百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第33話

 

 

 レテミア。

 凍てつく血統(レテルヘンミルニア)

 

 

 

 

 かつて神話こそが現実だった古代において、その名は恐怖の象徴だった。

 なにせ、星の直系(・・・・)

 惑星に望まれて生まれた十二の生命体が一つ。悪魔が血統の祖にして氷河期の開闢者。

 生まれた時点で彼女は王たる資格を持っていて、故に彼女は望まれていた――つまりは魔王であることを。

 いまだ亜種が生きていて、極わずかしか凡種が存在しなくて、遺種の数が年々減少している、そんな世界。

 ――その頃、レテミアは『魔王』なんてものをやっていた。   

 

「も、申し訳ございません……」

「いいのよ。別に」

 

 朝のこと。

 身を清めるための朝風呂に浸かっていたレテミアは、一体何人目なのかもわからない側付きの侍女によって、丁寧に丁寧に髪を梳かれていた。

 ……別に、だ。

 侍女の手がレテミアの髪に触れる前から震えていたことは知っていたし、朝レテミアを起こしに来る時点で恐怖で顔が歪んでいたことも、レテミアは知っていた。もっと言うなら恐怖を隠すための笑顔だって見飽きたものだった。

 だから、まあ、その侍女が櫛に力を入れすぎて、レテミアの黒髪をぶちっと引き抜いてしまったとしても、気にはしないのだ。

 

「どっどのような処罰もお受けします。ですからどうか、どうか命だけは……」

「……だから、気にしていないと言ってるじゃない」

 

 レテミアは、星によって作られた、言わば大気に近い存在だ。存在理由は環境調整――寒気の抑制にある。 

 半永久的な不老不死。

 その寿命の長さを考えれば目の前で土下座をする侍女なんて虫程度にしか思えないし、羽虫がそばで飛んでいたら手で除ければいいだけの話だ。

 手の甲でぶたれた羽虫が死んでしまったりは、あるかもしれないが。 

 

「しっ、失礼します!」

 

 これ以上はレテミアの逆鱗に触れると分かったのか、侍女はそそくさに風呂場から姿を消した。一人だけになってしまった風呂場で、ぽつりと立っていたレテミアは静かに溜息を吐く。

 あれ(・・)は、もう来ないな。

 これで何人目の解雇者だろうか。

 そろそろこの城から労働者が姿を消すのではないか。高給に惹かれてやって来る者は多いが、ひと月ともった者はほとんどいない。

 

「――別に、怒ってなんかいないのに」

 

 レテミアは一人湯船に浸かりながら、陰鬱極まる顔でそう呟いた。

 触る者など誰もいない豊かな黒髪は無造作に湯の上を広がり続ける。

 

 

 

 

 

 眠気を飛ばせば、レテミアには暇な時間が訪れる。一応、『魔王』という座に就いているだけあって衣食住に困ったことはない。

 龍人の料理長――奇跡的に数百年は城で働いてくれている――の作った朝食を食べ、寡黙な龍人に後片付けを任せて、レテミアは自室に引きこもることにした。

 

「暇だわ」

 

 何億回めかもわからない呟きに、埃だらけの部屋は反応しない。

 『魔王』には執務や政といったものが存在しない。

 亜種はもともとこの星で生まれた種だ。“神”によって作られた遺種や凡種とはそもそもの構造が違う。皆が強靭であり、弱者は死んでいく。

 弱肉強食のルールが絶対的に成り立つ以上、法や秩序の施工は必要ない。王として望まれているのは最強の証だけだ。

 

「暇だわ」

 

 もう一度呟いて、レテミアは吐息を漏らす。それだけで家具の上に積もった埃が舞いそうでうんざりとした気持ちになった。

 気分転換にカーテンを開けても、覗ける空には分厚い雲がかかっている。“神”がいた頃はもう少し空も明るかったのに――。

 『とんとん』、と。

 部屋の扉が静かにノックされる。思わずレテミアは小さな悲鳴を漏らした。てっきり、この城には誰もいないものだとばかり思っていたから……。

 慌ててレテミアは扉を開ける。するとそこには、先ほど朝食を用意した龍人の料理長が立っていた。 

 

「あなた、どうしたの?」

「お客様です」

 

