百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第30話

 

 

 その日、レテミアはというと、それなりに暇をしていた。

 何しろ気に入った侍女が忙しなく仕事をしているので、なかなか相手をしてもらおうにもできないらしい。つまらないことだ。

 仕方がないのでレテミアはフルールと時間を潰そうかと思い、少女を探していたのだが……。

 

「? フルール?」

 

 屋敷の中庭。それなりに広い空間には、なぜかリーナルとフルールが向かい合って対峙している。フルールが悪魔女の言葉に反応して、視線をよこした。

 

「なにをやっているの、あなた」

「あーん? んー……決闘?」

「はあ?」

 

 ついレテミアは首をかしげてしまう。何をやっているんだ、あの二人。

 ただ丁度いい暇つぶしくらいにはなりそうだと思ったので、そのまま眺めていることにした。

 本当に、とにかく、暇だったのだ。

 

 

 

 

 

 ――なんか妙なことになったなあ。

 そんなことを思いながら、フルールは空を見上げる。今日は珍しく晴天で、雲一つない青空が広がっていた。冬の空気は冷え切っていても、日差しだけは柔らかく暖かい。体を動かすには丁度いい天気なのかもしれない。

 フルールは、視線を正す。

 リーナルを見る。 

 

「あんた、ほんとにほんとにいいのよね? あたし銃使うわよ?」

「構いませんよ」

 

 リーナルは貴族の婦人には似つかわしくない男風の格好をして、笑んでいる。ブーツを履いた足は確かに芝生を踏みつけていた。長い金髪も一括りに結ってある。

 そして、その右手には鞘入りの長剣を一振り持っていた。

 剣とはまた時代錯誤な武器だ。騎士らしいとも言える。――だが銃を相手にする場合は、あまりに無力な武器だった。

 

「まあ、いいならいいけどさ……」

 

 フルールとて、中庭の隅のほうで観戦しているレテミア同様、暇なのだ。相手をすること自体は構わない。それでも、銃と剣では、あまりにリーナルが不利ではないかとも思うのだ。まあフルールに剣の腕はないのだから剣を使えと言われても困るのだが……。

 

「ほんっとーに、いいのね?」

「くどいですよ」

「ふーん。そう。わかった、なら――」

 

 ――勝手になさい。掠れた風に紛れた言葉。

 同時にフルールの腕が閃き、腰のホルスターへと伸びる。動きは速く唐突なもの。リーナルがその素早さに一瞬遅れて抜刀――しつつ、フルールへと足を前に。

 だがどうやったってフルールが引き金を引くほうが早かった。

 『――――』、と。

 長い銃声が呑気な青空に響き渡る。

 レテミアが顔をしかめながら、リーナルを見た。勝敗は決したと思った。さすがにフルールも殺すことはないだろうが、少女の銃の腕があれば剣を狙って破壊することなどたやすい。だから、きっとリーナルは今の銃撃ひとつで負けたはずだと、そう思って。 

 だけど。

 

「ええ……?」

 

 口をぽかんと開ける。フルールも同じように唖然とした表情で、剣を構えるリーナルを見つめていた。 

 

「うっそぉ……」

「時代錯誤な武器ですが、極めた先にあるのは至上ですので」

 

 女の、構える剣。

 それは極僅かだけ鞘から引き抜かれている。その、柄と鞘の隙間――丁度鉛玉一つが嵌まりそうな隙間に、銃弾が挟み止められていた。

 どれだけの眼が、その業を可能にするのか。どれだけの研鑽が、その芸当を可能にするのか。

 弾くわけでなく。

 切り落とすわけでもなく。

 ――女は、剣で銃弾を受け止めていた。

 

「……やるじゃない」

 

 さすがの現実を前に、フルールも口端を小さく歪める。愉快そうに――いい暇つぶしになると、そう言わんばかりに。

 そんな少女を放っておいて、リーナルは完全に抜刀。ゆっくりとフルールへと足を進めた。まるで死の宣告の如き前進。

 フルールは撃鉄を引き、リボルバーを回転。直後に引き金を引く。

 リーナルが瞬間的に目を細め、フルールが笑みを濃くした。

 

「――曲がれ(・・・)

 

