百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第43話

 

 

 かつて(レテミア)に騙され裏切られ殺された女が、そこにいた。

 確かに殺したはずの肉体は綺麗に五体満足でそこにある。 

 絶対の不死。

 星に約束された無限の生命。

 それがイリスという、原初の生命(・・・・・)が持つ特徴そのものだ。

 

「――――」

 

 唐突すぎる、イリスという怪物の出現。過去の因縁に震えるより先にレテミアは迅速な動きを見せた。

 手を前に。

 焦点を赤い女に。

 イリスを凍らせようとしたレテミアは、しかし、一瞬で自らの視界を埋めた物体に反応できなかった。

 

「レテミア!?」

「ぐ、ぁ……」

 

 それはイリスの放った上段蹴りだ。鞭のようにしなる一撃が、レテミアの顔を打ち、地面に叩き落とす。強すぎる衝撃がレテミアの頭蓋を揺らし、大地に伏して震えることしか許さない。

 ――速い。

 フルールが銃を撃つよりも確実に。物体が追いつける速度ではない。

 引き金に指で触れながら、フルールは銃口を向ける事を躊躇っていた。イリスは悠々と立ち、先の一撃で立つことすら出来ない旧友を見下ろしている。

 いつでも倒せると告げる態度に、少女は悔しげにほぞを噛んだ。

 

「逃げられると思うなよ、小娘」

 

 と、イリスは言った。ぞっとするほど冷たい響きは怨嗟で構成されていて、フルールは直感で悟った。

 逃げなきゃ、殺される。

 だけど――レテミアが、動けない!

 

「レテ……!」

「ああ、そうだな。お前だ。お前が居たからこんなことになった……」

 

 ふふ、と笑い声。

 不気味な暗夜の中で森の中に溶けていく女の声に、フルールの脚が勝手に震えた。生まれたての小鹿じみた動きを笑い目でイリスは見つめる。

 

「今でもお前の事は嫌いじゃないよ。だから、楽しみだな? ――ああでも。」

 

 一歩。

 二歩、三歩、四歩五歩六歩。

 ゆっくりと、そして噛みしめるかのように急激に、イリスはフルールへと近づく。

 

「今すぐにやりたいこともあるんだ……」

 

 気がつけば目の前に背の高い綺麗な女がいた。

 イリスの赤い瞳がじっと少女を見つめている。喰い殺すかのように、取り込むかのように。

 その、縦長の瞳孔が作る視線。

 ――逃げ、なきゃ。

 何故かはわからない。

 足が動かなかった。ただ、ただ、目の前の女が、怖かった。

 

「ずっと可愛い耳だと思ってた」

「ぁ……ぁ、あ……」

「ぴくぴく動いて、すぐ感情を表して。よくいたずらして撫でたり摘んだりしてたな?」

 

 マフラーを解く優しい手。その動き。

 女は手に持ったマフラーを焚火の中に放り捨てる。赤い炎が勢いを増すのを尻目に、イリスはそっと少女の金髪をかき分けた。

 こんなに髪も伸びて――そう、イリスは、くすりと笑って。

 女の両手が長耳を掴む。

 

 

 

 

「耳、もらうぞ。なあ? 耳断ち奴隷」

 

 

 

 

 ぶちり(・・・)、と。

 音は本当にあっさりとしていた。

 例えばそれは粘土を千切るような感触。本当にそれくらい容易く、あっけなく、もぎ取られてしまった。

 

「あぁぁぁあああああぁぁあああ!!!!」

 

 痛み。絶叫。けらけらと笑う女の笑顔。そしてその手が持つ二つ(・・)の耳朶(・・・)

 取られた、取られた、取られた!

