スノウドロップ   作:宮棟メルカ

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原作開始前
プロローグⅠ


 0

 

 スノードロップ

 

 学名:Galanthus

 

 ヒガンバナ科ガランサス属

 

花言葉は「慰め、希望、恋の最初のまなざし」

 

 イギリスの一部地域の逸話として、死を連想させることがある。

 

 

――――出典・Wikipedia

 

 

 


 

 1

 

 目を開けると、白い天井があった。

 目を焼くような光に思わず再び瞼を閉じる。けれど、光はその瞼すら透過して目を焼かれる。

 せめて体を横にしようとするが、ただ肌や筋肉が裂かれるような痛みが走るだけで、思うように体が動かなかった。腕を少し動かすだけで、20秒以上もかかった。

 そして、

 

「…………ッ」

 

 焼けるような痛みが脳を走った直後、視界に子供の落書きのような、黒い「線」が視えた。

 その「線」は、そこら中にあった。天井。電球。視界の端に映る窓。

 見下ろすと、自分の体にもその「線」はあった。

 ゆっくりと形を変える歪な落書き。

 不思議と、ソレが何か少年には理解出来た。いや、理解出来てしまった、というべきか。

 この「線」(これ)は、死だ。

 万物には例外なく終わりがある。生き物は言うに及ばず、物も役目を果たせなくなれば、意味的には死んだことになる。

 少年には、昔から生き物の死を表す「点」が視えた。

 心臓や胸の近くにある、赤と青が混ざり合ったような「点」を突かれた生き物は、例外なく息絶えた。

 しかし、その「点」はあくまでも生き物だけにあった。今みたいに、物質の死を捉えることはできなかった。

 だから、今までまともでいられたのだ。

 生き物は確かに脆い。だが、この世界は、少なくとも自分の手で壊しえないものだと思っていたから。

 そう思えたから、正気でいられたのだ。

 痛む体を動かして、近くの花瓶に供えられた花にある「線」を指でなぞる。ぞぶり、と指が沈む。

 それだけだった。

 花は枯れるように色を失くし、文字通り「死んで」いた。

 ああ。やはり。

 それがただの目や脳の異常による錯覚ならば、どんなによかったことか。

 腕が「線」に沿って崩れる。

 壁が「線」をなぞるように崩れる。

 体がバラバラになる。

 例外なく、全てが崩壊していく。そんな現実に、オレは──。

 

 

「目覚めたか」

 

 それは、すぐ隣から聞こえた。

 重い声だった。

 思わず、少年は体をこわばらせる。

 其処には誰もいないはずだった。少なくとも、少年は誰の気配も感じることが出来なかった。

 其処にいたのは、一人の男だった。

 黒い僧衣の上に同じ色のコートのようなものを身に纏い、此方をただ見ている。表情は険しく、永遠に解けない難問に挑む賢者のようだった。

 そして。

 この男には、全ての生き物にあるはずの「線」がなかった。

 厳密にはある。だが、あまりにも薄すぎて、脳が焼けるような激痛を発し始めるまで見なければ、視ることが出来なかった。

 

「安心しろ。脳と左腕は治した。一週間もすれば、おまえの体も元に戻るだろう」

 

 感情の読めない声色で、男は言う。

 

「その眼は、もう治らん。既に『直死の魔眼』としての機能が覚醒している。

 おまえの眼と脳は、生物のわかりやすい死のみを理解していた。

 だが、その怪我を負った際に、一時的とはいえ、おまえは『』に触れた。結果、視た物体の終末を見て、それを手繰り寄せる能力を得た。生命体の死だけではなく、物質の死すら捉える力。終末を視ることに特化した、究極の未来視と言っても過言ではない。

 眼と脳で死を理解出来るもの全てを殺しうる力。我々の世界では、これを『魔眼』と呼ぶ。

 魔眼には様々な種類があるが、『直死の魔眼』はその中でも最上位に値する価値がある」

 

