スノウドロップ   作:宮棟メルカ

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Easy does it
致命的な破損


 1

 

 かちかちかちかち。

 耳の奥から鳴る音で、目が覚めた。

 ズキリ、と走る頭痛。

 目を開けると、いつもより『線』が多い。心なしか、『線』も広い気がする。

 目覚ましを止めようとした腕が空を切る。

 力が抜けた腕がベッドから落ちる。ガタリ、机が文字通り壊れる。

 

「......ァ、」

 

 如何やら、偶然『線』に手が通ってしまったらしい。

 その音で、完全に雪城詩季の意識は浮上した。

 体に力が入らない。頭痛と酷い気怠さに、体を起こす気にもならない。朧げながら、最近こういうことが増えてきた気がする。

 

「......ッ、頭痛薬は...切らしてるか」

 

 この前の時に飲み切って、すっかり買うのを忘れていた。

 とりあえず、リコリコの方に電話でもして休む旨を伝えるのが先か。

 そう思って枕元の携帯に手を伸ばして、携帯を開く。

 着信7件。3件はミカから。4件は千束からだった。寝ていて気づかなかったが、かなり寝過ごしていたようだ。

 これをどう説明しようかと思案しようとしたとき、携帯が鳴る。発信者は千束からだった。

 

「......もしもし?」

 

『詩季ッ!今何処のセーフハウス!?動けないなら言ってくれれば──』

 

「ストップ。こっちはまだ大丈夫だ。だから暴走するな。今日はリコリコを休むが、大概明日になれば体調は元に戻る」

 

 1年ほど前だろうか。

 意識がなくなってセーフハウスで倒れ込んでいたところを見られてからは、その辺り、千束は神経質になっている気がする。

 それが彼女の人間性、と言えば其処までなのだが、詩季からすればその辺りを煩わしく感じてしまう。ある程度はドライな関係でありたいと思っている。

 何処まで一緒にいられるかわからないのに、半端な情を抱きたくはない。

 漸く此処まで準備が整ってきて、中途半端に投げたくはない。

 それよりも、だ。

 今。チラリと窓を見たら、一台の原付が停車しているのが見えた気がする。見間違えでなければ、千束のものだ。

 ......このセーフハウスの位置を、詩季は千束に教えた覚えがない。

 このセーフハウスは二階建てアパート。木造の築50年。管理者は死に、この建築物の権利の在りかが役所でもわからずてんやわんやしているため、全く管理されず廃墟同然となっていることを利用した迷彩のつもりで使っていたのだが。

 携帯から聞こえる、階段を上る音。

 如何やら全てのドアノブを回しているらしく、薄い壁の向こうから、次々とドアが開かれる音が聞こえた。

 そしてついに詩季の住む部屋のドアノブが回される。ガシャン、と壊れる鍵。確かに勝手に此処に家財道具を置いてから何も改装をしていないとはいえ、こんなにも簡単に壊れていいものか。

 

「お邪魔しまーす!」

 

 携帯と目の前のドアから同時に聞こえる、そんな声。

 はぁ、とため息をつきながら、一応千束を出迎えることにした。

 

 

 


 

 2

 

「全く、そんな状態なら早く連絡してくれれば迎えに行ったのに」

 

 如何にも不満ありげに、千束がベッドで動けず毛布を被る詩季に言う。いや、実際迎えに来てるじゃないか、なんて心の声を抑えながら、

 

「お前、なんで此処がわかった?」

 

「ん?..................サァ、ナンデダロウネー?」

 

 顔を逸らしてそんなことを言う千束に、詩季は頭を抱える。

 思わずセーフハウスの意味を考えろと言いたくなった。味方にも敵にもわからないのが魅力だろうに。これじゃ台無しだ。公的に住む家と、本当の隠れ家だと思い込ませるための家。そして、本当の意味で偽装している家。詩季が今いるのは、本当にそういう風に偽造している家だ。

 大方電源を入れっぱなしにしていた携帯のGPSから場所を割り出したのだろうが、その派手に目立つ服(制服)で来ないでほしいものだ。ただでさえリコリスで腫物扱いされているのに、これじゃDAの中ではタカ派に位置していたリリベル残党に居場所を教えているようなものだ。

 

「......それで、電話の要件は?寝過ごしたのは悪いが、ソレが先だ」

 

「あー、えっとね。とある廃ビルで銃の取引があってさ。それで──」

 

 千束はざっと概要を説明する。

 大規模の銃取引現場の差し押さえだったということ。突入したリコリスの一人が人質に取られたこと。千束が援護として来たが、突入寸前に凄まじい銃声がし、止むとミカから撤収しろと言われたこと。

