土日を挟んだ月曜日。朝のSHR。
チャイムと同時に教室にへと足を踏み入れた茶柱先生は、驚いたように生徒を見回す。それもそのはず、室内には緊張した空気が余すことなく蔓延していたからだ。特に山内なんか顔が青ざめている。
今日は中間テストの結果発表が聞かされると告知されていたため、オレを含めた全一年生は固唾を呑んでいる。
「先生。今日結果発表が行われると伺っていますが、それはいつでしょうか?」
「おいおい、どうした平田。お前だったらあれくらいのテストは余裕なはずだ。違うか?」
「……良いから答えて下さい」
「喜べ、今からだ。放課後のSHRでは手続きが間に合わないからなあ」
訪れる沈黙。
茶柱先生はわざとらしく一度真意の読めない笑みを浮かべてから、ゆっくりと口を動かす。
手続き、という言葉に敏感に反応する一部の生徒。
言わずもがな、赤点候補組。
池や須藤は神頼みなのか手を合わせ、堀北は不安そうに身動ぎし、そして一番の退学候補である山内は…真っ青を通り越して真っ白な顔に焦点の合わない何かに怯えた目で茶柱先生を見る。
それは、本来原作通りなら10巻で見せるはずだった目に似ていた。
Dクラス担任の茶柱先生は大きな白い紙を五枚、ホワイトボードに張り出した。
生徒の名前と点数の一覧が載せられた大きな白い紙がホワイトボードに貼られ、オレたちは凝視する。
「正直なところ、私は感心している。国語、数学、並びに社会では同率一位……つまり、満点が十五人以上居た。平均点も小テストの時から大幅に上昇している。」
英、国、数、理、社。それぞれの教科の一人一人の点数が表示されている。
各教科、一番上には100点の文字がずらりと並ぶ。その光景に、生徒たちは歓喜の声をあげる。
しかし生徒らにとって最も重要なのは寝落ちした山内についてだけだった。生徒の中にはどうでもいいと思っているものもいるだろうが、平田は祈るような目でホワイトボードに貼られた紙を見る。
池が盛大な音を立てて席から立ち上がり、必死な表情で彼女に問い詰める。
「先生、そんなことより赤点者は!? 赤点者は居るんですか!?」
池の焦った声が響く。自分の為か、須藤のためか、或いは山内の為か、興味本位か、だが恐らく全ての生徒が気にしているであろう事。
「まぁ落ち着け池、少なくともお前は退学じゃない。」
含みのある言い方で返事をする茶柱先生。お前「は」という事は他の誰かは退学ということだ。
「皆テストご苦労だった。お前らが健闘したことは純粋に賞賛に値する。ただし……」
言うなり茶柱赤ペンを取り出し、英語の成績が書かれた枠の中にある山内の名前の上に線を引いた。
「山内…お前は退学だ。」
茶柱の無慈悲な言葉が教室に響く。瞬間、さっきまでのお祭り騒ぎは一切無くなった。
「は?なんでだよ…おかしいだろ!俺が退学?な訳ないだろ!」
山内は真っ青な顔から一転、怒りを露わにし真っ赤になる。。
「お前は赤点を取った。今日で退学だ」
「嘘つくんじゃねぇ!赤点は32点だって言ってたじゃねぇか!」
怒りのあまり敬語を使わなくなり、今にも胸ぐらを掴みそうな勢いの山内。須藤が止めているから何とかなっているのが現状、だが、それに対して茶柱先生は冷静だ。慣れているのかもしれない。
「それは小テストの話だ。赤点の基準はテストごとに変わる。その算出方法を教えてやろう」
すると、茶柱先生は黒板に何やら書き始める。
78.8÷2=39.4
「赤点ラインは平均点を2で割った値だ。小数点以下は四捨五入する。今回のDクラスの英語の平均点は78.8。よって英語は39点未満で、赤点を取り退学となる、。須藤の英語については41点だからギリギリセーフという事になるが、山内は英語は36点なので4点足りないという事になる。」
茶柱の冷徹な言葉が教室に響く。大丈夫だと思っていた須藤は赤点ギリギリであった事実を知り冷や汗を流しながら、安堵の息を吐いていた。
そんな中、山内は現実を認識出来ずにいた。
「何でだよ!俺は天才だぞ!何でも出来る!俺を退学にするなんてばかけてる!そもそも偽物のラブレターさえなけりゃこんな事には…」
「そういえばちゃんと勉強していたとでも言うのか?おかしな話だ。赤点の基準がわからなくても自分が赤点と言われたら真面目に勉強するのが普通だ」
