リビングに向かうと美味しそうなにおいが漂ってくる。テーブルを見ると2人分のお皿が置かれ、お母さんが向こう側の椅子に座って待っていた。
「お母さん、今日のご飯は何ー?」
「今日はめぐの好きなハンバーグよ。」
「本当!?やったぁー!」
「ふふっ、めぐが自主的に習い事したいなんて言い出すなんて嬉しくてお母さんはりきっちゃった!せっかく通うなら頑張ってほしいもの!」
今日はハンバーグと聞いてほっとする。今気づいたのだがこの体は私が入る前、元の黒雲恵が行っていた行動を無意識に行えるようだ。不自然な行動をして怪しまれたらと不安に思っていたが杞憂に終わった。
ご飯を食べながらこれから通う英語教室とピアノ教室について話をする。その話題もひとしきり話終わり、私はずっと疑問に思っていたことを口に出す。
「お母さん、お父さんは今どこにいるの?」
「......めぐ?またその話をするの?」
「え、でも「でもじゃない!!!!」」
お母さんが声を荒げながらテーブルを叩く。こわい。衝撃で落ちたナイフとフォークが床に落ち甲高い音を鳴らす。反射的に腕を顔の前に上げて顔を防御してしまう。
「何回も言わせないで...!あなたのお父さんはもういないの!...またお仕置きが必要みたいね。」
お仕置きと聞いて体がビクッと反応する。こわい、かなしい、いやだ。精神まで子供になってしまったかのように感情が溢れ出し目からは涙が流れた。
「おがあざんごめんなざい!もうじないから!おじおぎはいやあ!」
「だめよ恵。それにこれはあなたのためなの。おとなしくお仕置きを受けないとお仕置きがもっと長くなっちゃうわよ?」
「......!うぅ...。」
お母さんは私の手首を強く掴み書斎に向かう。書斎のカーペットを捲ると隠されていた階段が姿を現した。
石造りの冷たい階段を下り、鉄の扉の前に立たされる。
「私だってこんなことしたくないのよ。でも...恵が悪いのだからここでしっかり反省しなさい。今回は少し長めにね。」
「っ......」
言葉が出ない。鉄扉の前に立ったことで思い出した。思い出してしまった。ここで過ごしたいままでの思い出の数々を。
あるときは鉄扉の中で放置され、どれだけ叫んでも小さくあいた隙間から水と少量のご飯を与えられるだけで無視された状態で1週間過ごしたり。
あるときは正座をさせられその上に重りを乗せられて3時間そのままだったり。
あるときは手を天井からぶら下がる枷にはめられ鞭打ちをされたり。
その行為は前世の俺が見る限り紛れもない虐待だった。前世の時に知ったならきっと、児童相談所などに相談して子供を解放しようとしただろう。
だがもう無理だ。私にはお母さんへの恐怖が体に染みついてしまっている。逆らおうという気が全く起きなくてすべて私が悪いんだ、私がいい子じゃないからだと考えてしまう。
なんであんなことをしたんだろうという後悔とお母さんへの謝罪が頭の中でぐるぐる回る。
そんなことを考えていると鉄扉がガシャンと音を立てて閉まる。心の中が絶望に支配されて自然とおかあさん、ごめんなさいと言葉が口から零れた。
その日はお母さんへの謝罪の言葉を頭の中で繰り返しているうちに眠ってしまった。
なんでこうなった?