 何もかもがぐちゃぐちゃに混ざり合い、フルールの中で弾けた。涙が勝手に溢れる。先ほどまでとはまったく別の、生理的な涙が。

 

「……。……」

 

 レテミアは、呆然と見つめていた。

 両耳のあった場所から血を流しながらうずくまるフルールを。持ち主から抉り取られてしまった耳朶を見て笑うイリスを。

 なんで、と掠れた声が漏れる。

 悪いのは、きっと、イリスを裏切った自分だ。だからこんな凶行が起きてしまう。

 フルールを傷つけたくなかったから、裏切ったのに……!

 

「イリス――――!!!!」

「――!」

 

 背後から迫り来る鋭利な氷柱を、イリスは敏感に察知する。長耳を放り捨て象られた両の拳は、的確に氷柱を殴り砕いた。

 く、とレテミアは歯噛みする。

 身体能力ではイリスにレテミアは勝てない。そして、能力としても、格が上なのはイリスだ。

 

「……やめろよレテミア。お前をどうこうする気はないんだ、私」

 

 イリスは戸惑いを浮かべる。赤い瞳には友愛が未だ浮かんでいた。

 

「怒ってないよ。別に、あれくらいで私は死なないから。……なあ、ほら、きっと何か勘違いがあったんじゃないか? お前はきっと勘違いしてるんだ」

「……」

「じゃなきゃ……変だろう?」

 

 勘違いでも何でもない。

 長耳を千切った瞬間に理解してしまった。

 イリスは、レテミアを、必ず殺す。壊してしまう。

 与えられたおもちゃを使い道どおりに使わずに、ただがむしゃらに扱って壊す幼子と同じだ。

 

「だってさ、私達は、ずっと友人で……だから……」

「――どうしてよ。ねえ、なんで?」  

 

 イリスはきっと理解できないのだろうけれど。

 レテミアには、その友情が既に(・・)煩わしかった。

 昔はあんなに喜ばしい感情を向けられていると思っていたのに……今は、もう、いらなかった。

 

「私の事を思っているなら――どうしてフルールを傷つけるのよ」

「……なんだよ、それ」

 

 イリスの表情が欠落する。先ほどまで浮かべていた距離を測りかねている恐々とした表情も、不器用な笑みも、すべて無くなる。

 そして一瞬だけ女は泣いた。――泣き顔はすぐに怒りで隠れてしまう。

 

「なんだ、なんだよ! そんなにこの奴隷が大事か!? そんなにこの娘を優先するのか!?」

 

 指差す先、フルールは未だに両耳のあった場所を押さえて震えている。膝を着いて体を小さくする姿が痛々しくて、悔しかった。

 

「私たちは……友人だろ……?」

「だけど、それだけよ」

 

 それ以上を二人ともが望まなかった。

 

「ずっと……孤独だったじゃないか」

「そうね……私達は孤独で、だから、傷を舐めあうようにして寄り添っていた」

 

 それだけの関係だから、そこで(・・・)満たされていたから、どうにもならなかった。

 

「……っ」

 

 イリスが一歩たじろぐ。動揺をあらわにした女は、それでも叫んだ。 

 

「力は私たちを孤独にした。王者たらしめたッ! 環境は劣悪で、私たちには力があって、そしてか弱き同胞はいた、沢山な!」

「だから私とあなたは近づきあった。同じだったもの」

「こんな世界滅んでしまえばいい――何度そう思ったって、私やお前にすがる者達がたくさんいた。だからやるしかなかっただろ……。皆がお前に、私に、救いを求めたから……!」

 

 誰も死なせたくなかったイリス達は更なる力を望み……それでも救えない命は切り捨て、『恐怖』は生まれた。結果として孤独は深まり、崇拝と恐怖だけが残された。

 その事実こそが許せないとイリスは唾棄する。

 

「何が魔王だ、何が王者だッ。そんな肩書きなんていらなかった! 誰かが……誰かが隣にいるのなら……!!」

 

 イリスは呆然とした顔をしてレテミアを見つめた。

 それは縋る者の瞳。

 寂しさと恐怖と苦しさと……愛に餓えた者の眼差しだった。

 

