スノウドロップ   作:宮棟メルカ

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クラーケⅠ

0-1

 

 暗闇と叫び声だけがあった。

 日を追って無くなっていく四肢の感覚。

 既に痛みを感じることもなくなった、ガラクタの体。

”もういっそのこと、殺してくれ......”

 もし、『ソレ』に声帯があったのなら、そう言っていたことだろう。視覚を封じられていることが、まだ、彼に正気を失わせずにいた。

 

「ハロハロー。まだ生きてるみたいで何より。やっぱり、活きの良さが大事なのかしらねぇ」

 

 場違いな、ハイテンションな女性の声が、『ソレ』の耳に入った。

 もし『ソレ』に全うな口があれば。口枷がついていなければ、歯を鳴らしていただろう。

 その声だけで、『ソレ』は恐慌状態に陥った。ガシャン、ガシャン、という鎖の音。それを見て、その女性はにんまり、という笑いを浮かべた。

 

「そーんな怖がらなくてもいいじゃない。アタシは単にアナタのお願いを叶えようとしてあげようってしているだけじゃない」

 

 お願い?

 願い?

 確かに願った。あいつら(リコリス)を殺し尽くす力を。

 確かに願った。仲間たちの元に帰ることを。

 その結果が、コレ?

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 先ほどとは一転して、純粋な怒りによって『ソレ』は鎖を揺らす。

 

「うんうん。カラダの方も問題なし♪これにて『治療』は終了です。あ、鏡でも見てみる?アナタ、結構イケメンになっちゃっているケドぉ?」

 

 そう言って。

 女性は『ソレ』の目隠しと口枷を外す。人工のものとはいえ、久しぶりに浴びる光が目を灼く。目が眩む。蜘蛛のような女を視認する。そして、

 

「どう?新しい自分は?生まれ変わったって感じするかしらぁ?」

 

「A──AAAAAAAArrrrrrrrr!?!?!?」

 

 声にならない悲鳴が、部屋に響く。

 なんだ、これは。

 認めたくない。

 認められない。

 『ソレ』が生きている内に培われた理性と、人の本能がそれを否定する。

 これは。

 これは。これはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれは

 

 

 


 

0-2

 

「あららら。ショートしちゃったかしら。まあダメ元で作ってみたから仕方ないけれど。」

 

 暫くして。

 鎮まり返った部屋で、キャスターのついた椅子に座っていた女性は、『ソレ』を黒い箱に包装し、『ソレ』がまだ人であったころの所属先へ送り返すことにした。

 

「まぁ、これ以上すると流石に教会とかに気づかれそうだし、大人しく槙久ちゃんのところに戻ろうかしら。有用なデータでも取れれば上々ねぇ」

 

 女性は、この部屋を照らす唯一の蛍光灯を消す。消える照明。

 其処には、暗闇と『ソレ』だけが残った。

 

 

──此れは、まだ月が堕ちる前の話。

──表にも裏にも決して知ることも関わることもない、一つの終焉だった。

 

 

 


 

 

 1

 

 DAの支部、喫茶リコリコに来てから二週間ほど。

 詩季がウェイターの仕事にも慣れてきたころだった。

 DAから、初仕事の依頼が来た。

 ありきたりな、廃墟を根城にしたテロリストの掃討。

 しかし、その廃墟の地上階の制圧は完了したが、地下フロアの制圧にかなり時間がかかっている、ということだった。

 その廃墟とリコリコまでは約20分。増援の依頼が来たとき、丁度詩季も千束も喫茶リコリコにいたため、行きと帰りはミズキの運転ということになった。

 

「詩季。そういえば銃は何使ってるの?」

 

 乗用車の後部座席。隣に座る千束はそう詩季に問いかける。

 リコリスは背中に銃と、幾つかの予備弾倉、そして拘束バンドなどを携帯するためのバッグを背負っている。

 しかし、詩季にはそれがない。ガランサス支給の蒼い学生服を着ているだけだ。

 

「生憎、銃の持ち合わせはない。得物はこれだよ」

 

 そう言って、ポケットから一つの短刀を取り出した。

 木製の持ち手と、鉄のフレーム。ボタンを押すと、10cmほどの刃が飛び出す。機能的には、飛び出しナイフと同じだ。ひたすら頑丈なことだけが取り柄のナイフ。

 

「へぇー!ちょっと見せて!」

 

