一之瀬帆波の独白
私の家は母子家庭だった。私と母親と妹の3人で暮らしていた。私の家は貧乏だったけれど、それでも不幸だと思うことは無かった。二人の子供を育てながら働くお母さんはいつも大変そうだった。だから私は小学校の時、中学校を卒業したら私も働こう、それでお母さんの負担を減らすためにバックアップしようって思ってた。高校に行くお金なんてうちにある訳ないから、妹が高校に行けるようにするためにも、でも、お母さんは反対した。私が妹の幸せを望むようにお母さんは私たち二人の幸せを望んでいたから。
お金なんて無くても、一生懸命勉強すれば特待生の制度を使って高校に行ける事を知った、必死に勉強して、学校で一番だと言われるまで頑張った。スポーツは苦手だったけど、それでもある程度出来るように頑張った。でも、そんな私の中1の夏、お母さんは倒れてしまった。
妹は誕生日が近かった。妹は我慢強い子で、今まで一度も私や母親に誕生日プレゼントをおねだりしたりしなかった。妹はまだ小学五年生、甘えてもいいハズなのに、欲しい洋服も買わない。ルイヴィトンのバックも欲しがらない、友達とスタバにも行かない。そのせいでクラスでハブられたりしても決して折れなかった、そんな妹が初めて、今年流行したヘアクリップを欲しがったの。妹にヘアクリップを買ってあげるために、お母さんは無理をしてシフトを入れて.......そして倒れてしまった。
病院で泣きながら謝るお母さんに罵声を吐く妹、お母さんはもちろん、そんな妹も私は責められなかった。今までずっとずっと頑張って来た。そんな妹のたった一度だけど望んだプレゼント..............私は.......お姉ちゃんなんだ。
私は罪を犯そうとした。たった一度、されど一度、心の闇に、悪意に私は負けてしまった。たった一度、妹の為に悪さをするのは悪じゃないと。世の中に悪人なんていっぱいいる。私のやる事等本当に少し、大したことでは無いと、これまで我慢してきた私達が悪いんじゃない、こんな不幸を私達に押し付ける世界が悪いんだって、責められる事なんて無い、私達は悪くない。
そうやって身勝手で我儘な感情を抱いて、私は普通買えば一万八千円のヘアクリップを盗む為にデパートに行き、店に入った。一個ぐらいなら大丈夫だと思った。私がこれを妹に渡せば妹は喜んでくれる。そう思ってた。私はカバンの中にヘアクリップを入れて、店を出ようとした。
「万引きはいただけないなぁ.......」
でようとしたが、隣に居た子にバレてしまった。同い年だろうか.......少し老け顔だから分からないけどそんな気がした。
「え、えぇと.......ごめんなさい。」
隣にいた男の子にバレて閉まっている以上勿論万引きなんて出来ない。私はヘアクリップを元の位置に戻した。
「そもそもなんで万引きなんてしようとしたのさ?」
隣にいる男の子は笑顔を崩さずに聞いてきた。そして問われてやっと私は今自分がしようとしていた過ちに気付いた。恐らくここで万引きをしていたら一生罪悪感に駆られる事になっていただろう。それでも私は妹にご褒美があげたかった、目の前の彼に話してどうこうなる問題では無いけれども、それでも誰かに話したかった。そうしたら誰かが助けてくれるんじゃないかって淡い期待をしていたのかもしれない。私は事情を包み隠さず話した。
全部を聞いたあと彼は辛そうな顔をしていた。同情や哀れみとはまた違う。ただただ辛そうな顔だった。
「ちょっとここで待っていてね。」
それを言い彼は私が盗もうとしたヘアクリップをレジへ持って言った。彼には申し訳無かったけれど、それでも私は止める事をしなかった、いや、できなかった。
「はいどうぞ。次からは万引きなんかしちゃダメよ。」
私の事情は彼には関係ないのに、私の我儘で彼にお金を払わせてしまった。一万八千円、とてもじゃないけど中学生が軽く払えるお金ではない。私はそのヘアクリップを受け取れるほど厚顔無恥では無かった。私は手を出せずにその場で固まってしまう。
「大丈夫よ、これでも大企業の社長の息子だからお金だけは沢山あるから。」
彼はサムズアップのポーズをとっていう、そういう問題じゃあない気がするけど.......それに私は咎人だ。受け取る資格なんて持ち合わせてはいない。
「君にはきっとこれから先、辛い事も苦しい事も沢山待ってると思う。それは傍から見たら他の人よりも遥かに不幸な人生かもしれない。時にそんな不幸に負けて心が折れそうになっちゃう事もあると思う、不幸な人生を自分に押し付ける社会や周りを憎んで復讐したくなったり、ズルい手段をしたくなったり、理不尽な現実に心が折れてしまいそうになったり、.......他にも色々な事が多分あると思う。でもね、」
