百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第35話

 

 

 一週間ほど後のことだ。

 フルールが、いつものメイド姿でイリスの前に立っている。緊張からから小さな両手はロングスカートの裾をきゅっと握っていた。そんなフルールを、椅子に座るイリスはじっと見つめている。

 

「えっと……」

 

 ぴくぴくと所在なさげに揺れる長耳。困ったように目線はあちらこちらを向いていて、ふらふらとさ迷っていた青い視線は最後に悪魔の女を――レテミアを見つめた。

 小さく頷くレテミア。フルールは一度目を瞑ってから、うん、と首を振る。

 そして目を開けば、満開の花が咲き誇るような、こぼれるような笑顔が浮かんだ。 

 

「こんにちは、いりす様。フルールは……今日も、ええと、げんき? です!」

 

 言えた! とフルールが嬉しそうにその場で跳ねる。喜々に揺れる笑顔を見て、イリスが「おー」と感嘆の声を漏らした。

 なにせイリスは、フルールがまともな言葉をしゃべったのを初めて聞くのだ。 

 

「ほー。すごいじゃないか。やるなあレテミア」

「ふふん。でしょう?」

 

 レテミアが軽く胸を張り、ひらひらと手を伸ばす。それに気づいたフルールがレテミアに近づけば、レテミアの伸ばした手は綺麗にフルールの頭へと納まった。少女の小さな頭をなでる手つきはゆっくりで、慈愛がまざまざと感じられるものだ。

 

「フルールは、賢いのよねえ」

「えへへー。ほめられたー」

 

 フルールに言葉を教えると決めて一週間。もともと賢いのだろうフルールは、誰かに何かを教えたことのないレテミアの教育でも、従順に吸収していった。喃語を話す以前のフルールはなく、何を言われているのかも十分に理解している様子だ。

 

「あのね、いりす様。れてみぁはね、すごいんだー」

「ふぅん? どこが?」

 

 こんなやる気なしに、とイリスの赤い目がレテミアを見る。うるさいわね、とレテミアは唇をひん曲げた。

 

「れてみゃあは、わたしに本をよんでくれたの!」

「それなら私でもできるよ。今日は私が読んでやろうか?」

「えっと……」

 

 にやにやとイリスが嫌らしく表情を作る。そんなイリスの嫌がらせをまっすぐに受け止めたフルールは、困ったように目を伏せた。しゅんと長耳も垂れてしまう。

 

「ちょっと。フルールを困らせないでよ。まだ難しいことは言葉にしにくいんだから」

「ふーん? まだまだということか」

 

 うーうー唸って考え続けるフルールを、イリスはどこか冷えた眼差しで見つめていた。

 それは、玩具を見る目だ。

 やがてイリスは何かに納得したのか、一度頷いた。 

 

「うん。よし、いいんじゃないか」

「? 何がよ」

「お前にフルールを‟貸す”よ」

 

 貸す、という言葉。所有者は相変わらずイリスであって、レテミアは気分でそれを使っているだけのこと。その事実を忘れたわけでもないが、レテミアは何となく嫌な気分になった。

 胸中にかかる重いもや。その理由を探ろうとして、レテミアはよくわからない感情に引っ張られていることに気づく。

 

「無知なまま弄ぶのも嫌いじゃないけど、知恵を蓄え恐怖を知った少女を弄ぶ方が、私は好きだな」

「……相変わらず変な趣味してるのねえ」

 

 イリスとの会話はそう打ち切って、きょとんとしているフルールを見た。

 少女の青い瞳は純粋にあるがままを受け止めている――痛みを、まだ知らない。

 

「? なんの話、れてみあ?」

「いいえ、なんでもないわ。……イリスがね、あなたを私のお手伝いにしてくれるんですって」

「! ほんとー?」

「ええ、本当」

「やったー!」

 

 レテミアは知っている。イリスという女の、飢餓と暴力を。

 今は人をからかえるだけの穏やかさを保てているようだが、それがいつまで持つのかレテミアにはわからない。一度火の点いた油が灰を被らないと勢いを止めないように、イリスの性は対象を壊すまで落ち着かない。

