スノウドロップ   作:宮棟メルカ

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新しい夜明けⅢ

 1

 

 有栖を駅まで届けて、気づけば昼下がり。詩季は携帯にメールが送られていたことに気づく。送り主は千束。どうやら、いつもの人助けの最中に面倒なことに巻き込まれたらしい。

 内容は、恋人との写真をSNSに投稿したところ、その後に妙なメッセージが送られてきたり、監視されているような視線を感じるようになったらしい。それだけならば警察に相談したり興信所を紹介したりするだけなのだが、問題はその恋人と撮った写真だった。

 千束曰く、その写真に昨日の銃取引現場が行われているのが写っていたらしい。その写真が撮られたのは、ラジアータ(DAの誇る高性能AI)が予測した時間の三時間前。DAは偽の情報を掴まされたらしい。

 情報の整合性の確認のために詩季がリコリコに戻ると、慌ただしく二階と一階を行き来する千束がいた。

 

「今戻った...って千束。何をしているんだ?」

 

「...ん、おかえり詩季ー。今日はなんと!沙保里さんの家でパジャマパーティーなのです!」

 

「へえ。楽しんでこいよ。井ノ上は?」

 

「ん?ああ、今単独で沙保里さんを護衛中。先に沙保里さんのマンションまで送っていって、後で私が合流する予定かな」

 

 その言葉を聞いて、詩季は一抹の不安を何故か覚えた。第六感、とでも言うべきか、虫の知らせ、とでも言うべきか。

 丁度その時、千束の携帯からメールの着信音が鳴る。どれどれ、なんて言って千束が携帯を見る。直後、はぁ!?と奇声を上げた。ミカの方を向き、いつものバッグは!?と言う。

 ミカがカウンターの下から、リコリスとして活動するためのバッグを取り出して千束と詩季に渡す。

 反射的にキャッチしたが、全く状況が掴めず眉を顰める詩季の腕を千束は引っ張って喫茶店を後にする。転びそうになりながら、なんとか千束と並走する。

 

「待て待て、全く状況が掴めないぞ、だからちょっと待てー!」

 

 柄にもなく、詩季が声を荒げる。

 

「例の沙保里さんをつけてたストーカー!今たきなと沙保里さんの後ろを付けてる車がそうかもしれないってメールが来たのっ!」

 

 走りながら千束が説明する。

 

「なるほど、ね。アイコンタクトでミカと会話するのは結構だけど、だがそれが誰にでも通じると思うなよ.......!」

 

 詩季は事態に納得しながら、言わなくともわかるでしょ、と言わんばかりの千束にイラついた。

 直後。

 パーン、という、市街地には似合わない音が響く。はあ、と二人でため息をついた。幸運にも、音の発生減は此処から近い。

 

「急ぐよ」

 

「ああ。......千束」

 

「わかっている。後ろのドローンでしょ」

 

 何処からついてきたのかわからないが、後方約10メートルほどの距離に、一台のドローンが此方を追いかけてきていた。取り敢えず、詩季と千束は放置を決め込むことにした。千束は其処まで精密射撃が得意な方ではないし、DAの基準をぎりぎりで満たしている程度の腕前しかない詩季には、早撃ちなど出来ない。ドローンは武装しているわけではないので、当面放置はでいいだろう。

 そして。

 

「取引した銃の所在を教えなさい!」

 

 そんなたきなの声とともに、サプレッサーを装備した銃の作動音が聞こえる位置にまで到着した。たきながリロードをしようとした瞬間、横合いから千束が追跡者達の乗る車から死角となる曲がり角まで抱えて運ぶ。

 

「な・に・してんのー!」

 

「尾行されてたので誘き出しました。彼らが銃の所在を──」

 

 再び角から出ようとするたきな。

 

「おい。護衛対象はどうした?」

 

 ふと疑問を持った詩季が聞く。

 

「車の中です」

 

 悪びれもせず、たきなはそう言った。

 静かに詩季は頭を抱える。千束もその言葉に驚いたようで、

 

「護衛対象を囮にしたの!?」

 

「彼らの目的はスマホの画像データです。沙保里さんを殺す意図はないと思います」

 

「人質になっちゃうでしょ...!」

 

「この女がどうなってもいいのか!」

 

 千束のその言葉の後に、車からそんな言葉が聞こえる。ほれ見たことか、という目で見る千束に、たきなは、

 

「貴女が止めていなければもう終わっていました」

 

 そう言った。

 

「沙保里さんに当たっちゃうでしょ」

 

「そんなミスはしませんよ。この距離からでも射殺できます」

 

「命大事に、だってば」

 

 その言葉を聞いて、詩季は一つたきなに聞いた。

 

「井ノ上。銃の腕前に自信は?」

 

「それなりには...」

 

