「あ、ネイチャ! ネイチャもテイオーのレースを見に来たの?」
「まあ……一応いつか勝たなきゃいけない相手かもだし?」
クラスメイトに苦笑いしながら、ギャラリー席の一番前の柵にもたれかかる。
テイオーがシンボリルドルフ会長と模擬レースをする。
そんな話を聞いて、なんとなくコースのギャラリー席に来てみたはいいけど。
なんというか、周りには既にデビューしてるウマ娘とかテイオーやルドルフ会長を見に来たらしいトレーナー達がいっぱいでアタシは場違いな気がしてきた。
アタシはただ何となく、主人公なキラキラを持ったテイオーがあのルドルフ会長を相手にどこまでやれるのか見てみたいと思っただけ。
アタシにもトレーナーさんが付いて、これからデビューに向けてどんどんトレーニングを重ねていくところだったから目標がどんな感じかをちょっとでも知りたかったのは本当だけど。
……今は勝てなくても、いつかきっと勝てたらいいななんて思ってさ。
けど、そこで待っていたのは予想外の展開だった。
友達のソライロツバサが二人のレースに飛び入り参加してたんだ。
当然、ギャラリーにいた他の生徒やトレーナー達は驚いたような、困ったような様子でざわざわしていた。
結局、ツバサはそのまま二人のレースに混ざることになったみたいで一緒にスタートラインに並んでいた。
「あのウマ娘、誰だ? デビューはしてないよな?」
「ああ、ソライロツバサって子だよ。入学した時は三席くらいの成績だった」
「思い出した。トウカイテイオーと同じ選抜レースに出て、二着になってた生徒ね」
傍にいるトレーナー達の話が耳に入って来る。
そう、ツバサはああ見えて割かし優秀な子だ。勉強もしてないように見えて成績はどちらかと言えば良い方だし、走りに関しては普通に同学年の中じゃ上から数えた方が早い。
「けど、既に今年度に入ってから自主練のし過ぎで遅刻を3度もして自主練禁止されたとか」
「気性難なタイプか……」
「素質は間違いなさそうだけど、その気性はちょっとな……」
そんな遠慮のない近くのトレーナー達の言葉に、思わず顔をしかめる。
だけど、トレーナーさんが付いた今だから分かる。
アタシのトレーナーさんはいつも今のアタシの実力に合わせてトレーニングメニューを組んでる。
何が足りないのか、何を伸ばせばもっと速くなれるのか。
今ならどれくらいの体力があって、どれくらいの負荷までだったら掛けられるのか。
きっとアタシ達には想像もできないくらい、たくさんの知識とかもとにしてメニューを決めてくれているんだ。
そんなトレーナーさん達からすれば、ツバサみたいに放っておくとどこまでも走ったりするタイプは扱いにくいことこの上ないと思う。
「ましてや他所のウマ娘の模擬レースに飛び入り参加するとなると……」
「ああ、相当な気性難とみて間違いない」
「もったいないな……」
トゥインクル・シリーズは甘くない。ウマ娘の力だけで、トレーナーの力だけで勝ち上れるような場所じゃないんだ。
それはあのシンボリルドルフ会長にさえ、信頼するトレーナーが付いていることが証明している。
そういう場所で、自分勝手な行動ばかりをするウマ娘は最初は勝ててもその後は続かない。きっとそうなんだろう。
だから、誰もがツバサのことをそこまで見ようとしていなかった。
周りのみんなも、ルドルフ会長がどんな風に勝つのかとかテイオーがどこまで食らいつけるかとか、そんなのばっかり。
招かれざる客。小説なんかでよく見る、そんなセリフが頭の中に浮かぶ。
まさに今のツバサだった。
だけど、当のツバサはそんなこと欠片も気にしてないみたいに準備運動をしている。
心なしか、嬉しそうな表情までして。
スタート担当の教官がホイッスルを手に三人の近くへ寄って、整列を促した。
内側からテイオー、会長、ツバサの順だ。ツバサが一番不利な外側なのは飛び入り参加だからだと思う。
ホイッスルの鋭い音がアタシの耳にかすかに届く。