 そして一向に電話に出ない詩季を心配して、携帯のGPSを使って此処を突き止めたこと。

 

「......よし。大体概要は掴めた。お前、携帯寄越せ。オレ関連の連絡先全部消してやる」

 

「え......うわっちょっと携帯奪うな──ッ!?」

 

 千束が隣まで来ていたのが幸いだった。言うが早いか、千束の制服に入った携帯を奪い、ロックを解除する。ある程度は想像していたが、こいつ、ネット全盛期の時代に自分の誕生日4桁をスマホのパスワードにしているとかあまりのもネットリテラシーとやらが足りていないのではないか?そんなことを思ったが、大昔に仕事で関わった自称最強ハッカー(笑)と大して変わらない......いや、そいつは自分の商売道具であるパソコンのパスワードを1234にしてたっけ、なんて思い出して訂正する。因みにそいつは簡単に逆探知されてロケットランチャーを本拠に撃ち込まれて死んでいる。

 返せー!と両腕を伸ばしてくる千束の頭を右手で抑え、左手でアドレスを消そうとした瞬間だった。ぐにゃり、と勝手に力が抜ける。「うわぁ!」という気の抜けた千束の声。

 詩季は、久しぶりに目の前が真っ白になるという体験をした。

 

 一応の結末として。

 腹部の衝撃によって、詩季の腕が止まり、千束は無事携帯を取り返しましたとさ。

 

 

 


 

 3

 

「出ていけ。今すぐお前出ていけ......!」

 

「ごめん!本当に反省しているからさ!ね?この通りだから!」

 

 それから数十秒後、毛布を被って睨む詩季と、土下座をする千束という構図が出来上がっていた。

 

「反省しているならその携帯差し出せ。連絡先のみなどという生易しいことは言わん。折り畳み式携帯のように真っ二つにしてやる......!」

 

「いや、それは出来ないというか...」

 

「それを反省してないって言うんだ。いいからさっさと寄越せ。それが無くても特別困らないだろ」

 

「いーやーでーすぅ!今の若者にはこれは必要不可欠なんです!大体、SNSも何もやってないし理解してない人に言われたくないですぅー!」

 

 そんな言い合いをしていると、千束の携帯が鳴る。チラリ、と詩季を見る千束。

 

「一々こっちを窺うな。それくらい文句は言わないよ」

 

 何か言いたげに此方を見ながら、千束は通話を押して部屋から出ていく。

 数十秒後何やら大声が聞こえたが、上手く聞こえなかったし、他人の電話の内容を盗み聞きする趣味はない。

 

「.............、チッ」

 

 思わず、悪態をつく。

 日に日に不調になっていく体。平然と人のパーソナルスペースに入り込んで来る千束。そして、そんな日々を悪くないと思ってしまう自分がいることに。

 

 

 


 

 4

 

 詩季の反応から、詩季の今いる部屋が壁が薄いことはわかっていた。

 だから階段を降り、ある程度離れた場所で電話に応じる。

 

『詩季の様子はどうだ?』

 

「今日はリコリコに行くのは無理そう、かな。やり取り自体はいつも通り出来るけれど、日に日に酷くなってる」

 

『.......そうか』

 

 千束の報告を聞いたミカは、通話越しにもわかるように暗い雰囲気に変わっていった。

 詩季は、隠し通せていると思っているのだろうか。それとも、既に隠しきれていないことは理解しているのだろうか。

 まだ詩季には話してはいないが、千束は些細な筋肉や服の動きで相手の取る動きを予測し、それに合わせて反応出来る反射神経を持っている。それを応用すれば、今の詩季が気づいているかわからない異常にも、気づくことがあった。

 時折、脈が乱れているときがある。まるで死んだかのように、動かないのだ。更に言えば、体温も異常に低い。千束は寝ている詩季をてっきり死んでいると勘違いしたこともある。

 それが怖いから、時折連絡がつかないときにこうやって詩季のところに来ている。

 人を殺すのは気分が悪いし、知り合いが死ぬのは悲しい。

 そんな、千束にとっては当たり前の感覚で来ていたはずだった。

 それが、いつかは恋慕に変わったのはいつからだろうか。

 ドラマや映画にある、ヒロインが恋に落ちる決定的瞬間というものが、少なくとも千束は忘れてしまっていた。

 それがない、ということは悲しいことだと、そうは思うけれど、千束にとっては残された時間をどう過ごすかの方が重要で。

 喫茶店で詩季と過ごす時間や、そんなことをミカとミズキに気づかれて時々揶揄われたりするのを含めて。

 こんな日々が続けばいいな、なんて思ってしまうのだ。




 3000文字程度で週2、3回投稿にするか、原作1話分を週1か二週間に1回くらいで投稿するか思案中。
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