今日は待ちに待った中間テストの日、生徒の顔は主に二種類に別れていた。一方はやる気に満ち溢れた顔、そしてもう一方は目の下にどっぷりと隈を作っている顔だ。恐らく前者は真面目な勉強、後者は一夜漬けだろう。
数名一夜漬けのし過ぎか真っ青な顔の奴、過去問と見つめあって離れない奴もいるようだが複数いるし寝落ちの線は薄そうだ。俺は心の中で舌打ちをする。
「欠席者はなし、全員揃っているようだな。調子はどうだ?平田?」
不敵な笑みを浮かべるある種挑発とも取れる茶柱先生の問いかけ。俺としては虐めを容認する奴を先生と呼ぶのはどうかと思うが…ともかく茶柱はいつものような事務的な視線で問いかける。9割程度の生徒が茶柱の方を見る中、数名は未だに過去問から顔が離れていない。が、流石に焦りすぎな気もする。
「そうですね。このクラスで赤点を取る生徒はいません」
平田が自信満々に答える。
「そうか。私にはとてもそんな風には見えないがな、もし、今回の中間テストと7月に実施される期末テスト。この二つで誰1人赤点を取らなかったら、全員夏休みに豪華客船で常夏の島にバカンスに連れてってやる」
少し満足そうに答える茶柱先生、目線が過去問と未だ睨めっこしている生徒の方を向く。彼らは未だ過去問から目を外そうとしない。
このバカンスというのは無人島試験と干支試験の事だ。まぁ実際豪華客船で遊びは出来たはずだが…そう言えば来年も同じ無人島を使ってた気がする。
「バカンス! 水着! ひと夏の経験! 皆、やってやろうぜ!!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
池の台詞にクラスメイトの咆哮が続く。振り向くと綾小路も叫んでいた。あいつも健全な男子高校生だったんだな。逆に女子はだいたい引いていた。櫛田と平田がなんとも言えない顔をしながら手を上げてる。クラスの中心はいつも大変そうだ。
茶柱の試験開始の合図がクラス中に響き渡る。誰かに取っては冷徹さや焦りをも感じるであろう合図。しかし過去問を手に入れた俺達には縁のない事だろう。須藤もイキイキしてるしな。
合図で暮らす中が一斉に問題用紙、解答用紙を表にする。
まずやるべきことは解答用紙の記入欄に自身のクラス、出席番号名前を書くこと。もし満点を取っても、名前の記載が無ければ採点されないからだ。そして流石に中間テストだからか落書きはなさそうである。
シャープペンシルが紙の上を走る音を聞きながら、オレは問題に目を通した。本当に過去問と合っているか、万が一違っていても何とかなるだろうが、原作知識とのズレも有り得る。
何よりその有無の差で、一般生徒は兎も角として、赤点候補組の未来が決まるといっても過言ではない。
全ての問題が過去問と一致している。この分だと残念ながら退学者は出ず、高い平均点となりそうだ。
カンニングを疑われない程度にさり気なくを装って教室内を見渡すが、見たところシャープペンシルを止めている生徒は居なかった。須藤、池、平田そして阿保木。誰もが真剣極まる表情で問題用紙と睨めっこして、時には笑顔を見せる。
山内だけは顔が真っ青だが、まぁ恐らく取らないだろう。
恐らく解答を忘れてしまったが、自力で思い出すことに成功したのだろう。彼らの努力が実っている証でもあり、また指導した堀北の凄さが伝わるな。
二時限目は国語、三時限目は理科が続き、現在は四時限目の数学だ。
数学に関してはほぼほぼ実力となるが、過去問を入手していたオレたちの敵ではなかった。
昼休みに入る。四十五分の昼休み、生徒たちは昼食を教室で済ませ、復習を油断なくして最後の教科である英語に対応出来るようにしていた。
堀北の周りにも須藤や池たちが集まり、最後の授業が開かれている。それにしても山内の顔だけは最後まで真っ青だな。流石にあのバカみたいなラブレターに引っかかる事は無いだろうし腹痛だろうか。
「山内、お前顔青いけど大丈夫か?」
心配そうに須藤が山内に尋ねる、本来自分も赤点組で余裕が無いはずなのだが…余程過去問を暗記してきたのかそれともバカなだけなのか、友達思いなのかは知らないが時間を有効活用出来ていないと思う。
「だ、だ、大丈夫だろ、かか、過去問もやったしな。」
