午後の授業が終わった後、私は教室に戻らずグラウンドの隅に立っていた。
テイオーとルドルフ会長の模擬レースがあるからか、授業が終わる直前くらいにはもうちらほらとトレセン生徒や一般の人たちがギャラリー席に入ってきていたのは見ていた。
普通、この後のレースに用があるなら私もそのギャラリー席に行くべきなんだと思う。
だけど、私は二人のレースが見たいんじゃない。二人とレースがしたい。
もちろん、突然の飛び入りを許してもらえるとは思ってない。
大体、一緒に混ざったところで私一人置いて行かれるだろうなってことくらい想像も出来る。
テイオーにはこないだの選抜レースで分からされたし、会長に至ってはやらなくたって勝てないことくらい分かる。
むしろ改めて自分がそんなに強くないって現実を見せられて、心が折れてしまうかもしれない。
それを考えたらここで飛び入りなんて賢くないやり方だと思う。
ちゃんと勝負が出来るくらい実力をつけてから、挑んだ方が得るものだっていっぱいある。
「……なんて、いくら理屈を並べたって意味ないか」
頭の中でそんな理屈がぐるぐるし始めたところで、私は思わず小さく噴き出した。
そうだ。そんなに賢いなら、私は朝の自主練で遅刻なんてしないし遠くまで行きすぎて家に帰れなくなるなんてポカもしない。
やりたいと決めたら、自分でも我慢できない。
どうしてだか分からないけど
ギャラリー席の方から歓声が上がる。声のした方を見れば、テイオーとルドルフ会長が並んでグラウンドに入ってきたところだった。
さあ行こう。あとのことはどうとでもなるさ、きっと。
「申し訳ないが、今日はテイオーとの約束の日だからね。また別の機会にしてはくれないか」
困ったように眉尻を下げながら、それでもこちらに気をつかってかルドルフ会長は微笑んでくれる。
「そーだそーだ! カイチョーはボクと走るんだから、ツバサは邪魔しないでよね!」
半面テイオーはムッとした気持ちを隠そうともせず頬を膨らませている。
まあ、そりゃそうか。きっとテイオーのことだから、ルドルフ会長と走れるこの日を指折り数えて待ってたに違いない。
そこに私というおじゃま虫が入ってきたら、頬を膨らませるくらいはするよ。私だってそうする。
でも、それで引けるほど私の頭は良くなんてない。そんなお利口さんだったなら、そもそもこんなことは頼まない。
だから、私は勢いよくルドルフ会長に向かって頭を下げる。
「そこを何とか! 二人のスタートの邪魔にならないようにスタート位置は大外でもいいので」
そう言って、チラリとルドルフ会長の顔を見てみる。
そこにはさっきまで私を気遣って苦笑いしていた皆の生徒会長はいなかった。
鋭い視線で私をまっすぐと見つめる、皇帝シンボリルドルフがいた。
「それは、『大外からのスタートであっても私達と勝負が出来る』……そう言っているのかな?」
いや、鋭いなんてモノじゃない。めちゃくちゃ怖い。
あんなに無理を言ってでも混ざりたいと思ってた気持ちが、一瞬で砕け散りそうなくらいの威圧感がルドルフ会長から私に向かって放たれている。
膝がガクガク言い始めた。口の中がパサパサになって、唾が口の中でネバネバする。
体の芯から震えが来て、手足の指先はもう春なのにすごく冷たくなってることが触らなくても分かる。
怖い、逃げたい。ごめんなさいって言って、なんにもなかったことにしたい。
ああ、やっぱり
ワタシの言ったことは、つまり『どんなに不利でもいいからレースに混ぜてくれ』って言ったのと同じだ。
レースをする以上、ワタシ達は勝つために走る。
それなら、自分からわざわざ不利を背負うマネなんてするべきじゃない。
だってそれは『不利を背負ったってアナタ達には勝てますよ』っていうのと同じだから。
それを言っていいのは、周りよりもずっと強い実力を持っているって皆から認められているようなウマ娘だけだ。
デビューもしてない、既に模擬レースでも何度か負けているワタシが言っていいようなセリフなんかじゃ、ないんだ。
ましてや今回の相手はテイオーとルドルフ会長。明らかにワタシよりも強い二人に対して不利な条件を背負ったんじゃ、なおさら勝ち目がなくなる。
「君は、どういう覚悟で持ってソレを口にしたんだ?」
ワタシを突き刺すような目で見ながら、ルドルフ会長は続ける。
「よっぽどこのレースに混ざりたい。その気持ちは認めよう。しかし、レースをするウマ娘としてわざわざ不利な条件でもいい、と軽々しく言うことの重みを君は分かっているのか?」
分かってる、なんて口でいうのは簡単だ。
でも、本当に理解できているのかっていうと自信はない。
勝てない勝負になっても二人のレースに混ざることは、果たして意味があることなのか。
それよりは、ギャラリーに混ざって二人の動きを見た方が……
「違う……!」
「……違う、とは?」
そうじゃないでしょ。意味とか価値とか重みとか、そんなことはどうだっていい。
何のためにここに来た。
「私が自分で言ったことの意味なんて、分かりません」
たくさんのライバル達とレースをする。
「きっと
ライバルたちがいっぱいのレースで勝つ。
「それでも……
相手がどんなに強くたって、それ以上に強くなって勝つ。
約束したんだ。大見得きって地元を飛び出してきたんだ。
「最強になるって、決めたんです」
たとえその相手が、今は明らかに敵わないようなウマ娘が相手でも。
私の決めた最強は、勝てる相手にだけ勝ってなれるようなものなんかじゃない!
ルドルフ会長が小さくため息を吐く。
「正直に言って、大外スタートなどすれば君は負けるだろう。いや、勝負の土俵にも立てない」
「それがここまで来て逃げる理由になりますか」
「明らかに不調、もしくは不利な勝負に挑むことは賢いとは言えないぞ」
「今から負けることを考えて走るウマ娘がいるんですか」
「無謀な挑戦の結果、さまざまな要因で折れた子達も少なくない」
ああ、ルドルフ会長が言外にいいから諦めろと言ってるのが分かる。
意地を張っても仕方ないだろうと。
それはきっと正しい。
でもダメなんだ。
勝ちの目なんてないって分ってて、そこに得るものがないって言われてたって。
「私を止めたきゃ
もう、二人とレースをしたいという気持ちが抑えられない。
体の奥から熱が沸き上がって来る。冷たくなっていた指先にじんわりと熱が戻っていく。
小さく体が震えるのは、ルドルフ会長の威圧が怖いからじゃない。
「ハァ……分かった。テイオー、突然の飛び入りになってしまうが構わないか?」
「ええ~!? ボクずっとカイチョーと二人で走れるって今日を楽しみにしてたのに!!」
テイオーがキッと私を睨んだ。罪悪感はなくはない。
「すまないな。だが、ソライロツバサを止めるにはもう走るしかなさそうだ」
ルドルフ会長がそう苦笑いをしながら私を見る。
「それに、今は彼女に混ざってもらった方がいいと思うんだ」
その言葉の真意は分からないけど、なんにしても混ぜてもらえることになったみたいだ。
いいね。いいよ。最高じゃん。
「う”-……カイチョー、今度は二人っきりでレースしてよね!」
「そうだな。この埋め合わせはするさ。約束しよう」
まるで仲のいい親戚のお姉さんと妹分みたいなやり取りをする二人を横目に、私は軽く準備運動を始めた。
ここまで来たら、もう戻れない。あるだけ全部、ひねり出して走るだけ!
さて、じゃあ……やりますか!