百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

41 / 51
第46話

 

 

 軟禁生活24日目。

 かくれんぼをする兄弟が不思議な経験をする絵本――そんなものをヴィエに読み聞かせたのがいけなかったのだと、ユウリはとても後悔している。

 

「ユウリ、ユウリ、かくれんぼ! かくれんぼしましょう!」

 

 そういう事で、ユウリはヴィエとかくれんぼをする事になった。

 真夜中に。

 

 

 

 

 

 ユウリは、暗いのが苦手だ。

 昔、幼馴染の年下侍女とかくれんぼをした時、屋敷の倉庫に隠れたユウリはそのまま倉庫の鍵を閉められてしまい、次の日の朝になるまで出られなくなってしまった事がある。そのとき経験した暗黒がいまだにユウリのトラウマだった。

 25歳にもなって……とか色々な人から言われてしまいそうだが、苦手なものは苦手なのだから仕方ない。

 

「ヴィエちゃーん…………」

 

 侍女も召使もいない城内は、当然だが夜になれば完全な暗闇の中に沈む。

 周囲に街もないせいでぼんやりとした月明かりしか手がかりのない状態で、ユウリは片手に握り締めたカンテラをがたがたと震わせた。今はこの薄暗い光しかない。

 なにせネズミや蜘蛛の巣があちこちに見つかるほど手入れのされていない城なのだから、酷いものである。

 昼間歩く事をたまに躊躇うほど荒れている廊下は、やはり夜中になって数段凄みを増している。

 いつもより半分以上狭い歩幅でそろそろと歩くユウリは、眉を八の字にして口を開いた。

 

「ヴィエちゃんどこ~……」

 

 自信のない呟きは闇に吸い込まれていってしまう。

 どこかで蝙蝠の羽ばたく音が聞こえて、ユウリはびくッと体を揺らした。その勢いで体が廊下の壁にぶつかり、老朽化した壁の一部がぱらぱらと剥がれてユウリの体に当たる。

 

「もうやだ、帰りたいわ」

 

 カンテラの灯りが届かない廊下の奥先で、びびりなユウリを笑う誰かがいる気がする……。

 ユウリは本気で泣きたくなった。ただひたすらに怖い。

 

「でも探さなきゃ……ヴィエちゃん……」

 

 綺麗な顔をぷるぷる震わせながらも、勝手にかくれんぼを開始して勝手に城のどこかへ姿を消したヴィエを探すため、ユウリは歩みを進めだした。諦めて自室に戻る事も考えたのだが、それだと鬼役のユウリを待つヴィエがあまりにも可哀想だ。

 ユウリは楽しい事を思い出そうとした。そう、例えば、こんな時フルールなら何て言うだろうか……。

 

「フルールさんにも『ぴーぴーうるさいわね』って言われた事、あったわ……」

 

 ……そういえば、だけど。

 フルールは今、どこで何をしているのだろう。あの屋敷で起きた事に関して、ヴィエに気絶させられて以降のことをユウリは一切知らない。イリスもヴィエも教えてくれない。とても心配なのは確かだ。

 

「でもまあ、あのフルールさんだし、きっと元気よね」

 

 いつもユウリを馬鹿にして蹴ったり煽ったり偉そうな事を言っていたフルールのことだから、たぶん今頃どこかの賭博場でゲラゲラ笑っているのだろう。ああなんていうか簡単に想像できる……。

 傍若無人で自由気ままなフルールの事を考えていたら、恐怖心も少しは減った、気がする。

 よしと頷き覚悟を決めて、ユウリはずんずん歩き出した。 

 今いるのは城の一階、中央辺り。二階より上の部屋はイリスもヴィエも使っていないらしいので、まさかヴィエも二階に上がったなんてことはないだろう。

 きっとこの辺りにいるはずだ。たぶん。――そんな風に考えたユウリが、勇み足で歩き出した時。

 

「誰だ」

 

 声は横から。

 唐突。そして端的な殺意だけ。

 ユウリが本能的に体を硬直させて、そっと左を見れば、ちょうどどこかの部屋の目の前だった。

 扉が僅かに光の筋ほどに開いていて、そこから誰かが己を覗いている。

 え。と、思うよりも先に。

 その赤い瞳は縦長の瞳孔を縮めてユウリを捉えた。

 

「――」

 

 ユウリは25歳にして始めて知った。

 幽霊っているんだ……!!!!