明らかに大丈夫じゃない物言いで山内は返事をする。よく見れば腕を怪我しているが腹痛か、それとももしかして寝落ちしたのか…それともラブレターにマジで引っかかったか…ラブレターはさすがにないか…
「本当に大丈夫か?まぁ自信持てよ。」
「大丈夫だよ山内君、赤点なんかクラスから出ないよ。それじゃあ僕たちも始めるとしようか。まずだけど、配点が多い所を狙っていって…」
「で、出ないってどうして言い切れるんだよ!」
平田の声を遮り急に山内が怒鳴り出す。クラスメイトがギョッとして山内の方を見る。
「どうしたの山内君、落ち着いて、私達があれだけ勉強を教えたのだし大丈夫な筈よ。過去問もやったのなら尚更ね。何よりも落ち着いてテストを受ける事が大事だわ。」
真っ青な顔の山内を落ち着いた声で堀北が宥める。それにしても堀北も変わったもんだな。イベント無かったのに。
「か、か、過去問なら見たし?俺英語得意だから余裕だぜ…寛治、健、お前らとは俺は違うんだよな、天才だからさ。」
顔が真っ青になったかと思えば急に真っ赤になって挑発を始める山内、こいつ過去問寝落ちしたな。
「あ?」
矢張りと言うべきか短期は治ってないらしく須藤がドスをきかせる。クラス中の視線が散るが、一瞬、またすぐに山内達に戻る。
「どうしたんだよ春樹、自信持てって、このテストが終わったら櫛田ちゃん宛にラブレターでも一緒に送ろうぜ。」
宥めるように池が言う。櫛田は恐ろしく苦笑いだが。
「ら、ら、ラブレター…あんなものさえなけりゃ今頃、ちくしょう、あんな手紙、あんなふざけた手紙で、あんなふざけた手紙で〜〜〜〜!!」
山内は顔を真っ赤にして机にアームハンマーをキメる、クラス中もさすがにドン引きらしく引いている、俺が虐め喰らった時もそれぐらいの反応が欲しかったよ。
「貴方、もしかして英語の過去問をやって無いの?ラブレターとはどういう事?説明して!」
堀北の催促を承け、顔が真っ青になり出した山内が説明を始める。
「昨日、なんかラブレター入ってて、見たら特別棟に行けって言われたから行ったんだよ。そしたら誰も居なくてさ、とんだスカ食らっちまって、凹んで帰ったらそのまま寝落ちしちまって、英語だけなんだよやってないのは、誰か助けてくれよ、なぁ、おい!」
説明を追うごとに真っ青な顔はどんどん真っ赤になって行き、しまいには恫喝気味になっている。
「一回落ち着いて頂戴、貴方が冷静にならないと取れる点も取れないわ、皆聞いて、山内君の為に英語のテストの点を下げてほしいの、勿論皆が退学しないようにしながらよ。」
堀北は皆に訴えかけるが、先程の山内の態度を見て助けようとするやつは恐らく少ないだろう。
「た、助けろよなお前ら!」
山内が火に油を注ぐ、もうこいつはダメだろう。
「ラブレター云々はともかくとしても、山内が寝落ちしたのは山内の責任だ。そのために自分の点やAクラスに追いつく可能性を消すなんてのは言語道断だろう。それに山内はウソを着くことしか能がない突出した才能のない人間だ。助ける価値を感じない。」
メガネをクイッと上げながら幸村が言う。学年トップクラスの彼からしてみれば正しくその通りだろう。
「フッフッフッ…私もガリ勉ボーイの言う通りだと思うねぇ…君はここで退学しておいた方がいいんじゃないかなぁ?」
そして続くような高円寺の援護射撃、クラス中も静まり返るが似たような事を思っているだろう。
「おい……高円寺…ちょっと黙れよ…」
それは誰の声だったのか、発した主とその本人のイメージの違いか、それとも信じられない出来事だったのか、原作知識で予習している俺ですら一瞬自分の目を疑ったのだからクラスメイトからしたら夢でも見ているようにしか思えないだろう。流石の高円寺も二度見している。
「おい、いいかお前ら、山内を退学になんかさせない、させる訳にはいかない。もう二度とあんな事を繰り返す訳には行かないんだ。いいか、お前ら、二度は言わない、山内の為に点数を下げろ、退学しない範囲でいいが下げろ、いいな。」
その声の主は平田だった。後ろから放たれる黒いオーラ、焦点が何処にも合わないが何かに憤りを感じているような視線、言葉の節々から感じる圧や汚い言葉遣い、彼を知る人物がこれを見たら平田だと信じられるだろうか、いや信じられる者はいないだろう。
