百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第17話

 

 急に現れた女は、男たちが一瞬見惚れるくらいには美しかった。

 その黒赤の髪も、皆既月食の瞳も。白皙の肌も。

 人外のモノを感じさせる異質さに、周囲は異様な雰囲気に呑み込まれつつある。だというのに、女は気軽な足取りで目つきの悪い少女――フルールに近づいた。

 

「やあフルール。いつ以来だ、貴様と会うのは」

 

 にこやかな言葉。軽薄さもあるが、親しみの浮かんだ笑顔。

 それは友に見せる表情だ。――だが。

 

「……なんで、あんたが、ここに」

「? ヴィエにはもう会っているはずだ。なら時間の問題だと、そうは考えられなかったか」

「そういうことじゃ、なくて」

 

 フルールはいつもの威勢の良さも失って、ただただ呆然としていた。ユウリはその表情が、フルールらしさを失っていることに気づく。

 イリスが見せた旧友に向ける笑顔とはまったく別種の戸惑い、驚き、困惑。――恐怖と言うべき感情がちらちらと見え隠れする弱弱しさ。

 

「……?」

 

 ユウリはイリスとフルールの関係を知らない。

 友人では、ないようだが。

 肩の力が抜け落ちたフルールも放って、イリスは空いている椅子に座った。そしてここが逃げ時だと察したのだろう、フルールが組んでいた男達は「じゃ、俺はそろそろ……」「俺も……」と一言二言告げて席を立つ。

 ゲームに参加するのはフルールとイリスだけになった。

 ディーラーの龍人は突如として乱入してきたイリスに小さな困惑の目を向けつつも、新たなゲームを開始する。

 

「倍率はいくつだったかな?」

「……5ドローポーカーですので、ワンペアが……」

「ああ、いい、そんな低い役の倍率を聞いているんじゃない」

 

 手を振るイリスに怪訝な目を龍人が向ける。

 女は軽々と言って見せた。

 

最上級の役(ロイヤルストレートフラッシュ)だ。それだけ教えてくれればそれでいい」

 

 ……。と、龍人は一瞬だけ固まった。

 だが博打打ちの客を相手にすることは慣れきっているのか、すぐに調子を取り戻して、倍率をイリスに伝える。

 

「ふむ……それは良い。やる気が出てきた」

 

 あぶく銭で一発逆転の夢を見る、未来に目を向けない愚者――。賭博場のオーナーでもある龍人からすれば、今のイリスはそう見えたのだろう。幾分落ち着いた様子でフルールとイリスにカードを配った。

 手札を見たフルールは小さく顔をしかめて、「……降りるわ」と呻くように言う。役が悪かったのだろう。龍人はさも当然と言わんばかりに頷き、次に自信のある視線をイリスに向けた。

 まるで客に(・・)配る(・・)カー(・・)ドを(・・)選ん(・・)でい(・・)()かのような自信の表れ。――だが、イリスは笑う。

 

「神は言ったそうだな。奇跡は二度起きないと」

 

 とんとんと、イリスの細い指が机を叩く。とんとん、とんとん……。リズムを刻む指先に龍人がちらと、ほんの数瞬だけ視線をよこした時だ。

 ――『ぐにゃり』と、何かが揺らぐ。

 

「だが、どうだ? 現実はどこまで奇跡に食いつける?」

 

 そしてイリスはカードをそっと机に広げた。

 ハートの10を。

 ハートのJを。

 ハートのQを。

 ハートのKを。

 ハートのAを。

 65万分の1で起きる奇跡(・・)、ロイヤルストレートフラッシュを、見せつけた。

 

「現実は神秘に、幻想に、追いつけるか?」

 

 ぶるぶると龍人が震えた。その真っ直ぐな背筋が僅かだけ曲がり、蜥蜴じみた縦長の瞳孔を持つ瞳が、怒りで燃える。

 そして大声で叫び放った。

 

「この女をいますぐ店から叩き出せ! イカサマをしている!!」

「そんな証拠がどこにある?」

 

 女はすぐさま反論した。目を伏せ、やれやれと言わんばかりに肩を竦める様は実に年季が入っていて、人を小馬鹿にするにはうってつけすぎる。

 事実、龍人の顔はすぐに真っ赤になった。

 ディーラーであることも忘れ机をたたき壊さん勢いで、男の拳は握りこまれる。

 だが、それでも、

 

「なんならこの場で裸になったってかまわない。その上でワンゲーム、やったっていい」

 

 イリスは何ら冗談っぽさのない顔で言った。

 先ほどの龍人の怒声もあり、周囲から徐々に注目が集まりだしている。そして見物客がイリスの見せた『奇跡』に歓声を上げ、その歓声が更なる人を呼ぶ。

 炎が、熱気が、イリスを中心にして渦巻いていた。

 そんな渦中にあっても女はまるで動じず、龍人を見つめている。

 

「現実を超越できるだけの事象は奇跡としか呼ぶほかない。違うか? ん?」

「……っ」

 

 完全に遊ばれていると、ようやく理解できたのか。龍人は黙って再度ゲームを開始した。イリスがにこやかに笑いながらカードを受け取り、その隣でフルールが黙ってカードを手にする。

