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1
「リコリス?」
「ああ。今日付けでDAから出向扱いでこっちに来るリコリスだ。仲良くしてやれ」
千束が詩季の家に訪れてから翌日。いつも通りの体調に戻った詩季が喫茶リコリコに訪れた時に最初にミカから言われたのがそれだった。
因みに今日は休業日であり、客はいない。でなければ愚痴を言いながら朝から酒盛りする店員とか見せられたものではない。
「出向.......じゃあ来るのは昨日暴走したリコリスか。
別にいいけど、教えられることはないよ。生憎、見て覚えろ主義なんだ。オレ」
「その辺りは千束に任せる。同性の方がいいだろうからな。......噂をすればなんとやら、だ」
詩季がドアの方を見ると黒い制服を着た、黒髪の少女が立っていた。
如何にも真面目そうな顔であり、こんな場所に飛ばされるような顔には到底見えない。とはいえ、現場で何かあったのか、頬には白いガーゼのようなものをつけていた。
「今日から配属になった井ノ上たきなです」
「ああ、DAクビになったっていう──」
「クビじゃないです」
ミズキの一言を、たきなは食い気味で否定する。
「管理人のミカだ」
そう言って、ミカは握手を求める。
たきなはそれに応じ、ミズキを見ながら言った。
「貴女から学べ、との命令です。千束さん。転属は本意ではありませんが、東京一のリコリスから学ぶ機会を得られて光栄です。この現場で自分を高め、本部への復帰を果たしたいと思います」
大方ミズキを千束だと勘違いしているのだろう。それはそれで面白いのだが、一応訂正しておく。
「ソレは千束じゃない」
ソレって言うな!というツッコミが入るが、詩季は敢えて無視しながら言った。
「貴方は?」
たきなが怪訝な目で詩季を見ながらそう言う。リコリスには男の構成員なんていないし、真っ当に生きてきたリコリスがリリベルやガランサスのような組織を知っているはずもない。ならば確かに、こんな妙な人間がDAの支部にいたら怪しまれるか、なんて思い、
「雪城詩季。此処の協力者だ」
「協力者?」
「ああ。所属がややこしいことになっているから、そういう扱いなだけだ。命令元がDA、っていうことは同じだけど」
DAには、リコリスやガランサスのような実行部隊以外にも様々な関連機関がある。ミズキが所属する情報部や、現場の隠蔽を担当する部署。カバーストーリーを用意して発表する部署や会計などの財政を管理する部署などだ。当然、リコリスのような一構成員と関わることは殆どないが。
「それで、彼女がミズキ。元DAで、今の所属は情報部」
「元......?」
「嫌気が差したのよ。孤児を集めてあんたらリコリスみたいな殺し屋を作ってるキモイ組織に」
吐き捨てるように、ミズキは言った。その言葉に首を傾げるたきな。
たきなや詩季は知りえない話だが、ミズキにも人にはいえない秘密はある。そもそも、このリコリコに秘密の類がない人間など、誰もいないだろうが。
そう思っていると、ドアの向こうから騒がしい声が聞こえた。ほーら喧しいのが来たぞー、というミズキの言葉と共にドアが開く。
「先生大変ー。食べモグの口コミでこの店ホールスタッフが可愛いって!これ私のことだよねー?」
赤い和服を着た千束が、大荷物を手に入ってきた。
私のことだよ!っと噛みつくミズキ。冗談は顔だけにしとけよ、酔っ払い、っとノータイムで返す千束。そんなやり取りを少し離れたところで見ている詩季とミカ。明らかに戸惑いながら見ているたきな。
「あれ。そっちの人は?」
荷物をテーブルに置き、千束がたきなに目を移す。
「昨日話したリコリスだ。仲良くしてやれ」
ミカがそう言った。その言葉に目を輝かせる千束。
ああ、この後また騒がしくなるんだろうなー、なんて詩季は他人事のように思っていると、
「よろしく相棒!千束でぇす!」
跳びつくように、たきなの前に立つ。そのままたきなの手を握り自己紹介を始める。
「ど、どうも。井ノ上たきなです。よろしく──」
「たきな!初めましてだよね!?」
「は、はい。去年、京都から転属になったばかり──」
「おお、転属組!優秀なのね、歳は?」
「16ですけど...」
「私が一つお姉ちゃんかぁ。でも、さんはいらないからね。ち、さ、と、でオッケー!」
終始ハイテンションな千束に圧倒されてるたきなを三人で暖かい目で見ながら、
「オレもあんな感じだったのか?」
「まあ、端から見れば似たようなものかしらね」
「そうだな。あの時と似た光景だ」
などと。
そんなことを言いながら、二人を見ていた。
2
「だからって殴ることないでしょうよ?」
『────!』
店の固定電話を占領して何処かへ電話(おそらくリコリスの詰め所だろう)に電話をかける千束を傍目に、取り敢えずカウンター席にたきなを座らせる。
事の発端は千束がたきなにガーゼをつけている理由を聞いたことが始まりだった。たきな曰くあの機関銃掃射の後、単独行動と仲間を危険に晒したとして、その時のリーダー──フキにやられたものらしい。
フキ、というのは千束の昔の相棒であり、真面目過ぎるのが傷だが、腕の立つリコリスのことだ。
「想像と違っただろう?」
ミカがコーヒーの入ったコーヒーカップを置きながらそう言った。
「いえ、そんなことは......」
そうたきなは返すが、やはり戸惑っているような雰囲気を纏っている。
「当然?司令司令ってちょっとは自分で考えなさいよ」
『────』
「うっせえ。アホ!」
千束は受話器を叩きつけ、一呼吸すると、
「よしたきな!早速仕事に行こう!」
「はい」
そう言って、たきなが立ち上がる。あまり減っていないコーヒーカップの中身を見て、千束が言う。
「あ、先生のコーヒー、凄く美味しいから......私着替えてくるね。ごゆっくりー...」
そう言って、千束がカウンターの奥の更衣室に入って行く。たきなは椅子に腰を下ろし、コーヒーを飲もうとしたとき、
「ああたきな!!」
「はい!」
いきなりの声に、たきなが立ち上がる。
「リコリコにようこそー。うっひひ」
嬉しそうに笑いながら、千束が今度こそフェードアウトする。
「まあ、ああいうヤツだ。仲良くしてくれると嬉しい」
一応詩季がフォローする。
「どうぞ」
そう言って、ミカがコーヒーを指さす。いただきます、と言って、たきなは椅子にコーヒーを飲み始めた。
「詩季はどうするんだ?」
「オレは──、ああ仕事が入った」
詩季のポケットの携帯が着信音を鳴らす。
電話自体は2、3言しか会話を交わさなかったが、ミカもそれを察したらしく、
「車なら第二駐車場だ。鍵はミズキが持ってる」
わかった、と言って、詩季はミズキのいる二階に向かって歩く。
「ああ、それと、着替えとけよ。そのままだと警察に捕まるぞ」
了解、と詩季は返して、二階へ上がっていく。
たきなはそれを怪訝な目で見つめながら、ミカに聞いた。
「何なんですか?彼」
ん、とミカはたきなの方を見て、
「あいつか?雪城詩季。それ以上でもなくそれ以下でもないさ」
それが答えになっていないとはわかっているが、それ以上に応えようがない。その者が何なのかなど、本人以外がわかるわけではないのだから。
そんなことを思いながら、ミカは自分用に新しく淹れたコーヒーに口をつけた。
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