翼を広げて、一等星のその先へ   作:笹の船

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夢を胸に

 ナイスネイチャは入学した時のクラスメイトだ。今年の春にクラス替えがあった時、別々になっちゃったけど。

 面倒見が良くて、どちらかと言うとツッコミ体質。癖とボリュームのある髪をツインテールにしてて、触るとちょっと楽しい。

 寮も同じ栗東で、結構一緒に喋ったり登下校してたりする。

 だからかもしれない。誰にも居場所を教えてないのに、屋上にいる私を見つけられたのは。

 

「ネイチャ……」

「もうそろそろ夕飯の時間なのに、ツバサがいないってテイオーが騒いでたよ?」

「テイオーが?」

 

 そういいながらネイチャが私のすぐ隣に座る。

 それにしてもまさかここでその名前を聞くなんて。っていうか、何でテイオーが私を探しているんだろう。

 

「なんでまたテイオーが私を?」

「んー? 今日のレース、一緒に走って楽しかったからまたやりたいって言いたかったんだってさ。……いやー青春してますなー」

「なにそれ……私は死ぬ気で走って負けたのに」

「うん、見てたよ。アタシ、その次のレースだったしね」

 

 見てたんだ。なんだか、走り終わった後の自分の姿を見られたって思うと恥ずかしい。

 

「……ネイチャはどうだったの。選抜レース」

 

 恥ずかしさと気まずさを誤魔化そうとネイチャのレース結果を聞いてみれば、ネイチャは困ったような顔で髪の毛をいじり始めた。

 

「いやー、まあいつもの3着だったかな。あんなの見せられた後だったし、アタシもやってやるぞ! って結構気合入ってたんだけど、さ」

 

 アハハ、やっぱ脇役なんてこんなもんですヨ。なんて肩をすくめながらネイチャは笑った。

 そんなネイチャから目をそらして膝を抱える。スパッツがあるとはいえ、むき出しの太ももにはまだちょっと今日の風は冷たい。

 

「ネイチャはさ」

「んー?」

「……悔しくなかったの?」

 

 我ながら酷い質問だと思った。レースに負けて悔しくないなんてウマ娘は、この学園になんて入ってこないのなんて周りを見れば誰でも分かるから。

 それでも……いや、だからこそ聞きたかった。悔しいって思うのが普通なんだって、私だけじゃないんだって安心したかった。

 だって、テイオーに負けてターフから逃げる前に聞こえたんだ。他のウマ娘が「テイオーが相手じゃ仕方がないよね」って笑ってるのが。

 そんなことを言いたくなるくらいにテイオーは強いと噂されてたし、実際強かった。そんなの、負かされた私だってよく分かってる。

 それでも、私は勝てると思ってた。負けたくないって思ってた。

 なのに負かされて、悔しいと思ったんだ。でも、他のみんなは違ったみたいで、私がおかしいのかなって不安になった。

 テイオーに負けて悔しいなんて考えるのがバカなのかなって。だけど、そんなことは信じたくなかった。

 私が本物の天才に勝てるなんて思う資格すらない脇役だなんて、そんなの信じたくない。

 そんな私の願いは叶ったのかどうなのか。

 

「……じゃん」

「え?」

「悔しくないわけ、ないじゃん」

 

 俯いて、風の音にもかき消されそうな小さな声でネイチャはそう呟いた。足の上に置かれた手はギュッと制服のスカートを握りしめてる。

 

「私だって勝ちたいよ。商店街のみんなが応援来てくれてさ、頑張れよって言ってくれて。素晴らしい素質なんて名前負けしてる才能しかないかもしんないけど、それでも応援されたんだよ。かっこいいとこ、見せたいじゃん。みんなの応援は意味あったんだよって、言ってあげたかった……」

 

 そこまで一気に言い切って、ネイチャは息を大きく吸い込んでから吐き出す。スカートを握った手は、ちょっとだけ震えてた。

 

「……ごめん。酷いこと言った」

「え、あー。……ううん。いいよ。アタシだってレース終わった後のアンタの姿見てたのに、脇役とかなんとか言い訳するなんて無神経すぎたし……」

 

 そんな風にお互い謝り合って、その後は二人とも黙ったまんまちょっと気まずい時間が流れる。

 何とも言えない時間にムズムズして視線をあっちこっちに動かしていると、ふとネイチャと目が合った。

 

「……っぷ!」

「……ふふ!」

 

 なんだか急におかしくなってきて、二人して噴き出す。

 それから声を上げて一緒に笑った。理由はよくわかんない。でも、なんかおかしかったから笑えた。

 ひとしきり笑った後、ふとネイチャが真面目な顔になった。

 

「テイオーみたいに行かないかもだけどさ。やっぱ、なりたいんだ。私もキラキラに」

 

 そう決意を口にしたネイチャの顔はとても綺麗で、なんだかちょっと見とれてしまった。

 

「……ちょっとー? あんまりそうやって見られると、恥ずかしいんだけどー?」

「えっ、あっごめ……いたぁ!?」

 

 ほんのり顔を赤くしたネイチャが頬を膨らませながらこっちに手を伸ばしたかと思ったら、おでこにぺちっとデコピンをされた。

 

「デコピンすることなくない!?」

「うっさい! て言うか、ツバサはどうなのよ?」

「どうって……何が?」

「何って、夢! アンタだってなんか夢があってトレセン学園来たんでしょ?」

 

 夢、か。そう言われて思い出すのは、トレセン学園に入学する前に地元を離れるときの事だ。

 

『私、最強になってくるから!』

 

 地元じゃ負けたことなんてなかった。だから、なんの疑いもなくそうなれるんだと、なってみせると見栄を張ってこっちに出てきた。

 でも、現実はこれだ。私よりもずっと速い娘がいる。きっとこれからもテイオーみたいなのと走ることになると思う。

 私は、私が思うほど特別じゃないかもしれない。今日みたいに負けること、これからもあるのかもしれない。

 だからもう、あの頃みたいに無邪気に『最強になる』なんて言えない。

 だけど、それでも!

