「ッ…ぅぁ……」
意識が覚醒した次の瞬間に襲ってきたのは鈍い痛み。喉は枯れ声が出ず、視界は霞みがかってるようにぼんやりとしか見えない。“長くはない”と少女は悟っていた。
かろうじて得られる情報は月明かりに照らされる砂浜と海の景色、まるでやけどしたかのような痛みが体から数箇所、そして下半身が冷たくなっていること。
(熱い痛い苦しい……死ぬ?……しぬの?)
手放して楽になろうとしたが、死ぬのは怖かった。藁にもすがる思いで1秒また1秒と自分の命を引き伸ばしていく。
一体どれほど耐えただろうか。体感ではもう数時間が経過したような感覚……でも実際は数分、もしかしたら数秒の可能性もある。
(意識が……もう……)
振り絞って耐え続けたが、ついに最後の灯火が消え去ろうとした。
その時だった。
〜♪〜〜♪
どこからが聞こえてきた小さな鼻歌。まだ距離が遠いのか小さな音しか拾えなかったが、沈みかけた少女の意識が僅かでも浮上させるほどの綺麗に透き通った歌だった。
少しづつその音がはっきりと聞こえるようになってきた。これは幻聴なんかではない間違いなく誰かの“声”だと、うすれゆく意識の中で確信した。
(あぁ、最後に聞けて………よかった……)
そう言い残して少女は意識を手放した。手放す直前で「ーーーッ!?」と誰かの叫び声を聞き取ったが、それを気にする間もなく全ての感覚が消え去った。
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私の日常も故郷も家族も全部海賊に奪われた。
11歳の誕生日、立派な仕事を与えられて村の一員に迎えられる年になった……その日の夜の事だった。村は燃え、家族は殺され、村中にあった物資や食料は根こそぎ全て“海賊”に奪い去られた。
私は村の大人達によって先に他の子供たちと一緒に遠くへ逃げたが、それを嘲笑うかのように海賊達は銃の引き金を引きながら私たちを追い回した。
一人、また一人と血を流して倒れながらも私は必死に逃げた。逃げて逃げて逃げて……海の見える断崖絶壁の壁まで追い詰められた。その時生き残っていたのは私だけ、他の子達は撃たれるか離れ離れになるかで全員いなくなっていた。
後ろには深い崖、前は剣や銃を持ってジリジリと詰め寄ってくる数人の海賊。海賊達が1歩近づけば私は1歩崖の方へと下がる。ついに崖の先端まで下がりきると、重さに耐えきれなかった足場が崩れて真っ逆さまに落ちた。
そこからはほとんど何も覚えてない。海の流れに翻弄されて流されていくうちに何度も何度も色んな物にぶつかってその度に意識を失っていると、海岸に打ち上げられていた。
そこで私の運命は尽き、静かに息を引き取る。
……はずだった。
「ッ……!」
2度目の目覚め。もう一度見せられたあの恐怖のせいで目覚めの気分は最悪だった。しかし、何故か私は生きている。あの時意識を手放した私がだ。
目が覚めて最初に映ったのはまるで知らない天井。少なくとも屋外でないのは確かだった。寝かされているのはふかふかのベッド、海水でダメになった服は着せ替えられていて、傷が出来た所も適切な処置の上で包帯が巻かれていた。
「なんで…生きて…」
1人で困惑していると、ガチャッと扉が押されて誰かが入ってきた。当然、私は警戒する。しかし、入ってきたのが私と同い年くらいの女の子だと分かると少しだけ気が抜けた。