 

「お、おばけっ……!」

「――フハ。なわけないだろ、騙されやすいなぁ」 

 

 聞こえる声は急に和やかなものになる。カンテラで殴りつけるつもりだったユウリは、ぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開ける。

 そこには、後ろ手に扉を閉める女がいた。

 しっとりと濡れた鉄錆色の長い髪。そして闇夜に浮かび上がる皆既日食の瞳。

 縦長の瞳孔が揺れている。妙に、艶々と。

 

「……イリス、さん?」

「んむ。イリスだよ」

 

 けろっとした態度で女は頷いた。

 

「だ、騙しましたね」

「騙されるのが悪い」

 

 イリスは「ふーっ」とやけに熱っぽい息を吐いて、湿った髪を片手で払う。風呂上りなのだろうか? やけに頬も赤いが。

 不思議に思ったユウリはつい怪訝そうな表情を浮かべた。

 女の全身からは、不思議な倦怠感が滲み出ていたのだ。何かやり遂げたかのような。 

 

「どうした? ……っと、そんなに見つめて、なんだなんだ」

 

 難しい顔でじっと見つめていたせいか、イリスが曖昧に笑っておどける。気軽な態度はいつものイリスだ。

 気のせいだろうか?

 どこか娼館帰りのレテミアに似ているのは。

 

「いえその、ヴィエちゃんとかくれんぼしてて……私、鬼役なので……」

「ははーん。それでそんなに涙目なのか」

「な、泣いていませんっ。ていうかあなたのせいです!」

「君はかわいいなあ」

 

 けらけらとイリスが笑う。歪んだ口元も、やはりいつも通り鋭い。

 気のせいなのかな……。ユウリがそう思う中、「しかし」、とイリスはため息を吐いた。

 

「あれも困ったものだな。君を困らせてばかりで」

 

 『あれ』とは、ヴィエのことだ。基本的にヴィエの名をイリスは呼ばない。

 そしてヴィエの事を話すときのイリスはどこまでも冷淡だ。……それがユウリには少し不満だった。

 

「いえその、別にそこまで大変ってわけでもないですし……」

「君はそう言うが、あれは愚かな娘だよ。盲目的すぎる」

「それは……」

 

 イリスの言い分にユウリが強張った顔をしてカンテラを強く握り締める。その表情の変化に素早く気付いたイリスは、気まずそうにふいと横を向いた。

 赤い女の組んだ腕は、どこか硬い。

 

「……君に愚痴ることでもないな。悪い、忘れてくれ」

「わ、わかりました」

 

 ここでイリスに小言の一つでも言えれば、何か変わるのかもしれない。女に気に入られているユウリが何か言えば、ひょっとしたら、と。

 それでもユウリは何も言えなかった。彼女の力をどこかで恐れているからだ。

 その殺人的な力がいつ牙を剥くかもわからないのなら、尚更。

  

「ああそうそう、ヴィエは見てないよ。部屋に篭もっていたからな」

「……そういえばなんですけど、いつもイリスさん、何してるんですか?」

 

 なんだ、私のことが気になるのか? とイリスがにやにやと笑う。

 別にそういうわけではない。

 イリスに対してユウリが持っているのは、複雑な感情だ。友人の事を嫌っている知り合い相手だと、こんな気分になるのかもしれない。

 

「最近いいオモチャを手に入れてね。ずっとハマってるんだ」

「オモチャ、って」

「楽しいよ? あれはやはり特別でな、どれだけ壊しても爆ぜても魂が砕けない。私と同じさ(・・・・・)。違うのは星か、神か、それだけ。直すだけで何度でも使える」

「は、はあ……」

 

 どうにもユウリには話が見えてこない。不思議そうな顔をするユウリを見て、イリスは「生娘め」と肩を竦める。

 ユウリはむっとなった。フルールにも馬鹿にされた気がする。生娘のなにが悪いのだ、なにが。

  