クラスを一ヶ月支えてきた男の崩壊、その崩壊を導いたのは俺への虐めか、俺が冤罪で合った事なのか、山内の退学の危機か、仕組まれたラブレターを送った主についてか、山内を助けようとしないクラスか、虐めを見て見ぬふりをした自分自身へか、或いはそれら、その全てにか、それともそれ以外か、あらゆるものが彼を傷付け、苦しめた結果なのだろうか。
彼はそれだけ言うと席につき、再び過去問と向き合い始めた。大半の生徒が彼に怯え、彼の真似をするように過去問と向き合い始めた。
「貴方は私と櫛田さんで教えるわ。申し訳ないけど須藤君、池君は自分で勉強して頂戴。」
堀北は山内を心から救うつもりらしい。
山内に教えている堀北と櫛田以外は時間ギリギリまで復習をして、オレたちは最後のテストに臨んだ。
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テスト終了後、平田は何やらブツブツと言いながら帰って行き、山内は青ざめながら帰っていった。2人とも目の焦点が合っていなかった。
堀北が山内を止めようとするが、須藤が近づいてきた事によって阻まれる。
堀北は怪訝そうな目を須藤に向ける。
すると、須藤が堀北達の方を向いて。
「堀下に綾小路に櫛田……この2週間、ありがとな。お前たちのおかげで、何とかなったと思う。」
そう言って、平田たちに頭を下げる須藤。
綾小路はどうやらそっちは原作通り何とかしたらしい。しか堀北イベントだけが起きてないというのにどうやって上手いこと堀北を説得させ、須藤を成長させたのだろうか。俺には無理だろう。
それにしても本当に見違えるほどこの2週間で成長したな。まぁ、根本的な暴力的且つ短期的という致命的な部分は何も治ってないみたいだが……
須藤からお礼を言われ、堀北は須藤の方に顔を向け、
「顔を上げて、須藤君。私は、須藤君に一つ訂正しておかなければならないことがあるの」
「訂正?」
「私は、貴方にバスケットのプロを目指すのは愚か者のすることだと言った。でも、あれから調べてみたらそれがどれだけ茨の道であるかが分かった。でも……それでも、貴方が情熱を注いでいる……バスケットのプロになる夢を、何も知らなかった私がバカにしていい権利なんてなかった」
普段の様子ではあるが、一つ一つ丁寧に、堀北は言葉を発していく。ここも原作通りらしいが、それを謝れるだけの判断力が着いたなら俺の虐めの件も何とかして欲しいものだ。
「須藤君。貴方は間違いなく、この2週間で成長したわ。人間的にも精神的にも。この2週間で培った努力や頑張りを忘れずに、バスケットに活かしてほしい。そうすれば、貴方の夢は叶うかもしれない……少なくとも私はそう感じたわ」
そうして、ゆっくりと堀北は頭を下げる。しかし俺は思う、成長をしようと過去に冒した過ちは消えない。罪には罰を、咎には刑をという事である。それ相応の処罰は受けるべきだろう。いつの日か彼にも過去の行いを後悔出来る日が来るだろうか、来ない気がする。
「あの時はごめんなさい。……愚か者は私の方だったわね。言いたかったことはそれだけだから……それじゃ」
そう謝罪の言葉を残し堀北は教室を後にした。
俺の虐めへの謝罪は一切無かったが、愚か者という自己認識だけは合っているだろう。
平田も須藤もも、綾小路も櫛田も驚いていた。
それだけ、須藤の頑張りを堀北が認めたってことだろう。
「良かったな、須藤」
「あぁ……本当に、良かったぜ」
そう言った須藤の表情は、一皮むけた表情をしていて、堀北の言った通り、一つ成長したのだろう。そう感じさせる表情だった。
それは、今まで見た須藤の中で何よりも誇らしげな笑顔だった。
そしてその会話が終わる後、綾小路は何処かへ走っていったが追いかける気力もないので俺は寮に帰るのだった。
Dクラスを
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許すな!
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許してあげよう