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暗い夜。
蒼い月。
深い森を、大人たちは息を殺してぞろぞろと歩いていく。
ぼくも、その列についていく。
暫く歩くと、大きな広場があった。
その近くにある大きな茂みに、お父さんがぼくの手を引っ張っていく。其処にぼくを連れていくと、此処にいなさい、と言った。
此処で見てなさい。それが、次期■■家当主になる、お前の責務だ。
そう言って、再び父は男達の列に並んでいく。
広場には、一人の男がいた。
色素の抜けたような、白い髪と冷たい蒼の瞳。両腕には、太鼓の撥のようなものを持っている。
大人たちがその男を囲う。大人たちの背中で、男が見えなくなる。ほんの数言だけ、内容はわからないが、会話めいたものが聞こえた。
大人たちとその男に、どんなものがあったのかはわからない。
直後、大人たちは一斉に男に襲い掛かった。
対して、男の反応は至ってシンプルだった。
その撥のようなものを使い、殴り、潰し、穿つ。
包囲網を一瞬ですり抜け、蜘蛛のように隙間を縫い、彼らを殺していく。その中に、お父さんがいた気がした。
一分足らずで、20人近くの大人たちは全員動かなくなった。そして、その男は初めからわかっていたのか、此方に歩いてくる。
ぼくは、ただそれを見ていた。
男は、ぼくの目の前に立つ。
ぼくは、ただそれをを見ていた。
ぼくの体は、何処までもでくの坊だった。
先端が胸に当たる。それだけで、お腹が熱くなる。反面、痛みはなかった。
喉をせりあがる血。体の力が抜け、倒れこんだになる直前だった。
「、王顕」
短い韻が後ろから流れた。
後ろに倒れる体を、誰かが抱きかかえる。
苦悩に満ちた、厳しい面差しをした男だった。
其処までが、ぼくの最後の記憶だった。
1
意識が浮上するのを、雪城詩季は知覚する。異様なまでに白い天井。鼻につくアルコールの匂い。
目の奥で火花が散るような、激痛が走る。いつも見える『線』が、今は大きく見える。あの歪な怪物を見たせいか。それとも、この光景があの時と同じだからか。
いつものようにしても、消えない『線』。此処暫くはなかったことだった。とはいえ、このままもう一眠りすれば元通りになっているだろうと思い──
「......詩季?」
ふと。
横から声が聞こえた。
赤い制服。白い髪。赤い瞳。
千束だった。
「お前、なんで此処にいるんだ?」
まるで、泣き腫らしたような、そんな顔。
此方に意識があるのに気付いたのか、千束は詩季をじろじろと観察する。
「詩季...体の具合は?」
「特に何も。痛みはあれど大したものじゃ...──!?」
詩季が言葉を詰まらせたのは、痛みのせいではなかった。
それは千束がいきなり抱き着いてきたからであり、間違って『線』か『点』に触れてしまった想像をしてしまったからでもあった。
バラバラに崩壊する、千束の体。それが今までないほどにリアルに想像してしまった。ものや人を殺すこと自体は、特段怖いことではない。
自らの殺意や敵意からではなく、殺すのが怖い。
それだけのことだった。
だから、泣いている千束を抱きしめ返すなんてことは、できなかった。
2
「詩季。容体は......少し時を改めた方がよかったか?」
「いや、別に構わない。それより先に引きはがしてくれるとありがたい」
ドアから、詩季がそう言うと、苦笑しながらミカは千束を引きはがす。千束を近くのベッドに寝かせると、ミカは此方を険しい顔で詩季を見た。
「できれば、そのまま持っていけ。どうせ大した怪我なんてしていないだろ。そいつ」
「まあな。一応、お前の心配をしていたんだ」
それはそれは、と少しおどけてみせたが、ミカの表情は変わらない。はあ、と詩季はため息をついた後、
