百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第31話

 

 ヴィエの唐突な出現。そして、更に幼女の足元から無限に表れ続ける怪物たち。

 人の拳ほどの大きさの甲虫が。

 けたたましく声を鳴らす怪鳥が。

 四つ足四ツ目の雄々しき巨獣が。

 領地を荒らす。人を食う。屋敷を壊す。それは災厄と呼ぶにはあまりに惨い仕打ちだった。

 

「ユーリリア……っ」

 

 フルールが声をかけるよりも早く、リーナルは己が娘の名を呼び、屋敷へと駆けだす。その道を邪魔する怪物たちを一太刀で斬り殺しながら。 

 

「あの親バカ……!」

 

 フルールは舌打ちをする。あの様子なら一人でも無事だろうと見切りをつけ、すぐにヴィエへと向き直った。

 少女は自らが生み出した怪物たちに囲まれて、にこにこと笑っていた。無邪気な笑みにフルールがまた舌打ちをする。あの愚かな源種は、自分がしでかしたことを何ら理解していない。

 

「レテミア、抑えてて!」

「それは構わないけど……」

 

 近くにいるレテミアへ一声。答える悪魔女は、周囲の怪物たちを次々に凍りつかせつつ、フルールへと近づいてくる。だが、幾ら凍りつかせても、殺しても、ヴィエの発生させた魔法陣からは続々と巨獣や怪鳥、甲虫らが湧き続けていた。

 

「これは幾らなんでも無理じゃない!?」

「黙って動きなさい!」

 

 一喝されて、しぶしぶレテミアは怪物たちを凍りつかせ続ける。とっとと逃げればいいのにと言わんばかりの態度にフルールは色々言いたいところはあったが、気にしないことにした。

 そして、ぽつりと。

 

「……………燃えろ、燃え(・・)てし(・・)まえ(・・)

 

 少女は、自らの意識が切り替わるのを明確に感じ取った。

 何か、脳裏に隠れているスイッチを押してしまったような、そんな違和感。

 ――炉は回る。

 

「この身に背負う炎は、陽。……見えざる手は、熱持つ光」

 

 言葉を紡げば勝手に腕が空へと伸びた――拳銃を握る右腕が。

 

「大気の殻すら突き破って、果てなる答えは空に、天に……」

 

 空に、曇天のすぐ真下に、橙色をした円陣が生まれた。それも途方もなく巨大なもの。

 浮かぶ模様は恐らくこの星のものではない言語と、紋様。それを理解できるのはこの世でたった六人だけだ。……いや、死者を抜けばたった二人だけか。

 そのうちの一人であるヴィエが、先ほどまでの笑みも忘れて空を見上げた。

 

 

 

(まが)混沌(こんとん)

白光(はっこう)となり、

全編満(ぜんぺんみた)せ」

 

 

 

 曇天の下にあって光り輝く美しい円陣は、更にその輝きを増す。そして、フルールの言葉と同時に、空間の温度は一気に上昇した。

 まるで、空から熱の塊でも降ってくるかのように――。

 

「【極炎、霞も残さずに(ヘヴンスレイ)】」

 

 その日、空と地は一つになった。

 繋げたのは極限の熱。

 堕ち(・・)てき(・・)たのだ(・・・)

 巨大な、光の柱が――まるで太陽から注がれたかのごとき極炎が。

 曇天を突き破って落ちてきた一筋の光は、地上に落ちるよりも先にフルールの描いた円陣に直撃し、乱反射を繰り返す。――分かたれる幾重もの光熱、輝きの筋たち。それらはまるで一つの意志に従うかのように動き、揺れ、ヴィエの呼び出した神性生物たちだけ(・・)を焼き殺していく。

 人の隙間を縫い。

 屋敷の瓦礫の間へと入り込み。ただ、ただ、標的だけを殺す光。

 わずか十秒程度のこと。

 無限に等しいだけ存在していたすべての怪物達が、焼死していた。それ以外の何物をも傷つけず、大地一つ溶かさずに。

 まさしく奇跡としか呼べない現実が、そこにはあった。

 

「……これが、第一子……」

 