 言葉は世界を歪曲させる。

 無色透明な圧を加えられた銃弾は、フルールの意のままに銃弾軌道を捻じ曲げ(・・・・)、リーナルが目を見開く頃には剣の根元に直撃していた。

 

「まさか――これは」

曲がれ(・・・)曲がれ(・・・)曲がれ(・・・)曲がれ(・・・)曲がれ(・・・)

 

 リーナルの驚愕の言葉よりも、フルールの次弾発射のほうが早い。放たれた弾丸はそれぞれが捻じれた軌道をしつつ、瞬間的に剣の根元へと全てが直撃。その連続した衝撃にリーナルの体が小さく揺れ――そして、『パキリ』と、音が鳴った。

 どさりと落ちたのは剣の刃すべて。柄のみを手に持っているリーナルは、ただただ茫然としていた。

 

「歪曲、ですか」

 

 ぽつりと漏れた言葉に、フルールはふふんと勝気な様子で鼻を鳴らす。

 

「あたしの撃つ弾丸はなんだって魔弾になるのよ!」

「なるほど、なるほど、尋常でない領域ですか。やはりあなたは……」

 

 女は深く深く頷いて、使い物にならなくなった直剣をぽいと捨てた。フルールが怪訝さを表情にする中、リーナルは背後を振り向く。

 

「セティ」

 

 手を伸ばす先には、常に彼女の傍にいた侍女が一人。その手に握られたもう一振りの剣が、小さく揺れた。

 

「魔剣を」

「ですが奥様、これは……」

「魔剣を。越えたいのです。親ですから、騎士ですから」

 

 リーナルは笑う。侍女は僅かに躊躇いを見せたが、ただひっそりと笑う女に気おされたのか、そっと剣を手渡した。

 恭しく。

 ありがとうと、リーナルは言って、首の向きを元に戻した。直剣の鞘に触れた。――瞬間だ。

 

「私に流れているのは十二の血。

 龍、鬼、馬、悪、翼、炎、夢、獣、蛇、月、星。

 以上十一の亜種が血族、そして最後に“神”の源流」

 

 ぞわりと、周囲一帯の空気が一気に冷える。空間全体を透明な舌が舐め上げるような不快感がリーナルを中心に放たれる――フルールの背筋が粟立つ、レテミアが唇を震わせる。

 女は、静かに鞘を引き抜いた。

 

「魔の領域……久々です」

 

 リーナルの鮮やかな青をした瞳が、艶やかに濡れる。僅かに細まった眼差しがフルールを直視して、一歩、前へ。全ての空気を巻き込むかのような重さで、女の足が大地に触れて。

 

 

 ――激震。

 

 

 踏み込む女の足が、庭の芝生を全て砕け散らした。

 土塊が大量に舞う中、フルールが奥歯を噛みしめた頃には、女の横薙ぎの一撃が眼前に迫っていた。本能に等しいだけの直感だけが肉体を動かし、寸でのところでフルールは剣をかわす。もつれかけた足を強引に動かして地を蹴飛ばしながら、がむしゃらに二発撃った。

 

「甘い」

 

 だがリーナルは下がらない。二発の弾丸は豪速の剣にあっさりと弾かれる。舌打ちをしたフルールが三歩目を踏みしめようとして、隆起した土塊にバランスを崩した。

 少女の体が、地へと沈む――。

 

「       」

 

 フルールは見た。女が、腕を畳める様を。刺突の構えを覆いかぶさるようにしながら整えた様子を。

 赤い舌が、艶やかに唇をなめる。獲物を刈る獣の如く。

 殺される――。

 少女は自身の命が費えることを、ありえないと思いつつも理解して。

 だけど、死にたくなど、ないから。

 

「――燃えろ(・・・)」  

 

 ごう、と少女の前方に突如として炎が発生。壁のように広がった熱にリーナルの刺突の動きが止まり、何かを悟ったのか女は後方へと跳んだ。

 繭のように機能した炎熱はすぐに掻き消え、倒れた体をフルールはすぐさま起こす。視界の端で「フルールッ」と己の名を呼ぶ悪魔女も無視して、少女はリーナルだけを見た。苛烈な表情で。 

 

