百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第47話

 

 軟禁生活45日目。

 夕刻。

 今日の夕食もユウリが作ったもので、牛のヒレ肉を使ったステーキにパン、あとは刻み野菜のスープといった献立だった。野菜嫌いなヴィエのためにスープの味付けにはしっかり配慮してある。肉好きなイリスを鑑みステーキのソース作りも完璧だ。ユウリとしてもそれなりに気合の入った夕食となった。

 そんなわけで配膳を済ませたユウリとヴィエは、城の主であるイリスを食堂で待っていた。ここ最近は『おもちゃ』にも少し飽きだしているらしく、最近はよく顔を出す事が多い女だが、今日はどうだろう……。

 

「や。今日もありがとう、ユウリ」

「いえ別に……」

 

 と、今日はしっかり約束の時間に現れた。食堂にある机はとても長い。恐らく大人数で行う会食用のものだと思うが、住人がたった三人しかいないのでは、やはり寂しさはあった。そのためかユウリは色とりどりの花を机の空いたスペースに丁度良く配置している。

 とにもかくにも三人揃ったところで夕食になった。ユウリの隣に座るヴィエが、絨毯に着かない足をぱたぱたと揺らす。

 

「ユウリー」

「はいはい、なにかしら」

「食べさせてほしいのです!」

「いいよー」

 

 ヴィエにおままごとの夫役をやらされる事の多いユウリは、そのままのノリでステーキを小さく切り、「あーん」と口を開く少女に食べさせてやる。むふふとヴィエが笑うのでユウリはおほほと笑っておいた。

 ちなみにヴィエは妻役兼娘役で、ユウリにおんぶに抱っこなおままごとが最近の流行だった。

 向かいの席に座るイリスはつまらなさそうな顔をして二人の様子を見つめている。自然と、イリスは空のグラスに赤いぶどう酒を一杯になるまで注いだ。

 

「ヴィエ。あまりユウリに迷惑をかけるんじゃないぞ」

 

 呆れのような苛立ちのような。そんな言葉を投げかけるイリスに、はしゃいでいたヴィエがしゅんとなった。

 

「ごめんなさい……」

「謝るくらいなら最初からするんじゃない」

 

 娘を叱る親、にしては少し厳しいとユウリは感じた。

 変だな。いつもはこんなに責めるような口調じゃないのに。

 

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか」

「君は関係ないだろ」

「……」

 

 何か癇に障るような事を言ったのだとしても、今日のイリスは横暴だと思う。ユウリはそう思って、ついむっときてしまった。

 イリスが黙りユウリが黙ってしまうので、必然的に場の雰囲気は最悪に近いものになってしまう。ヴィエが慌てて口を開いた。

 

「い、イリスさまっ。あのですね、今日はユウリと一緒にお菓子を作ったのです。小麦粉を練って、焼いた……そうクッキー! クッキーというものなのですが、とってもおいしかったのです。もし良かったら……」

「……」

 

 ヴィエの無理な言葉を、イリスは押し黙ることで黙殺した。ヴィエは言葉も途中のまま口を閉じ、そのまま落ち込んだように長耳を伏せてしまった。

 ユウリは知っている。ヴィエはあんなに楽しげに、イリスの舌に合うかを心配していたのだ。きっと気に入ってくれると言えば、本当に嬉しそうに笑っていたのに……。

 イリスを見た。

 向かい側の席に座る赤い女はただ超然と食事を続けている。沈黙こそが是だと言わんばかりに、堂々と。

 その様子がどうにも腹立った。

 

「――ヴィエちゃんは」

 

 ユウリはぎゅっと服の裾を握り締めた。

 心がむしゃくしゃする。今すぐ発散したいけど、それは無理だ。無性に怒りをぶつけたいけど、きっとそういう事では何も解決しない。

 

「ヴィエちゃんは、あなたのことを愛しているんですよ」

「……」

 

 イリスは目を閉じたまま咀嚼を続けて、しばらくすると静かにナイフとフォークを置いた。

 そして嘲りを含む笑みを見せつけた。

 

「だったら何だい? まさか、応えろと?」

「――あなたは……!」

 

 何故だろう。

 どうしてここまで、こんなに。

 イリスが冷たい理由も自分がこんなに怒っている理由も、ユウリにはわからなかった。ただ言葉が勝手に溢れた。

 

「ヴィエちゃんは、確かな命です!」

 

 椅子を蹴飛ばし立ち上がるユウリ。同時に机を叩いた両手が皿を揺らす。華奢で鋭い音に、隣のヴィエが小さな悲鳴を漏らす。

 

「それでも私の道具だよ」

 

 ユウリがじっとイリスを見つめる。イリスもただ微笑みユウリを見つめる。

 ヴィエだけが困惑して、隣のユウリの服を引っ張っていた。

 

「ゆ、ユウリ…………いいのです、ユウリ……」

「……」

「……」

 

 二人のにらみ合いはその後も十秒近くは続いた。めったに見せないユウリの真剣な表情にヴィエの顔が真っ青になった頃、先に目線を逸らしたのはイリスだった。

 嫌気が差したような長いため息を吐いた後、イリスはワインを一口。

 