「如何にも聞きたいことがある、って顔だな」
「その通りだ。三つほど、お前に聞きたいことがある」
「わかった。出来る限りは答えるよ」
「じゃあ一つ目だ。
おまえたちが対峙した化け物というのはなんだ?」
「さあな。死体があるんじゃないのか?」
「いや。千束が言うには、詩季がナイフで刺したら灰のように消えた、と言っていた。実際、そんな死体は存在しなかった」
「生憎、オレもあの手合いの化け物は見たことはない。あの時が初見だし、もう御免被るがね」
「......じゃあ二つ目だ。
何故、ガランサスを辞めた?」
その言葉に、少し詩季は感心した。
「それを、何処で知った?」
「お前を調べているうちに、気になることがあってな。DAと掛け合って、ガランサスの代表と話をした。すると此処に来る二か月前に、お前がガランサスに辞表を提出したと言われたよ」
「へぇ。よくあの老いぼれが口を開いたな」
「其処も疑問の一つだ。私がお前の紹介をDAから聞いたとき、お前はガランサスのトップランカーだと聞いていた。だと言うのに、当のお前は既に辞めた身だと言っていた。それに、何故かお前の名前を出すと、電話の声が白々しくなった」
「だろうな」
「何故だ?」
語彙を強めて、ミカは問う。
「ガランサスにとって、オレは一つの厄種の一種でね。それが自主退職するって言ったんだ。向こうも頷くしかない。とはいえ、元ガランサスの人間が社会復帰なんてできるわけもなし。だから、ガランサスは少しばかり身分証を改竄して、そっちに着任するまではガランサス所属と偽ったんじゃないか?
あくまでも、オレ個人の勝手な推論だがね」
「元の話に戻る。
何故、ガランサスを辞めた?」
ミカは再び、詩季に問う。
「恨みやら悔恨やら、その他諸々。いい加減に、自分の心に覆いが出来なくなってきて、自分の心が無感覚になってしまう前に逃げてきた、というべきか。
全ての仕事は、人の良心を麻痺させるために存在する。
仕事だから、自分より小さい子供を殺せる。
仕事だから、昨日まで笑い合っていた仲間を殺せる。
リコリスもリリベルも、ガランサスも根本的には変わらない。良心を麻痺させることさえ出来れば、人殺しを許容出来る。
良心さえ何とか出来れば、誰だって人は何処までも冷酷になれる。それが出来なくなれば、死ぬだけだ。
それが出来なくなってきたから、オレは辞めた。仕事に私情を持ち込むようになったからな。
リコリスでもリリベルでも、どちらでもよかった。相手が大人なら、良心を気にしなくて済むと思ったから、こっちに来た。それだけのことだよ」
自虐するように、詩季は笑う。それを、ただミカは何も言えずに見ていることしか出来なかった。
「それで、三つ目はなんだ?」
詩季がそう急かす。
「どうやって、千束の寿命のことを知った?ガランサスでも、一個人のカルテを見ることは叶わないはずだ」
詩季は少し考え込むと、
「死を視る眼がある、と言われたら信じるか?」
「死を視る眼?」
「ああ。万物は全て不完全だ。完璧なものなんて存在しない。全てのものは、本質的に何処かで生まれ直したいという願望がある。その死を、視覚で捉える眼を、オレは持っている。
死にやすい人間は、『線』が多い。病魔であれ、先天的なものであれ、だ。
オカルトめいた話だから、信じてくれなくても構わない」
そう言って、詩季は目を瞑る。
ミカは思う。確かに信じ難い話だと。だが、実際に詩季は千束の心臓のことを見抜いた。それだけで、その眼のことを信じる根拠にはなりうると思えた。
最後に。
ミカは思わずこう口にした。
「お前は、何者なんだ?」
対して、詩季は少し笑った。そして、
「さあね。オレが一番それを知りたいよ」
そういって、詩季は眠りに落ちた。
一部を虐殺器官から引用。
一応これで過去編は終わりです。漸く1話に入れる...