「まずは、須藤とCクラスの生徒3人の間で、トラブルがあった。分かりやすく言えば喧嘩だな。」
翌朝のホームルーム。
茶柱先生の口からそんなことが告げられた。
喧嘩、というと、須藤の場合殴り合いでもしたのか。
だが、事はそんな呑気な考えができるほど他人事ではなかった。まぁ俺は他人事だし、そうなるだろうなと思っていたが。というか須藤の件だけなのか。
「校内での暴力行為は、当然ながら校則違反だ。須藤個人への罰則はもちろん、クラスの連帯責任として、クラスポイントの没収がなされる可能性もあるが……まだ確定はしていない。他にも山内の特別棟の手すりの破壊行動や、阿保木のコンビニでの駄菓子の万引きについても、須藤の件同様罰則があるだろう。まぁ何はともかくお前たちに今月分のポイントが入っていないのには、そういった背景がある。」
「は!? なんすかそれ!」
池が騒ぎ出すが、お前は運良く逃れただけだと思うしそんな事言える立場では無いと思うんだが……現に今周りから睨まれてるし……
「どういうことですか先生!? なんであたしたちまで!」
軽井沢が騒いだのは女子は頷いている……が俺からすればお前ら今更だろ。虐めはアウトだろ。なんか茶柱先生曰く4月中のいじめは学校側に訴えられないし、その分も含めての損害賠償らしいがそれってどうなんだ……
「私に言われても困る。処分は私が決めることではない」
頑張って貯めたクラスポイントが、須藤のせいでゼロになるかもしれない。その恐怖や理不尽さから、教室内は主に3つの集団に別れていた。ポイントが貰えないことを喚き続けている愚か者、黙りこそしているが問題を起こしたヤツらを睨む臆病者、そして騒がす解決策を考えたり、爪を研いでいる奴だ。いや高円寺おまえ何してるんだよ。
「先生は先ほど、可能性がある、とおっしゃっていましたよね。……結論が出ていないのはどうしてですか?」
混乱するクラスの中、まとめ役である平田が努めて冷静に質問する。
「面倒なことに、須藤側とCクラス側で主張が食い違っているからだ。Cクラス側は須藤に呼び出されて一方的に殴られた、とのことだが、須藤は自分が呼び出されて喧嘩を売られた、と言っている」
「俺は嘘なんてついてねえよ。正当防衛だ」
「だが須藤、お前の言い分には証拠がない。違うか?」
「は? そんなもんあるわけねえだろ。つかそれを言うならよ、向こうの言い分にも証拠はねえだろうが」
「その点はその通りだ。つまり双方の主張のうち、どちらが正しいとも言い切れない状況だ。だから結論を出すのが長引いている。結論によっては、責任がどちらに傾くかが大きく変わってくるからな」
なるほどな。確かに双方の主張は食い違っている。が、一つだけ共通点があった。須藤が暴力行為に及んだという点だ。まぁ原作通りだが。
須藤は正当防衛だと言っていた。暴力に及んだことは否定していない。あくまで最終手段としてそうしたという主張。
これまでの状況から察するに、経緯はどうあれ、須藤が一方的にCクラスの三人をボコったのは間違いなさそうだ。。
そして恐らくは、その時に負った傷がCクラスの訴えの根幹になっているわけだな。
喧嘩の原因が一応どちらにあるかは分からないが、傷を負っていることだけは確たる事実だ。まぁ多分Cクラスだよ。
「目撃者が出てくれば、状況に何らかの変化があるかもしれない。須藤はその場に誰かがいた気がする、と言っていたが、どうだ。誰かこの中で、須藤とCクラスの生徒が喧嘩をしている場面を見た者はいるか?」
茶柱先生は目撃者に挙手を呼びかける。
だがそれは須藤のためというより、事務的、機械的に行われているものだった。
「残念ながら須藤、名乗り出る者はいないようだな」
「ちっ……!」
須藤はがっかりしたような表情を浮かべ、目を伏せる。
「今、全クラスで同じような呼びかけが行われているはずだ」
「は!? バラしたのかよこのこと!?」
「目撃者を求めているのはお前だろう? それを募るとなれば当たり前のことだ」
「くそっ!」
狼狽している須藤。
だが目撃者の話がなかったとしても、プライベートポイント支給の遅延に繋がったこんな事件、遅かれ早かれ明るみに出ていただろう。
バスケ部での立ち位置などについて不安があるのかもしれないが、隠し通そうという方が無理な話だ。
「また、山内の器物破損についてはクラスでプライベートポイント100000、払えないようならクラスポイントから100を引くというのが現状の状態だ。また、こちらは学校との兼ね合いだから既に支払う額は決まっているが、こちらについても一応裁判を行う。」
再び教室はザワつく。山内は赤点の件もあるし須藤よりダメージがでかそうだな。
「阿保木、お前の万引きの件だが、こちらは商品分のプライベートポイントとクラスポイントを30ポイント支払うというのが現状だな。こちらも基本的には山内の件と同じだ。」
三度教室がざわつく。堀北なんか頭抱えて動かなくなっちゃったよ。