 

 

 

「―――お前が側にいれば、それでよかったんだ」

 

 

 

 

 ああ、同じなのだな。

 レテミアは、本当の意味でそれを実感した。

 どれだけ力があり地位があっても、満たされないものを――レテミアとまったく同じ闇をイリスも抱えていた。

 

「なあ、こんな人生、価値はあるか……? 星のために生きる私たちには一体――」  

「私には……あるわ」

 

 だけど、イリスとフルールは違っている。

 イリスが知らない事をフルールは知っている。

 

「……私は、選んだのよ、イリス」

 

 ゆっくりと、レテミアは立ち上がる。脳は未だに震えていて、足取りはおぼつかない。それほどにイリスの一撃は重い。

 それでも――愛しているから。

 レテミアは、歩く。イリスの横を素通りする。

 呆然と振り返るイリスを放って、レテミアは、寄り添った。

 そして痛みで慄く少女の手を、そっと握り締めた。

 

「れ、て……?」

「フルール、ね、フルール。私……あなたと出会えて本当に良かったと思うの」

 

 自ら選択した『現在』だ。

 後悔も罪も罰も待ち受ける世界。

 それでも、こうして確かな温もりを感じ取れるなら、それでいいんだと思えるほどの価値がある。

 フルールの側は、氷すら溶けるほど熱い。

 

「ぬるま湯のような孤独では、なくて。凍るほどに辛い現実であっても……選んだの!」

 

 イリスはぼんやりとした表情でレテミアの言葉を待った。

 それは何も知らない幼子が、ただ、無知だということを自覚すらしていない顔だった。

 

「この子を……誰かを愛する事を、選んだの」

「――」

 

 その言葉の残酷さは、崖からイリスを突き落とす事と同じようなものなのだろう。

 たぶん、恐らく、きっと。

 イリスは不器用な愛情をレテミアに向けていた。

 

「……もういいよ」

 

 泣きそうな顔になったイリスは、苦しげに呻いて、額に手を当てた。顔を隠す女から漏れた声は弱弱しいものではない。

 手を外し、面を前に。

 過去に捨てられたからこそ得られる殺意が今のイリスには宿っていた。

 

「絆されたというなら勝手にすればいい。もう、どうでも、いい――」

 

 イリスは右手を空へと掲げる。

 瞬間の事。血に似て赤い瞳は、燃えるように光を放った。

 縦長の瞳孔はより鋭く、女の全身からふつふつと湧き上がる熱気が長髪を揺らす。

 

「星に望まれた太陽。その管理者の権限を見せてやる」

 

 ふわり、と。

 イリスの掲げた右手から温い風が一陣吹き――直後に水分の全てを蒸発させるほどの熱気が周囲に渦巻いた。

 熱波は風となりて世界を燃やす。

 球状の何かを作り上げていく。   

 

「骨まで溶けろ。

 大気になって星へ還れ」

 

 炉は回る。

 現出する。

 創造が、成った。 

 

「【縮退耀星】」

 

 イリスの掌には原始的な太陽があった。

 小規模で、ただ星だけを照らすためだけに作られた過剰すぎる光だ。

 かつて星を、そこに生きる全ての命を救うために作られた太陽――その復元体。

 決して破壊は不可能、凍結など絶対に。

 

「王とは、どうしてこんなに寂しいんだろうな?」

 

 だから、全てが白光に埋め尽くされる白夜の中で、レテミアは死を覚悟した。

 もはや視界は光で潰されている。

 何も見えず、全身を焦がす熱だけが心地よく近づいてくる。

 終わるのか――ああ、でも、それもいい。

 隣に愛する者が居る中で死ねるのなら……それで、いい。

 

「ね、フルール」

「なに、なによ……?」

 

 ああ、でも。

 

「私は今から、死ぬわ」

「……」

 

 でも、だけど。

 なんだろう。

 

「死ぬけど……あなたが死ぬのは、嫌だわ」

 

