百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第37話

 

 時折レテミアは考える。

 フルールについてだ。

 少女のすべらかな金髪は以前よりかなり伸びて、もう背中の中ほどまである。そんな金髪は毎日レテミアが手入れをしているためか近くにいるだけでふんわりと蜜の香りが漂ってくる。それは少女の柔肌も同じで、これもレテミアが丹念に洗っているからだ。フルールはいつも恥ずかしがるが、それをレテミアは許さなかった。

 長耳の掃除はレテミアが率先して行うし、爪だって毎日レテミアが磨いている。フルールはいつも自分でできると言うが、レテミアは決して譲らなかった。おかげでフルールの爪は薄いピンク色に艶めいて美しく、長耳はいつだって清潔に揺れている。

 レテミアはフルールに身の回りの世話をされているし、フルールはレテミアに身の回りの世話をされている。

 だけど――そこまでし合っていても、 少女はイリスの奴隷であり、所有物であり、彼女の侍女だ。

 

「あのね、れて。えっと……」

 

 あくまで今はレテミアが借りているだけで、いずれはイリスに返さなければならない。

 レテミアはフルールに言葉を教える時間が楽しかったし、フルールを膝に乗せて本を読んでやる時間が好きだった。それは他の人間が、自分の姪を甘やかすのと似た感覚なのだろう。

 きっとフルールとは、レテミアにとっての友人だ。見た目上は年齢差があっても。

 だからレテミアはフルールに敬語を使われることを嫌がった。本能的に、拒絶した。

 

「なに、かしら」

 

 彼女への愛情は友愛のそれで、彼女が向ける愛情も友愛のそれ。

 無限の孤独の中にいたレテミアにとってはそれだけで十分だった。腐れ縁に近いイリスとはまた別種の、変わった縁。初めてレテミアが手にした対等な関係。

 

「今日、いりす様に呼ばれたの」

「……そう」

 

 そしてフルールについて考えれば考えるほど、レテミアは理解してしまう。

 ああ、意外と自分は独占欲が強いんだな――と。

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 誰もが寝静まっている時間、レテミアはとある部屋の前に立っていた。

 イリスが侍女を一人破壊してからひと月ほど後のこと。イリスも大分落ち着いていて、レテミアはきっとこんな日は来ないだろうと、幻に終わるのだと、そんな風に小さな期待を寄せていた時のこと。

 フルールはイリスに呼ばれたのだという。それも、夜に。

 意味するところをレテミアは察して、ああ、と呻くことも止めた。

 

「……」

 

 何を選ぶのか。何を取るのか。

 複雑なことではない。迷いは要らない。

 だから、レテミアは扉を開けた。

 

「ん……? どうした、レテミア」

 

 部屋の主は椅子に座ってくつろいでいる様子だった。小さな円卓には酒瓶とグラスがある。ほんのりと頬を朱に染めているイリスは、傍目から見ても興奮している。

 

「こんな時間にどうしたんだ。まさか、眠れない、とか……そんな理由でもないだろ」

 

 部屋の中はぼんやりとした橙色の灯が一つあるだけで、薄暗かった。そんな状況でも唐突な客人の来訪を、イリスは喜んで受け入れた。

 楽しそうに言葉を並べる女の口を遮って、レテミアは言う。

 

「ねえ、イリス」

「?」

「私たちは、確かに友人よ。互いを認めて、理解しあえる仲よね」

「もちろんじゃないか。なんだ、なんだ、急に」

 

 酒のせいもあるのだろうか、意図が読めないらしい――好都合だ――イリスは体を小さく揺らしてそわそわしていた。

 

「ああ待て、当ててやる。これはあれだな? 恋の告白という奴だ。困ったな、お前からそういう事を言われる時が来るとは」

 

 照れながらも嬉しそうなイリス。

 その場でスキップでもしそうな勢いでくるくると指を回す。

 対照的に、レテミアは凍り付いたように表情が死んでいた。

 

「……」

 

 レテミアの手が小さく震えていることにイリスは気づいていないのだろう。その肩が、頬が、怯えたように揺れていることがわからないのだろう。

 一度だって争わなかった。

 好意だけで成り立つ関係ではなかったけれど、それでも、尊重し合える関係だった。

 それを、壊すだけの、価値はあるか――――ああ、あるとも。

 

「ねえ……イリス?」

「どうした?」

「ごめん、ね」

 

 レテミアは微笑みながら、イリスの背後に巨大な氷柱を生み出した。

 

「――――は?」

 

 ざくり、と。

 イリスの腹部を、巨大な氷柱が貫通していた。

 血は流れる前に凍結している。 

 

「え……あ……?」

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 茫然と、椅子に座ったままレテミアを見るイリス。その動きは鈍い。

 レテミアはさらに二発、イリスの右太ももと左脹脛に虚空より出現させた氷柱を突き刺す。その刺突の勢いでイリスは椅子から転げ落ち、そのまま床に這いつくばった。

 レテミア自身は一歩も動いていない。

 

「ぁッ……」

 

 足を破壊され地に倒れ伏すイリスは、全身の痛みも気にせず静かに立ち続けるレテミアを見上げた。ただ、ただ、理解できないという様子で。

 

「レテミア? なぜ……」

「あなたが……悪いわけではないの……」

 