 そして配られた札を見たイリスが、唐突に口を開いた。

 

「なあ龍人。こんな話を知っているか」

 

 語り口は弾んでいる。何か、嬉しい事でもあるのか。それともその手札は『奇跡』と呼べる代物なのか。イリスの言動に、周囲の誰もが注目した。

 

「この世を作ったのは『神』だ。そしてその娘たる『源種』と、神性を失った『遺種』、そして神の血を継いではいるものの最も薄い血統である『凡種』。世はこれらによって建てられた――創世神話という奴だな」

 

 いったい何の話なのかとユウリは眉をひそめる。だが、ユウリ以外の誰もが――フルールも、レテミアも、龍人でさえも、イリスの言葉一つに頬を震わせている。

 ユウリは理解した。

 この空間を支配しているのは、イリスなのだと。

 

「だが、それ以前の世界にも確かに生命は存在したのだよ」

 

 古き者たち。

 本来この星で育つはずだった不完全な生態系。

 神の流れを汲まないもの。

 

「――それこそが亜種(デミス)であり、魔物であり、私であり貴様だ」

 

 言ってしまえば亜種とは、人の形をした魔物だと、イリスは語る。ユウリが驚きを表情にする中で、レテミアもフルールもその事を否定しなかった。その事が余計にユウリを驚かせる。

 

「混沌の時代。未だ神の落ちてこない死の大地。凍った暗黒……冷え切ったそんな世界にも唯一無二の火種はあった。それは太陽と呼ぶにはいささか熱すぎて触れられず、あまりにも危険な存在だった」

 

 滔々と続く語り。そのうちしびれを切らしたのか、フルールがカードを叩きつける。

 役はフラッシュ。――悪くはない。

 敵意をむき出しにした表情で、フルールはイリスを睨みつける。女は浅く笑みを刻んで、そっとカードを見せつけた。

 

「奇跡は何度でも。望むのならばな」

 

 イリスが揃えた役。それを見た龍人の顔が血の気を失った。

 五枚のカードの全てがスペード。

 10、J、Q、K、A。

 ロイヤルストレートフラッシュ。

 65万分の1で起こる現実だった。――いや、二連続で出したとなると、その確率はもはや計算に起こすことすら馬鹿らしいほどの光景だ。

 

「……明らかなイカサマね」

 

 莫大な額の金を自身の傍に寄せるイリスを見ながら、レテミアが呟く。さすがのユウリでも、それくらいはわかった。

 52枚のカードを扱うゲームの中で、最上級の役が連続で揃うなどまずあり得ない。だが、あり得ないというのに、そのイカサマの方法が見えてこない――まるで奇跡でも行使しているのかと、そう思わせるだけの現象だった。

 

「イカサマも見抜けなければ真理となる。だろう?」

 

 レテミアの言葉を聞いていたのか、イリスは浅く振り向いて、悪魔女に向かってそう言った。ふんと鼻を鳴らしレテミアはそっぽを向く。

 つれないな――そう呟いたイリスは、ユウリに軽くウインクをして、また向き直った。

 

「豊穣の熱ではなかったから。光ではなかったから。全てを灰にするだけの炎だったから。……だからその『火種』は愛を知らない。対等である者など、とうの昔に燃え尽きた」

 

 レテミアが珍しく舌打ちをした。隣に立つユウリがぴくりと肩を震わせる。悪魔女の気が立っていると、今更になって気づいたのだ。

 恐らくその苛立ちの矛先はイリス。だというのに、女は恐れ一つにじませないで、ただ楽し気に言うだけ。

 

「愛もなく。ただ崇められ。そうした上で生きている。不満はないよ。ま、やり直したいことはあるが」

 

 その、まるで自身の事を語るかのような喋りに。

 そして赤褐色の髪と、皆既月食の瞳に、龍人が目を瞠った。

 

「まさか……あんたは、いや、貴女は――――!」

「ただのおとぎ話さ」

 

 龍人の驚愕もよそに、イリスはなおも続ける。

 

「誰もが忘れた古い古い神代以前の物語……だがそれでも、王は求められる」

 

 だからこそ名乗ろう。

 脳天にまで聞き及べ。

 

「私はイリス。祖魔が一柱炎魔(えんま)のイリス。人は私の事を魔王と呼ぶ」

 

 フルールとレテミアが表情をより一層険しくして、龍人は今すぐにでも気絶しそうなほど恐怖していた。

 

「先代……凍てつく血統(レテルヘンミルニア)と比較して、紅き月の血統(イリアヘキサデウス)、とな」

 

 赤い、赤い宝玉の瞳は花開く。その緋色の視線は死にも血にも似ていて、まなざし一つで誰かを殺せそうなほどに鮮やかだ。

 そんな女はただただ卓上のゲームだけを眺めて、楽しそうに笑っている。

 

遊ぼう(ゲームだ)

 

 笑って。

 笑って。

 言った。

 

「亜種の王たる私がそう望んだんだ――骨も残さず溶けてしまえ」

 

 その日、とある賭博場が閉店することになった。

 

 

 

 

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