 そんな超常の中心に立つのは、たった一人の少女。

 青く燃える瞳はぞっとするほどに美しい。

 

「始まり、長女……『太陽の娘』……」

 

 ヴィエが周囲に広がる怪物たちの亡骸も目にくれず、茫然とその名を呟いた。 

 

「フリアグエ・リーリ・アィン・ジェフティス=Ⅰ……」

 

 一歩、フルールは前へと進む。右手に持つ拳銃の撃鉄を引きながら。

 カチン、と鳴った鉄の音。

 何ら感情を垣間見せない表情。――殺す。それだけをフルールの顔は告げていた。

 ひ、と。ヴィエが本能的に一歩退いた瞬間だ。

 

「だからお前は愚図だと言う」

 

 涼しげな声はヴィエの隣から。少女が横を見れば、そこにはいつの間にか女が一人立っている。

 赤銅の髪。緋の目。女――イリスは、毅然とした顔でフルールへと手をかざす。

  

「【天命衝逸】」

 

 透明な衝撃が一直線に駆け抜ける。堅牢な城壁すら易々と砕くほどの圧と、音に等しい速度。フルールは悠々とかわして見せた――だが。

 少女の背後から、ごふ、と生々しい音が響く。フルールの背筋が怖気立った。 

 振り向く。

 そこでは、イリスの一撃をかわしきれなかったレテミアが、腹部に巨大な風穴を開けて崩れ落ちていた。

 

「レテミア!」

「私以外を目に映す必要はない。貴様の所有者は今も変わらず私のはずだ」

 

 フルールは歯噛みして、女を睨んだ。膨れ上がった殺意は確かな熱へと変じ、瞬間的にイリスの周囲を満たす。

 

「――燃えろ……‼‼」

「法則を乱すな。死の大地にそれは似合わないんだよ」

 

 二の句はフルールの生み出した炎がイリスを焼き殺すよりも、速い。

 

「【王令遵守】」

 

 言葉一つで膨張しつつあった熱は霧散する。自身の一撃を叩き潰された、その事実が意味することにフルールが言葉を失った。

 奇跡を行使できる者同士の戦闘とは、ひとえに、“格”の違いですべてが決まる。現象に介入できる“格”、超常の現実を生み出せる“格”……。

 フルールは知っている。己の持つ格を。イリスの持つ格を。

 差は歴然だったはずだ――かつては。

   

「うぬぼれるな、神の娘よ。所詮は無知な玩具だろうに」

「……ッ」

「凍土を知っている。死の世界を知っている。神が訪れるまでの世界を、生きてきた。この炎は温いだけの炎ではない。貴様の持つ、光ではない――生き抜くための熱だ」

 

 ――何か、来る。

 研ぎ澄まされた本能がフルールにそう告げた。前方へ、さらに言えば背後のレテミアを守る形でフルールは意識を前面に集中させる。瞬間的に展開される透明な『壁』――そして直後に、イリスが指を鳴らした。

 

「【紅蓮大紅塵虐殺】」

 

 ――空間全ての酸素が消える。

 その爆発は、音すらも潰していた。周囲一帯のすべてが荒れ地と化し、屋敷が、何もかもが崩れていく。ヴィエの呼び出した怪物の亡骸も爆ぜ散らして、なお勢いを増していく業の爆炎。

 

「――」

 

 その衝撃にフルールの展開した『壁』が一瞬で砕け散り、少女の体を吹き飛ばす。激痛に見舞われる中、フルールは大地を転がった。土のすべてが燃えるように熱かった。

 痛みで焼失しかけた意識を、無理矢理に繋ぎ止めて体を起こす。全身の各所に決して浅くない火傷が残る中、それでもフルールはレテミアの元へと駆けた。

 

「レテ、レテ、レテミアっ!」

「う、あ……フルール……?」

 

 そっと抱き上げたレテミアの体にも濃い火傷の跡が幾つかあった。だが、フルールの展開した『壁』のおかげか、フルールが前に立っていたからか、少女ほどではない。だが、それ以上に酷なのは……。

 