 低い声にレテミアは目を丸くする。この男、喋れたのか……。

 レテミアが驚いた顔をしているからか、龍人は静かに付け加えた。 

 

「私しかこの城にはおりませんので……」

「……あ、っそ」

 

 ついにここまで来たかと、他人事のようにレテミアは思った。城として機能していなくとも、レテミアにはどうでもいいことだ。

 料理長を下がらせたレテミアは、城の玄関に赴いた。大きな扉を一人で開ければそこには赤い瞳の女が立っている。――あと、耳の尖った少女も。

 

「やあ。久しぶりだな?」

「イリスじゃない。久しぶりねぇ」

 

 赤い瞳に赤褐色の髪。長身と涼しげな笑顔。――同胞。

 赤い月の血統(イリアヘキサデウス)と言えば、レテミア同様恐れられている亜種の女王である。

 その残虐性はレテミアの上を行く。亜種の中でも要注意人物として孤立している女、それがイリスだった。

 それでも怪物同士だからか。

 不思議とレテミアとイリスの馬は合うことが多く、こうしてたびたびイリスがレテミアの元を訪れる関係性は何千年と変わっていない。

 

「相変わらず汚い城だな?」

「うるさいわね。面倒なのよ」

「人を雇えばいいだろう。経済に貢献したらどうだ」

「そういうの、興味ないわ」

 

 つれないな。とイリスが笑っても、レテミアは女に目を合わせなかった。視線はイリスの隣でぴったりと合わさっている。

 気になるのは、イリスの隣でにこにこと笑っている少女の方だ。

 

「ん? ああ、『これ』か?」

 

 レテミアの視線に気づいたのか、イリスは得意げな顔になって隣の少女の頭に手を置いた。

 ペットの頭をなでる飼い主そのままの仕草を、レテミアは無感動に眺める。

 

「その娘、なあに」

源種(ハイエルフ)

 

 さすがにイリスの一言にはレテミアも目を剥いた。

 例え亜種の王とて及ばない領域――“神”の遺産、祝福、置き土産。この世に五人しか存在せず、そのほぼ全てが死亡したといわれる、あの源種だと言うのか。

 

「……源種(ハイエルフ)って、あの?」

「そうだ。すごいだろ?」

 

 川で綺麗な石を拾った子供のようにイリスは笑う。ぐりぐりと頭を撫でられても、とんがり耳の少女はにこにこと笑うだけだった。

 

「まだ耳は切り落としていないが、それは後々のお楽しみという奴だ。今は首輪もかけていないが、これでもれっきとした私の奴隷だよ」

 

 首輪をかけていない。

 『私の奴隷』。

 ――耳を、切り落とす?

 突飛な言葉にレテミアは首を傾げた。

 

「……ごめんなさい、あなた、何を言ってるの?」

「ん? 知らないのか? 最近凡種の中で流行っているらしいぞ、『耳断ち奴隷』というらしい」

「『耳断ち奴隷』?」

 

 レテミアはまじまじと長耳の少女を見つめた。

 白雪のように美しい肌に、庇護欲をそそる丸い青の瞳。見るからに柔らかそうな金髪と、時折ぴくぴくと揺れるとんがり耳。――なるほどイリスが気に入りそうな少女だな、とレテミアは評価した。

 

「自分たちよりも高位の存在の耳を切り落として、首輪をかけるんだとさ――楽しそうじゃないか」

「なかなか共感しがたいわ。凡種も気持ち悪いこと考えるのね」

「ふふ。そういうところがお前の良い所だ」

 

 つまりは凡種の文化を真似て遊んでいるということだ。

 イリスらしいといえば、そうなるか。

 

「そういえば、同性愛の気があったわね貴女」

「理解できないと言わんばかりの顔をして。楽しいのに」

 

 恋も愛も知らないレテミアは、誰かと番うということに興味がない。イリスのように性交の際に相手を壊しつくす(・・・・・)ことにはもっと理解が及ばない。 

 

「はあ。つまりなあに? あなた、その源種を見せびらかしに来たの。帰ってもらえる?」

「嫌だなあ、もちろんその通りだよ?」

 

 けろっとした顔で言うな。

 

「でも寂しい生活を送っている友人に、たまには潤いを、とでも思って誘っているのさ」

「そういう芝居っぽい言い方も凡種の真似ね? 遊びもほどほどになさい」

 

