百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第54話

 

 

「……レテミア」

「なあに」

「火、あるかしら」

 

 フルールはいつの間にかその手に一本の煙草を持っていた。まさか持ってきたのだろうか?

 けろりとした顔で口に咥えて待つ少女を、レテミアは苦笑いで見つめる。

 そしてさっと指を躍らせ、煙草の先端をじゅうと燃やした。

 

「あたしはあんたに負けない。殺されない!」

 

 紫煙を吐く様子は間違いなくいつものフルールだ。余裕を見せる少女に、イリスは苛立ち交じりの接近する。

 人外の膂力は瞬間的な肉薄を許し、その右手は軽々と少女の首を千切りとる――そのはずだった。

 

「こいつ……ッ! どういう力だ、これは!」

 

 その一撃を阻んだのは、どこからか現れた膨大な炎塊(・・)。一つの壁となった炎にイリスの手が突っ込まれた瞬間、女の腕が蒸発した(・・・・)。激痛と共にイリスが引き下がれば、炎塊の壁は消え去る。

 

「なぜならあたしは強いから。あんたはあたしより弱いから!」

「それが何だ! 所詮貴様も私も同じだろう!」

「ええそうね。あたしもあんたも、この世界を救うために作られたのよ。そういう意味では同じなのかもしれない。同じ孤独の中にあって、同じ辛苦があって、きっと理解しあえたのかもしれないわ――」

 

 可能性の話だ。くだらない言葉に、イリスの表情が更に激しさを増した。

 腕を再生させたイリスが再度突進。炎塊の壁に自身が生み出した火の刃をぶち当てる。強引に形成された剣は炎塊を破壊し、その奥にいるフルールを貫こうとした。

 だが、炎の壁の奥でフルールは、イリスの剣を紙一重の距離でかわしている。

 

「イリス。あんたを愛し、あんたに愛される世界があったのかもね」

「そんな空想……ッ! 縋る価値はないッ!」

「そうよ。所詮“あったかもしれない”というだけの話。今は今、それだけ」

 

 少女が後退すると共に生まれる炎塊の壁。何層にも連なる顕現でもイリスは諦めなかった。

 

「――あたしは悲観しないし、人生に絶望もしてない」

「私が何もかもを諦めていると!? だったらどうする! こんな私をどう救う!」

 

 一つ壁をぶち破り、腕を溶かされ、また再生して、また一つ壁を壊して。

 

「死ぬほど冷たい冬は来ないわ。冷えも凍えもこのあたしが許さない。だって、あたしがあたしで在るもの――太陽は、時に苛烈なまでに世界を祝すわ」 

 

 ようやくすべての壁を越えた先、フルールは静かに煙草を吸っていた。

 イリスがその喉元へと炎剣を振るうよりも早く、少女は煙草を投げ捨てる。

 その瞬間、空に七つの円陣が生成された。

 円陣は様々な角度からイリスに照準を合わせている。

 「――」と全てを悟ったイリスが回避に移る暇すらなく、言葉は紡がれた。

 

「【七の天砲(セブンブレイク)】」

 

 空から降った巨大な炎柱が円陣に直撃し、七つの円陣全てが光を吸収、収束させ、細き七つの剣と化す。それら全ては同時にイリスを狙い、瞬きと共に女を溶かした。

 余波で爆心地周辺が蒸発し、濃い霧を生む。 

 終わったかとその場の誰もが思った。だが、当然のように、声は響き渡った。

 

「く、クク」

 

 怪物じみた声音の主はもうもうと立ち込める霧が邪魔をして姿を見せない。

 やがて霧が風によって薙ぎ払われる。

 そこに居たのは。

 

「あぁそうかぁ……私は世の悪そのものか……」

 

 狂ったように笑っているのは、肉体の半分をどろどろに溶かした、死の無き魔王だった。

 ギリギリの所で直撃だけは避けたのだろう。半身を溶かすだけではイリスは容易く復活してしまう。一度で、完全に、燃やし尽くさなければ。

 

「悲しいものだなあ。救済者として作られた私が、最後には世界を滅ぼす悪へと堕ちるだなんて、な――」

 

 言葉と共に女の肉体が再構成されていく。熱により溶解した全てが元通りになる。十秒と必要せずに元の美しい肉体を獲得したイリスは、今度こそ麗しい笑みをした。

 

「――ああでも、ならそれでいい。これは意地と感情の問題だ」

 

 そうだな。

 

「世界なんて、どうでもいい。私はお前を殺したい……!」

 

 イリスは、笑みの質を変え、獰猛さを刻んで。

 浅い呼吸を一つ。

 ――そうして非言語を謡った。

 

 

 

 

「■■■■■、■、■■■■■」

【祝槍搔き乱す泡、白雲からの御言宣を下す】

 

「■■■■。■■。■■■」

【我は救聖、壱の柱、そして原初】

 