「なら7時方向に飛んでるドローンを頼めるか。サプレッサーは外してくれ。囮に使う」

 

 たきなはほんの一瞬後ろを確認して。

 

「可能です」

 

「じゃあたきなのタイミングでいいよ。詩季」

 

「ああ」

 

 そう詩季は言って、バッグを外して左手に持つ。右ポケットからナイフを出し、逆手に構えた。

 

「じゃあ、始めよっか」

 

 

 

 2

 

 静寂に包まれた市街地に、もう一度銃声が鳴る。

 タイヤがやられた車から逃げ出そうとしていた、動けない運転手以外の三人の犯人が、開いたドアや車の後ろに身を隠す。

 助手席に座って男が恐る恐る顔を上げる。其処には、

 

「やあ、取引したいんだけど」

 

 白髪の少女が、目の前に立っていた。驚いて発砲する男。千束は1メートルもないような場所から放たれたその銃撃を難なく躱すが、喋っている最中に攻撃されたことに腹を立てたのか、むすっとした顔で車のドアを蹴って閉める。ドアのフレームが犯人の顔に勢いよく直撃し、倒れこむ。千束はドア越しに非殺傷弾を5発。直接1発をその男にお見舞いした。

 銃声に気づき、銃を手に其方を警戒しようとする二人。しかし、その反対から、詩季が勢いよく振り回したバッグが手前の犯人の顔にクリーンヒットする。

 ガッ、と声を上げて体を折る犯人。当然だ。銃の収納やマガジンの予備、その他便利グッズを収納する役割があるリコリスのバッグだが、何しろ、銃撃に耐えられるようにも設計されている。そんな硬度な物体が鼻っ柱に叩きつけられたときの痛みは、想像を絶する。

 残りの一人は詩季の方を向き、発砲しようとする。直後、犯人の目の前には鈍い光を放つナイフが迫る。

 

「ひっ!」

 

 思わず声を上げる。だがそのナイフは首元に出血さえ残さない切り傷を作ったにとどまった。犯人が避けたわけではなく、詩季はわざと外した。そのまま背後を取った詩季は、背中に肘打ちを放つ。がは、と肺の全ての酸素をたまらずに掃き出し、男は気絶した。

 鼻から大量の血を流しながら、よろよろと立ち上がろうとする男にはそのままハイキックを食らわせて、気絶させた。

 

「おー!いつ見てもえぐいね。たきな、沙保里さんお願い!」

 

 痛そうー、と言いながら、千束は運転席で負傷した男を手当しようとする。殺さないでくれ、と命乞いをする犯人をちょいちょい脅すお前もお前だ、なんて詩季が思っていると、

 

「命大事に、って敵もですか!?」

 

 たきながそう言った。

 

「そう、敵も!」

 

 そう言い、負傷した犯人の肩に包帯を巻きながら言った。

 直後、最初に千束にやられた一人が起き上がり、発砲する。それを千束は容易く躱し、頭に改めて1発命中させる。今度こそ、犯人は意識を失い、倒れ込む。

 ふう、と銃を仕舞う千束。

 

「詰めが甘い」

 

「ごめんごめんって」

 

 詩季がそう言うと、千束はそう言って流そうとする。

 一方、護衛対象の篠原沙保里も怪我はないようで、たきなに抱き着いて泣いていた。困惑の表情を浮かべるたきなを見ながら、千束はスマホを取り出す。電話先は恐らくクリーナー(事件や殺人現場の後始末を生業とする業者)だろう。後はお役御免かと思い、詩季は帰路につこうとして、

 

 からん、と空き缶が転がる音と、多数の足音が聞こえた。

 

 それらは、詩季たちを挟むように前後にいた。

 道は車がぎりぎり通れるくらいの広さだが、それらは通す意思はないらしく、通せんぼをする形で立っていた。

 その辺りにいるサラリーマンだった。

 その辺にいるOLだった。

 ランドセルを背負った子供だった。

 どこにでもいる、至って普通の人間たち。

 顔に表情はなく、虚ろな瞳をしていたとしても、日常にいそうなモノばかりだった。

 それらは共通して、『生きて』いなかった。

 あるモノはナイフを。あるモノはゴルフクラブを。あるモノは消火器を。

 それらは各々の得物を持って、立ち尽くしている。

 詩季の眼は詩季に語る。アレは、アレ等は『生きて』いない、と。

 直感が語る。得体の知れない相手を、真正面かつこれだけの数を一人で相手にするのは、難しい、と。

 理性が語る篠原沙保里を守り切れる自信はない。一点突破を援護しつつ、詩季が時間を稼ぐべきだ、と。

 

 夜はまだ明けない。

 いや、『彼』にとっての夜は、始まったばかりだった。




 本作最初の選択肢。
 深く考え過ぎず、お好きな方をどうぞ。
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