百合と悪魔と煙草と銃とレズバトル   作:てりのとりやき

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第6話

 

 賞金首を捕まえるわよ! と鼻息荒く息巻くフルールに、レテミアが手を上げた。

 

「――悪いけど、私はパスよ」

 

 え、とユウリは意外そうな顔でレテミアを見た。儲け話が好きな二人だからてっきり乗るかと思ったが。

 浅黒い肌を艶やかに輝かせる女は、にっこりと笑っている。

 フルールはつまらなさそうに舌打ちを一つして、

 

「一応聞くけど、理由は?」

「なぜって決まっているじゃない。娼館いくもの」

「はっ?」

「だからぁ」

「あーもういい、黙れ、黙りなさい」

 

 フルールは呆れた表情でレテミアの言葉を遮る。悪魔女も、肩をすくめて部屋の中を浮遊するだけだ。

 え、えっ、と急に変化した雰囲気に付いていけていないのはユウリだけだった。戸惑いの表情でフルールとレテミアを交互に見比べていると、フルールがユウリを手招く。

 

「ほら行くわよユウリ。宿で暇してるくらいならあたしに付き合うのよ!」

 

 やや怒り気味の言葉はきっとレテミアに向けてのものだ。ユウリはその怒りが自分に向かないようにと祈りながら、慌てて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 宿の外はいつも通り冷え冷えとしていて、空には厚い雲がかかっている。最近はいつもこんな天気だな、とユウリは思った。

 数百年前までは様々な季節があったらしいこの世界も、いつの間にか『冬』と呼べる季節しか残っていない。どうして季節が失われたのかユウリは知らないが、ひょっとするとおとぎ話で語られるように、本当に……。

 

「“神が捨てた世界”だから、なのかしら」

「? ユウリなんか言った?」

「あ、いえ、何も」

 

 まあ、そんな事よりも。

 寒い寒いとマフラーに顔をうずめるフルールに、ユウリは先ほどのことを聞いた。

 

「あの、さっきの話は……」

「あーあれね、あんたも気をつけなさいよ。あいつ見境ないから」

「えっと……」

「レテミアは同性愛なのよ。レズ、変態なの」

 

 同性愛……とオウム返しに呟くことしかユウリには出来なかった。言葉としては知っているが、まさか本当にそんな人がいるとは思わなかったからだ。

 唐突なことに困惑するユウリを放って、フルールはレテミアの愚痴を言い出す。

 

「だから新しい街に着いたらすぐ娼婦を漁りだすわ。飢えた犬みたいにね!」

「その言い方はどうなんでしょうか……」

「事実だもの。仕方ないじゃない」

 

 そういうものだろうか。 

 

「でも、じゃあなんでレテミアさんはあなたと旅を?」

 

 その言葉に裏には、『レテミアのパートナーではないのか?』という意味が含まれている。

 フルールはやや困惑した顔でユウリを見上げた。成人女性であるユウリとフルールが並ぶと、少しだけフルールの方が背が低いのだ。

 

「何でって……同じだからよ」

「えっ」

 

 同じって、つまりそういう事? とユウリは考える。

 ユウリの言葉で失言に気づいたのかフルールの顔は真っ赤になっていた。

 

「あっ、ち、ちがうわよ? 別にあたしもそーいう趣味があるとか、そういうんじゃないからね!」

 

 勘違いすんじゃないわよ、とドスの利いた声で凄まれる。ユウリは急に怖くなったフルールに、涙目になりながら頷き返した。

 そのコクコクと必死に動く顔を見て、ふん! とフルールは鼻を鳴らす。決してユウリには目を合わせず、肩あたりにある毛先をつまんでくるくるといじりながら言い出した。

 

「あたしだって煙草を吸うのが楽しみだわ。新しい街に着けば必ず煙草売りを探す。酒だって好きよ。あとギャンブルも大好き。だから酒場と賭場にだって必ず行くもの」

 

 人の事を言えるような善人じゃないわ、あたしは。

 

「毒と快楽は生きる糧だもの、気持ち悪くたってあたしは拒絶しない。それがレテの生きる活力になるなら、まあ、うん、」

「……」

「……少しくらい理解はできるから。キモイとは思うけど」

 

 微妙に納得いっていないような表情で、しかしフルールはぎこちなくうなづいた。ユウリには、そんな仕草をする背の低い少女が、どこか不満そうに見えてしまった。

 ひょっとして――嫉妬、とか。

 いや……まさかな。そうユウリは思い直して、「そうですか」とだけ言った。出来る限りいつもと変わらない調子で。

 

「ま、あたしを襲ってきたらぶん殴るけどね」

 

