「なぁーんーでーよぉーー……ねいちゃぁぁー……」
「ツバサ、そこアタシの席なんだけど」
アタシは朝一番から顔を引き釣らせていた。
何故か友達のソライロツバサがアタシの机に突っ伏していたからだ。
大体、この子は隣のクラスだったはずなのになんで、と考えてすぐにその理由に思い当たる。
この子、数日前に朝の自主練をしすぎて遅刻したせいで朝練禁止されてるんだった。
ちなみに自主練のせいで遅刻したのは今回ので進級してから通算3回目。
まだ4月も折り返しに入った位なのにそんなにやらかしてたらそりゃ禁止にもされるよね。
「朝走らないとスッキリしないぃぃー……退屈なんだよぉぉ……」
「だからってアタシの席占領しないでくれませんかね……」
「ウマ娘が走るのはもはや本能なんだよ??? 世の動物達だって本能のままに生きてるじゃんー」
「アタシらは一応ヒトなんだから理性もあるでしょ」
とりあえず机の横にスクールバックをかけてからツバサをどかそうと肩を押した。……動かない。
ちょっと力を込めてもう一度押してみる。動かない。
「いや、どいてよ」
「やだ。私のこの悲しみがなくなるまでどかない」
「いつまでかかるのさソレ……」
知らなーい、とこの仕方がない友人は突っ伏したまま隣に立つ私を横目で見上げる。
構えと言わんばかりの目をされても困る。大体、朝のホームルームまでもう時間がない。
「ていうか、早く戻らないとホームルーム始まっちゃうでしょ。これ以上遅刻したらまずいんじゃないの?」
「ホームルームまで後10分。隣の教室までは1分で行けるからあと9分は大丈夫」
何が大丈夫なのさ、と言ったところで聞く子じゃないのでため息をついてほっぺをムニムニしてやることにする。
うにゃーと気の抜けた声を出しながらも、そこまで嫌そうにしないので本当に構ってほしいだけらしい。
「あ、ネイチャにツバサじゃん。なにやってんのー?」
「げっ、テイオー……」
ツバサの隣に立ってほっぺをムニムニしていると、キラキラ主人公もといテイオーが教室に入ってきた。
途端にツバサの顔がピキッと強張る。
どうも、ツバサは選抜レースでテイオーに負けてからこの子に苦手意識を持っているみたいだった。
一方のテイオーと言えば、カケラもそんな気配を感じさせずにいつも通り自信に満ち溢れた表情で近寄って来る。
「おやおやー? サイキョームテキのトウカイテイオー様にする挨拶にしてはずいぶん個性的じゃん」
「うっさいバカテイオー。あと、最強は私だってば」
「なにおう!? そーゆーのは一回でもボクに勝ってから行ってよね!」
「次の模擬レースは私が勝つし! その時になって後悔しても遅いんだからね!」
イーッ!と歯を剥き出しにして威嚇をするツバサとひょっとこみたいに口を尖らせて翼をにらむテイオー。
それはまるで仲の悪いネコ同士が威嚇をしあっているかのような光景だった。
「アンタ達、意外と仲いいじゃん」
「「どこが!?」」
私の言葉に全く同じタイミングで振り向いてくるところとかだよ、とは言わなかった。
見てて面白いけど、そろそろ本当にホームルームが始まる。ツバサには席をどいてもらわなきゃいけない。
「ほら、テイオーも一回席に戻んなー。あとツバサはいい加減自分の教室に帰りなさい」
ツバサの方を掴んで無理やり立たせる。ツバサは相変わらずブーブー言ってたけど、全部無視して隣の教室まで背中を押して放り込んできた。
そうして誰もいなくなった自分の席に座ると、なんだかどっと疲れが来た。何が悲しくて朝からこんなに疲れなきゃいけないんだか……
「うんうん。まるでおねーちゃんみたいだね、ネイチャ。よ、ナイスネーチャン!」
「ナイスネイチャだ!」
最後の最後でとどめを刺してきたテイオーのせいで、余計に疲れた……
私のやる気が少しだけ下がった。体力はごっそり減った。
朝の自主練禁止、っていうのは正直なところかなりきつい。
トレセンに入る前からずっと朝起きてすぐに走っていたから、その習慣がなくなるっていうのはそれだけで違和感がすごいのだ。
それに、純粋に実力が付くどころか維持すらできなくなるかもしれないと思うと不安で仕方がない。
……まあ、4月になって半分くらいで3回も遅刻した私が悪いんだけど。
そんなわけで、どうにもモヤモヤした気持ちを抱えながら午後になった。
今日の午後は4コマ目がレース座学、5,6コマ目が基礎トレーニングだ。今は、5コマ目のペース走の真っ最中。
勉強はあんまり得意じゃない。さっき授業が終わったところだったけど、うつらうつらしてて正直記憶はあいまいだ。
三女神様のおまけか、前世の人間の時の頭の出来具合がちょっとだけソライロツバサになってからも引き継がれているみたいで、気合が入れば割と知識もすらすら入るんだけどね。
それはそれとして、やっぱりちょっと眠たくなる。
……そういえば、ネイチャはトレーナー付いたって言ってたけどテイオーはどうなんだろう。
まあ、テイオーのことだからいいトレーナーが付いたのは間違いないんだろうけどさ。
だって、選抜レースの日テイオーの周りにはあんなにもたくさんのトレーナーがいたんだから。
きっと、あの中にはG1ウマ娘を何人も出したすごいトレーナーだっていたに違いない。
「ソライロツバサさん! ペースを上げすぎですよ!」
「ハッ、ハイ!?」
不意にメガホン越しの教官の声が耳に突き刺さってきて我に返る。
慌てて辺りを見渡せば、一緒にペース走をやっていたはずのクラスメイト達から一人だけ私が飛び出していた。
やっちゃった、と思いながらペースを落として皆を待つ。
「どうしたのー?」
「そんなに急いでもすぐには終わんないよー」
一緒に走ってるクラスメイト達がカラカラと笑うのに合わせて、私も笑う。
でも、心の中では笑えなかった。
フジ寮長はすぐに私にもトレーナーが見つかるって言ってくれたけど、本当なのかな。
もしかしたら、トレーナーバッジを持ってる人を見つけて逆スカウトとかやった方がいいのかもしれない。
でも、それで誰にも見向きもされなかったら……?
そうしたら、私はどうしたらいいんだろう。
「そういえばさー、聞いた?」
「えー、なになに?」
「放課後、テイオーとシンボリルドルフ会長が模擬レースするんだって!」
「えー!? それマジ? 授業終わった後からでも場所取れるかなー?」
耳に飛び込んできたのはそんな他のグループのウマ娘たちのおしゃべり。
だけど、その内容は私の心を大きく揺さぶるのには十分な内容だった。
テイオーと、あのシンボリルドルフ会長が模擬レース。
期待の新星と、名実ともに最強の皇帝の直接対決。
見逃すなんてありえない。
ううん。違う。私もそこに混ざりたい。そして勝ちたい。
分かってる。ルドルフ会長はもちろん、テイオーにだって多分勝てない。
でも、だから諦める? あの日、選抜レースで3着以降になった子達みたいにどうせ勝てないって言って?
ふざけんな。
私は最強に――レースで勝つために
別にその模擬レースに勝ったとしても、それで私が最強になれるわけじゃない。
ただ、その模擬レースで一番速かったウマ娘。そう次の日くらいまで騒がれるくらいで終わる。そうだとしても。
どうやってテイオーとルドルフ会長の模擬レースに混ぜてもらえるかで私の頭の中は一杯になっていた。