 もっと冷淡でしょ貴女、と責める目つきをするレテミア。やれやれとイリスは肩を竦めた。享楽的なイリスとどこまでも凍り付いているレテミアでは、どこかが致命的に絡み合わない。

 張り付いていた笑みはそのままに、イリスは口を開いた。

 

「――なあ、しばらく私の城に来ないか、レテミア。私たちには限りなく『死』がないが、それでも心の死はあり得る」

 

 イリスの笑顔は気に入らないが、その言葉は真剣そのものだった。

 レテミアもイリスも、その同胞の数はあまりに少ない。特異さ故に同等の者はほとんど居らず、孤独は常に蔓延っている。だから、どうしてか、気にかけてしまうのだ――イリスがレテミアを、レテミアがイリスを。

 

「お前の潤いが何なのかは知らないが、他人と接してみないとそれもわからないんじゃしょうがないだろ? だから、ほら、来いよ」

「……仕方ないわね」

 

 照れ隠しをしているのはどちらもだ。イリスの笑顔もレテミアの陰鬱な表情も、内に秘めた感情は変わらない。

 差し出された女の手を、そっとレテミアは握った。

 

 

 

 

 

 城のことは面倒だったので料理長にすべて任せて、レテミアはさっそくイリスと共に城を出た。――あと、イリスの隣をとことこ歩く少女と共に。

  

「この子、名前は?」

「んー? 名前か? いや、それがだな……実は言葉を喋れないらしい。教えればいいだけなんだが、面倒でなあ」

「はー……飼うなら飼うで責任持ちなさいよ」

 

 呆れてしまったレテミアは、そっと長耳の少女に近づいた。常に笑顔を浮かべる少女が耳をぴくぴくと動かして、レテミアを見上げる。

 

「名前、わかる?」

「――?」

「私、レテミア。あなたは?」

「あう……ううえうぇ?」

「あのね。私の名前は、レテルヘンミルニア。よろしくね、奴隷さん」

「れ、れー……。れへ?」

「……レテミア、でいいわよ」

 

 こりゃ大変そうだな、とレテミアは早々に諦めたくなった。けれどもイリスの相手をするよりかはよっぽどマシな気もする。

 少女はぴょんぴょん跳ねて、楽しそうに言った。 

 

「れ、れ、れ…………れてみゃぁ!」

「違う。レ、テ、ミ、ア。もう一回言ってみて?」

「れ、れてみゃー!」

「ああもう、違うわ。……って、何をやってるのかしら、私」

 

 横ではイリスがげらげら笑っている。

 柄にもないことをしている友人を見るのが面白いらしい。うるさいわね、とイリスを睨んだレテミアは、すぐに少女と向き直った。

 「れてみやー。れてみゃあ」と少女が己の服を引っ張るからだ。

 

「おっ。懐かれた。やったじゃないか」

「うるさい。……あなた、名前は? 名前くらいあるでしょ?」

「……? ?」

「んー。わたし、レテミア。あなたは?」

「! ふうーうー! ふる、るー!」

 

 得心がいった様子でぶんぶん頷く『ふうーう』。

 なんだ、言葉が喋れないだけで、賢いではないか。

 

「フウーウ?」

「んーん! ふりゅーる!」

「……フルール? それがあなたの名前なの?」

「んー!」

 

 『フルール』は、こくこくと頷く。そしてにへにへと笑った。

 その、何一つ穢れを知らない笑顔を見て。

 レテミアの何もかもを恐れていない表情を見て。どこか胸の奥が温かくなるのを、レテミアは感じた。

 

「ふるーる! れて、みぁ。ふるーる!」

「そう。フルールね。よろしく」

 

 そっと差し出した手を、フルールはぎゅっと握る。むふーと満足げに笑う少女を見れば、どうしてか、レテミアも自然と頬を緩ませていた。

 

「……よかった」

 

 ほほ笑むレテミアを見たイリスも、そっと呟いて小さく笑う。

 レテミアとイリス、そしてフルールは、寒空の下を三人で歩いた。

 ――間違いなく言える。

 きっとその瞬間こそが運命であって、きっと誰もが幸福な時間だったのだと。

 

 

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