「長生きするとそれなりに嫌なことばかりでね」

「…………」

「期待して、裏切られて……って、馬鹿みたいだろ?」

 

 にぃっと口端を歪めたイリスの笑みは、自嘲じみていた。

 そういう笑みを浮かべられると、ユウリは何も言えなくなる。女の過去を何も知らないからだ。

 本能的には気付いていた。

 だから、『それでも』、とユウリは口を開く。

 

「あなたは……きっと救いを求めているんです」

 

 ぴくりと、イリスの表情に陰りが生まれる。「ユウリ……?」とヴィエが不安そうな声を上げる。

 ユウリは止まれなかった。

 

「私には何もわからないけれど……そんな私には、だからこそあなたがそう見えます」

「……まやかしだ、そんなの」

「でも、イリスさんは救われたいくせに、触れられることを嫌がっているように見えるんです」

 

 誰かが心に近づいてくるということが恐怖なのだとしたら。

 それだけの経験をしているのだとしたら。

 その『傷』こそが核心だ。和らげ、直さなければならない跡だ。

 

「孤独を辛いと思うのならどうして教えてくれないんですか……?」

 

 ――ユウリはもう、踏み込む事を恐れなかった。 

 

「私や……いいえ、私じゃなくてもヴィエちゃんとか……お友達の誰かにだって仰ってくだされば、きっとなにか……!」

「ああ。そうか」

 

 突然。

 ユウリの言葉を遮って、イリスはぽつりと呟く。

 その眉間に皺を寄せた表情は、ユウリが初めて見るもの。フルールやレテミアと相対する時でさえ見せなかった苦悶と苦痛の表情だった。

 

「ああ、そうか、私は私と同じだと思って君を気に入った。皆から想われ、でも誰も愛したことがない……。ちょっと生意気なところとか、すぐむきになるところとかが、可愛いなって思ったんだ」

 

 いまやイリスの顔には余裕のある笑みはなかった。浮かんでいるのは、ユウリを見つめる瞳には、裏切られた者が見せる『餓え』があった。

 イリスはまた酒を飲む。

 グラスの中身が空になると、手近なところにあるワインボトルを手繰り寄せてグラスに荒々しく酒を注ぎ、そして飲み干す。およそ初めて見る野獣じみた仕草に――その荒さが示す苛立ちに、ユウリが喉を鳴らした。

 

「だけどそうだな。――君はどうしようもなく、誰からも愛されるんだな」

 

 イリスは一瞬だけ顔をくしゃくしゃにした。

 だけどすぐに無理な微笑みを象った。

 ユウリは、息を呑んでその瞬間の表情を脳裏に焼き付ける。

 その、幼い子供が友達に約束を破られた時に見せるような、悔しさでいっぱいの表情を……。

 

「私とは違う。私は……私がもらえたのは、そんな優しいものじゃなかった」

 

 不器用な微笑みのままイリスはそう言って。それ以降は何も言わず酒を飲み続け、やがて酒瓶すら空にすると、ふらっと頭を揺らして立ち上がる。

 

「ごちそうさま」

 

 イリスの皿にはもう何も残っていない。謝辞のひとつもなく、女はさっさと食堂を後にした。

 鉄錆色の髪が翻るのをただユウリは見つめる事しかできない。

 イリスが完全に姿を消してようやく、ユウリは口を開けた。

 

「どうして……。ヴィエちゃんは、こんなにイリスさんを想っているのに……」

「いいのです……ユウリ、大丈夫なのです、ヴィエは平気だから……」

 

 どうしようもなく頑なな心。自分では無理なのか。何も、変えられないのだろうか?

 このままでは絶対に良くないことが起こるのだと、ユウリにはわかるのだ。

 不甲斐なさや悔しさがユウリを襲った。

 瞳が潤み、我慢できなくなって、――だけど。

 

「ヴィエは、ユウリがいるとそれだけで楽しいから……」

 

 隣で。すぐ側で、少女が見つめている。上目に見上げてくれている。

 本当に寂しいのは誰なのか。ユウリはそう思うと、耐えられなかった。

 そっと絨毯の上に膝を着き、求めるまま少女を抱きしめる。「わ。わ」と驚くヴィエも、やがてユウリの背中にそっと手を回してくれた。

 

「私は、ヴィエちゃんの側にいるからね。絶対、ぜったいに……!」

「ありがとうございます……ヴィエは、うれしいです」

 

 強く。強く抱きしめる体。

 細くて柔らかくて脆そうで、だから守らなくちゃいけないと感じさせる。

 

「ユウリは、好きです。抱きしめてくれるから……好きです。いつもいっしょに寝てくれるから、本を読んでくれるから、あめをくれるから……」

「ヴィエちゃん……」

「…………あったかいなあ」

 

 胸元に埋まる小さな体はもぞもぞと動く。より体を密着させてくる少女を、ユウリは受け入れた。

 あぁ、と嬉しげな吐息が胸を撫でる。

 