右側が赤い色、左側が白い色している珍しい髪色…その頭にヘッドホンを被っている随分と特徴的な女の子だった。困惑している私の様子に構うことなくその女の子はこっちに近づいてくる。
「目が覚めたんだね!助かって良かった…」
「君が私を…?」
「うん!浜辺で血まみれになってる時はびっくりしたよ」
女の子は感情豊かに私のことを見つけてくれた時のことを話してくれる。ということは、あの時浜辺で歌っていたのはこの子だったのか…。
「ありがとう。君が見つけていなかったら…私はあそこで死んでた。本当にありがとう」
「あんなに傷ついてたら助けるのは当たり前じゃない?ちょっと待っててね!今ゴードンを呼んでくるから!」
「あっ…」
手をのばすが、掴める訳もなく女の子は部屋の外へと飛び出して行った。扉の向こうからは「ゴードン!目覚めたよ〜!」と元気いっぱいな声が聞こえてくる。
ベットから立ち上がろうとするが、体全体に痛みが走るのを感じとる。処置はしてもらったものの完治した訳では無い。なので、私は大人しく待つことにした。
窓の方…外へ目を向ける。雲ひとつ無い晴天から降り注ぐ太陽の日差しで改めて自分が生きているということを実感する。
そののどかさにまた瞳が重くなりそうになっていると、扉の外から走ってくる足音を2つ耳に拾った。1人はさっきの少女のもの、そしてもう1人は大人のものだった。
「具合はどうだね?」
「傷が痛むくらいで他には特にありませんね」
「そうか!それは良かった!」
『ゴードン』と呼ばれているパッと見、本で出てくるフランケンシュタインに似た男の人はホッと胸を撫で下ろす。傍らで見守っていた少女の頭を撫でながら「もう大丈夫だ。手遅れになる前で良かったよ」と伝えた。
パァっ!と顔が明るくなった少女は、私の傍らまで来ると片手を両手で包み込むように握ってきた。
「私はウタ!あなたは?」
「私は…フェリ、カミル=フェリ」
「フェリ!いい名前だね!」
ウタの後ろの髪がピンと上に立った。これは嬉しくなっているってことなのだろうか?
「それはそうと君はなぜあんなに瀕死の状態だったの?」
「ウタ……流石に踏み込みすぎだ」
「あっ、ごめんなさい。私何も考えずに…」
「謝らないで!あんな状態だったら気になるのは仕方ないよ」
私は語った。一語一句余すことなくあの日あった出来事を話していくうちにゴードンさんは目を伏せ、ウタは怒るように顔を歪めていた。
「ごめん……ちょっと外歩いてくるね…」
「ウタ…」
ウタは神妙な様子で扉を開けて外へ出ていく。ゴードンさんも1度ウタを止めようとしたが、思うところがあるのか手を下げた。
「すまない……少しこういう話は嫌いな子で…」
申し訳なさそうに頭を下げてくるゴードンさん。私も私で少し話す内容が生々しすぎた。私と同じ歳くらいのウタには酷な内容だったに違いない。
そう思っていたが、どうやら事情は予想以上に複雑だった。
「あまり言わない方がいい話なんだが、聞いてくれるかい?」
「聞かせてください。帰る場所も失うものもない私ですから気にせずお願いします」
「あぁ…実はあの子、ウタは海賊の一員だったんだ」
「あの子が?」
「音楽家という立場の非戦闘員だがね。出会った時は随分と幸せそうにしていたよ」
あの子が海賊の船に……。それにしては随分と海賊に対して嫌悪を抱いているように見えた。自ら望んでその船にいなかったか、もしくは別の理由で嫌いになったのか?