それと同時に三人がコースへ飛び出していった。
「ペースはデビュー前のウマ娘が走るのにしてはまずまず、ってところか」
「シンボリルドルフが完全にレースを支配してるわね」
「そうだな、今後ろを見てペースを落とした。さっきまでのペースじゃ、後ろ二人が潰れると思ったんだろう」
近くのトレーナー達が今の状況を分かりやすく説明してくれる。
私の目から見てもその通りだったけど、もう一個アタシは気づいたことがあった。
ペースが落ちた時、ツバサが怒ったように目つきを鋭くしていた。
あの子を知ってるウマ娘たちの中じゃ負けず嫌いで有名なツバサだから、会長のペースダウンの意図まで気づいちゃったんだと思う。
一瞬バランスが崩れたようにも見えたけど、かからずには済んだみたいだった。
レースが終盤に差し掛かったところで、ツバサとテイオーがペースを上げる。
だけど、ルドルフ会長はそれを見てから前を譲らないようにさらにペースを上げた。
最終直線に入ってからもう一回ツバサとテイオーがスパートをかけたけど、会長との距離は縮まない。むしろそのまま離れる。
ああ、やっぱりシンボリルドルフは絶対だ、そんな雰囲気がギャラリー席を支配する。
その時だった。
「ッ……ざっけんなあああああああああ!!」
あたりに響き渡る叫び声。
声の主はツバサだった。
「お、おい……シンボリルドルフとの距離、縮んでないか?」
「あそこからもう一度加速!? 無茶だわ!」
最後の底力だったのかもしれない。さっきよりもさらにスピードを上げて、会長との距離を縮めようと鬼のような顔で走るツバサの姿に周りがざわめく。
「こん……のぉぉぉぉぉ!!」
一泊遅れて響いた叫び声。
「お、おい! トウカイテイオーがすごい速さで追い上げてるぞ!」
トレセンに入学してから一度だって見たことない、テイオーの叫び声と必死の表情。
そして開きかけていた会長との差を縮めていくデビュー前のウマ娘にあるまじき圧倒的スピード。
それでも、ルドルフ会長は慌てることもなく更にスピードを上げて残酷なほどの実力差を見せつけてゴールした。
結果はルドルフ会長が2着のテイオーに3バ身以上もの大差をつけてゴールだった。
デビュー前のウマ娘二人が見せた最後の踏ん張りすらもサラッとあしらうその絶対的強さに魅せられたたくさんの人達が会長のところへと駆け寄っていく。
だけど、アタシはそこに行く気にはなれなかった。
ギュッとギャラリー席の手すりを握る。
今日の主役はずっと”皇帝”シンボリルドルフだった。
だけど。
アタシは、なんだか無性に悔しかったんだ。
デビューもしてないアタシ達じゃまず勝てない”皇帝”を相手に、それでも本気で食いつこうって力を振り絞ったツバサとテイオー。
確かに二人は一矢報いることすらできなかった。
でも、あの時の二人は確かにキラキラしていた。
結果には繋がらなかったけど、アタシにとってはすごく眩しかった。
それに対してアタシは? 『今はテイオーに勝てない』なんて言い訳して、勝負をしようとも思わなかった。
……なんてカッコ悪いんだろう。
トレーナーさんが付いたからって、浮かれていたんだ。
こんなんじゃ、テイオーに追いつけない。キラキラになれない。
ツバサはまだトレーナーが付いてないって聞いたけど、もしトレーナーさんが付いたらあっという間に追い抜かれる。
「……ッ!」
このままは嫌だ。アタシが勝てるようなウマ娘なんかじゃなかったとしても、こんなカッコ悪いままなのは……嫌なんだ!
アタシだって……アタシだってキラキラになりたいから。
だから、少しでも強くなりたい。
次のあの二人とターフの上で会う時に、胸を張って走れるように。
この熱さがあるうちに、何かしたい。何かしないと落ち着かない。
そうして、いてもたってもいられなくなった私はトレーナー室に向かって走り出した。
感想か高評価を頂けるととても励みになります……m(__)m