「いやあの、話がぜんぜんわからないのですが」

「そんなに気になるなら混ざるか? 今は休憩中でさ、徹夜のつもりだが」

「……遠慮しておきます」

 

 なんだか嫌な予感がしたのでユウリは丁寧に断っておいた。

 「なんだ、つまらない」と元々期待もしていなさそうな声でイリスは言い、扉に手を掛ける。部屋に戻るつもりらしい。ドアノブが回り、扉は開き――かける。

 

「じゃあな。おやすみ」 

「――あの」

 

 ユウリはつい声を出していた。深夜には似つかわしくない冷気を裂くような声音に、イリスの背も止まる。

 

「どうして、ヴィエちゃんに冷たいんですか?」

 

 

 

 

 

 イリスは、振り返る。

 ――驚いたな。

 それが女の本音だった。まさかユウリから踏み込んでくるなんて、と。

 だから正直に答えることにした。

 それくらいの義理は感じている。こんな狂った女の相手をしてくれているだけでも。

 

「道具に対して感情はいらないだろ」

「道具って……」

 

 ユウリは納得の行かない様子だった。決してこちらを目を合わせようとせず、下を向く表情。だからこそ不満はすぐに見て取れる。

 こうやって他人の感情ばかりに敏感になっていく。

 

「私の求めるものをあれは持っていない。ただそれだけだ」

 

 疑問も何も切り捨てて、イリスは今度こそ扉を開いた。すぐに扉を閉めてやれば、その室内からはむっとした湿気ばかりが蔓延っていた。

 天蓋つきのベッドの上で、全裸で横たわる少女は虚ろな目をしている。

 夜は始まったばかりだ。 

 

 

 

 

 

 勇気を出して言葉にしても、結局イリスは取り合ってくれなかった。

 部屋に入る前の、イリスのした表情。暗い笑み。まるで誰も信頼してないみたいだった。 

 

「イリスさんってなんであんなに冷たいのかしら……」

 

 言葉にしたって何もわからない。ユウリは、本当に、何も知らないのだ。まだ、だからこそイリスも気楽に付き合えるのだろうが。イリスが己にのみ見せ、フルールやヴィエには見せない軽さは、きっとそういう理由があるからだ。

 それでも知る必要がある、とは感じている。このままでは何もかもが変わりそうにないのだから。

 

「ユーウーリー……」

「わひゃあ! なっ、なに!?」

 

 怨嗟混じりの声はすぐ側から。ユウリがカンテラを殴りつける勢いで振り回し、声の聞こえた辺りを照らした。

 するとそこには、ぷりぷりという言葉がとても似合う感じに頬を膨らませているヴィエがいる。

 

「び、ヴィエちゃん?」

「ユウリ、おそい! ヴィエあきました!」

 

 腰に手を当てたヴィエは何だか色々と満足いってない様子だ。

 

「もー。ユウリ、探すのへたです!」

「そんなこと言わないでー……暗くて怖かったの……」

「? 暗いのが怖いのですか? ユウリ、お子様ですねー」

 

 きょとんと、変わったものを見る目をするヴィエ。「へ、平気なんだ……」とユウリは負けた気分になった。

 まあとにかく。

 ヴィエも見つかった(?)わけだし、部屋に戻ろう。

 

「楽しかった? ヴィエちゃん」

「とっても! 暗い城はわくわくしますね!」

 

 空いている左手を微笑みと共に差し出せば、ヴィエはすぐにぎゅっと握ってきた。それはもう嬉しそうに。

 誰かと手をつなぐ事はとても良いことだ。それだけで、心が暖かくなる。

 ユウリの青い瞳がやんわりと緩んで、真正面にヴィエを見つめた。

 

「……ね、ヴィエちゃん。今日も一緒に寝ましょうね」

「はい! 今日も! えへへへー」

「そうだ。寝る前になにかまた本でも読んであげよっか」

「ほんとですか? やったー」

 

 ユウリは殊更優しく少女の手を握りしめた。小さな手のひらはしっかりと握りかえしてくる。

 カンテラの灯りだけが照らす暗い廊下はもう怖くなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。