 言うが早いか、千束はナイフを詩季から奪って刀身を見つめる。

 

「別に、刃先が飛ぶとか、銃口がついてるとかのギミックはないよ」

 

「わかってるって」

 

 時間にして一分足らず。千束は刀身を仕舞い、ナイフを詩季に返す。

 それをポケットに仕舞い、少しの無言が訪れた。

 

『千束。詩季。聞こえるか』

 

「ああ、聞こえている」

 

 インカムから流れる、ミカの声。彼が現場指揮官らしく、既に現場にいる。場合によっては狙撃手もするらしいが、今回は戦場(フィールド)は地下だ。ドローンの目も届かない。故にDAがリアルタイムで集める情報を二人に伝え、適切なタイミングで後続を投入させるのが彼の役割だ。

 

『今回の相手の数は約40人。そのうち半数が地下にバリケードを作って立て籠もっている。リコリスも突入させたが、誰一人帰還していない。現場は事を荒げない程度に包囲線を敷いている』

 

「つまり、今回の標的はその武装した連中を殺せ、てコト?」

 

 しかし、そういう仕事こそSATの仕事だろうに。上層部()はどれだけ面子を気にしているのか。怠惰にもほどがある。

 

「ちょいちょいちょい。車に乗る前に命大事に、って言ったでしょ」

 

 ぐい、と此方に顔を向ける千束。ああ、確かにそんなこと言ってたなー、なんて思い出すが、それが今の話とどう関わりがあるのだろう。

 そのとき、ふと思い当たる。いや、まさか。そう思いながら、詩季は一応確認してみた。

 

「......まさか、殺すなって言いたいのか......?」

 

 勿論、何をいまさらと言わんばかりに此方を見る千束。

 

「......どう殺さずに武装した人間を制圧する気なんだ?」

 

「うーん......其処が困りどころなんだよね...一応支給品の銃なら私が使う弾があるんだけどなー」

 

 そう言って、腕を組んで悩む千束。

 生憎と、銃の腕前に関してはリコリスの基準すら満たしていないことは.......言う必要はないだろう。

 

「そもそも、何処まで許されるのかも不明瞭だな。まさか流血もなし、とか言う気じゃないよな?」

 

 できればそれもしたくないんだけどね......、と千束が小さな声量で言ったのを見て、詩季には形容しづらい感情が沸いた。

 この二週間で、仕事の合間の会話や仕事中の業務連絡。客との話し合う姿を観察していて、それなりに千束のことを理解しているつもりだった。

 基本的な部分に関して、千束は行き過ぎたお節介さや面倒見の良さ、好奇心が旺盛ということを覗けば、至って普通の一般人と変わらない。立ち姿や視線の位置も一般人と同じ。悪く言えば警戒心がないのだ。

 流石に仕事のときは切り替わるタイプなのかと思っていたのだが、今の今まで、この調子なのだ。

 ......こんな真人間が、どうやったらリコリスとして働けるのだろう。

 喫茶店の看板娘をしているとき、彼女はリコリスとしての自分を、一体どのように見ているのだろうか。

 リコリスとして銃を構えているとき、日向を歩く自分をどう見ているのだろうか。

 

「あったあったー!これ借りてもいい?ミズキ」

 

「ん?別にいいわよ。どうせ私が行くわけじゃないし」

 

 千束が取り出したのは、伸縮可能な警棒と、スタンガンの機能がついた警棒だった。

 

「詩季。どっち使いたい?」

 

 その二つを詩季に手渡す。

 銃には遠く及ばないが、リーチがあるに越したことはない。

 しかし、殴打する武器では一人を無力かするのにだいぶ時間がかかる。その点スタンガンは意識を刈り取るのに手間がかからない。

 しかし、電池が切れれば役立たずだ。こまめにオンオフを繰り返したとしても、いつ性能が落ちるかわからない武器に命をかけたくはない。

 さて、どうするべきか。

 

 

 


 

 2

 

「結局、両方持ってきたんだ」

 

 手の中で調子を確かめるように、くるりくるりと警棒を回す詩季。結局、両方持っていけばいいという思考になった詩季は車を降りる際に二つとも拝借してきたのだ。

 

「そもそも、二つ同時に使えるの?」

 

「少なくとも銃よりはな。鈍器や刃物の部類ならある程度扱える」

 

 元々、千束には見せていないだけで、ナイフも投擲用に二つ目を別に持っている。場合によっては二刀流まがいのこともやっていたため、経験がないわけではない。

 

