プロローグⅠ
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スノードロップ
学名:Galanthus
ヒガンバナ科ガランサス属
花言葉は「慰め、希望、恋の最初のまなざし」
イギリスの一部地域の逸話として、死を連想させることがある。
1
目を開けると、白い天井があった。
目を焼くような光に思わず再び瞼を閉じる。けれど、光はその瞼すら透過して目を焼かれる。
せめて体を横にしようとするが、ただ肌や筋肉が裂かれるような痛みが走るだけで、思うように体が動かなかった。腕を少し動かすだけで、20秒以上もかかった。
そして、
「…………ッ」
焼けるような痛みが脳を走った直後、視界に子供の落書きのような、黒い「線」が視えた。
その「線」は、そこら中にあった。天井。電球。視界の端に映る窓。
見下ろすと、自分の体にもその「線」はあった。
ゆっくりと形を変える歪な落書き。
不思議と、ソレが何か少年には理解出来た。いや、理解出来てしまった、というべきか。
万物には例外なく終わりがある。生き物は言うに及ばず、物も役目を果たせなくなれば、意味的には死んだことになる。
少年には、昔から生き物の死を表す「点」が視えた。
心臓や胸の近くにある、赤と青が混ざり合ったような「点」を突かれた生き物は、例外なく息絶えた。
しかし、その「点」はあくまでも生き物だけにあった。今みたいに、物質の死を捉えることはできなかった。
だから、今までまともでいられたのだ。
生き物は確かに脆い。だが、この世界は、少なくとも自分の手で壊しえないものだと思っていたから。
そう思えたから、正気でいられたのだ。
痛む体を動かして、近くの花瓶に供えられた花にある「線」を指でなぞる。ぞぶり、と指が沈む。
それだけだった。
花は枯れるように色を失くし、文字通り「死んで」いた。
ああ。やはり。
それがただの目や脳の異常による錯覚ならば、どんなによかったことか。
腕が「線」に沿って崩れる。
壁が「線」をなぞるように崩れる。
体がバラバラになる。
例外なく、全てが崩壊していく。そんな現実に、オレは──。
「目覚めたか」
それは、すぐ隣から聞こえた。
重い声だった。
思わず、少年は体をこわばらせる。
其処には誰もいないはずだった。少なくとも、少年は誰の気配も感じることが出来なかった。
其処にいたのは、一人の男だった。
黒い僧衣の上に同じ色のコートのようなものを身に纏い、此方をただ見ている。表情は険しく、永遠に解けない難問に挑む賢者のようだった。
そして。
この男には、全ての生き物にあるはずの「線」がなかった。
厳密にはある。だが、あまりにも薄すぎて、脳が焼けるような激痛を発し始めるまで見なければ、視ることが出来なかった。
「安心しろ。脳と左腕は治した。一週間もすれば、おまえの体も元に戻るだろう」
感情の読めない声色で、男は言う。
「その眼は、もう治らん。既に『直死の魔眼』としての機能が覚醒している。
おまえの眼と脳は、生物のわかりやすい死のみを理解していた。
だが、その怪我を負った際に、一時的とはいえ、おまえは『』に触れた。結果、視た物体の終末を見て、それを手繰り寄せる能力を得た。生命体の死だけではなく、物質の死すら捉える力。終末を視ることに特化した、究極の未来視と言っても過言ではない。
眼と脳で死を理解出来るもの全てを殺しうる力。我々の世界では、これを『魔眼』と呼ぶ。
魔眼には様々な種類があるが、『直死の魔眼』はその中でも最上位に値する価値がある」
少年には、男の言っていた言葉の大半が理解出来なかった。
魔眼。『』。
どうにもオカルトチックな方の話だった。そういう『異能』自体は、少年は否定はしていない。確かに、少年の血統はそういった『異能』を引き継ぐように作られている。
しかし、『異能』は人の数だけあり、持ち主にも、生んだ本人たちにも定めることは出来ない。異能は当代限りであり、決して同じものはない。
しかし、というべきか、『』と呼ばれるものも、魔眼も少年は聞いたことがない。
どんなに特異な『異能』であろうと、少年からすれば生まれつき見えるものなのだ。
本来、死で満ちた終末世界を視るというのは、普通の人間には耐えられない。しかし、少年の一族はその問題を解決する術を持っていた。
彼のような存在が生まれることを知っていてか、知らずかは当人たちにしか知りえないことだが。
「私の役目は、これで終わりだ。後は自由だ。私とおまえが会うことは二度とないだろう」
男はコートの中から何かを取り出して、テーブルに置いて言った。
「アンタ、何者だ?」
朦朧とする意識の中、少年は問うた。
男はつまらなげに答えた。
「魔術師。■■■■」
2
魔術師と名乗った男は、死んだように再び眠りについた少年を見ながら、厳しい顔持ちで言った。
「しき──奇しくも、アレと同じ名前とはな」
それは、陰鬱を含んだ、暗い笑いだった。
3
「雪城詩季?」
『ええ。DA管轄の組織の構成員です。暫く其方で預かって貰いたいのですが』
「此方は構わないが、そいつの腕前は?」
『腕は保証します。その組織でもトップランクですから』
「それで、雪城ってやつは何時来るんだ?」
『三日後です』
「わかった。こっちの面子にも伝えておく」
『頼みました』
そう言って、電話は切れた。
受話器を置き、その男──ミカは息をつく。そして手元に置かれた、電話と同時に送られてきたプリントに目を通す。
雪城詩季。
年齢は14。丁度千束と同じくらいの歳だった。
添付された写真には、黒髪の青い瞳の整った顔立ちの青年が写っている。そして、
「ガランサス...か」
DAと呼ばれる組織では、実働部隊の少女はリコリス、少年はリリベルと呼ばれる。対して、その何方にも属さず、年齢性別問わずに入ることのできる組織も存在する。
それがガランサス。
警察や政府高官、リコリスやリリベルなど様々な組織に入りこみ、隠蔽や攪乱、場合によっては口封じにも使われる人間たちだ。
千束のお目付け役か。それとも偶然か。
「先生ー!それどうしたの?」
「ん?ああ、三日後、こっちに転勤になるやつがいてな。そいつの資料だ」
「え!?それ本当!?ちょっと見せて!」
ミカは二階から降りてきた
自分が、その平和から遠ざけている原因の一つだと、一番理解していたのに。
解説
・■■■■
空の境界に登場するあの人。
今作では空の境界の時間軸を2020年以降に変更しているため登場。退魔四家と似た歴史を持ち、異能を持つ詩季を式にぶつける計画を立てていたが、とあるイレギュラーが発生したため断念。概ね原作と同じ末路を辿っている。
・雪城詩季
本作の主人公。
型月作品における「直死の魔眼」の保有者の中で唯一淨眼を持っていない。
本来の魔眼は生物など、生きた生物の死を視る魔眼(ロアの疑似直死の魔眼の上位互換)だったが、事故により変質している。
詩季の家系が関係しているのか、魔眼殺しの眼鏡は不要であり、ある程度は制御できるが、見えるときはふいに見えてしまうもののため、式のように完全に制御はできていない。
退院後はリリベルに1年在籍。成果を認められてガランサスに異動となっている。
・ガランサス
DA所属の組織。
所謂エリートの集まりだが、扱いはよくない。というかDA内の派閥争いのせいで度々優秀な人材が「不慮の事故」などで亡くなる。使い捨ての歯車、という意味ではリコリスやリリベルと同じ。