彼は俯いていた私の顔を傾けた。必然的に前を向く方向になる。
「前を向いて進んで欲しい。この世に不幸ばっかりの人生なんて無い。人の人生って、不幸と幸せがだいたいトントンになるように出来てるから、きっとこれから先の人生で幸せな事が待っていると思う。だからそれまで不幸なんかに負けないで。明るく前を向いて正々堂々目の前に来る困難に立ち向かっていけばいい。君は強いよ。」
彼の言葉が私の胸にストンと落ちてくる。前を向いて明るく正々堂々と困難に立ち向かう。それは今まで私が努力してきたやり方そのものだ。
「時にはそれでもどうしようも無い事はあると思う。そういう時は周りの皆を頼ろう。君が周りを沢山助けられるような人間になれていたなら、きっと誰かが助けてくれる。今回みたいにね。」
彼はそう言って私にハンカチを差し出してくれた、何故ハンカチを差し出したのか、その理由はすぐに分かった。私は泣いていたのだ。今までの辛い人生に、抵抗して必死に努力して来た事を認められて嬉しかったのか、それとも辛い時に見捨てないで見ず知らずなはずの私に手を差し伸べてくれる人が居て嬉しかったのか、それとも..............。ともかく私は嬉しかった。それだけは迷いなく言えるだろう。暫く彼は私が泣き止むまで待ってくれた。改めて彼を見ると優しい目をしていた。ハンカチはシルク製だった。お金持ちというのは本当のようだ。
「あー、ごめんね、そろそろ時間みたい。ハンカチは返さなくていいよ。あとこれと.......君の家のお話聞いてると多分お母さんにだいぶ保険が入ると思うから、これとこれも。」
そう言って彼が渡してくれたのはラップに包まれたヘアクリップ、誕生日カードのようなものに妹さんお誕生日おめでとうと書かれている。
そして保険会社への招待状と、紙の封筒が渡される、中身は一年分の保険への加盟代だった。
「こ、こんなの貰えません。」
やっと私の善性が戻ってきたのが私は封筒を返そうとする。
「いやいやヘアクリップもあるし今更だよ.......それにこれは俺のただのお節介だからね。目の前困ってる人を見捨てられないっていう。取り敢えずそのお金で保険に入った方がいい。この会社なら今からでも保険手当が出るプランがあるから、これはその分のお金。」
「で、でも.......。」
それがどうだと言うのだ。さすがに見ず知らずの人に一万八千円のヘアクリップを買ってもらった上に追加でお金まで貰うなんて.......。
「俺、保険代理店の跡継ぎ候補の一人なのよ。保険会社への仕事の練習だとでも思ってくれ。」
彼は私を助ける理由を作りたかったのかもしれない。私は有り難く受け取る事にした。彼の不器用な優しさに感謝しながら。
そして彼はそのままお付きの人と一緒に何処かへ行ってしまった。私はそのまま家に帰って、妹にヘアクリップをあげた。妹は大喜びしていた。妹の笑顔を見られてあの時万引きしなくて良かったって思った。もししてたら私は一生後悔しただろう。
そして私は病院にいる母親にありのままを説明した。母親は嬉し泣きしていた。直ぐにでもお礼をしたかったけど、彼が誰なのかは結局分からずじまいでお礼はできなかった。我が家はスマホやテレビすら買う余裕がないのだ。
だが私たちは彼のアドバイス通り、招待状をもらった保険屋へと向かった。
「ARM保険の御曹司からの招待状!?.......是非是非ご贔屓にお願いします!!」
彼から貰った招待状を見せると、保険屋の担当の人は目の色を変えて真摯な対応してくれた。どうやら私を助けてくれた彼はARM保険の御曹司らしい。ARM保険という名前はたまに聞く。そこそこ大きな会社だったはずだ。
結果、私達は一年分のお金しか無かったが、彼の招待状の口聞きのおかげで5年分の保険に入ることが出来た。無料お試し期間として4年、正式に一年分だ。
それから約2年の歳月がたち、私達の暮らしは裕福とはお世辞にも言えないが、それでも貧乏ではなくなっていた。
そして、私達は新しくテレビから流れてきたニュースを見て愕然とする。そこで国家転覆未遂罪の犯人となっていたのは、私を助けてくれた彼だったから。勿論私は彼が犯人だなんて一切信じていなかったし、母親も妹も信じては居なかったが、それでも世間に対する彼への風当たりは冷たかった。彼はそんな事をする人じゃないのに.......。