「ウタが海賊嫌いになった事件は今から2年前だ。ここ“音楽の島”『エレジア』が一晩にして崩壊したあの“赤”の夜を境に、ウタは海賊を恨み始めた」
「ここがエレジア!?2年前の話では確か四皇の海賊が関わっていたって父さんから聞きました。まさかそれが?」
「君の聞いてる通りさ、あの夜ここを破壊したのは“四皇”『赤髪のシャンクス』…………と、表舞台では語られている」
「表舞台では…?」
「……ここから先は私と赤髪海賊団しか知らない話だ。だから他言無用で頼む。もちろん“ウタ”にもだ」
先程よりもピリピリとした雰囲気が部屋中を支配する。それ程これから語られることは重いことなのだろう。私は1度大きく息を吸ってからゴードンさんに向かって首を縦に振った。
「あの日、私はこの島にやってきたウタの歌声に感動してこの島に残るよう説得したが、彼女は『シャンクスについて行く』と言った。だから私は『せめて最後は宴だけでも開かせてくれ』と赤髪に提案した。……しかし、それこそが間違いだった」
ゴードンさんはその日のことを思い出しているようで、拳は強く握られ、顔は苦痛に耐えるかのような表情だった。
「ウタとの最後の時、私は少しでも国民に彼女の歌声が聞こえればと島中に彼女の声を流した。しかし、それが原因なのかは分からないが“歌の魔王”が彼女に近づくチャンスを与えてしまった」
「歌の、魔王…?」
「この国に古くから封印されていた魔王のことさ。名はトットムジカ。ある条件を満たすことによって復活し、一夜で国中を焼き滅ぼした最悪の魔王」
音楽の島にそんな封印があったとは驚きだ。しかし、そうなると新聞の情報は間違っている。この国を滅ぼしたのは赤髪ではなくその魔王なのだから。
私の考えていることが分かっているのか。ゴードンさんはさらに話を続けてくれる。
「その条件こそがウタ自身だったというわけさ」
「ウタちゃんがあの魔王を復活させた!?」
「本人の意思ではないがな。だが、魔王が復活したことによって国民は私を残して焼き払われ、町は炎の海に包まれた。それ以上の被害が出ていないのは赤髪のシャンクスが止めてくれたおかげだ」
「なら英雄じゃないですか。なんであの事件の犯人に…」
「ウタのためを思ってのことさ。一晩で国を崩壊させた事実は僅か9歳の子が背負うにはあまりにも大きすぎる。だから赤髪は全ての罪を被ってウタをこの島に残していった」
「海軍や政府に狙われるのを避けるためでもあるんですね…」
「ああ、ウタには赤髪がこの国を滅ぼしたとしか伝えていない。きっと今も色んなことを悩んでいると思う」
話を聞く限り赤髪のシャンクスは私の知っている海賊達とは大きくかけ離れていた。そこまで優しい海賊に私は1度もあったことがない。大抵は奪うことにしか脳がないと思ってたからだ。
しかし、そんな事実もウタちゃんは知らない。利用されて、大好きだった人達が他人を傷つけ、用無しとばかり自分を捨てたと考えれば海賊嫌いになるのも仕方がない。
「……随分長くなったな。もうすぐ夕飯の時間だ。私は準備をしてくるが君はどうする?」
「少しウタちゃんと話してきます」
「そうか。無理だけはしないでくれ、倒れてしまったら対処出来る者がいないからな」
「分かりました」
ベッドから体を起こして地面に足をつける。まだ体のあちこちから痛みを感じるが、歩けないほどではない。ゆっくり1歩を踏み出して異常がないのを確認するといつも通りに歩き出した。
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風がよく通り抜けて海が見渡せるとっておきの景色。私がよく悩んだ時に訪れる場所だ。最近は足を運ぶ回数が多くなっている気がする。
「はぁ………」
あの子には悪いことを聞いてしまったと少し後悔した。海賊のことを思い出させてしまうくらいなら、知らぬふりをして聞かない方が良かったに決まってる。
「シャンクス…」
海賊でありながら父でもあるシャンクス。そして、あの夜にエレジアを焼き、私を捨てて行った人。あれから2年経ったがあの夜の光景は今でも鮮明に覚えている。
