「賞金首の人相なんだけど、とりあえず薄汚い男だそうよ!」
街中を歩きながら、フルールはぐるぐるとあちこちを見まわした。道行く人々は様々な姿恰好をしている。綺麗な身なりの
そしてフルールは声高らかに言う。
「――どこもかしこも汚い男どもだらけじゃない!!」
ちょうど店が並ぶ道沿いなこともあって、フルールの声を聴いた男達がこちらを向く。だいたい視線をよこしてくるのは薄汚い恰好をしていると自覚のある男達ばかりで、ユウリが自然とフルールの背に回った。
だが当のフルールはというと、まるでビビる様子もなく煙草を咥えたまま、
「あぁーん?」
と、全力でガンを飛ばし続けた。真正面から喧嘩を売るフルールに、やがて男達も視線を逸らして歩き出す。まったく動じることなく厄介ごとを払えるフルールは素直にすごい人だとユウリは思った。そして、それを伝えようかと口を開いた時だ。
「――ユっ、ユウリ、あれ見てあれ」
フルールがある一点を指さして固まっている。その横顔は驚愕の一言で染まっていて、ガン飛ばしたり驚いて固まったり忙しい人だ。
「いったい何が……ひょっとして賞金首がいたんですか?」
言いつつユウリも指さされた方を見る。そこには、無精ひげの生えた男が床に布を敷き、いくつかの紙箱――煙草を、並べていた。
煙草売りの露天商だ。それ以外の何物でもない。
あれが何か? とユウリはフルールの表情を覗き見た。
「あれ、超レアな煙草だわ……」
「は、はあ。あの……?」
「あっあたしちょっと行ってくる! 少しそこいて!」
もはや周囲の何も映っていないらしい。その場にユウリを放っておいて、フルールは煙草売りの露天商めがけて駆けていった。行ってしまった。やがて人垣にその姿は隠れてしまい、ユウリは一人残されてしまった。
「……」
まるで、嵐のような人だと、ユウリは思う。賞金首を探していたかと思えば別の事のために走ったり。貴族として淑やかに生きてきたユウリからすれば、フルールの全てが予期できない。
困った人だなあ、とは思うものの、それでもユウリの表情には苦笑が浮かんでいて――どん、とユウリの腰裏から柔い衝撃。
「きゃ」
「わ」
ユウリが小さな悲鳴を上げるのと同時に、背後からはかなり幼い声が聞こえてくる。慌ててユウリが振り向けば、そこには道に尻餅をつく少女――というよりは、幼女がいた。
くりくりとした青い瞳に、柔らかな金の髪。髪のひと房を束ねた赤いリボン。親に巻かれたのか大雑把な巻き方のマフラーがふわふわと金髪を膨らませている。幼女が撫でる額はつるつるとしていたが、その下の表情は僅かな苦悶で歪んでいた。
「んー。いたい、です」
「あ、ごめんね? 大丈夫? けがしてる?」
慌てて手を差し伸べれば、幼女は唇を尖らせながらユウリの手を取り立ち上がった。そういえば、道の真ん中で立ち止まっていたのはユウリだし、非があるのもユウリだろう。
ユウリの腰ほどしか身長がない幼女は、ふるふると髪を揺らしながら周囲を見渡す。幼女の身長では人の腹部しか見えないはずだ。
「ここは人がおおいですね」
「そうね」
「人がおおすぎて、ここがどこだかわからないです」
見ず知らずの人とも割とよく喋る子だな、と思いながらユウリは微笑みを浮かべた。
「ひょっとして迷子なの?」
「『まいご』? まいご……」
迷子という言葉もわからないらしい。ユウリは少しだけ微笑みを深くして、人差し指を立てる。
「迷子、っていうのはね、道に迷ってる人のことよ」
「ふむぅ。では、違うものです」
言葉ははきはきとしているし、泣き出す様子もない。どうやら親とはぐれたとかそういうわけでもないらしい。この街の子供が一人で遊んでいるのだろうか?
