どうやら私は異世界転生なるものをしたらしい。
というのも、今の私には持っているはずのない誰かの記憶が頭の中にあるから。
だから、私が前世を持っていてそして今の世界はその記憶にある世界とは違うということが分かったんだ。
ぐっぐっと体をほぐしながら、髪が乱れてないか手櫛で少し整える。
その時、
きっと鏡を見れば栗毛の髪の毛が映るはず。私はそれをポニーテールにまとめている。これが一番楽だからね。
視線を下におろす。真っ白な体操服に8番と書かれたゼッケンと空色のハーフパンツ、それから運動靴が目に入る。
あと見下ろした時に見えた体についてだけど、中学生にしてはまあ……出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでるんじゃないかな。
その場で軽く屈伸。尻尾が地面にこすれるのが嫌なので、膝を曲げた時は尻尾に軽く力を入れて持ち上げる。
……そう、尻尾だ。前世で言うところの『うま』のソレにそっくりな尻尾である。
前世、種族人間。職業会社員。名前は分からない。
そして記念すべきセカンドライフでは──
「8番、ソライロツバサ! 気合は十分とばかりに伸びをしてゲートイン! さあ、これより春の選抜レースが始まります。各ウマ娘がゲートインして今……スタートです!」
金属の柵が目の前で音を立てて勢いよく開く、と同時に足に力を込めて目の前へと飛び出した。
風を切って走る。ビュウビュウと耳にぶつかる空気の音が少し心地良い。
走る体に酸素を入れようと息をすれば、整えられた芝の匂い、そこに混じる前を走るウマ娘が蹴り上げた土の匂いがほんのりと香る。
そこにターフの上を走る私の、そして周りのライバル達の息遣いと足音を全身に浴びる。
どうしようもなく気持ちが高ぶる。私が求めていたものがここにある。
「いっくぞぉぉ!」
目指すは一着!
気合とともに声を上げながら、これまでよりも一際強く地面を蹴り上げて前を走るライバル達を追い抜いた。
種族ウマ娘、職業栄えあるトレセン学園生、名前はソライロツバサ。
それが第二の人生――ウマ生?――を迎えた私だ。
「ソライロツバサ、2着でゴールイン!」
「最終直線で追いつかれてからの粘りは目を見張るものがありましたが、差し切られてしまいましたね」
ゴール板を駆け抜け、息を切らしながら足を止めそうになるのを必死にこらえようと腰に手を当てながらふらふらと歩き続ける。
ダメだ、急に止まったら体に余計負担がかかるって教官が言ってたんだから。
くやしい、勝てなかった。私が、一番得意な距離だったのに。
ぜえぜえと肩で息をしながら、1着を取ったウマ娘へと目をやる。
鹿毛色の髪をポニーテールにまとめ、前髪には一筋の綺麗な白い流星がある。
私よりちょっとだけ小柄な彼女は観戦に来ていた人たちに向けて元気に手を振っていた。
「にっししー! ねえねえ、ボクの走りどうだったー!?」
「最高だったぞ、テイオー!」
冗談でしょ。こっちは心臓と肺が爆発するんじゃないかってくらい必死に走ったのに。
トウカイテイオー。それが私から1着をかすめ取ったウマ娘の名前だ。
かすめ取った、というのは正しくないかもしれない。
なんせ、私とあの子の着差は私の目測が間違ってなければ1バ身半……いや、ほとんど2バ身だったから。
1着を取るべくして取った、天才の中の天才。そんな言葉が私の頭の中に浮かぶ。
悔しくて、でもだからってテイオーをにらみつけるのも違う気がして視線を足元に落とす。
呼吸が落ち着いてきて止めていた私の足は、全力疾走に疲れたのかプルプルと震えているような気がした。
気を抜けばその場に座り込みたくなってしまいそうな感覚を覚えている私と、今たくさんのトレーナーに囲まれて元気そうにしゃべるテイオー。
格が違う、としか言えない。1着と2着。着順で言えばたった一つの差だけど、その間にはとてつもない距離があるように思えた。
これがトレセン学園なんだ。私は、これからあんな天才中の天才たちと走らなきゃいけない。それがトゥインクル・シリーズで走るということなんだ。
その事実に、今度こそ座り込みそうになる。これから勝てるのかな、と恐ろしくなった。
負けたらどうしよう。勝てなかったら、私は実家に帰らなきゃいけない。そんなの、とっくに知ってる。
知ってたつもりだった。でも、いざそれを突きつけられるとすごい怖い。
地元にいるお母さんたちや近所のおばちゃんたち。それから同じ小学校に通ってたクラスメイトたち。みんなからなんて言われるんだろう。
そんな想像をしたら怖くて怖くて、喉がきゅっと締め付けられるような感触がした。
前世の記憶に比べたら、今の私はずっとすごいところにいるはずなのに。あの頃に比べてずっとずっと私は特別なはずなのに。
胸がムカムカする。お腹の中の物がせり上がってきそうな感触もしてきた。
その感覚から一秒でも早く逃げ出したくて、ぐっと拳を握り締めて更衣室がある方へ走る。
スカウトしに来たトレーナー達に囲まれたテイオーを見るのも、そんなテイオーの声を聞くのももう嫌だった。
でも一番嫌だったのは―――
自分が思ったよりも特別な存在なんかじゃなかったって現実を見ることだったのかもしれない。
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