翼を広げて、一等星のその先へ   作:笹の船

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遠い遠いあの空に輝く星

 いつから前世があったことを思い出したかは覚えていない。

 ただ、いつからか私ことソライロツバサには持てるはずもない記憶……のようなソレが私の頭の中にはあった。

 でも、ソレを異物と呼ぶにはあまりにも便利すぎた。

 小学校の勉強なんて習うまでも無く記憶の中の知識としてもってたし、その他の知識も前世の記憶で大体わかった。

 だから、物分りは周りに比べて頭一つ抜けていたと思う。

 でも、前世の記憶が全く役に立たないことがあった。それがウマ娘の存在だ。

 ウマ娘。前世の記憶だと『うま』と言う四足歩行の生き物と同じような特徴と力を持った存在……みたいだ。

 代わりにこの世界に『うま』はいない。牛とかはいるんだけどね。

 でもすぐにその辺りの違いには慣れた。だって私自身がそのウマ娘だったし、ウマ娘が珍しい種族でも何でもなかったから。

 なんというか「ああ、そんなもんだよね」くらいの感じ。ヒトはたくましいもので、慣れないものが身近にある時間が長ければ割と適応できてしまうのである。

 

 そんな私は小さい頃からウマ娘達のレースを観ることに夢中になっていた。それこそ前世で女の子が少女漫画にハマるのと同じように。

 テレビに映るレースで走るウマ娘に夢を見た。ああ、あんなふうに色んなウマ娘と競争して勝てたらどんなに楽しいだろう!

 そして私はおままごとの代わりに走ることに夢中になった。

 レースで走るウマ娘達を観て憧れたし、自分もあんなふうになりたいと思ったから。

 それに楽しいんだ。頭の片隅にある前世の記憶じゃ、こんなに速く走れなかった。こんなに長く走れなかった。

 前世だったら200メートルも走れば膝に手をついて息をするし、汗だくになって歩くのすらめんどくさくなってたのに。

 それが今じゃ倍の距離を倍の速さで簡単に走れる。本当にどこまでも行けそうな気分だった。

 

 もちろん、ウマ娘になったって無敵じゃないからどこまでも行けるなんてことはないだけども。疲れたら当然動けなくなる。

 それでも、学校が終わった後や休みの日になったら動きやすい格好になって朝早くから家を飛び出していた。

 走って走って、ちょっと離れたところまで行ってみたりとか。探検気分で裏道行って犬に追いかけられて急いで逃げて車にひかれそうになったりとか。

 そういえば遠くに行きすぎたら帰り道が分からなくなって、おまわりさんにお世話になってお母さんにすっごい怒られたこともあったっけ。

 後は帰り道は分かるんだけど、遠くまで行きすぎて家に帰る前に疲れて動けなくなったところを親切なウマ娘のお姉さんに助けられたりとか。やっぱりお母さんにはすっごい怒られた。

 でもあのお姉さん、すっごい派手な赤い車に乗ってたなあ。見たことあった気がするけど、誰だったっけ。

 

 それでも走ることをやめられなかった私は、とにかく走った。

 そんな私が通ってる小学校で一番速いウマ娘になったのは当然だったかもしれない。

 通ってる学校の誰よりも──もちろん年上の学年も含めてだ──速いって事実は私の中でも自慢だったし、でも一方でもっと速いウマ娘と走りたいって気持ちが湧いてきていた。

 何より、周りからたくさん褒められるなんて経験は前世の記憶にはなかった。

 それがなんだか自分がとても特別な存在になったんだ、って感じがしてすごく気分が良かった。

 

 そして世界で私が一番速いんだ。それを証明してやるんだ。そんな根拠のない自信を胸にトレセン学園の入試を受けた。

 前世の記憶もあったから学科試験はそこまで難しくなかったし、実技だって一緒に走った他の子達よりも速かった。

 ただ、実技試験の時周りにいた人たちが私よりも速いタイムの子がいたって話してるのは聞いていた。

 それを聞いた時は「これが全国トップの中央なんだ」とぼんやりと思うくらいだった。

 だって、実際に一緒に走って負けたわけじゃなかったから想像が出来なかったんだ。なんなら一緒に走ったって勝てると思ってた。私は特別だと思っていたから。

 

 でも、入学してからの模擬レースで初めて負けた。

 悔しかった。認めたくなかった。自分がこんなところでつまづくようなヤツなんだって思いたくなかった。

 だからいっぱい走って、筋トレして今度は負けないぞって頑張った。

 次の模擬レースでは前負けた子に勝ってちゃんと1着が取れた。

 嬉しかった。もう負けないぞと思って練習した。

 けど、その次のレースではボロ負けだった。原因は距離適性ってやつだった。

 私はどうやら短距離とかマイルはダメらしい。トップスピードを出すまでに時間がかかるタイプだったからだ。

 逆に距離が伸びれば伸びるほど私はクラスメイトよりも速かった。私は周りの子よりもスタミナがあるから、速めにスパートをかけるといいよって教官に言われた。

 そしてその通りに走ったらクラスの子たちは誰も追いついてこれなかった。

 自分の武器が何か、なんとなく分かった瞬間だった。

 

