百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第15話

 

 ユウリが部屋を飛び出しても、二人――フルールとレテミアは後を追わなかった。

 レテミアはずれた肩紐を直してそのままベッドに寝転んでいるし、フルールは先ほどまでレテミアが座っていた椅子に座って酒を飲みだしている。

 もし、状況が違ったら、二人の内のどちらかはユウリを探しに行っただろう。

 だがそんな気にはなれないと二人の僅かに冷めた表情が物語っていた。

 

「フルール」

 

 ごろりと寝転がっているレテミアが、首だけ巡らせてフルールを見た。艶のある髪がベッドの上に広がっている。

 

「あのね? 煙草を吸うと歯が黄色くなって、肺がぼろぼろになっちゃうのよ? いいの? 私はとってもよくないわ」

 

 茶化した言葉。まるで野良猫にそっと手を差し出すみたいだ――。フルールは小さく肩を竦めてしまう。

 

「ハッ。何年吸ってると思ってんだか」

「……でもでも、よくないわ、やっぱり。ね? やめましょう?」

「うッさい。殺すわよ」

 

 くすくすと笑うレテミアに対して、フルールの言葉は辛辣だ。冷えた言葉にレテミアも口を尖らせる。

 フルールは一口、煙草を吸った。紫煙は天井にぶつかって霧散していく。その様を、ぼうっとした目つきでレテミアが見つめていた。

 

「あんたどういうつもりなの。ユウリなんか押し倒して」

 

 レテミアは、ふふ、と笑う。まるで続きを促されているような相槌の微笑みに、フルールは己の胸に手を当てた。

 

「あんたのタイプって、あたしみたいな女でしょ」

「よくわかってるじゃない。……別に。ただ、ムラっと来ただけよ」

「ストレートすぎる、殺すわよ」

 

 ……はっきり言いなさいよ。

 

「ユウリが邪魔なんでしょ、あんた」

「あなたはいつも、いつも、はっきりしすぎだわ」

 

 嫌味ったらしく『いつも』を強調するレテミア。照明がまぶしいのか、目元を腕で隠す悪魔女の表情は、うかがえない。いつも通りの笑みが口元を飾っているだけだ。 

 だけど、転がり出た言葉は、泥のようだった。

 

「この旅は私とあなたの……二人だけの物でしょう? そのはずでしょう? 他の人なんて、いらないじゃない」

 

 ――わかりやすい嫉妬か。

 フルールは別段驚かなかった。ユウリを押し倒しているのを見た時点で、そんな気がしていたからだ。

 ちらとレテミアを見る。悪魔女の笑みは未だに咲いていた。

 

「先に提案したのはレテ、あんたでしょ。ちょっとユウリとあたしが仲良くなってるからって今更ぐずらないで」

「もう……そうやっていつも私を子ども扱いする」

 

 レテミアが上体を起こして、ようやくフルールを見る。わかりやすくその頬は膨らんでいて、目は少しだけ潤んでいた。悔しい――と、その黒い瞳は伝えてくる。

 『子ども扱い』か。

 それもそうだろう。年上なのはフルールだ。

 

「私、もう、十分大人だわ」

「そーいう言葉は拗ねるのを止めてからにしなさいよ」

「……」

 

 フルールの的確な一言に、ついにレテミアは黙りこくってしまった。膝をそっと抱えると、体を折りたたんで膝に顔をうずめて表情を隠してしまう。

 だが隙間からはちらちらとフルールを見やっていた。

 

「ふーん」

「あぁん?」

「つーん」

「うざい……」

 

 そのまま宙を浮きだすレテミア。蝙蝠羽がぱたぱたと無軌道に動いて、レテミアの体をくるくると回す。まるで重力でも無視しているかのように。

 脱力気味の浮遊も、膝に顔をうずめるのも、全てレテミアがぐずった時の仕草だ。

 こいつ本格的に拗ねだしたな。

 フルールは半眼になってしまう。

  

「何よ、フルールの馬鹿。私はいつもこういう扱いだわ。どうせあなたは若い子の方がいいんでしょう? 私みたいな年寄り悪魔なんてお呼びじゃないんだわ」

「興味ないっつーの」

 

 それにね、と酒を一口飲んでからフルールは言った。

 

「ヴィエ――あのチビガキの事もある。放っておけないじゃない」

「やっぱり! 私より若い子の方がいいんじゃない!」

「うっさい脳内ピンク色女。あんたとあたしを一緒にすんな。あたしはノーマルなのよ、ノーマル」

 

 言ってもレテミアは「ふーん」だの「どうせ私なんてぇ」だのとごねるばかりだ。こうなるとレテミアは面倒くさいことこの上ないので、フルールはしばらく悪魔女を無視することにした。

 どうせ、大して怒ってもいないのだから。

 でも――ともフルールは考える。

 レテミアと二人だけで旅をした長い、永い時間。その間にもユウリのような一時的な旅の同伴者が増えたことは、何度かあった。それはユウリと同じように魔物から助け、街に送るまでの事であったり、人を運ぶ依頼であったりと、理由は様々だ。

 

「でも、そうね。初めてかもね。あんたがこんなに嫉妬するのって」

「?」

 

 ひょいとレテミアが顔を上げる。きょとんとした表情に、何でもないわよ、とフルールは言った。するとまたレテミアは「私に隠し事してるんだわ……」などと言い出す。本格的にフルールは無視を決め込むことにした。

 悪魔女のぐちぐちとした呟きを流しながら、フルールは近くの窓から外を見る。

 夜。人の気配もない死んだ街。

 ユウリは大丈夫だろうか――今更になって不安になってきた。襲われたりしてないだろうか。まあ、一応ナイフは持たせてあるし、大丈夫だろう。……たぶん。

 

「ひょっとしたら、始りなのかもしれない」

「始り?」

 

 フルールは頷く。

 

「逃げるだけの旅では、ないのかも」

「――それでも」

 

 返す言葉は矢継ぎ早なもの。

 フルールが女を見上げれば、天井近くからこちらを見下ろす悪魔は、いつも以上に深刻そうな顔をしていた。

 やけに子供っぽい表情――親友の裏切りを見てしまった時のような。

  

「それでも、これは逃避行の旅よ。何年でも、何千年でも。私とあなたの……生き続ける旅じゃない」

 

 それは契約にも似た、二人の間だけの秘密の話。誰にも語らず、ただ旅をし続けた二人だけが知っている、傷から生まれた決意だ。

 きっと、己もレテミアも、未だに過去から抜け出せないでいる。フルールはそう思う。抜け出す方法もわからず、ただ逃げ続ける旅をしているのだ。『生きる』というただそれだけのために……。

 

「約束。忘れてしまったの?」

「……そう、ね。そうだった」

 

 裏切りを恐れる子供の顔。軽くひと押しするだけで、憎悪に反転するだろう感情――愛の裏側には嫉妬がある。

 フルールは、そんなレテミアの表情と似た顔をした女を、知っている。

 皆既月食の瞳をしたあの女は、唯一の親友であるレテミアの裏切りを知って、今のレテミアと同じ顔をしていた。

 

「イリス……か。あの女、まだ懲りてないんだ」

 

 宿の窓からそっと見る夜空。

 浮かぶ月は白く、そして欠けていた。

 

 

 

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