「俺は悪くねぇ、俺は悪くねぇんだ!さっさと退学を取り消せ!納得いかねぇぞこんなん!」
三度、山内は激高する。一歩間違えたら恫喝と取られても仕方ないレベル。クラス中は同情の目線とドン引きの視線に包まれている。高円寺だけは優雅に髪のセットをしているが大半は山内の方に視線が行っている。
「お前が納得しようがしまいが退学は決定した。放課後退学届を提出してもらうことになるが、その際には保護者も同伴する必要があるから、私から連絡しておく」
淡々と山内に報告する茶柱の言葉が、事実として教室内に浸透していく。こんな時にも常に担任は冷静である。
「せ、先生、待ってください。本当に山内くんは退学なんですか?救済措置はないんでしょうか?」
「ない。これはルールだ。赤点を取れば退学になる。それは変わらない。現状山内は赤点だからこのままでは退学だろうな。諦めろ。」
「では、山内くんの解答用紙を見せてください」
「構わんが、採点ミスはないからな。」
抗議が出ることを予め予想してか、茶柱は山内の解答用紙だけを持ってきていたようだ。櫛田に解答用紙を渡す。
櫛田がそれを確認するが少ししてから暗い表情を見せながら、言う。
「採点ミスは……ない」
「納得できたか?山内の赤点は今のところ絶対だ」
茶柱は山内に改めて事実を突きつける。
「な、なんでだよ、あんなラブレターさえなけりゃ、階段から落ちた時に出来たこの怪我さえなけりゃ、お前らがもっと英語の点を下げてれば、次のテストで良い点を取れば…」
「赤点を取った以上、次はない」
「待ってください茶柱先生」
山内の懇願を茶柱は一蹴すると、堀北が手を挙げる。
「今度は堀北か。何だ?」
「今回の中間試験において茶柱先生はテスト範囲の変更について私達に報告を怠っていました。それにより山内君が赤点を取ったとなると先生にも責任の一端はあると思います」
「だから山内の退学を撤回しろと?しかし他の生徒はテスト範囲が変わっても高得点を取っている。それにテスト範囲が変わったと言っても授業で習ってない範囲は一切出していない。それを考えると山内の勉強不足、自業自得が赤点の原因だ」
「っ……」
その言葉に堀北は黙り込む。茶柱の言っている事は紛れもなく正論だからだ。事実堀北も朝山内から寝落ちしたと聞いた時は取り乱していたくらいだ。まぁ平田はその比では無かったが。
「残りの生徒はよくやった。次の期末のテストでも赤点を取らないように精進してくれ。山内は放課後職員室に来い」
「待て、待てよ、嘘だろ、俺が、俺が俺が退学?俺が?そんな事ある訳ねぇだろ、こんなテスト、こんなテスト、こんなふざけたテストでぇぇぇぇ!」
山内は涙をポロポロ流しながら茶柱に襲いかける。しかし茶柱は表情を全く変えない。山内は須藤に止められてそのまま教室の隅へ追いやられる。
「赤点を取ったお前が悪い。このテストをどうとるもお前の勝手だが。今のままで赤点という事実は変わらないだろう。」
それにしても今のままでか、だいぶ茶柱はヒントをあげているようだが…
「おい…取り消せよ茶柱…」
山内が収まったと思えば次は平田が席を立つ。平田の放つどす黒いオーラに誰も近づけずに居る。
「お前は退学でもないしいいだろう平田、今のままでは山内が退学という事実は変わらん、2000万プライベートポイントも300クラスポイントもうちのクラスにはないぞ。」
茶柱は至極事務的に対応する。平田は親の仇でも見るかのような視線で茶柱先生を見る。
「落ち着け平田、いくらこの学校はプライベートポイントで買えないものは無いが言って退学を取り消す権利は買えないんだ。今のままでは山内は赤点だ。」
平田を静止して綾小路が言う。それにしても何とも遠回りなヘルプのだし方である。流石に3点分は個人資産として出せるものでもない、か。
「綾小路…ちょっと黙れよ…山内を退学になんかさせない…僕は…」
「落ち着け平田、お前が冷静にならなければ救えるものも救えなくなるぞ。」
「何を言って……そうか!おい茶柱、クラスの赤点ボーダーを二点下げる権利を売れ。」
平田は気付いたようだ。それにしても綾小路の誘導は少し不自然過ぎないか…?
