「いやー、やっとこうやってお話しできるね!」
ニコニコと笑顔を浮かべながら体を洗うトウカイテイオーの尻尾が左右にフリフリと揺れている。
私と話せるのが嬉しい、っていうのは本当らしい。私はあんまり嬉しくないけど。というか早く逃げ出したい。
「ここ最近ずっと探してたんだよー? でもタイミングが悪いのかいっつもキミいないからさー」
「それはまあ……ごめんね?」
ごめんとはあまり思ってないけど。実際避けてたわけじゃない……と思うし。
ただこっちから探し出して話しかけるような用事もないし、そんな余裕もなかった。
「まあでも今日会えてよかったよー。キミとは一回話をしてみたかったし」
私はそうでもないよ。正直気まずいんだよなあ!
選抜レースで負けた時の気持ちはそう簡単には消えてくれてない。
自分でも性格悪いと思ってるけど、あれから何度テイオーさえいなければと考えたことか。
そんなことを考える相手が今目の前にいる。頭ではただの逆ギレって分っていても、胸の中はぐつぐつと何かが煮えたぎったような感触が消えない。
「ん? どーしたの? なんか変な顔してるけど」
気が付けば、体を洗い終わったテイオーが湯船につま先を沈めてるところだった。
ハッとなって顔をそらした私の真横にテイオーが座る。もうちょっと距離取ってくれないかな?
「別に。なんでもない」
「当ててあげよーか? ボクに負けた時の悔しさ引きずってるでしょ」
「っ!」
返事はしない。でも、図星を突かれて明らかに顔をしかめてしまった。それが何よりの返事になっているとは思う。
なんなのコイツ。足も速いし心も読めるっていうのかな。
「あ、図星でしょ? ……良かったぁ」
「良かったって……何それ」
ほんっとに何なの!? 人が悔しがるさまを見るのが趣味な訳このチンチクリンは!?
思わずテイオーからなんて思われるかとかも頭からふっ飛んで思い切り隣の憎いこんちくしょうをにらみつける。
すると、テイオーは慌てたように顔の前で手を左右に振った。
「ああ! 違う違う! 誤解だってば!」
「何が!?」
「だから、勝ち負けに真剣になってくれる子だったっていうのが確認できたのが嬉しかったんだってば!」
テイオーの言葉に、思わずキョトンとする。
一体どういうことだろう、と首を傾げそうになる前にテイオーがほんの少しだけ寂しそうな顔をして話し始めた。
「キミも知ってると思うけど、ボクってテンサイでしょ? だから模擬レースとかこないだの選抜レースとかでも負けたことないんだ」
「ごめん、やっぱ一発ぶっていい?」
「何でよ! 事実じゃんか!」
事実だから余計ムカつくんでしょ! って言葉が前歯の裏側まで出かかったけど必死で飲み込む。
このままだと話が進まないだろうし。
「……続けていいよ」
「もー、ビックリさせないでよね。……それでさ、最初の一、二回目はそうでもなかったんだけど入学して半年も経ったらさ。変わってきたんだよね」
「変わったって、何が?」
「ボクと一緒に模擬レース走った子達の態度だよ。だんだん皆『テイオー相手じゃ二着でも仕方ないよね』って笑うようになってきたんだ」
その言葉を聞いて、私はあの選抜レースの日を思い出す。
確かにあの日、そういう感じのことを言ってたウマ娘がいた。だからあの後、あんなにも悔しい思いをした自分が変なのかって悩む羽目にもなったんだっけ。
そんなことを思い出す私をよそにテイオーが続きを話す。
「ボクの目標はカイチョーだから、正直そんなこと言う子達なんて相手する暇もないんだけどさ。……でもやっぱり、そういう子達と走っても楽しくないなって」
最後の言葉は誰に言うでもない、ポツリと溢した独り言みたいなものだった。
それでも、私たち以外にいないお風呂にその言葉は大きく響き渡った。
声は小さくても、テイオーの心の底からの言葉っていうのがなんとなく分かったような気する。
「だからさ!」
ちょっとしんみりした雰囲気を振り払うようにテイオーが私の方に笑顔を向けた。