 負けっぱなしなんて絶対に嫌。そりゃどんなウマ娘にも勝てるなんてもう思えないけど、でも一緒に走る以上誰にも1着は譲りたくない。

 私がわたしであるためにも、これだけは譲りたくない。

 そう思いながら拳を握りしめて、私は立ち上がる。顔を上げればもうたくさんの星が空に浮かんでいた。もう辺りは暗くなっている。

 

「私はね、ネイチャ」

「うん」

 

 見上げた空に輝く一際明るい星を真っ直ぐ見つめながら、小さく息を吸って私の夢を言葉にする。

 

「最強になりたい。誰にも前を走らせたくない」

「おお。大きく出たねー。行く道は険しいぞー?」

 

 そういってからかう様に──でも嫌味っぽさは全然感じない──笑って立ちあがったネイチャを肘で小突く。

 

「何言ってんの。ネイチャだって私と言ってることあんま変わらないじゃん」

「いや、流石に最強はちょっとネイチャさんには荷が重いかなって」

「じゃあ私ネイチャよりキラキラして目立っちゃおっかなー」

「あー! そういう意地悪なこと言う!?」

「あはは! それが嫌だったら私に負けなきゃいいんだよ」

「なっ……あー、もう。そういうの、私のキャラじゃないんだけどなぁ……」

 

 なんて困ったようにツインテールをイジるネイチャだけど、その目だけは鋭い光を宿している。

 なんだかんだ諦めてるようなことばっか言ってるけど、この子も結構な負けず嫌いだよね。そういうところが好きなんだけど。

 そんな事を考えてるとネイチャが小さくため息をついて、それからまっすぐ私の目を見つめてきた。

 

「次、同じレースに当たったらそん時は恨みっこなしだかんね!」

 

 明確な宣戦布告。私が夢見たライバルとのレース。

 それが出来ると分かって、無性に嬉しくなった。そうだ、勝つだけじゃない。

 私は、こういうことを夢見てここに来たんだ。

 でも、ライバルとレースするだけじゃ物足りない。やるからには絶対勝ちたい!

 だから、私はネイチャの目をまっすぐ見つめ返して答えた。

 

「もちろん! あ、でも勝つのは私だけどね」

「なにおう! 次のネイチャさんは一味違うぞー?」

 

 そういって腰に手を当てて顔を突き出すような格好をしたネイチャが唇をキュッと結ぶ。

 それに対して、私は腰に手を当てて胸をそらして見下ろすような格好をした。

 

「ふふん! テイオーに張り合った私は結構強いぞー?」

「でもアンタ最後一気に離されたじゃん」

「あー! それ気にしてるのに言っちゃう!?」

「自分でネタを振るからだよ。それに、私も末脚にはちょっとだけ自信あるんだよね。……うっかりしてると競り合う前に差し切っちゃうぞ?」

「ネイチャこそ、末脚で刺そうと足溜めすぎて気が付いたら追いつけないとかになっても知らないよ?」

 

 そんなくだらない言い争いをしていると、不意に屋上の入り口から咳払いが聞こえた。

 

「もう完全下校時間だぞ。いつまでそこで遊んでいる」

「げっ、エアグルーヴ副会長……」

「ずいぶんな挨拶だな、ソライロツバサ?」

 

 そこに居たのはキレイに切りそろえらえたボブカットヘアに紅いアイシャドウが特徴の美人なウマ娘。

 トレセン学園の生徒会で副会長を務めるエアグルーヴ先輩だった。

 この人には前に朝の自主練で遠くに行きすぎて帰ってこられなくなった挙句、先生に迎えに来てもらう羽目になった時こってり絞られた。

 それ以来、なぜか妙に目をつけられているというか……何でよ一回だけじゃん!

 

「次学園の教員を迎えに行かせるようなことがあれば、お前は朝練禁止だからな」

「人の心読まないでくれます!?」

「……顔に出ているんだ。全く、これ以上目をつけられたくなければ早く寮に戻れ」

 

 やれやれとため息をつかれるのはなんだか納得がいかないんだけども、これ以上目を付けられるのも嫌なので大人しく従うことにしよう。

 

「ネイチャ、帰ろっか」

「うん。そだね」

「まっすぐ帰れよ?」

 

 本当に大丈夫なんだろうな、と言いたげな視線でこちらを見てくるエアグルーヴ副会長にちょっとだけムッとして足を止める。

 

「言われなくてもまっすぐ帰りますー!」

 

 そう言うのと同時に副会長に向かてあっかんべーをしてから、ネイチャの手を引いて私は小走りで寮に向かって校舎を駆け抜けたのだった。

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