「ちなみに、このような揉め事の場合にはクラスポイントは0になっても誤差分を負債として用意する。つまり、クラスポイントにマイナスができるわけだな。まぁ何はともあれ、とにかく、この話はここまでだ。責任がどちらにあるか、どのような罰を受けるのかも含めて、来週火曜の話し合いを経て、最終的な判断が下されることになるだろう。山内の件、阿保木の件も同日に行う。それではホームルームを終了する。」
そう言って、先生は教室を出て行く。
それとほぼ同じタイミングで、須藤も教室を出た。
出入り口の扉が乱暴に閉められる。
自身を疑うような視線が投げかけられるこの場に居づらくなったのか、あるいはここにいると自分を抑えきれそうになかったからか。
もしも後者なら、須藤も少しは成長しているということか。
しかし須藤が出ていくやいなや、次から次へと須藤に対しての文句が噴出する。
「あーあ、あいつのせいでまたゼロポイントかよ」
「ほんと使えねーよなあいつ」
その中には、須藤と普段からつるんでいる池や山内もいた。
阿保木は頭を抱えて顔を真っ青にしている。御門が慰めているが、まぁこっちはまだいい。問題なのは山内だ。周りの目線がゴミを見るような目線になっていた。あいつはもう終わりだな。
教室内は、須藤に対する悪口でどんどん埋め尽くされていく。また、山内はゴミを見るような目線を集められていた。そして、阿保木は逆に見るのも避けられている。
この教室に、須藤の「正当防衛」という主張をすぐに信じる者は少ない。山内と阿保木は知らん。
いよいよ収拾がつかなくなってきた時、櫛田が立ち上がった。
「みんな、少し私の話を聞いてくれないかな。須藤くんは確かに喧嘩しちゃったかもしれないけど、本当に巻き込まれただけだと思うの。」
「巻き込まれたって、櫛田ちゃんは須藤の言ってること信じるのかよ?」
池は少し不満そうに櫛田を見る。
その視線をしっかり受け止めた上で、櫛田は事の詳細を語り始めた。
須藤がバスケ部のレギュラーを取りそうで、それに嫉妬したCクラスのバスケ部員である小宮と近藤が須藤を特別棟に呼び出し、なぜかその場にいた石崎と共にバスケ部をやめろと脅してきた事。その流れで須藤は先に仕掛けられ、防衛のために相手を殴った事。要約するとこんなところだ。
俺たちが知らなかった情報がどんどん入ってくる。
クラスのほとんどは、櫛田の必死の説明に聞き入っていた。
「改めて聞きます。もしもこのクラスの中や、知り合いや友達にこの事件を目撃したっていう人がいたら、教えてください。お願いします。」
そう言って、櫛田は着席した。
櫛田の説明した、嫉妬で喧嘩に発展、という流れは、確かにあり得ない話ではない。だが、それは並かそれ以下の高校なら、だ。
そんな短絡的思考で動く奴が、この学校に、しかもよりによって俺たちより上という査定を受けたCクラスにいるとは。
櫛田の話を全部信じてそのまま受け取ったら、の話だが。
クラスの反応も芳しいとはいえない。
「でもさ、やっぱり須藤の言ってること信じらんねえよ、俺。あいつ中学の頃、喧嘩ばっかやってたらしいしさ。めっちゃ自慢してくるんだぜ」
「私、廊下でぶつかった子の胸ぐら掴んでるの見たよ」
などなど、須藤の悪行を裏付けるようなエピソードが次々出てくる。
櫛田の力をもってしても、クラス全員の賛同を得ることはできなかった。
こうして聞いていると、須藤という人間の悪名高さがよくわかる。
そもそも須藤の話が信頼されていないのも、須藤のこれまでの態度が原因の1つだ。
疑いがかけられてるのが平田だったら、男女口を揃えて「あり得ない」と言っていたはず。
築いてきた信頼度の差は大きい。
「僕は信じたい。」
そう言ったのは、今ちょうど頭の中で思い浮かべていた平田だった。
「他のクラスの人が疑うなら、それは仕方ないことかもしれない。でも、同じクラスの仲間を信じてやれないのは、僕は間違ってると思う。後、阿保木君の件だけどそのコンビニの防犯カメラを確認しようと思う。山内君は……まぁついでに何か聞けたら聞こう。」
「私も賛成ー。濡れ衣だったらひどい話だし。」
「私も!」「私!」
平田の声に続くようにして言ったのは軽井沢だ。そしてそれを皮切りにして佐藤や篠原も続く。平田と付き合ってるとかいないとか、そんな話を聞いたことがある。
軽井沢本人が持つリーダー気質と、平田のガールフレンドという肩書き。
Dクラス全体というより、Dクラスの女子のリーダー格だった。
その軽井沢が須藤擁護に回ったのを機に、女子はだんだんとその方向に流れ込んで行く。
それをみた男子の方も、須藤擁護という形でだいたいまとまったようだ。
そのついでのように山内と阿保木の話も聞くようだ。
集団行動が得意というべきか、我が弱いというべきか。
とはいえ、俺もとりあえずはその流れに逆らわないことにした。というか逆らえない。綾小路怖い…
須藤のために動くのは嫌だし。金は返してくれないし、山内はマジでクズだし、阿保木って誰?