「ヴィエは、幸せものなのですね……」

 

 実感の篭もった声に、ユウリが頷こうとした時。

 

 

 

ユーリリア(・・・・・)

 

 

 

 懐かしい声を、聞いた。

 振り向き。同時にヴィエがその人物を見つめて。

 

「――――あなたは」

 

 

 

 

 

 

 イリスは脳が鈍くなっていることを自覚していた。

 酒に酔っている。久しぶりに。

 ふらふらと歩く足取りはいつもの鋭利なものではないし、瞳もどこか弱々しく揺れている。

 

「道具は道具。君は君だ」

 

 女はそう呟いて、一人暗い廊下を歩き続けた。その背筋は丸く、どこか寂しそうに見えた。

 

「盲目的な感情なんかいらないんだ。裏切られた時がつらいから。愛情は憎しみばかりで象られる。そんなこと、知りたくなかった……」

 

 言葉にすればするほど嫌な思い出ばかりが脳裏をよぎる。

 少女を買ったのは本当に気楽な気持ちだった。いずれは発作的に壊してしまう、それだけのこと。仕方のないこと。だからイリスは名も知らない長耳の少女を古き友に貸した。それで友人が喜ぶのなら、それでいい、と。

 だけど裏切られて――殺された。

 その後に待っていたのは苦痛以上に凄惨な離別と怨嗟だった。

 

『どうして』

 

 いつもその言葉が囁いてくる。あの女の、妙に艶のある声で。

 

「理解されなくて当然か……理解されようとすら思っていないんだもんな」

 

 くく、と喉が鳴る。不器用な笑い声は苛立ちばかりが募っている。

 なにをしても失敗ばかりしている気がした。

 長い人生だから、そういう嫌なことばかり思い上がるのだろうか。

 ああ、いずれにしても、ユウリを怒らせてしまったのだ――もう仲直りもできないのかな。

 

「孤独は必然、それでも求める我侭さ、か」

 

 イリスはある部屋の前で立ち止まる。そこは彼女の自室、つまりは城の主が住まう部屋。重厚な扉を開ければイリスの鼻腔を甘ったるい匂いが包んだ。

 部屋全体に充満している、ねっとりとした甘い香り。

 そのむせ返るような甘さは、まさしく脳を(・・)溶かす(・・・)ほどに激烈で。

 常に炊き続けてある香の効果は出ていると、部屋の奥にあるベッドの上で虚ろな目をする少女を見てイリスは思った。

 

「なあ、フルール」

ぁぇ(・・)……ぅあ(・・)……」

 

 少女はまともな答えを返せない。そういう風にイリスがした。

 ――盲目的な感情は嫌だった。恐怖も崇拝もいらなかった。それでもイリスは、誰かに裏切られることの方が、もっと嫌だった。

  

「お前は私を裏切らないよな……」

()()()

 

 そっとベッドに乗り上がって、焦点の合わない瞳を天井に向ける少女のあごをそっと掴む。だらりと開いた少女の口からは赤く蠢く舌が覗けていた。

 その、誘いかけるような舌の震え。歯の白さ。どろりと照る唾液。

 イリスは少しだけ嬉しそうに笑った。

 

「どれだけ壊してもそこにある美しさだ……私の求めたものなんだ……」

 

 呟きは部屋中に満たされた甘い香が掻き消す。イリスは少女を押し倒し――少女は抵抗一つせず――その裸身をじっと眺めて、やがて口を少女の首元に近寄せる。

 そして。

 血管が透き見えるほど白い首に、女の唇が触れるか否やというその時。

 

「――――」

 

 巨大な氷塊がイリスの体に横から直撃し、女の体を一気に吹き飛ばした。

 なんの制動もかけられずに部屋の壁にぶちつけられ、そのまま床に落ちるイリス。口からだらだらと溢れ出る血が、氷塊の一撃の重さを物語っていた。

 

「き、さま」

 

 イリスが、激痛で震える眼を扉付近に向ける。

 そこに立っているのは黒い衣装を纏い、凍ったように表情を失くした女が一人。

 

「――レテミア」

 

 黒のコート。黒のタイツ。黒のブーツ。手指の先まで覆う黒のグローブ。

 浅黒の肌に闇色に波打つ美しい黒髪。

 そしてイリスをただひたすらな殺意で見つめる、闇そのものの双眸。

 レテミアはぽつりと言った。

 

「ごめんなさい。今は、あなたに言いたいことも特にないの」

「レテミアァァぁぁあ……!!」

 

 イリスが獣の如き唸りを上げ、立ち上がる――それよりも早く。

 レテミアは右手を横に。水平に。

 

「さっさと死んで」

 

 言葉は零下の遥か底。

 死が今すぐここへとやってくる。

 開かれた右の手のひらは、静かに空気を握り締めた。

 

「【七氷、死凍握砕】」

 

 瞬間の事。

 イリスの全身が凍って砕け。

 更に、城どころか周囲一体全ての森が凍りつき、そしてそれら何もかもが氷の砂と化して舞い上がった。

 

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