「あの選抜レースの最終直線でボクに競ってきてくれたの、すごく嬉しかったんだ!」
ああもう。なんて綺麗な笑い方するのさ。
目の前にいるのは最高のパフォーマンスの私を完璧に打ち負かした憎い位の相手なのに。
「それに、ボクが前に出た後でもう一回並ばれたのは本当にヒヤッとしたんだよ?」
そう言いながらバッチリ一着取ってったアンタのせいで、この数日はどうしたらいいかもわからないくらい頭グチャグチャになってたって言ってもいいのに。
「でもあの時のキミの必死な顔を見て、ビックリしたし嬉しかった。まだボクと本気でやってくれる子がここにもいたんだって」
ズルいじゃん。そんないい笑顔でそんなこと言われちゃったら、なんかもう怒れないよ。
それにいつもよりも力が出たのは私だって一緒だったんだし。
「だからまた走ろう! って言いたかったのに、キミは寮にいないしさー!」
そういってほっぺたを膨らませるテイオーから、そっと目をそらす。
気まずいわけじゃない。ただ、ちょっと喉がキュッと締まるような感覚がして、目がぼやけて来ただけ。
「あれ? どうしたの? ボク、なんか変なこと言っちゃった!?」
「うっさいバカテイオー。なんでもないったら」
「バカ!? バカって言った今!? このサイキョームテキのトウカイテイオー様に向かってバカって言った!?」
ちょっと待って。聞き捨てならないぞそれは。最強は私のものだし!
テイオーの言葉に反射的に彼女の方を振り向いて私も声を張り上げる。
「はああ? 最強は私のものですけど!?」
「ふん! そういうのはボクに一度でも勝ってから言ったら?」
「ぐっ……!」
くっそぉ。それを言われたら何も言い返せない。
あ、テイオーが勝負に勝ったみたいなドヤ顔して胸張ってる。すっごいムカつく……!
と、そこで私は一つ名案を思い付いた。
「テイオー、勝負しよ」
「勝負?」
「そう。これからグラウンドで2000m一本勝負」
私の言葉にテイオーはちょっと嫌そうな顔をした。
「今ボクお風呂入ってるんだけど。走ったらまた入りなおさなきゃいけないじゃん」
「また入ればいいじゃん」
汗をかいたら体を洗えばいい。それに、今じゃないとまた予定合わせなきゃいけないし。
でも、テイオーはまだちょっと嫌そうな雰囲気を出していた。
「大体、門限はもうとっくに過ぎてるよ」
「バレなきゃ問題ないじゃん」
「バレたらどうすんのさ」
「反省文テキトーに書けばいいよ。……それとも、サイキョームテキのトウカイテイオー様は負けるのが怖いの?」
分かりやすい挑発だと自分でも思う。でも、テイオーならきっと乗ってくれると思った。
そして、予想通りテイオーはムッとした顔をする。
「……そこまで言うならいいよ! どっちが速いか、ターフの上でハッキリさせてあげるから!」
よし、乗ってきた! 後はさっさとお風呂を出てグラウンドに向かわないと。
就寝時間までには戻らないと、寮長がドアと窓の戸締りをしっかりやるって聞いたことがあるから帰れなくなる。
善は急げとばかりに私達は勢いよく湯船から上がって脱衣所への扉に向かって早歩きする。
「いい? ここからは時間との勝負だからね!」
「分かってるって! ま、もう一回ここに来るときに笑ってるのはボクだけどね!」
「言ってなよ。次にベソかくのはソッチの方だけどね」
そんなことを言いながら体を拭いて、脱衣所への扉を開く。
「ふふ、なんだか楽しそうなことを話してるねポニーちゃん達?」
けれど、そこにはいい笑顔を浮かべたフジキセキ寮長が立っていた。
「あっ、寮長……コンバンワ」
「うん。こんばんはソライロツバサ。それにトウカイテイオーも」
まずい。さっきの話聞かれてたかな……。聞かれてなかったら何とか誤魔化せば……。
「門限はもう過ぎてるんだから、今日はおとなしく部屋に戻るんだよ?」
ヤバい。バレてる。
「や、やだなあ。そんなこれから外に出るわけないじゃないですかー」
「そう? 2000m一本勝負とか聞こえてきた気がするけど、気のせいだったかな?」
うわあ! 全部聞かれてる!!