 そうして中学2年生になってから迎えた春の選抜レース。距離は2000メートル。実際のレースでは中距離のカテゴリだ。

 それでもデビュー前の私達からすると長めの距離。私にとっては一番得意なレース距離だった。

 一番得意とする距離での大一番。絶対に負けられないし、それ以上に負けたくない。ゴール板を最初に駆け抜けるのは私なんだ。

 そう、思っていたのに。

 

 レースが始まってからの位置取りは上手く行って、早めのスパートをかけるって戦法も問題なく使えた。

 ここまでは間違いなく思った通りに走れていたし、最終直線に入った時には逃げの子を抜いてもう一番前を走ってた。

 勝てると思った。すぐ真後ろを走る足音もちょっとずつ遠くなってたし、私の足はまだ残っていたから。

 なのに。

 

「へえ、やるじゃん! でも──ボクの方が速いもんね!」

 

 いつの間にか真後ろまで誰かの足音が聞こえたと思ったら耳に飛び込んできたそんな言葉。

 誰の声が、とかなんでそこに、とかそんなことは頭から吹っ飛んだ。

 ただ、カッと頭に血が上ったような感じがしてもっとスピードを出さなきゃ! とがむしゃらに足と腕を動かした。

 結構スピード上がったと思う。まだこんなに動けるんだ、なんて他人事のように感じながら必死で走る。

 でも、残り200メートルのハロン棒を超えるその瞬間に私の真横にソイツが来た。

 その瞬間、足と腕にもっと力を込めながら知らず知らずのうちに声を張り上げていた。

 

「ッ……ぁぁぁああああああ!!」

 

 もっと、もっとスピードを! もっと出せ! コンマ1秒でも早く、1センチでも前に足を出せ!

 負けるもんか負けてたまるか私よりも前になんて行かせるもんかッ!

 

「ッ!?」

 

 一瞬、隣で息を呑む音が聞こえた。どうだ驚いたか! 絶対に一着は譲ってなんかやらない!

 ……なんてことを、並んだくらいで思っちゃったから私は負けたのかもしれない。

 

「そうこなくっちゃ!」

「えっ」

 

 こっちは全力も全力。これ以上ないってくらい力を振り絞って走ってた。

 でも、隣のソイツはそこからさらに加速していく。

 奥歯を思いっきり噛みしめて腕を、足を動かすけどソイツとの距離は離れていく。

 スピードは上がらない。それどころか足から力が抜けていくような感覚すらしてきた。

 それを無理やりねじ伏せてやるって気持ちで足を前に出す。これ以上離されてたまるもんか!

 でも、みるみる距離が離れていく。ああ、アイツが――トウカイテイオーがゴール板を駆け抜けた。

 

 

 そうして選抜レースに負けた私は今、学園の授業棟の屋上の隅に座り込んで空を見上げている。

 選抜レースが終わってから大分時間が経ち、沈みかけの太陽が空をニンジンみたいな色で染ている。

 ニンジンみたい、なんて考えた瞬間にお腹から気の抜けた音が鳴った。

 

「……お腹すいたな」

 

 ボソリとそんなことを呟いてみるけど、立ち上がる元気は沸いてこない。

 時間も時間だし、寮に行けば夕飯の準備も始まってると思う。学園と寮は道路一つ挟んですぐだから、すぐに行ける距離だ。

 それでも、なんだか立ち上がってそこまで行くっていう気分にはならなかった。

 

 選抜レースは年に4回しかない。ここで負けた以上、次にあるとすれば夏だ。

 それまで3か月くらい。それだけあれば、今度は1着を取れるのかな。そうしたら私にもトレーナーがついてもっと速くなれるのかな。

 3か月。その期間で、教官や自主練だけであのテイオーの前を走れるようになるのかな。

 今日のテイオーは本当に凄かった。あの選抜レースでは、テイオーだけがキラキラ輝いていた。

 暗くなってきた空にちょうどひときわ明るく輝く星みたいに。

 

 なんとなしにその星に向かって手を伸ばす。星が手に隠れてから、ぐっと握ってみる。

 ……何も感じない。爪が手のひらにちょっと食い込んだ感触だけだ。

 空は遠い。見上げればすぐそこにあるのに、手を伸ばしたって全然届かない。星ともなればもっともっと遠い。

 なんだかとても虚しくて、腕を太ももの上にぽてっと落とした。

 それと同時くらいかな。屋上の扉が開けられた音がした。

 

「お、いたいた。どしたのー? ずいぶんとアンニュイな顔しちゃって」

 

 扉の方から聞きなれた声が耳に飛び込んでくる。

 声のした方向へと顔を向ければ、そこには癖のある髪の毛をツインテールにしたウマ娘――ナイスネイチャが微笑みながらこっちに向かって歩いてきているところだった。

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