「あなた、お名前は?」
「名前……ですか?」
さっと、幼女は青い視線を上へ。ユウリを見上げる丸い瞳は、猜疑も恐怖も浮かべていない。まるで透明度の高いガラス器のような視線だった。
「ヴィエは、ヴィエなんです」
「そう。ヴィエちゃん」
変わった名前だな。
「ヴィエちゃんは、おうち、どこに住んでるの?」
「? ヴィエの家はとても遠いところです」
「ええと、ヴィエちゃん。どっちの方向にあるとかわかるかな?」
「方向……んー。いつも『跳んでる』ので、わからないです」
「どうしよう、迷子だ……」
ユウリは頬を掻く。子供一人で帰り道もわからず遊ぶなんていうのはよく聞くが、まさか本当に出くわすとは思わなかった。んー、とこれからどうしようか悩んでいると、ヴィエはじーっとユウリの悩まし気な表情を見つめていて、
「な、なにかしら?」
「綺麗な人ですね、あなた」
「ありがとう……?」
迷子にしてはやけに冷静な幼女だ。だが、まあ、褒められて悪い気はしない。
ユウリは肩から下げている鞄を開くと、そこから一粒の飴を取り出した。包装紙に包まれたそれは旅用の携帯食の一つで、主に糖分補給を目的としたものだ。糖分補給のための飴なだけあって、かなり、かなり甘い。
ユウリはそっとしゃがむと、ヴィエの小さな手を取り、その掌に飴玉を握らせた。ヴィエはきょとんとしている。
「これは、なんですか?」
「これ? これはね、飴、っていうの。甘くておいしいよ」
「あめ……」
呟きつつヴィエは包装紙を剥がし、飴を口に放り込む。子供が舐めるにしては少し大きいサイズの飴だが、ごろり、とヴィエの口から音が鳴った。
直後だ。
「……‼」
ヴィエの青い瞳が光り輝いた。少なくともユウリには、そう見えた。蒼い宝石めいた双眸は純粋な驚きを映していて、ふふ、とユウリは思わず笑ってしまう。
「こんなに甘いものを、初めて食べました……」
ヴィエはうっとりと呟くと、頬を両手で挟み込む。もちもちとした頬は緩みっぱなしだった。おいしい? とユウリが聞けば、おいしい、とヴィエは頷く。
「でも、かたいですね――ふんっ」
そして、ヴィエの口内からガキガキガキッという破砕音が鳴った。ごりごりごり……と臼で石をすりつぶすような音も聞こえてくる。ユウリは慌てて青い顔になった。
「あ、ああっ、噛んじゃったのっ?」
「? 食べ物を噛まずにどう食べるのですか?」
ヴィエはまたきょとんとしている。
「ええとね、あのね、飴っていうのはね、舐めるものだから……」
「なめる? ぺろぺろ?」
「そう、ぺろぺろ」
だがユウリが頷く頃には、ヴィエの口の中はすっからかんで、幼女は眉をぐんにゃり曲げてうつむいてしまった。明らかにしょんぼりしている……!
「……なめるほど残ってないです」
「ええとー……じゃあ、はい。どうぞ」
ユウリはもう一度飴玉を手渡す。するとヴィエが顔を上げて、目を丸くした。
「! いいのですか? 二個も……」
「いいのよ」
「わぁ……」
砂糖菓子のようにキラキラとした瞳に、ユウリはほほが綻んでしまう。純粋で可愛い子だ。フルールもこうならいいのに。
「ヴィエは、あなたのお名前を知りたくなりました!」
初めて幼女が満面の笑みを浮かべる。紅潮した頬から見える興奮ぶりにはさすがに苦笑いを浮かべたが。
「私は……んー」
長い名前はあるが、名乗っても覚えてもらえるだろうか?
「ユウリ。ユウリよ」
「ユウリ、ですか。わかりました、ユウリ、ユウリ、ユウリ……覚えます。ユウリ、あなたは、いい人みたいです。“あめ”、くれたし」
ヴィエはにこにこと笑いながら、
「――イリスさまがいっていました。いい人とは、仲良くなれって。友達になれって」
ねえ、ユウリ。
「ヴィエと友達になってくれますか?」
「もちろんよ。よろしくね、ヴィエちゃん」
「よかったぁ……。ユウリ、あなたがヴィエの初めての友達です」
胸に手を当てて微笑みヴィエは、そう言ってくるりと回る。幼女はユウリに背中を向けた。
「ばいばいユウリ。また会いたいです」
「あっ、ちょ――」
ヴィエは走り去っていく。大きく手を振りながら。その動きは思った以上に唐突で、ユウリが声を掛けるよりも先に人の波に姿を溶かす。
また一人になったユウリは、うーん、と首をかしげてしまう。
「迷子……じゃないのかしら?」
「ユウリー、待たせてごめんねー」
――と、ようやくフルールが帰ってきた。
フルールは偉く上機嫌だ。ほくほく顔で紙箱を見せつけてくる。
「いやあこれレアな煙草なのよねぇ……ほらみて? ここ、吸い口回りをこうやってぎゅって潰すとね……ほらっ! カチって鳴ったでしょ!? これね、中にね、カプセルが入っててそれ潰すと吸ってるときスース―するのよー」
言いつつ実践して見せたフルールが、煙草を吸いながら目を細めて感激に震えている。ユウリはつい、先ほど出会った純粋で可愛らしいヴィエと、煙草ばかり吸う過激なフルールを見比べてしまう。そして嘆くような表情になった。
「? どうかしたのあんた」
「いえ、その……なんでもないです」
なによ気持ち悪いわねえあんた、とストレートに言われても、ユウリは小さく嘆息するだけだ。なによぅ、とフルールが眉根を詰めて困惑していると、どたどたと駆けてくる男が一人。
「ふっ、フルールの姉貴ぃー!」
ひ、と思わずユウリが悲鳴を上げる。幼女はいいが男はダメらしい。ささっとフルールの後ろに隠れるように回ったユウリも気にせず、フルールは「ああん?」と右眉を上げる。
その男は、フルールにカツアゲ食らった男だった。賞金首の話をフルールに持ち掛けた男でもある。男は両手を膝に当てて荒い息をぜえぜえと吐きながら、切迫した様子の声を上げた。
「で、出たんだ!」
「何がよ?」
「殺人鬼!」