 声は勝手に上擦ってしまう。足のよろめきを誤魔化しきれなくて、レテミアは自分の体を強く抱いた。

 友を裏切るという事は、初めての経験だ。……きっとこれからはそんな『初めて』ばかりがレテミアを襲う。それでも成さなければならないと決めたのだから。

 音もなく、氷柱は浮かぶ。

 一つ、二つ、三つ、四つ。鋭利に、冷徹に、ぞっとするほど硬質に――。

 

「だから、許さなくていいから……」

 

 一つ。

 イリスの喉を潰した――侍女たちに異常を知らせないために。

 

「私を……恨んでくれていいから」

 

 二つ。

 イリスの腕を潰した――這い動くことをさせないために。

 

「だから、ねぇ、イリス」

 

 三つ。

 イリスの目を潰した――フルールを追うことが出来なくするために。

 

「お願いだから……死んでよ」

 

 四つ。

 イリスの心臓を潰した――彼女を殺すために。

 

「……………………なんで」

 

 血一滴零さず、全身を穴だらけにされたイリスは、涙一つ流すことはできなかった。目を潰した氷柱が涙一滴すら認めないからだ。

 なぜ、と、イリスは問うだけで力を行使しなかった。その事実が余計レテミアをおかしくさせそうだった。

 

「でも、でもっ、選んだんだもの、だから……」

 

 独り言を呟いて、レテミアはふらふらとその部屋を後にする。身じろぎ一つしない女を放っておいて。

 暗殺を終えた後、レテミアは一度自室に戻ってから、フルールを探した。少女を探すのに大した時間は必要なかった――事前に、フルールがどこで何をしているのかは調べてある。

 深夜ならば、レテミアの部屋で寝ている。だが今日のような場合は侍女用の浴場でシャワーでも浴びているはずだ。

 そんなレテミアの予想は当たった。

 

「れて……?」

「いいの。いいのよ」

 

 脱衣所。

 ちょうど体を清め終えたフルールがいた。ぴたぴたとあごの先から垂れる温かな滴――湿った髪の毛、清貧そのものの裸体。

 フルールは賢い少女だ。

 なんのために体を洗う必要があったのかは、もう考える必要もない。

 レテミアは近くにあったバスタオルでフルールを拭いてやった。丁寧に。突然現れたレテミアに目を白黒させていたフルールも、何も言わずに体を拭いてくれるレテミアには体を任せていた。

 

「どうしたのー? れて」

「……」

 

 風邪をひかないよう体をしっかり拭き終えれば、フルールをいつものメイド服ではなく、セーターにズボン、コートにマフラーと旅人がするような地味な恰好に着替えさせる。

 マフラーはレテミアが巻いてやった。大人用のマフラーはフルールにはぶかぶかだったが、そのサイズが少女の長耳を覆い隠してくれている。――これでいい。

 

「ねえ、どこ行くの? れて、なんでそんな厚着してるの?」

 

 城下町で買ってきた古着なだけあって、質は良くない。だがその野暮ったさが少女の可憐さを隠してくれる――そしてレテミアも。

 フルールと同じような恰好、つまり旅人らしい姿をしているのはレテミアもだ。

 先ほどから理解できない行動をするレテミアを、フルールはただじっと見つめていた。

 

「ね、フルール」

「?」

 

 レテミアをどこか不安げに見つめる青い瞳。その純粋さは未来について何一つ疑問を持っていない。

 いっそ蠱惑的とさえ言える蒼玉。

 ああ、その恐ろしくなるほどの透明さが、心を惑わす……。

 

「旅をするの」

「……旅?」

「ええ。私と、あなた。二人でね……遠くへ行きましょう?」

 

 きょとんとフルールは首をかしげて、しばらくするとまた逆の方向に小首をかしげた。

 

「れて、一人じゃさみしいの?」

「そう……ね。そうかもしれない。だから、貴女を連れていきたいのかも……」

 

 こんな深夜に。まるで駆け落ちねぇ。

 レテミアはくすくすと笑って、改めて問う。

 

「フルールは……いや、かしら?」

「ううん。いいよ」

 

 フルールが笑った。やけに大人びた笑みを風が揺らす。背中の中ほどまである金髪は強くたなびいて、夜闇にうっすらと浮かび上がっていた。

 

「れてがね、一人で旅するのが寂しいなら、わたしが一緒にいるから」

「……」

「――友だち、でしょ?」

 

 レテミアは少しだけ驚いた。

 純真無垢を絵に描いたような少女が、そんならしくない表情をすることに。そして、それだけの慈愛を向けられいることに――己を選択してくれたことに。

 察しているのかいないのか。

 賢い少女は、だから愚かさを見せている。そんな気がする。

 女は、泣きそうになって、でも誤魔化したいからフルールの手を握った。

 

「ありがとう。フルール、私が貴女を守るから……だからずっと傍にいてね?」

 

 うん、と頷いた少女が小さな手のひらで握り返してきて。レテミアは前を向いて歩き出すことにした。

 その青い瞳を。

 風に揺れる長い金髪を。

 無垢な笑顔を。

 レテミアは、古い友人よりも、たった一人の少女を選んだ。

 

 

 

 

 そのために友を殺した。罪悪感は、もう、なかった。

 

 

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