と、とにかく何とか誤魔化さないと。
「そ、そうですよ! 気のせいですって! ね、テイオー!」
とりあえずテイオーにも助太刀してもらおうと、隣にいるはずのテイオーの方へ顔を向ければそこには誰もいない。
あれ、と思って辺りを見回せばいつの間にかテイオーはいそいそと着替え始めていた。
「ちょっと! 何一人で着替えてんの!?」
「
すがすがしい位の棒読みじゃんか! 裏切ったなテイオー!
「まあまあ。未遂だから見逃してあげるし、ポニーちゃんも早く服を着ないと。風邪をひいちゃうよ?」
「へっくち!」
寮長に言われた瞬間くしゃみが出た。確かに、これは早く服着ないと。風邪でも引いたら大変だ。
いそいそと自分の服を突っ込んだ籠の前に立って服を着る。
最低限の服を着てから、一旦髪を乾かしたり化粧水とか保湿クリームを塗ったりのスキンケアも忘れずにやった。
ちなみにそんなことをしてる間にテイオーは「お先にー」と言ってさっさと部屋に戻っちゃった。薄情なやつめ。
それでもやることをやり終えてから最後にジャージを着てようやく脱衣所を出ようとした時、不意に寮長に声を掛けられた。
「大分スッキリしたみたいだね」
「え……」
驚いて振り向けばいつものいたずらっぽい笑顔とは違った、優しい笑顔を浮かべた寮長が私のことを見ていた。
「この数日、ずっと様子がおかしいってフードゥルアルクから聞いてたんだ」
「それは……」
まあ、ルームメイトじゃなくても分かってたかもしれない。
テイオーに選抜レースで負けて、ネイチャにトレーナーが付いたって分ってからは自分でも分かるくらいしんどかったから。
「大丈夫、きっとキミは強くなるよ」
「……でも、私まだトレーナー付いてません。このままじゃテイオーにどんどん差をつけられて……」
そうだ。現実問題、私にはまだトレーナーがいない。
トレーナーがいるかいないかは、それだけで実力に大きな差が出るのはこの学園の生徒なら誰だって知ってる。
そもそも、トレーナーがいないとデビューもできないわけだし。
でも、次にスカウトが受けられるとすれば夏の選抜レースでキッチリ勝つしかない。
それまでの三か月、教官のトレーニングと自主練だけでテイオー達に追いつけるのかな。
いや、それは無理だ。だって、そうだとしたら担当トレーナーの意味がなくなるし。
「すぐに見つかるよ。夏まで待たなくてもね」
そんな私の悩みを見抜いたかのように、寮長がくすりと笑いながら私の頭に手を置いてくる。
なんだか子ども扱いされてるみたいで嫌だったけど、あからさまに振り払うのもなんだか気が進まなくてされるがままになる。
「心配しなくても大丈夫。だってキミは"あの"期待の新星トウカイテイオーに追い比べを仕掛けて、一瞬でも並びなおしたウマ娘なんだから」
「……でも負けました」
「結果だけを見ればそうだね。でも、この学園のトレーナーはそれだけを見てるわけじゃない」
期待、してもいいのかな。明日あたりに学園内をフラッと歩いてたら、スカウトされるなんて夢みたいなこと。
「選抜レースって大一番で有力バと言われたテイオーに食らいつけるウマ娘なんて、それだけで将来性抜群だと思うよ?」
そうかな。そうだといいな。
そんなことを考えながら、私は寮長を見上げる。
「私、テイオーに勝てると思いますか」
「キミが勝ちたい、勝てると強く信じ続けられたなら。そうしたら、奇跡は起こるんじゃないかな」
私の問いかけに寮長は軽くウィンクしてそう答えてくれた。
うん。とりあえず、明日からまた頑張ろう。
そう思ってギュッとこぶしを握り締める。
「寮長、ありがとうございました」
「ポニーちゃんが元気になれたのなら、何よりだよ」
そう言って微笑んだ寮長が私の頭から手をどける。
それを合図に、私は自分の部屋へ向かって歩き出した。
とりあえず、明日の朝はどこを走ろうかな。そんなことを考えながら。
「あ、分かってると思うけど、キミは今週いっぱい朝の自主練禁止だからね?」
後ろから響いた寮長の言葉に、私は静かにその場に崩れ落ちた。