そんなことを考えていると綾小路が堀北に連れてかれた。俺も後をつけよう。バラされるのは避けたいしな。
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「フェードアウト、の予定だったんだけどな……」
「……ん、なんか言ったか綾小路?」
「なんでもない……」
よく聞き取れなかったが、まあいいか。
昼休み、食堂に集まっていたのは、須藤、綾小路、堀北、櫛田、軽井沢、平田、佐藤の7人だった。
俺はいつものように食堂に来て視線を向けられるという、尾行するのに圧倒的不利な状況が作り出されている。
「全く、あなたは次から次へとトラブルを運んでくるわね」
堀北が呆れた様子で須藤に言う。まぁそりゃそうだろうよ。
「ま、仕方ないから助けてあげるわよ」
「ああ、悪いな」
朝のホームルーム後には須藤のことをさんざん責め立てていた軽井沢だが、本人を目の前にして手のひらを返したように態度を変えている。
「それと堀北、また迷惑かけちまって悪い。でも、本当に俺は悪くねえんだ。クソみてえな嘘ついてるCクラスに一泡吹かせてやろうぜ」
須藤は少しテンションを上げて堀北に言う。
須藤は堀北に恋愛感情を持っているようだし、また一緒に動けると思って嬉しいんだろう。
しかし、堀北の顔は険しかった。
「悪いけれど、私はこの件、協力する気にはなれないわね」
堀北はそんな須藤の声をバッサリと切り捨てた。
「は!? どういうことだよそりゃ!」
「あなたはどちらが先に仕掛けたか、に話の重きを置いているようだけど、それは些細な違いでしかないことに気づいているかしら?」
「さ、些細ってなんだよ。全然ちげえだろ!」
「そう。そう思うなら、精々頑張るといいわ」
素っ気なく言い、堀北は飯にほとんど手をつけないままお膳を持ち上げ、立ち上がった。
「何だよそれ! 俺ら仲間じゃなかったのかよ!」
「仲間?何を言っているのかしら?」
堀北は須藤を一瞥した後、振り返らずに去っていった。まぁそりゃそうだろう。
「クソ!クソ!」
須藤はキレてどこかへ行ってしまった。こんなんだからCクラスの餌になるのだろう。
「悪い、堀北を俺は追いかけてくる。」
綾小路もその場から去る。
「僕は須藤君を追いかけてくるよ。」
平田も須藤を追いかけるようだ。
「私達は一旦帰ろうかな…じゃあね櫛田さん!」
そのまま軽井沢と須藤はどこかへ行った。
全員食器を片付けずに……まじかよ…
暫くすると櫛田が食器を持って食器置き場と席を往復し始めた。可哀想なことこの上ない。櫛田の目は焦点が合っていなかった。
……そろそろ裏の顔が見れそうだな。
俺は櫛田を尾行することにした。取り敢えず周りからの目線が来ないように放課後だが……頼むから皆こっちを見ないで欲しい。隠密行動は俺には無理なのかもしれないと思いながら俺は伸びきったうどんを食べるのだった。
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あれから俺はなんやかんやで頑張って櫛田の尾行を続けた。その最中に俺への懸賞金が100万になっていたが見なかったことにした。嘘だと信じたい。
寮の敷地内から出て、五分程歩くと海が見える。彼女はそこに居た。暗闇の海を眺めているのか、鉄柵を両手で摑んでいるようにも見えた。地面のコンクリートには彼女のスクールバッグが置かれている。
取り敢えず撮影をする事にしよう、うんそうしよう。俺は全てのカメラを起動した。さらに龍園に手配されている可哀想な仮面を付けて、ヘリウムガス66を吸う。このガスはなんか山内に声がそっくりなガスだ。他のも探したのだがDクラスに似た声のやつは池山内ぐらいしか無かった。残念だ。
「あ────ウザい」
一瞬、誰の声か分からなかった。それ程までに冷たく、重い声。原作ファンと言えども一瞬疑うレベルだ。
オレは、近くの草むらに身を隠しながら、撮影を続ける。
人の気配は俺と櫛田以外感じられない。オレが声を出したわけではない。
導き出される結論は一つ。
