百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第18話

 

 

「――いやあ、イカサマでぼろ儲けするのは気持ちが良いなあ!」

 

 大量の札束を麻袋にいれ担ぐイリスは、賭博場を出ると高らかな笑い声をあげた。その笑い声はまさしくギャンブルで大勝した者が上げるものだった。  

 一方、その後ろを慎重に歩くのはフルールだ。警戒心をにじませた歩みは、縄張り争いをする猫に似ている。

 イリスがそんな少女の気配を敏感に悟ったのか、人気のない路地に入るとゆっくり振り向いた。浮かんでいるのは対照的な余裕のある笑み。

 

「なんだ。ここでやるか? 私と貴様の炎は街一つでは収まりきるものではないだろう」

「……ッ」

 

 フルールが舌打ち。逡巡の目線はフルールの数歩後ろを行くレテミアへと向く――緊張で表情を強張らせているレテミアを見て、フルールはほんの僅かだけ頷いた。

 

「……だったら何よ。もう逃げ続ける旅はうんざりなのよ!」

 

 まるで、何かを守ろうとするかのような表情。悲壮と覚悟を浮かべる顔はそれでもイリスを睨み付けた。

 

「ここであんたを殺す。あんたを殺してあたしは自由になる!」

 

 ホルスターに触れる手は既に震えている。その頬は真冬だというのに汗を滑らせる。

 恐怖が、少女の全身を支配していた。

 

「――幾億という全ての過去に、終止符を!」

 

 フルールが拳銃を引き抜く。

 引き金は引かれる。

 その動きは早く、流麗で鮮やかなもの。百発百中の精度を誇る銃弾は瞬間の後吐き出され、イリスを貫く――はずだった。  

 

「フルール。足が……震えているぞ」

「ッ――」

 

 イリスはそう言って軽く手を払った。からんころんと音を立てながら道端へと転がるのは、フルールの撃った銃弾だ。

 人外の所業にフルールは一歩退く。

 レテミアも、ただイリスを見つめることしかしていなかった。

 

「ッ……誰が、ビビってなんか……!」

 

 恐れてはいけないのだとフルールは思う。

 怯えてはいけない、と。

 この女にだけは。この女にされたことだけは、忘れていないのだから。

 

「――誰が貴様に言葉を教えた?」

 

 忘れるはずがない。

 

「――誰が貴様の耳を断った?」

 

 忘れてはいけないのだ。

 

「――誰が貴様を拾ってやった?」

 

 忘れるな。

 この痛みを。

 失うな。

 あの時の怒りを。

 

「いったい誰が」

 

 褪せさせるな。

 殺意を……!

 

 

 

 

 

「誰が、貴様を愛してやった?」

 

 

 

 

 ――殺す。

 もはや言葉すら感情の沸き立つ速度を越えられない。

 ぞっとするほど暗い目をした少女の、その拳銃が瞬間的に握られ、照準は合わさる。引き金が絞られけたたましい音が鳴った。 

 

「止めておけ、フルール」

 

 だが、イリスの体には傷一つつかない。なんの奇跡か魔法か、銃弾は消えていた。

 

「いかに貴様が『太陽の娘』だろうと、御せないなら価値はない」

「――」

「所詮はかつて死しかなかったこの大地にやってきた『神』の、その娘というだけ。どれだけ豊穣をもたらそうと私には勝てん。――レテミアもだ」

 

 フルールの背後で隙を伺っていたレテミアが凍り付いたように止まる。イリスは悪戯をしかけようとした友人を優しく咎めるように、くすくすと笑って言った。

 

「君がフルールと共に放蕩の旅をした千余年、私は君とは違う生き方をした」

「……私の前じゃ、火も凍るわよ? 私はそういう祖魔だわ」

「その冷気すら燃やせると言ったら?」

 

 挑発するような目でイリスは言った。レテミアは答えない。ただ無言で、悪魔女はその右手を突如として軽く(・・)振るった。

 直後現れるのは氷の塊。

 人間大のそれがイリスの上空より急速落下する。女を、叩き潰すために――。 

 

「【灰塵撃熱】」

 

 対しイリスが行ったのは、ただ一言を紡ぐだけ。言葉の終わりと共にイリスの全身から一瞬だけ熱が溢れ、それだけで氷塊が蒸発(・・)。液体になることすら許されずに大気へと変じて終わった。

 

「……勝てるか、レテミア、フルール。この私に」

 

 小さな舌打ちをするレテミア。拳銃を握りしめたまま動けないでいるフルール。そして、王者らしい目で二人を睥睨するイリス。

 三者は睨み合いを続け、そして。

 

「――イリスさま!」

 

 と、幼い喜々の声はイリスの背後から。緊張の糸を壊すような声に皆が反応するよりも先に、イリスの体が小さく揺れた。女の腰には細い両腕が抱き着いている。

 イリスが困ったように嘆息して、振り向いた。

 

「ヴィエ。人にいきなり抱き着くんじゃない」

 

 イリスの腰に抱き着いていたのは、以前フルールに襲い掛かった少女――ヴィエだった。白い頬を赤く上気させながら、ヴィエはニコニコと嬉しそうに笑っている。イリスが困り顔をしていてもだ。

 

「ごめんなさい! でも、ヴィエはうれしかったから!」

「……まあいいか」

 

 腰裏のヴィエの抱擁をほどいたイリスは、少女の手を握りながら、未だに警戒を解かないフルールとレテミアをじっと見つめる。女の眼差しには余裕しかなかった。

 

「安心するといい。今はまだ、その時じゃあない」

 

 気楽な様子でイリスは言う。ヴィエに軽く目を向ければ、少女は大きく頷いて靴音を鳴らした。とんとん、と。

 イリスとヴィエを囲むように円陣が発生する。

 

「次は、フルール、貴様を連れて帰ろう。あの時のやり直しだ、楽しみだな」

 

 フルールは何も言えない。そんなフルールをイリスはせせら笑った。

 最後に、イリスはフルールとレテミアの奥で佇むユウリを見る。

 

「ユウリ。また会おう。今度はもう少し長話がしたいな」

「ユウリー! 今度こそ、遊びましょうね!」

 

 イリスとヴィエ。二人の気楽な言葉はユウリだけに向けられている。決して、フルールとレテミアへは掛けられていない。その事実にユウリは困惑して、何も言えなかった。

 おろおろとするユウリを、イリスとヴィエは小さく笑って。

 そうして音もなく姿を消した。

 

「……」

「……」

「……い、行っちゃった」

 

 円陣は閉じる。

 レテミアは動かない。フルールは拳銃を握りしめたまま固まっている。

 冬の冷えた風は彫像じみて凍っている二人の間を、悠々とすり抜けていく。風がフルールの金髪を揺らして、その耳元の傷跡をまざまざと見せつけた。その荒い感覚にようやくフルールが揺れた。

 

「……ッ」

 

 強く、強く下唇を噛む少女。そのうち皮膚を食い破り、その唇からは血が溢れた。

 

「……ねえ、レテミア」

「……なあに?」

「あたし、あいつを殺すつもりだったわ。殺せると思ってたのよ。二度目に遭うことがあるなら、きっと、絶対にってね」

「……」

「でも、無理だった。足が、震えるのよ。勝手に。どうしても、どうしても。どうしても……!!!!」

 

 一筋流れる赤い滴。

 その痛みにか、何もできなかった己にか、――フルールは怒りに任せて拳銃を地面に叩きつけた。全力で。

 

「――――――――ッッッ!!!!」

 

 その咆哮は声にならない。

 声にすらなれない、恐怖の感情が溢れすぎていた。

 

 

 

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