 そういう生き物だ。

 同情ではなく、一定の理解をレテミアはイリスに向けて持っている。だから彼女の性質について何かを言うつもりはなく。

 ――しいて言えば。

 

「じゃあ、フルール。私の部屋に行きましょうか」

「わかった! わたし、なんでもするねー」

 

 フルールがイリスによって破壊されても、きっと、特に何も感じないのだろう。

 

 

 

 

 

 イリスと別れた後は二人して昼寝をして時間をつぶした。夕食の後は、お風呂に入って、そうしてしまうと暇な時間が訪れる。 

 夜のこと。

 レテミアにあてがわれた客室は広い。嫌みを感じるほどの豪奢な調度品の数々は、イリスらしい趣向と言えた。天蓋付きのベッドに寝転がるレテミアを、丁度部屋の掃除をし終えたフルールが呼ぶ。

 

「んー。れてみゃあー」

「レテミア」

「れてみぁー」

「違う。で、なに?」

 

 もはやわざと間違えているのではないだろうか。まあ、呼びづらい名前かもしれないが。

 レテミアは上体を起こす。箒を手にしたフルールがきれいな眉を八の字にしていた。 

 

「わたしは、なにをすればいいの?」

「そーねえ……」

 

 あごに人差し指を当ててレテミアは考え込んだ。掃除はフルールが何も言わなくてもやってしまったし、明日着る服まで選んでくれていた。

 箒を片付けて隣に座ったフルールを、レテミアは見下ろした。

 

「なに、しましょうか?」

「んー。れてみあもわからない?」

「ええ。だから貴女のしたいことをしてあげるわよ」

 

 ほんとお? とくりくりした丸い瞳がレテミアを見上げる。幼い無垢さにレテミアは自然と頷いてしまう。わあい、と飛び跳ねるようにベッドを出たフルールが、部屋にある本棚から一冊絵本を抜き取ってくる。

 ベッドのせりに座るレテミアの膝の上に、小さな体が乗って来た。体はとても軽い。首を巡らせてこちらを見上げてくる。 

 

「れてみあ! ほん読んで?」

「はいはい」

 

 絵本はどこにでもあるような、王子と姫が出会い恋をするというもの。ありふれた恋物語も、少女にとっては目新しいのだろう。青色にキラキラと輝く瞳と、時折こちらを振り向く少女の次のページを急かす表情。

 

「れてみあー? どうしたの?」

「んーん、なんでもないわ」

 

 またこちらを見つめてくる瞳。はやくはやくと腕を叩く少女。レテミアはフルールの頭を撫でながら考える。

 恋、愛――か。

 もし絵本の中のように、ありふれた恋愛でもしていたら、何か変わったのだろうか。

 

「私が男だったらなあ……」

「んー? なにか、こまってる?」

「ふふ。そうね、とっても困ってるわ。でもあなたが悪いのよ? あなたが女の子だからいけないの」

「ええー? わたし、なにもしてないのに……」

 

 しょんぼりするフルールがおかしくて、レテミアはつい笑ってしまった。そのうちに絵本も丁度読み終わる。

 さて、そろそろ夜もいい時間だ。膝の上でフルールも欠伸をしている。

 

「ごめんなさいね。ほら、もう寒いから、寝ましょう?」

「うん。わたし、あっためてあげるねー」

「あら」

 

 レテミアもフルールも夜着になってベッドに横になった。暖かい布団と、隣には小さな少女。平熱が高いのか、フルールが側にいるだけで心地よい。

 

「あったかい。フルール、あなた、体温高いのねぇ……」

「んふふー。でしょう! なんたってわたしは、太陽、だもの!」

 

 一体どういう意味なのかレテミアにはわからないが、気にすることでもないだろう。

 目を閉じれば、小さな吐息は隣から。

 ああ、いいな、とレテミアは思った。

 昼はイリスとくだらない雑談をして、その後フルールと一緒に昼寝をして、夕食を食べて。絵本を読み、隣にいる少女を眺めて、やがて眠る。

 その日、レテミアはとてもよく眠ることが出来た。

 本当に久しぶりの熟睡だった。

 

 

 

 

 ずっと続けばいい。

 こんな日が、永遠に――。

 

 

 

 

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