 『そういう』終わりは、何だか、寂しい、な……。

 

「だから。全力で時間を稼ぐから、ね、逃げて?」

「………………」

 

 レテミアは押し黙るフルールの手を強く握り締めた。最後の感触にしたかった。

 欲を言えばキスをしたかったけど、こうも真っ白だと何も見えないから。

 そして手を離そうとした時。

 

「いや。いやよ」

 

 幼稚な声は隣から聞こえた。

 レテミアは息を呑んだ。視界が利かない中でぎゅっと握りしめた小さな手が、動くのがわかった。

 前へ――立ち上がる。

 少女の手が、レテミアから離れていく。

 

「あたし――わたし、まだ何にも答えてない!」

 

 フルール。そう呟いた声は、近づきつつある極熱の波が邪魔してしまう。

 何となくレテミアにはわかった気がした。

 今、フルールは、己の目の前に立っているのだと。

 

「父は言ったわ。この力は星のためではなくて誰かのために使いなさいと。

 ――ええ、ええ、そうね! 今は、そういう時だと思うわ!」

 

 奮起する強い声。少女は続けざまに叫んだ。

 消えて(・・・)、と。 

 すると直後に現象は――奇跡は生まれた。

 

「うそ、でしょ……」

「なんだ……なんなんだ、これは……」

 

 徐々に徐々に視界が光以外を映していく。

 全身を焦がすだけの熱波が薄く、引いていく。

 それは、つまり。

 

「イリスよりも上位の存在……? これが、フルール、太陽の娘ということ――?」

 

 熱は消滅していく。否、吸収されている。同時に場を塗り潰していた白光も消え失せ、世界には色が戻った。

 信じられないと、イリスはただ見つめる事しか出来なかった。

 己よりも遥かに上位の格を持つ存在を――神秘的な憂いを表情にする、少女を。

 

 

 

夢見(ゆめみ)のまにまに(はら)(はら)え」

 

 

 

 神の娘は、歌う。

 言葉が現象を生んだ。

 天を覆う分厚い雲の真下に発生した橙の円陣。

 この星のものではない言語と紋様が複雑に描かれたそれは、イリスを中心に出現している。

 イリスは呆然と空を見上げた。

 そして悟った。

 勝てない、と。 

 

「これが、第一子。……真の……太陽」

 

 ぽつりと、女は漏らす。空を見上げながら。その、灰色を消し飛ばすだけの神々しい橙の光を。――自分では決して成せない超上を。

 女は、ゆっくりと、震えて、見定める。

 前へ。

 

 

 

天元(てんげん)(はる)(とお)(しるべ)へ……」

 

 

 

 その、少女。

 神の娘。

 第一子。

 太陽の娘。

 フルール。  

 

「お前が、いたから」

 

 こいつだけは殺すと誓おう。

 

 

 

静謐(せいひつ)(まな)

 (しろ)(はら)よ、

 海原(うなばら)(しず)みながら」

 

 

 

 全てを奪い全てを壊したこの少女だけは必ず犯そう。

 壊そう。

 ああ、それだけだ。それだけが、生きがいだ……!!!! 

 

「お前がいたから――――!!!! フルール――――ッ!!!!」

 

 怨嗟の遠吠えと共にイリスが手を振り払う。

 発生した炎の刃が少女を切断するよりも先に、言葉は朗々と響き渡った。

 

「【極天星、死は今茲に(ヘルダウン)】」

 

 遥か上空、分厚い雲は円形に切り払われる。

 そこから降ってきたのは極大の熱。

 神の槌とも言うべき太陽(・・)の一(・・)振り(・・)。  

 橙の円陣はその極熱、極光すべてを受け止め、そして収縮させた。

 

 

 

 地上へと降るは一筋の光。

 糸のように細い裁定の剣。

 

 

 

 直撃と同時にイリスという女のすべてが蒸発し、星に溶けた。

 

 

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