「レテ、あんた、その腹……」

「へ、平気。平気よ、これくらい」

 

 先のイリスの一撃。それを食らっていたレテミアの腹部は、凄惨極まるものだった。抉れた腹と、突き抜けた穴。はみ出した内臓と大量の出血。先ほどの爆炎によって炙られ、その傷は幾らか塞がっている。だとしても瀕死の重傷であることに変わりなかった。 

 レテミアが、死ぬ。

 フルールの脳内をその一言が駆け巡り、その瞬間に少女の体はレテミアを抱いたまま動けなくなった。狂騒にかられつつある心臓の鼓動、そしてパニックに陥りかけるフルールを、イリスは放っておかない。 

 

「今日ここから始め直そう。もう一度だ。もう一度お前をあの日から……」

 

 煤と灰が舞う中、大地に焦げ付く炎も気にせず、イリスは悠々と歩いた。――フルールの元へと。

 

「……っ」

 

 隣のレテミアを抱き支えながら、フルールは恐怖で頬を震わせる。一歩一歩近づく女の足音が死の調べにしか聞こえなかった。女のどこか陶酔的な響きを持った言葉が、破滅の歌にしか聞こえなかった。

 

「フル、る。逃げて……」

「……、……」

 

 がちがち、がちがちと。

 顎が勝手に震えて歯を鳴らす。

 

「私、もう駄目だから……だから、ね」

 

 死はいつでも平等に恐怖を押し付けてくる。死にたくないのに、だから生きているのに、いつもフルールの背を追い続けるのだ。

 イリスというおぞましい死の具現。逃げだしても、逃げ出しても、必ずあの女は追いかけてくる。追いついてくる。

 

「ば、馬鹿じゃないの。なんで、あんたを見捨てないといけないのよ」

「でも……」

 

 隣のレテミアを、少女は見た。その腹に空いた大穴を泣きそうになりながら見つめた。肉体からはみ出た腸が痛々しくて、血の池を作るほどの出血が恐ろしくて、――冷たくなりつつある体が凍るほどに寒く感じて、フルールは何も言えなかった。

 

「あたしは、嫌。いやよ。だってあんたがいないと何も面白くないじゃない……」

 

 たった一瞬だ。

 イリスが現れて、適当に放たれた一撃。――それだけでレテミアは死に瀕している。逝こうとしている。フルールを一人にして、勝手に。

 どうしようもない無力感だけがフルールの全身を包んでいた。

 どれだけ奇跡を起こせたとしても、その炎を持って全てを溶かせたとしても、無理なのだ。

 フル(・・)ールは(・・・)誰か(・・)を癒(・・)すこ(・・)とだ(・・)けが(・・)出来(・・)ない(・・)。 

 

「だから、なあ、フルール。もう……いいんじゃないか」

 

 眼前。ハッとなって顔をあげれば、そこにはイリスが立っている。隣にはヴィエも。

 女の冷徹な眼差しが、少女の全身を射竦めていた。

 

「ぁ……あ……」

 

 体が動かない。

 どうしても、思い出してしまう。かつて、フルールが、何も知らなかった時の事を。飼われていた時の事を。 

 痺れたように硬直する少女へと、イリスは嘆くような目を向けて、そっと手を伸ばした。慈悲ではなく、情愛でもない。それはまるで飼い主とはぐれたペットをそっと抱き寄せようとするかのような仕草で――。

 

「――やめて!」

 

 悲痛な叫び声が響き渡った。

 その場の誰もが、声の主へと目を向ける。

 

「ここは、私の領地です」

 

 腹部を震える手で押さえながら、近づいてくる女が一人。その女は精細さを欠いた表情で、苦痛に歪む顔で、それでも立っていた。

 ヴィエが困惑した様子で女の名を呼ぶ。

 

「ユウリ……どうして……」

「私の守るべき場所を、そこに住む人たちを、私を助けてくれた人を――」

 

 ユウリはヴィエの言葉になに一つを聞かない。ふらついた足取りで、イリスとフルールの間に立ち入り、そっと両腕を広げる。

 

「傷つけないで、ください!」

 

 

 

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