「あんた……人間じゃないわね……!?」

「“凡種最強”、そう呼ばれています」

 

 冗談じゃないとフルールは思う。そして同時に、少女には納得がいく部分があった。

 リーナル・ディン・ルベルトダスト。

 ルベルトダスト、だ。

 その名を、はるか昔に、フルールは聞いたことがある。

 

廃する光(ルベルトダスト)――そうか、あんた“混血”……! それも亜種と遺種の!」

「なんら力を持たない私たち人間は、それでも考える力だけは有り余っているのです。思考は文明を生みました。禍々しい災いも――力も」

 

 十二(・・)の血(・・)族全(・・)ての(・・)先祖(・・)返り(・・)ですよ、とリーナルは語った。女に流れるあまりに希少な血の性質を、悠々と。

 その手に何の変哲もないように見える、直剣を握りながら。 

 

「【招聘:十一王剣(グラディデュオデシム)】」

 

 言葉が呼び寄せたのは一振りの剣――それも相当に豪奢なそれ。

 黄金の柄に散りばめられたのは十一の宝石。赤く、青く、緑に、藍色に、紫に、宝石群は金色とともに輝きを発する。薄ら青く光る刃はそれ単体でこの世の至上の美しさを醸し出していた。

 リーナルの眼前に突如として出現し、大地に突き刺された剣――王剣。

 それを女は気軽に、空いた左手で握る。それだけで空間に熱が生まれる。

 冬だというのに、リーナルを中心にして熱気の渦が巻き起こる。

 まるで命を燃やすかのような業。

 背後の次女が「奥様!」と悲痛な叫びを上げるも無視。ただフルールだけを熱のこもった目で見つめている。

  

「……親の情念とは恐ろしいものです。子の最もを願う親とは、これほどに恐ろしいものなのです、フルール様」

「なんですって?」

「愛故に、悪鬼羅刹となりましょう。修羅と化して貴女を屈服させましょう。あの子のためになるのであれば……私は神すら屠る魔になれる」

 

 言葉は歌に似る。

 フルールはゆっくりと立って、背中の土を払った。心配そうに己を見るレテミアに軽く手を振った。

 正直、フルールは、リーナルの言っていることの大半はよくわかっていない。

 ただ『ユウリのことが大事なんだな』と、それだけはよくわかっていた。

 それは当然のことだと思う。親が子を愛するのは、大事にするのは。

 フルールの父親(・・)も、そうだったから。 

 

「――いいわ、久々に楽しくなってきた」

 

 跳ねる鼓動は死の恐怖が目の前にあるからだ。

 リーナルは易々とフルールを殺せるだろう。あれはそういう存在だとフルールは理解している。

 

「どーせそのうちイリスが来る。あのチビガキも。だったらそろそろ炉を回さないと、ね。腕慣らし、腕慣らし、よ」

 

 だけどリーナルはきっと知らない。知ることなどできない。

 フルールという存在が何を司っているのか。いったい何の娘なのかを。

 超常に相対できるのは、超越者のみだ。

 フルールは口を開いて、言った。

 

「燃えろ、燃えてしまえ」

「――見つけました!」

 

 幼い声は横から。

 フルールもリーナルも、レテミアも声の主を見た。庭の入り口――。

 膨らむ豊かな金髪と、サイズの合っていないマフラー。だぼつくコート。頬は赤く、瞳は丸い。

 

「あんた――」

「今日は、本気ですよ」

 

 とんとんと、幼女は靴で大地を叩く。

 庭全体を覆う円陣はそれだけで発生し、橙色の光とともに円陣より出ずる姿が幾つか。

 

「ヴィエの神性生物(ペット)を全てこの地に」

 

 庭を埋め尽くす怪物たち。それだけでは収まらない。屋敷を破壊しながらそいつら(・・・・)は円陣より溢れ出る。

 

 

 

 四足の灰色の獣がいた。何十匹も。

 空を舞う巨大な怪鳥がいた。何百匹も。

 拳大の奇怪な虫がいた。何千匹も。

 

 

 

 まるで、蠱毒。

 中心にて無邪気に笑うヴィエだけが、華やかだった。

 

「今日ここで、フルール、あなたを捕らえます」

 

 

 

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