ネイチャにトレーナーが付いた。別に驚くようなことじゃないはずだ。
アタシは脇役だから、なんてどこか諦めたようなことを言う子だけど影で努力してたのは知ってる。
選抜レースでは3着だったって話だけど、それでもトレーナーと契約が出来たってことはきっとそれだけの何かがあったってことなんだと思う。
喜ぶべきこと、のはずだとは思う。親友がようやく夢のスタートラインに立てるんだから。
でも、それでも……。
「……私って、ヤなヤツだな」
ネイチャからトレーナーとの専属契約を結べたと教えてもらった時、私は驚いて大声を出しただけだった。
その後はなんて言えばいいかも分からなくて、契約したの? と聞き返すのが精いっぱいだったような気がする。
あれからいつの間にか放課後の時間になったけど、それまで自分がどうしてたかはよく覚えてない。
ただ、これからどうしたらいいんだろうって気持ちでいっぱいだった。
自主練とかはネイチャを誘ってやるつもりだったし、一人でやるなんてこれっぽっちも考えなかった。
朝は一人で走ってるけど、アレは体力づくりのランニングだ。誰かと一緒にやるようなものじゃない。
同室のフードゥルアルクはまだ本格化も来てなさそうだし、何より学級委員の仕事も忙しそうにしてる。
あの子に予定を合わせるのは私がつらいし、私の都合にあの子を付き合わせるのも違う気がしてる。
それに、私はあの時誰からも声を掛けられなかった。あのテイオーに負けたとはいえ、そこまでボロ負けした気はしないんだけどそれでも声はかかってない。
だけど、3着だったネイチャはトレーナーと契約が出来た。
何が違ったんだろう? 私になくて、テイオーやネイチャにはあったモノって何なんだろう。
私からすれば、ネイチャだってもう十分キラキラの一等星だ。それに引き換え、どのトレーナーから声を掛けられることもなかった私は大して輝きもしない星屑でしかない。
「ダメダメ。こんなこと考えてないで練習しなきゃ」
両手でほっぺをパチンと叩いて気合を入れる。
今がダメなら、明日は今日より強くならなきゃいけない。
脇役が主役になれないなんてことは、無いはず。いや、無かったとしてもやってやる。
私は『最強』になるって決めたから。こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
「よし、やるぞ」
そうだ、勝つんだ。ネイチャにも、テイオーにだって。
今度こそ、誰にも負けないように。
放課後の自主練を終えて部屋に戻ってくる。
ルームメイトのフードゥルアルクはいない。きっとご飯を食べているかお風呂かなんだろう。
ネイチャがトレーナーと契約を結んでからずっと心の中にあるモヤモヤを忘れたくて険しい坂道だったり、近くの神社の階段を駆け上がったりととにかくずっと動き回っていたからもうへとへとだ。
お小遣いで買った自分用のストップウォッチを机に放り投げて、ベッドに腰を下ろす。
ストレッチはしっかりやったけど、疲れすぎたのか体中がずっしりと重たくてこれ以上動く気になれない。
たまらずそのまま仰向けにベッドへ倒れこむ。もうそれなりに見慣れた部屋の天井には何もない。
まあ、寮生活なのに天井にポスターとか暗くなるとぼんやり光るシールみたいなのを張るわけにもいかないから当たり前なんだけども。
……私は、強くなれるかな。まだ次の選抜レースまでは時間がある。だからそれまでにいっぱい走って、筋トレして、勉強して……。
でも、その頃にはテイオーやネイチャはトレーナーに色々指導してもらえる。下手したらデビューして本物のレースを経験できる。
ただでさえ元々の才能で負けてるのに、出遅れスタートして追いつけるのかな。
このままじゃあ、またなんてことない平凡な人生を送ることになっちゃう。それは嫌だから、私は勉強とかも頑張ってトレセン学園まで来たっていうのに。
このままデビューもできないで大人になったら、私はどうやって生きたらいいんだろう。
そんなことを考えていたらなんだか眠たくなってきた。お風呂にも行ってないから絶対汗臭いし、夕飯も食べてない……。
分かってるんだけど、体は動かない。いや動きはするかもしれないけど、体に力を入れられないというか、体を動かすだけの気力がわいてこないというか。
ああ、でもシャワーくらいには……。なんてことを考えながら私はゆっくりと目を閉じた。
ふと、私は自分が澄み渡る青空がいっぱいに広がる草原に立っていることに気が付いた。
なんだか、前にこんな光景を見たような気がする。
そこで、私は目の前に女の人がいることに気が付いた。
女の人、と言ってもなんか真っ白なシルエットがこっちを向いて座っているのが見えてるだけだ。でも、何でか私はそれが女の人ってことが分かった。
そして、目の前の女の人はどこか心配そうな顔をしている気がした。
『焦らないで』
焦らないでいられるもんか。だってウマ娘のアスリート人生は何年あるか分からないんだから。
大体、私はみんなに最強になるって約束してきた。なのに、デビューもできないで地元になんて帰れない。
『…………』
私のそんな心の中でも覗いたのか、目の前の女の人は何かを言おうとして……でも結局何も言わないでうつむいてしまった。
大体、あなたはいったい誰なの。そう声に出そうとしたけど、不思議なことに口は動かない。
それどころか指一本動かない。前にもこんなことあったような気がする。
だけど、今は体が動かないっていうのこれ以上なく不愉快だった。
体の中で何かがぐつぐつ煮えくり返ってるみたいな感覚が広がって行って、それをどうにかしたくて体を動かしたくてたまらない。なのに、指一本すら全然動かせない。
何でこんなことになってるの! 私を放してよ!
そんなことを叫ぼうにも、それも出来ない。イライラして頭がどうにかなりそうだった。
頭に血が登ってきてるのか、なんだかクラクラしてきた。
そしてそのまま目の前が白くなっていく。だけど、この胸のぐつぐつは消えないままだった。
『……ごめんね。私があなたの――』
そうして、意識が遠のく中であの女の人小さく何かを呟いていたけれど、全部を聞き取る前に私の意識はぷっつりと途切れてしまった。