「■■■、■■■■、■■、■■」

【王故に戴冠の許しを請うのではなく】

 

「■、■■■■。■■■■■」

【我こそが全存在なる一なれば】

 

「■、■」

【星よ】

 

「■■■、■■」

座の(・・)創造を(・・・)

 

 

 

 

 唯一イリスの言葉を理解できるレテミアだけが、その顔を蒼白にする。

 血の気を失った彼女はイリスと対峙し続けるフルールへと真っ先に駆けるが――。

 

「くく、く。クハ、ハ――――来た(・・)

 

 イリスを中心に、赤い、緋色の円陣が浮かび上がる。それは一瞬で街を覆い大地を侵食し世界へと広がった。

 

「来た、来た、来たぞ、来たァッ!」

 

 女が、笑う。額に手を当てたまらないといった様子で哄笑を上げる。

 その様。

 これまでの憔悴した女とは全く違う力の満ち満ちた態度。

 

「いったい何が……!」

「……創ったのよ、星が。また一つ、慈悲をもって……」

 

 フルールもレテミアも、気を抜けばその場にへたり込みそうなほどの震えを感じていた。

 

「見せてやる…………これが私の太陽だ」

 

 全てを嘲り、全てを愚弄できるだけの威圧がイリスに備わる――否、舞い戻る。

 女が、手を空へと。

 イリスを包む紅蓮の円陣がひときわ熾烈に光を放つ。やがてその現象は雲を吹き飛ばし、一つの球体となって空に浮かんだ。

 

「これこそが私の太陽! 私だけの太陽! 愛しの絢爛灼熱地獄!!!!」

 

 生まれたのは星と同等の大きさを誇る“熱”。

 果てなき遠方より星を祝す光は陰り、世界中を終末じみた茜色に包むそれ(・・)

 秋を冬を殺し。

 春を潰し。

 夏をも超えた殺戮の第五季節――。

 

 

 

「【縮退耀星零型】――【紅奧灼(こうおうよく)】」

 

 

 

 あまりに苛烈な“昼”。

 それはイリスが初めて得た、『始まりの太陽』だった。

 暗黒に包まれていた世界を強制的に照らし、あまつさえその熱量をもって昼を作るとともに生命(・・)の大(・・)半を(・・)死滅(・・)にま(・・)で追(・・)い込(・・)んだ(・・)近すぎる太陽――それが今、空に在る。

 

「星は何処までも慈悲を持つ! 哀れな私を憂いてしまう! そうとも! 愚かな子の罪は親が購うものだろう!? ――だからこそ星は私に力を与えたのさ!」

 

 大地は干上がり水分の全てが消滅する。

 常人では息を吸うだけで肺が爛れ、焼け落ちる殺戮の熱――それでも世界がどうにか形を保てているのは、誰もが死なずに済んでいるのは、レテミアが今もなお権能を振るい続けているからだ。

 だが、レテミアとて始まりの太陽を完全に抑え込むことはできていない。それほどに彼の恒星は破滅そのもので、だから、権能を振るいながらも恐れることしかできなかった。

 

「受け止めきれるか……神の娘」

 

 手を掲げ続けるイリスの瞳が妖しく輝く。

 おびただしい夕焼けに染まり狂う世界の中で、空に浮かぶ巨大な太陽をこの世の全てに見せつけながら。

 これこそが終末の権化なのだと、悪として笑いながら。

 そして――。

 

「かつて過激すぎる光を生んだ、この熱を。星の全てを焦がす最大最強規模の太陽を! この炎を――さぁ、超えて見せろ!」

 

 星の裁定は、イリスが腕を振るうとともに、始まった。

 極熱の恒星がゆっくりと大地へと落ち行く。その動き一つで大地が徐々に徐々に溶けていく。レテミアの権能ですら抑え込めなくなっていく。

 既にフルールとレテミアの背後では、氷の殻に包まれている母娘が気絶寸前にまで陥っていた。これが、世界中で起きつつあるのだ。

 止めなければならない。何としてでも――!

 

「――――ッ」

 

 権能の行使に意識を集中すればするほど徐々に徐々に喉が枯れ、呼吸をするだけで激痛が走り、肺が燃えつつあるのを直に感じて。

 レテミアはそれでも、死だけは信じなかった。

 ――何故なら。

 

「レテミア! 大丈夫! 大丈夫に決まってるじゃない!」

 

 声は、隣から。

 終末の緋色に染まる世界の中にあって、それでも響き渡る強かな声音。

 

「あんたがいるのよ! そしてあたしが隣にいるの! ――だったらたった一つでも恐れるものはある!? 曖昧さに怯える必要なんてある!?」

 

 鈴が鳴るような美しさは煙草と酒で枯れていた。

 その心とて賭博や薄汚さで穢れてしまっていた。

 だが、レテミアはもうわかっていたのだ。

 フルールは絶対に変わらないのだと。誰にも変えることなど出来ないほど、強いんだと!