「へぇー。じゃあ刀とかも使えるの?」

 

「ああ。それなりにな。段を持っているわけじゃないが、何度かは振ったことはある」

 

 最も、技の話をすれば、ナイフはともかく、刀は完全にオリジナルだ。そもそも詩季の体術や技は真正面から戦うことを想定していない。

 実戦を想定しながら、一度も必要とされることのなかった技術。それが、詩季の剣術に対してのイメージだった。

 

「じゃあさ、これが終わったら見せてよ!剣術!」

 

 目を輝かせながら、千束は詩季に言った。

 

「別にいいけど」

 

 別に見せてはいけない、とは言われていない。

 実戦で役に立たないのだから、もし見世物として需要があるのならば、この型を作った人間も報われるだろう。

 

「まあとにかく、目の前の仕事を片付けるのが先か」

 

「そうだね、ってフキ!久しぶりじゃん!」

 

 周りを囲むリコリスに知り合いがいたのか、黒髪のリコリスの方に走っていく。黒髪のリコリスは少し此方を睨み、千束の方を向いた。

 

「そんな顔しなくたっていいじゃない。久しぶりなんだから」

 

「お前といると、毎回とばっちり受けるのは私なんだよ。んで、そっちの奴はなんだ?」

 

「詩季のこと?詩季は最近入ったお手伝いさんだよ?」

 

「......とにかく、仕事はしろよ。私たちはあくまでもお前たちがしくじったときの第二陣だ。それ以外の指令は──!?!?」

 

 銃声。

 一発や二発ではなく、拳銃、アサルトライフルの複数の銃声だった。

 逆に向こうから仕掛けてきたのかと思ったが、入口に変化はない。

 

「仲間割れか?」

 

 仮にも劣勢の状況で、一番やってはいけない行為だろうに。

 利害の不一致か、それとも内通者がいたのか。詳しいことは此方にはわからない。ただ、詩季にわかることは、

 

「詩季!行くよ!!」

 

「ああ」

 

 あのお人好し(千束)が、動かないわけがない、ということ。

 言うが早いか、千束は入口に走り出す。その後ろを、詩季は走る。迎撃はない。それどころか、人がいない。さきほどまで使われていただろうトランプや飲み物や食べ物はあるが、肝心の相手がいなかった。

 

「どういうこと?」

 

 その不自然さに、思わず千束が立ち止まる。

 酷く寒い。いくら地下とはいえ、階数はたかが地下1階。天井も3mほどだ。だというのに、まるで雪蔵の中のような寒さを詩季は感じていた。

 ソレに気づいたのは、殆ど偶然だった。

 ソレはいつからあったのか。

 何故、ソレを見逃してしまったのか。

 ソレは、人型だった。

 肌の色は、死人のようだった。

 だが、その在り方は人間ではなかった。

 息をしていない。だというのに、この眼は告げる。こいつは生きている、と。

 漠然と。詩季の本能は告げる。こいつは、在ってはならないものだと。

 筋肉質の体。それには反して、だらしなく垂れた腹部。顔は人間のような形だが、口や鼻、対の目はまるで蜘蛛のようだった。

 

「なに...あれ......?」

 

 千束もソレを見つけたらしく、ソレを凝視したまま口に手を当て、吐き気をこらえる。

 殺せ。殺せ。殺せ。

 ばらせ。ばらせ。ばらせ。

 どくん、どくんと跳ねる心臓か、ソレを見たことで頭痛を訴える脳が、詩季に命令する。

 がしゃん、という音。手が勝手に動き、ポケットのナイフを引き抜かせる。警棒を捨てたのは、それが攻撃にも防御にも使えない得物だと本能が判断したからだろう。

 

「────、」

 

 詩季の殺気を捉えてか、ソレの腹部がずるずるとほどかれる。

 現れたのは、背中を起点にした6本の腕だった。握るという機能性はないが、単に殺すための腕としては申し分ない。

 

 此処に、二人の■■の■■と、一匹の怪物の生存をかけた闘争が幕を開けた。




 タイトルから察していただいたように、月姫要素前回です。
 まあ、私が型月という文化に触れたきっかけの作品だということと、原作前だから何してもいいでしょ、という心意気で書かせていただきました。
 まあ原作まで追いついたらたぶん読んでも読まなくても構わない、くらいの扱いになります。
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