櫛田があの声を出したのだ。
怖すぎるだろ、ほぼヤンキーかキレた地雷女子だぞ。
「マジでウザい。本当にウザい。死ねばいいのに……」
あの櫛田からは到底考えられないほどの暴言。今の彼女を見たら、池や山内、いや、Dクラスの生徒たちはどんな反応をするのだろうか。
「最悪。最悪最悪最悪最悪。堀北マジでウザい。アバズレのくせに。やっぱりぼっちは違うわね。お高く止まってるからそうなるのよ」
櫛田が言っているのは、堀北のことのようだった。
「何であんな奴がこの学校に居るのよ。何で、何で、何で──どうして……。退学してくれないかな? ううん、いっそのこと、退学させれば良いんだよ。アハハハハ」
櫛田桔梗という人間は善人だ。洋介同様、困っている人を見掛けたら手を差し伸べ、誰の世話でも焼く優しい女の子。クラスだけじゃなく、学年を超えた人気者。
そんな少女の──『闇』。
以前感じた正体不明の違和感。その答えが、彼女の『闇』。
人間とは仮面を被る生き物だ。常に自分を偽る生き物だ。表の顔と裏の顔を使い分ける生き物だ。
脳が警戒音を鳴らす。これ以上ここに居るのは危険だと、下手したら命を取られかねないと、退避を指示する。
だがここで欲が生じる。
櫛田には実は裏の顔があった……というのはさしたる問題ではない。問題は、どうやってこの情報を使うかだ。
とにかくこのままたくさん自白して欲しいところだが…
またここで、俺は一つだけ再把握をしていた。
堀北が最初期から櫛田を避けてきたその理由。彼女は向けられている『敵意』に気付いていたのだ。
堀北鈴音という人間は対人能力に問題がある。すぐに相手を蔑むところや、高円寺とは違った『自分主義』の考えなど、それは多岐に渡る。
そんな彼女だが、本質的には善人だともオレは思う。彼女は妥協はしない。けれど物事に真剣に向き合っている人間には譲渡をする。
勉強会でそれは現れている。もし須藤や池たちがテスト勉強に欠片も意欲を見せなかったら、彼女はばっさりと、情け容赦なく彼らを切り捨てただろう。下手したら、『ポイントがゼロの状況の今なら、退学者が出た方がクラスのため』といった判断を降したかもしれない。
……櫛田はとうとう、鉄柵を足で蹴る所業にまで打って出た。見える限りでは監視カメラはない。恐らく、ストレスが爆発する直前にここを訪れ、解放しているのだろう。スマホのカメラやペン型カメラはあるけどね。
何度も何度も鉄柵を蹴り続ける。
遅まきながら俺は、命令された撤退行動を全うすることにした。息を殺し、気配を殺す。
後退している、その真っ只中の時だった。
彼女は八つ当たりを一旦止めて、辺りを警戒する。
「誰」
「……」
「言っておくけど、そこに居るのは分かっているから」
その言葉に嘘はないだろう。どこから音が漏れたのか、全くわかわんけど気配でも掴まれたんだろうか。
俺は伏せていた地面からから体を離し、要望通りに姿を現す。
「……ここで、何をしているの」
櫛田は俺の出現に一瞬だけ目を見開かせたが、すぐにそう尋ねる。
「夜風に当たりたい気分になってな。たまになるだろ?櫛田ちゃんも。」
俺は山内の声で言う。仮面こそ付けているが、山内だと思っているだろう。
「私が聞きたいのはそんなことじゃない。……見たの?」
「見てないって言ったら納得するのか?」
「ううん、まさか」
だろうな、とは思っても口には出さない。
櫛田は十メートル程あった俺たちの距離をゆっくりと歩きながら詰めてくる。俺はダッシュで逃げる事にした。
櫛田は追いかけてこない。取り敢えず逃げろ逃げろ……
俺は、逃げる事は恥ずべき事ではないと思っている。堀北兄からも、龍園からも逃げた俺だが何も恥ずかしいことは無い。俺はフルダッシュで逃げ、そのまま寮の自分の部屋へと帰るのだった。
明日が怖い。
Dクラスを
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許すな!
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許してあげよう