 

「――怖がらないで! 恐れないで! 未来は続く! 絶対に!」

 

 少女は叫び、天を睨む。

 隣に立つフルールは既に呼吸すらできない。立っていることすらやっとな状況だ。もはや喉は破壊され、肺はもうすぐ燃え尽きる。肉体は内部から死に行きつつある。――ああ、それでも…………。

 それでもせめて、彼女の力になりたくて、レテミアは小さな手をぎゅっと握りしめた。

 

「イリス――――ッッッ!!!!」

 

 フルールは、神に祝された肉体で、吠えた。

 その身は太陽を司るが故にどれだけの熱にも耐えられる。『始まりの太陽』が直撃しない限り、決して死ぬことはないだろう。

 だけど、世界はどうなる?

 いや、世界なんてどうでもいい。そんな大層な話をしたいわけじゃない。

 ユウリはどうなる? リーナルは? ヴィエは墓にも入れず燃えてしまうのか? そして何より、隣で今もなお立ち続けるレテミアはどうなってしまう?

 

「あんたに一つだけ、教えてあげるわ……!!」

 

 ――認めない。

 絶対に、何もかもが原初にまで還るだなんてことは、許さない。 

 

「救われたいなら、誰に甘えて、誰に縋るのか、決めなさい!」

 

 ようやく進むことを許された気がするのだ。ようやく少女はレテミアと前を見ることが出来るような気がするのだ。

 

「この世界全部にっ、甘えてんじゃッ、ないわよッッッ!!!!」

「――――」

 

 イリスが瞳を見張る。まったく想像していなかった言葉に急所を突かれ、その身が揺れた。『始まりの太陽』はその落下を一瞬だけ止め、まるでイリスの心の揺れ幅を現すかのように空へと少し押しあがって。

 この瞬間だと、フルールは確信した。

 

「レテミア――――お願い、あたしに力を貸して!」

「――」

「あんたを守りたいあたしを、助けて……!」

 

 目をつむるフルールの、その全身から再度舞う黄金の光。それが一斉にレテミアを包む。彼女の破壊されつくした肉体を修復する。

 そうして、どれだけの祈りを右手に込めたのだろう。

 一秒……いや、それ以下の瞬間だった。

 

 

 

「ええ。貴女(あなた)とならば何処(どこ)へでも――」

 

 

 

 少女は言葉を失って女を見た。

 女は、静かに微笑んでいる。

 ――――ああ。

 ――――世界はたったそれだけで、綺麗だ。

 

 

 

「――()(つね)永久(とこしえ)なのだから!」

 

 

 

 吠えるフルールの、弱々しく震える手を、レテミアはもう一度握り返す。

 その熱を失ってたまるかと、フルールは握られている手を、自らも握り返す。

 

 

 

貴女(ほし)よ、(ひさ)しく――!!」

 

 

 

 そして空に現れるものが一つ。

 『始まりの太陽』すら超えた遥か高み。出現したのは黄金の円陣と、巨大な巨大な、円形の分厚い氷――。

 それは巨大な凸レンズ――あまりに原子的で、だがその巨大さゆえに絶大な威力を秘めた、レテミアの凍てつく鏡。一つではなにも成しえないただの氷、だけどそこに光が集えば――。

 

 

 

「――貴女(かみ)は、此処(ここ)に」

 

 

 

 金色の円陣へと、宇宙より落ちてくる極大の熱。

 清らかな光は黄金に輝きながら円陣に直撃し、収束される。

 吐き出されるのは、空に浮かぶ太陽へと叩き落されるのは、少女が全身全霊を込めた優しき太陽の剣。

 そして、更にその光を受け止めたのは、星に祝された女の氷。

 

 

 

 

「【神の継承(ヘヴンス)】」

「【星の祝福(ヘヴンズ)】」

 

 

 

 

 音は既に消失していた。

 空に浮かぶ『始まりの太陽』へと振るわれた黄金の一撃が、音をも無くした世界で勢いを増す。

 

「――――!!!!」

 

 イリスの咆哮は空気の振動だけで木霊し、イリスとレテミアは空を見上げて。

 紅蓮と金色。

 二つの光が、さらなる膨張を進め――やがて金色の炎が全てを吸収して星へと落ちる。

 それは、レテミアとフルールが、イリスに勝利したことを告げていた。

 緋色の空は太陽の消滅と共に失せ、世界を正常な青色が包む。

 黄金の炎で出来た柱が、天へと至る道筋のようにして大地と繋がり燃えていて。

 その黄金の中でかつての時のように燃え行くイリスを見た瞬間、フルールの体から力が抜けた。

 

「――フルール!」

 

 倒れかける少女を、レテミアが支える。ひやりとする女の体。冷たくて心地いい。

 フルールは笑った。

 にこにこと。

 そして…………全ての終幕を、確かに悟った――。

 

 

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