 少年には、男の言っていた言葉の大半が理解出来なかった。

 魔眼。『』。

 どうにもオカルトチックな方の話だった。そういう『異能』自体は、少年は否定はしていない。確かに、少年の血統はそういった『異能』を引き継ぐように作られている。

 しかし、『異能』は人の数だけあり、持ち主にも、生んだ本人たちにも定めることは出来ない。異能は当代限りであり、決して同じものはない。

 しかし、というべきか、『』と呼ばれるものも、魔眼も少年は聞いたことがない。

 どんなに特異な『異能』であろうと、少年からすれば生まれつき見えるものなのだ。

 本来、死で満ちた終末世界を視るというのは、普通の人間には耐えられない。しかし、少年の一族はその問題を解決する術を持っていた。

 彼のような存在が生まれることを知っていてか、知らずかは当人たちにしか知りえないことだが。

 

「私の役目は、これで終わりだ。後は自由だ。私とおまえが会うことは二度とないだろう」

 

 男はコートの中から何かを取り出して、テーブルに置いて言った。

 

「アンタ、何者だ?」

 

 朦朧とする意識の中、少年は問うた。

 男はつまらなげに答えた。

 

「魔術師。■■■■」

 

 

 


 

 2

 

 魔術師と名乗った男は、死んだように再び眠りについた少年を見ながら、厳しい顔持ちで言った。

 

「しき──奇しくも、アレと同じ名前とはな」

 

 それは、陰鬱を含んだ、暗い笑いだった。

 

 

 


 

 3

 

「雪城詩季?」

 

『ええ。DA管轄の組織の構成員です。暫く其方で預かって貰いたいのですが』

 

「此方は構わないが、そいつの腕前は?」

 

『腕は保証します。その組織でもトップランクですから』

 

「それで、雪城ってやつは何時来るんだ?」

 

『三日後です』

 

「わかった。こっちの面子にも伝えておく」

 

『頼みました』

 

 そう言って、電話は切れた。

 受話器を置き、その男──ミカは息をつく。そして手元に置かれた、電話と同時に送られてきたプリントに目を通す。

 雪城詩季。

 年齢は14。丁度千束と同じくらいの歳だった。

 添付された写真には、黒髪の青い瞳の整った顔立ちの青年が写っている。そして、

 

「ガランサス...か」

 

 DAと呼ばれる組織では、実働部隊の少女はリコリス、少年はリリベルと呼ばれる。対して、その何方にも属さず、年齢性別問わずに入ることのできる組織も存在する。

 それがガランサス。

 警察や政府高官、リコリスやリリベルなど様々な組織に入りこみ、隠蔽や攪乱、場合によっては口封じにも使われる人間たちだ。

 千束のお目付け役か。それとも偶然か。電話の主(楠木)に限って前者はないと思うが、ガランサスにはある程度の自己判断権がある。もしも、ということもありえる。取り敢えずは一度会って見なければわからない。

 

「先生ー!それどうしたの?」

 

「ん?ああ、三日後、こっちに転勤になるやつがいてな。そいつの資料だ」

 

「え!?それ本当!?ちょっと見せて!」

 

 ミカは二階から降りてきた少女(千束)に紙を渡す。喜々としてそれを見る彼女を見て、ミカは思わず、こんな平和な日々がずっと続けばいいな、と思ってしまった。

 自分が、その平和から遠ざけている原因の一つだと、一番理解していたのに。




 解説

・■■■■
 空の境界に登場するあの人。
 今作では空の境界の時間軸を2020年以降に変更しているため登場。退魔四家と似た歴史を持ち、異能を持つ詩季を式にぶつける計画を立てていたが、とあるイレギュラーが発生したため断念。概ね原作と同じ末路を辿っている。

・雪城詩季
 本作の主人公。
 型月作品における「直死の魔眼」の保有者の中で唯一淨眼を持っていない。
 本来の魔眼は生物など、生きた生物の死を視る魔眼(ロアの疑似直死の魔眼の上位互換)だったが、事故により変質している。
 詩季の家系が関係しているのか、魔眼殺しの眼鏡は不要であり、ある程度は制御できるが、見えるときはふいに見えてしまうもののため、式のように完全に制御はできていない。
 退院後はリリベルに1年在籍。成果を認められてガランサスに異動となっている。

・ガランサス
 DA所属の組織。
 所謂エリートの集まりだが、扱いはよくない。というかDA内の派閥争いのせいで度々優秀な人材が「不慮の事故」などで亡くなる。使い捨ての歯車、という意味ではリコリスやリリベルと同じ。
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