クラスの大半は平田に怯えつつも言葉の意味を理解出来ていないようだった。
「60万プライベートポイントで手を打とう。」
茶柱の挑戦的な笑みを浮かべながらの発言、そんな大金を持ってる奴が何処にいるのか……それを言われた平田は再度殺意の目線を持ち始める。
「お前らさっさと俺を助けてくれ!退学したくねぇよ!一人一万五千プライベートポイントじゃねぇか!なぁ!助けてくれよ!俺心を入れ替えるからさぁ!なぁ!」
山内の悲痛な叫び。だがこのクラスに今60万プライベートポイントなんてものはあるのだろうか。
それを聞いた櫛田は何処かへ走り去っていく。他の人は山内に目が行っているようだが。
「…おい、お前らあるだけのプライベートポイントを俺に送れ…送らないやつは…わかるな?」
暴君と化した平田の脅しに耐えかね沢山の生徒が平田に金を送る。堀北や綾小路も送っているようだ。
「31万5500…おい、幸村、高円寺、天野、本堂、軽井沢、篠原、松下、佐藤、三宅、長谷部、佐倉、茶柱、御門、櫛田送れ」
平田が送ってない奴らに再度脅しをかける。だが俺は平田の連絡先もないしクラスラインからも省かれてるっぽいので送れないのだが……その時俺に一通のチャットが来た、綾小路からだ。
「プライベートポイントを送って欲しい。」
そんなこと言われても送りたくても送れないしなぁ…少し悩んだ末、俺は綾小路に2000プライベートポイントを送り
「平田の連絡先分からないから代わりに送ってくれ。」
と送信しておく。綾小路も気付いたのか操作を始めた。
「35万ポイント…よし、後は高円寺、幸村、茶柱、櫛田、三宅、長谷部、篠原、松下、お前らだけだ。」
「私は教師だから払う義理はないが…お前らの意を組んで55万ポイントに負けてやろう。」
何故か払うよう請求された茶柱だったが優しさだけは見えた。
「待て、俺は山内を救う事に反対だ。」
メガネをクイッと上げ幸村は反対の意志を示す。同じ意見なのか、三宅と長谷部も後ろに着いている。
「反対…僕がそうだと言ったらそう、やれと言ったらやるんだよ。」
「落ち着け平田。偽物のラブレターだか階段から突き落とされただかなんだか知らないが、コイツは寝落ちしたのは紛れもない事実だ。運動神経が言い訳でもコミュ力が高いわけでも他に優れた何かがある訳でもない。山内はただのホラ吹き野郎だ。世の中をクソだとか言って自分の努力しなかった怠慢にすら目を向けられん奴だ。俺は救う価値を感じない。」
幸村の意見は最もだ。そーいえば山内って足立透と顔似てるよね…中身だけ見たら足立透のが遥かにいいけど、後ろ2人も同じ意見らしい。
「うるさい…救うのに価値も何も無い。山内が悪いが退学は僕が許さない…払え。」
「落ち着け平田、救う価値の話をしているんだ。こいつにその価値を俺は感じれないんだ。」
「うるさい…払え…払わなきゃ…」
「私もガリ勉ボーイの意見が正しいように思えるねぇ。あれはもうダメだ。」
急に会話に割って入る高円寺、幸村と言い良くもまぁあの平田とかかわり合いが出来るものだ。
「あ?黙れよ高円寺?」
「黙らないよぉ、何故なら私の権利は全て私が持っているからねぇ、不要なゴミはここら辺でデリートするべきじゃないのかな?」
「山内をゴミって言うな…高円寺…」
「ゴミじゃなかったら何なのだろうね、偽物のラブレターに騙されて、挙句階段から落ちて怪我をする。寝落ちして過去問の暗記を怠る。なかなかのピエロじゃないか。」
「おい…取り消せよ…今の言葉。」
「取り消さないよぉ、ボーイ。彼は敗北したのだ。この実力至上主義の教室でねぇ。」
平田が今にも高円寺に掴みかかろうとしたその時だった。
「皆おまたせ!」
櫛田が戻って来た。一之瀬を連れて。大半の生徒はいみがわさっていないようだったが俺と一部の生徒は意味を理解した。
まぁそれはそれでありか。
「一之瀬さんに話したらポイント貸してくれるって…残り何ポイント足りない?」
「後20万ポイントだ。」幸村は逃げるように言いその場を立ち去る。三宅と長谷部もそれに続く。このあと授業なんですがね…
「わかった、それぐらいなら貸すよ〜。はい櫛田さんどうぞ!」
「ありがとう…これで退学は取り消して貰えますよね?」
「あぁ、受理した、山内の退学は取り消しだ。」
「あぁ……ビビったぜ、それにしてもプライベートポイントを払うのを渋ったやつと払わなかった奴の名前は覚えたからな、覚えとけよお前ら。」
助けて貰ったというのに当の山内は文句を言い椅子を蹴飛ばしながら出ていった。だからこのあと授業だって言うのに。山内へのクラスからの印象は最悪だった。一之瀬もドン引きだったしな。
平田も何処かへブツブツ言いながら去っていく。それを見て沢山の女子が平田を追いかける。女子に追われるとかやはりやつはリア充の末裔か、でもこれから授業だよ。
「私……山内君を慰めてくる!!」
それに続いてか櫛田も動く。櫛田が心配した事で薄情な奴と思われたくないのか沢山の男子がついていく。
「この様子では授業は無理そうだねぇ…」
高円寺もそんな事を言いながら立ち去る。
そしてその後何故か堀北と綾小路も教室から出ていく。
その結果俺だけが教室に残された。
キーンコーンコーンコーンーーー
1時間目開始のチャイムが鳴る。1時間目は坂上先生の数学だったか。
「授業を始める……って一人しかいない?ストライキですか?」
「さぁ……」
驚く坂上先生の問い掛けに、俺は恍けることしかできなかった。
これは来月もクラスポイント0だな……俺はこのクラスの惨状にため息をつきながら、ノートを取るのだった。
Dクラスを
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許すな!
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許してあげよう