宿の方へと歩き出した。ヴィエも自然とついてくる。
「ヴィエちゃん、付いてきて大丈夫? その……イリスさんが待ってるんじゃないの?」
「大丈夫です! さっきまでイリスさまと一緒だったんですけど、ユウリを見つけたから話したいって言ったら、いいよって言ってくれました!」
つまり後で『イリス』とやらと再会する予定だと。なら、そんなに心配する必要もないのかもしれない。見た目は幼女のヴィエだが、その強さは十分ユウリも知っている。容赦のないヴィエなら暴漢如きに手加減はしないだろうし。
賭場から宿までは片道で十分ほどだ。わざわざ賭場に近い所をフルールが選んでいた。
ほほー、とヴィエが三階建ての宿を見上げて感嘆の息を上げる。白い吐息が闇に溶けるさまを微笑みながら見ていたユウリに、ヴィエが聞いてきた。
「ここがユウリのおうちですか?」
「そう。今はここに泊まってるの」
「へええ……どれくらい居るんですか?」
「うーん……三日くらい、かな」
「そうですか。わかりました、なら今度遊びに行きますね!」
ええっ、とユウリは固まる。別にユウリは構わないがフルールが怒るのではないか……。困り切って何も言えないユウリに、ヴィエはにこっと笑いかけて、元来た道を戻ろうとする。
「イリスさまと一緒に、絶対あそびに行きますからー!」
「ちょっと待ってヴィエちゃん、あのね………………行っちゃった」
何かを告げるより先に道を曲がり姿を消してしまうヴィエ。ユウリは頬を掻いてしばし立ち尽くしたが、まあいいか、と思い直した。
『遊びにくる』と、その言葉が本当にその通りの意味なら、ヴィエに悪意も敵意もないだろう。もしかしたら、フルールとヴィエが仲良くなれるかもしれない。それは悪いことじゃあない。その時二人の仲を取り持つのは、ユウリだ。
それにしても。
ヴィエの言う『イリス』とは、どんな人物なのだろうか?