 そう、わざとらしく笑顔を向けるフルール。場の空気を変えたがっているように感じる。だから、それに追随してユウリが話題を変えようとした時だ。

 さぁっと一陣、強い突風。

 砂埃と共に訪れる風に、ユウリもフルールも強く目をつむった。自然とユウリは耳元の髪を抑え、フルールも同じような仕草をする。だけどユウリは知っていた、フルールに耳朶はないのだと。

 

「あっ、耳が……」

 

 ――風は一瞬で、だけど仕草は数秒残り続ける。

 ユウリが思わず発した小声を、フルールは敏感に聞き取ったらしい。

 

「……耳?」

「え、と、その」

 

 裏切り者を見る目つきが、ユウリへと押し寄せる。それは強風よりも恐ろしい。

 

「なに、見たの? いつ、どこで?」

「あ、いや、えっと……見たくて見たわけでは……」

「でも知ってるのね? あたしに……耳がないって」

 

 『耳がない』。その一言だけは、誰にも聞こえないほどの小声だった。まるで周囲に知られることを恐れているかのような。

 それも、そうだろう。

 両耳が無いということはつまり、耳断ち奴隷だった事を指すのだから。

 

 

 

 ――凡種(ヒト)であれ亜種(デミス)であれ、また遺種(エルフ)であろうと、種族の特徴は耳に現れる。

 だからそれを断ち切ってしまえば、その者は種族としての尊厳が失われたことになる。

 そんな考え方を数百年前に誰かが広めて、それが浸透して、そして耳断ち奴隷なんてものが生まれた。侵略した敵国の王族を奴隷にする際であったりとか、そういう時に耳断ち奴隷は生まれたという。

 言ってしまえば全人種にとって最大最悪の侮辱。 

 それが耳を断たれることだ。

 既に耳断ち奴隷を取り扱う国は魔物かもしくは戦争によって滅ぼされて久しいが、その風習は裏社会で今もなお存在している――――と、ユウリは学んだことがあった。

 

 

 

 知られてはならない秘密だったのだろう。ユウリは触れてはいけない部分に、つい触ってしまったことになる。

 

「けっサイテー」

 

 じとっとした半眼の視線がユウリに向けられた。言いながらもフルールはマフラーを強く巻き直して、耳回りを隠そうと躍起になっている。

 

「な、なんですかその目」

「軽蔑の目よ」

 

 同じ目つきでフルールはユウリを見る。ううう、とユウリは言葉も返せず涙目になった。賢いはずなのだが予期できない事態には弱いらしい。

 いじめるつもりもないのか、フルールは煙草を取り出して火を付けた。

 

「……別に、大したことじゃないわよ」

 

 それは自身の感情を落ち着けるための言葉のようだった。 

 

「つまんない話よ。なんにも知らないうちに耳切られて、奴隷として生きて、そして色々あって逃げ出した。今も逃げてるのよ、あたしとレテはね」

「……」

「あたしは何も知らなかった。それこそが罪だと言うなら、その通りで、それだけのこと。誰も白いまま生きることはできないってだけの話。それだけ、それだけよ」

 

 ユウリは、フルール達と出会ってまだ数日しか経っていない。だからフルールとレテミアの過去に何があったのかはわからない。

 そして、きっと知ることはないのだろうと思う。あと一週間もすればユウリは実家に到着し、手厚い礼を二人に与えれば、それで別れてしまうからだ。

 それでもユウリは、いつか聞いてみたいと何となく思った。聞けるのならば、二人の過去を。フルールのかつてを。

 

「命は黒ずみながら死んでいくわ。そうと知りながら、でも、酒も煙草も快楽も愛し受け入れる。そういうものでしょ、生きるって」

 

 その言葉は非常に重くユウリの心を打つ。

 酒と煙草で嗄れた女声が、そうさせるのだろうか。

 

「……ユウリ」

「なんですか?」

 

 唐突に、じーっ……と、十秒以上、フルールはユウリを見つめ続けた。その青色の瞳がよこす無味乾燥な視線に、ユウリは思わずたじろいで。

 

「あんた、まだ処女でしょ」

「っー!?」

 

 瞬間、一気にユウリの顔が赤らむ。爆弾でも爆ぜるみたいに。

 貴族として清く生き、また過保護な父によって男を知らないユウリは、言ってしまえば純白のハンカチのようなものだ。こんな風にはっきりと言われることさえなかった。

 

「え、ぇ、な、なん、なに、なにを……」

「気をつけなさいよ。レテは初物が好物だから」

 

 言い残してフルールは先に行ってしまう。あ、とユウリが声を掛ける間もなく、少女の足取りは一切の躊躇がない。

 冷えた風がユウリの紅潮した頬を冷ましていく。それでも薄っすらと恥じらいを覚えながら、ユウリは煙草好きな少女の後を追いだした。

 ――ふと、ユウリは思うのだが。

 どうしてレテミアが初物好きだとフルールは知っているのだろうか。

 

 

 

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