あれだけ優しかったシャンクスが実は自分を利用していたという事実をゴードンさんから聞いても、私の中ではまだ半信半疑だった。
でも、海岸で倒れていたフェリちゃんの話を聞いてから本当にそうなのかもしれないと一瞬だけ心の中で揺らいでしまった。
「もう一度、会いたい…」
あの日、『なんで私を置いていったのか』『本当に悪い海賊なのか』聞きたいことは沢山あった。でも、この島から出ることは出来ない。
足を抱えて蹲っていると、足音が聞こえてきた。顔を上げて音の方を向くと、ヨロヨロになりながらこちらに向かってくるフェリを見てウタは顔を青くした。
「な、何してるのフェリちゃん!?そんな体で動いたら…」
「あはは…ちょっとキツイけど何とかなるもんだね」
辛そうにしながらも笑顔を見せるその少女の姿にウタは何かチクリとした感覚を胸に感じた。
「……なんで笑えるの」
「えっ?」
「なんであんな目にあって笑ってられるの?」
悩んでいる私が馬鹿みたいに見えるくらいに彼女は立ち直っていた。むしろ、次さえ見据えているように感じた。
「う〜ん?まぁ、ここでうじうじ立ち止まってられないからかな?」
「ッ、そんなこと言って!家族や友達を失って悲しくないの!?」
「悲しいに決まってるでしょッ!?」
思わぬ大声にウタは怯んでしまった。怒りに満ちたその顔は先程の雰囲気とはガラリと変わっていたからだ。本当に憎しみを抱いている顔だった。
「私だって今すぐあいつらを殺したいほど憎んでる!でも、それが出来ないくらい弱かった!そんな自分が嫌になるほど悲しくて悔しいに決まってる!」
顔には見せないよう必死に押さえつけていた心が爆発したように叫ぶ。その姿を見て、ウタは(また傷つけてしまった…)と再度後悔し俯いてしまったが…
「それでも私は前に進まないといけない!どんな道だろうと大切な人を守るために私は強くならないといけない!」
その言葉でウタの顔が再び上がった。憎しみの部分は多少なりともあるが、力強くて迷っている自分よりも前を向いた言葉だった。
「ウタちゃんの過去ならゴードンさんから聞いたよ」
「ッ…そう。なら、分かるでしょ?私は利用されて捨てられた。あいつらにとって私はその程度の価値しか無かった!」
「本当にそう思ってるの?」
「……」
答えが見つからずに黙ってしまった。私はあの時のことが真実なのかどうかさえ未だ迷ってる。
シャンクスがそんなことをするわけないと思いながらも、あの光景を目にしてから他の海賊と変わらないのでは?という考えがこびりついて頭から離れない。
だけど、彼女の話で心は決まった。
「私は…思いたくないッ!シャンクスがあんなことするはずがないって信じたい!」
「なら、ウタちゃんが赤髪のシャンクスと直接話さないとね。やっぱり真実って本人から語られてこそだと思うの」
「でも、会うにしてもこの島からは出られないよ?」
「それは今の話でしょ?成長して立派な大人になったら会いに行けばいいんだよ!私も協力するからさ!」
「いいの?」
「いいに決まってるよ!だって私たちもう友達だもん!」
差し出された手をウタが握るとフェリがグイッと引っ張った。立ち上がれば目の前に広がるのは水平線に沈んでいく夕日、何度も見たことある景色だが今日はいつも以上に輝いて見えた。
「私の目標は大切な人を守っていくこと!ウタちゃんは?」
「シャンクスに会う。それで何も言わず置いてったことを後悔するくらいの1発をお見舞いしてやるんだ!」
「うんうん!やっぱり置いてかれたんだからそれくらいはしないとね!」
崩壊したエレジアで1つの誓いを立てた少女達。この誓いの元に海へと旅立った彼女たちが世界中を震撼させる程のコンビになっていくのだが、それはまだまだ先の話。
余談ではあるが、誓いを立てたこの瞬間にはるか辺境の東の海で一人の男が得体の知らない悪寒で震え上がっていたとかいないとか。
ここまでが導入です。
ここから先は本編に絡んでいく物語にしていくので、原作とは違う展開になっていきます。ウタとフェリが海に出て最終的にはハッピーエンドで終わり予定です(あくまで予定です続くかはまだ不明)