ーこの世に不幸ばっかりの人生なんて無いー
彼が私に教えてくれた、私を助けてくれた言葉が頭の中を過る。私も彼みたいな誰かが困ってる時に手を差し伸べられる人間になりたかった。神様は残酷だ。彼みたいな優しさに満ち溢れた人にすらこんな試練を与えてしまう。
そして私は学費も生活費も家賃も光熱費も一切かからないこの東京都高度育成高等学校に入学した。入学して暫くすると、彼がDクラスで虐められているという話を聞いた。私は頑張ったけれど、結局虐めを止める事が出来なかった。Bクラスの皆の中では彼の評価は多少マシになったがそれだけ。私は、私を助けてくれた彼が困っている時に手を差し伸べられなかったのだ。
そして入学して1ヶ月、冤罪である事が正式に発表された。私からしてみれば当然だろうと思っていたが他の人は信じて無かったらしく、驚いていた。もう彼に辛い思いなんてして欲しくないのに.......彼に学校中から同情の視線なんかが集まっていたが、かれは意に介さない様子で普通に生活していた。私は裏で色々頑張り、彼に同情の視線が集まらないようにした。そして、彼と争いたくない私は、Bクラスに彼の有用性を説き伏せ、Bクラスに入れるべきだと言った。流石に最初の提案で皆が皆賛成はしてくれなかった。
そして彼がCクラスに移籍したという話を聞いた。それを聞いて私は驚いた。虐めをしたDクラスや、冤罪に関連しているという噂のある綿白神さんがいるAクラスに行く事は無いにしても、わざわざ黒い噂の絶えないCクラスへ行く事は無いと思っていた。
.......でも、彼がCクラスを選んだ理由は、彼の表情が物語っていた。否、彼の目が物語っていた。
彼の目は復讐に囚われていた。彼は昔の私みたいに、いや、昔の私よりも何倍も何十倍も理不尽な世界を憎んでいた。
ー誰かが困っている時、手を差し伸べられる人間になりたいー
そう思わせてくれた大好きな彼が辛くて、苦しんでいる。私がなんとかしたい。してあげたい。彼を助けてあげたい。
そして、彼とずっとに一緒にいたい。
でも彼は私よりずっと強かった。無人島試験も、干支試験も平和的に物事を解決していた。でも彼の目からは復讐の色が何時までも消える事は無かった。
彼が、天野君が復讐なんかに囚われないで前に進める様にー
私は、彼のそばにいたいと、再度強く思うのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ん.......ここは?」
なんだが変な夢を見ていたような.......思い出せないな。俺は起き上がろうとして頭の痛みに気付く。そう言えば確か戸塚に殴られて.......。
「.......目が覚めました.......良かった。聖君が死んでしまったらどうしようかと.......。」
目の前には坂柳がいた。今にも泣きそうな顔なのも気になるがなんで名前呼びなんだこいつ。
うーん、それにしてもどうも記憶がはっきりしないな。
「お医者さんからは二日間安静にしていてください、命等に別状は無いですとの事です。戸塚君にハンマーで殴られたのは知っています。絶対に彼の事は許しません。何がなんでも地獄を見せてやります。」
坂柳がふんすと擬音がつきそうな勢いで言う。
俺は一応連絡するために、自分の携帯を開くそこにはクラスポイントの差額のメモが書かれていた。
Aクラス2012ポイント➛+200ポイント➛2212ポイント
Bクラス1660ポイント➛-500ポイント➛1160ポイント
Cクラス1532ポイント➛-200ポイント➛1332ポイント
Dクラス0ポイント➛+500ポイント➛500ポイント
時刻を確認するとクラスごとのルール説明から1時間半が経過していた。学校からの連絡で俺の場合はポイントを引くことも無いと通達が来ていた。俺はそれにひとまず安堵する。
俺はグループラインに、一日目には3000m、100m、握力、懸垂を行い、それぞれ記録の悪いものから順に1、2、.......、40ポイントとするように支持しておく。金田もいる事だしこの程度で伝わるはずだ。
「戸塚か.......頭がまだズキズキするな。」
「もう一度お休みになられて下さい。私はお邪魔になってしまうので帰ります。改めまして、今回の件は私の責任です。お詫びの仕様もございません。大変申し訳ありませんでした。」
坂柳が帽子を脱ぎ一礼をする。そして坂柳は部屋を出て言った。
「うーん、寝るか。」
そうして怪我をした俺が寝るまでに時間はそう長くはかからなかった。
山内に再登場
-
して欲しい
-
して欲しくない